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伊賀忍者に転移して、親孝行する。  作者: 風猫(ふーにゃん)
第五章 伊賀忍者 藤林疾風 軍師となる。
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第一話 伊賀忍群、戦陣に出撃す。

永禄8(1565)年8月上旬 伊賀藤林砦 藤林疾風

 

 時は少し遡る。この日伊賀一ノ宮の森田浄雲殿が俺に相談したいことがあると訪ねて来た。浄雲殿は道順の竹馬の友で俺も幼い頃から知っている。


「若御っ、久々じゃのう。すっかり凛々しい若者になりおった。そろそろ嫁を貰わんといかんのぉ〜、はははっ。」


「浄雲爺、元気そうで何よりだっ。だけど嫁の話はやめてくれっ。それでなくとも、近頃は母上が煩いのだ。」


「実はの、儂の昔からの友でな、美濃の佐藤忠能に仕えておる西村治郎兵衛(にしむら じろうべえ)から、あることを頼まれて、どうしたものかと悩んでおるのじゃ。

 そこで若御の知恵を借りようと思うてな、訪ねて来た訳じゃ。」


「どういう話なんだ、忍びに長けた浄雲爺が、悩むほどのことなんて。」


「うむ、戦陣で人質に捕われとる姫子を助け出してほしいと言うて来とるんじゃ。じゃが、その姫子の居場所は城の奥座敷で、男では近づけんじゃろう。

 それに、戦がさし迫っており警備も厳重じゃ。

 それでもなんとかしてやりたいのは、治郎兵衛が守役を務める姫子でな、まだ7つだそうじゃ。」


 なんと、幼い綺羅(いもうと)よりも1才下ではないか。

「人質とは言え、その姫子の身は危ういのか。」


「捕われ先は岸信房の堂洞城。先日、信長殿の使者金森長近殿が投降を勧めたが、信房は長近の目の前で自分の息子(信近)の首を斬り落として拒否したそうじゃ。(むご)いことをするもんじゃ。」


 この時代、敗戦したら姫君女児は助けられ、実家に帰されるのが習わしだ。だがこの岸信房という男は自分がすべてで、ただ従うことしかできない者達のことなど考えていないのだ。


「浄雲爺、その姫子は今から俺の妹にする。この身に替えても助けて見せる。」


「おお、儂とて老い先短い命故、捨てても惜しくはないわいっ。」


 過日、中美濃の三城において対織田同盟(中濃三城盟約)が結ばれ、織田側に付くことを決めていた佐藤忠能は裏切りを隠すために、忠能の娘八重緑を岸信房の養女として人質に出していた。



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永禄8(1565)年8月25日 中美濃堂洞城 藤林疾風


 その夜、深夜に堂洞城の屋根に潜む者達がいた。俺が率いる藤林家の精鋭10人、闇に潜み警備が最も手薄となる刻限を待つ。

 ほとんどの者が、寝入った頃合いを見計らって、屋根裏から奥座敷の各部屋を探り、幼子が独り眠る部屋を探り出す。皆が一度集まる。

 それらしい部屋は二つあった。だが一方には隣室に侍女が、他方には宿直の武士が詰めていた。

 武士のいた方が人質の八重緑に間違いあるまい。宿直の者は3人、ひそひそ会話をしているようだ。だが時々隣室の様子を窺っている。


 宿直の部屋は、中央に燭台が1本、それを囲むように3人が座っている。

 部屋の四隅の天井板を切り剥がし、突入の仕度ができると、中央の天井から燭台に口で霧を吹き掛ける。徐々に蝋燭の炎が弱まりそして消える。

 なんだ、『消えたか、種火を貰うて来る。』そう言って、宿直の一人が部屋の襖を開ける音に紛れ、四隅の天井から一斉に飛び降りる。

 また、襖を出た者も待ち構えていた伊賀者に襲い掛かられて倒される。

 俺はすぐ様、隣室の姫子の戻るへ行き『しぃー』と言い話し掛ける。

『助けに参りました、八重緑姫でございますね。』驚きながらも頷く姫に『これを羽織ってくだされ』と言って、黒い忍び衣装を纏わせる。

 そうして、宿直の部屋から肩車して天井裏へ引き上げ、彼女を抱きかかえて城の屋根へと侵入経路を戻る。最後に城壁の側まで辿り着き、合図の花火を打ち上げる。

 すると、大手門で激しい銃声が響き城内が騒がしくなる。『敵襲だっ、夜討ちにござる、敵襲っ。』

 大手門では、小猿率いる20人の鉄砲隊が焙烙玉、火炎壷を投げ込み騒ぎを起こしている。

 その隙に俺達は城壁と堀を越えて堀の外で待つ、浄雲爺と西村治郎兵衛に迎えられた。


 西村殿に聞くと、八重緑姫の母親は側室であり、八重緑姫を産んだ産後の肥立ちが悪くて亡くなったそうだ。母親がいれば、一緒に連れ出そうと考えていたが、その必要はなくなった。


 西村殿には、八重緑姫を無事に救い出したこと。八重緑姫をこのまま伊賀へ連れて行き保護することを、父親の佐藤忠能殿に伝えるように頼んだ。

 治郎兵衛殿も父親には会わせず、戦陣から連れ出した方が八重緑姫のために良いと承知してくれた。

 こうして俺達は、夜の明けきらぬうちに戦場から立ち去った。



✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣



 翌日、熱田までやって来た俺達は熱田神社の宿坊に泊めていただいた。総勢30人もいると宿は寺社などに限られる。

 泊めていただいたお礼に宮司の千秋直康殿の元へ伺うと、先年桶狭間の戦いで亡くなった千秋季忠殿の遺児季信君とその母親のたあ様、それにどこかの武家の婦人がいた。


「宮司殿、多勢で厄介になり申す。」


「なんのっ、疾風殿には日頃から多くの寄進をいただいておる。このぐらいはお安い御用じゃ。」


「えっ、えっ、そなたは八兵衛殿ではないのっ。」


「あっ、濃姫様でございましたか。お久しゅうございます。」


「おや、お見知りのお方でしたか。」


「ええでも、名は八兵衛殿と。」


「はははっ、こちらは伊賀藤林の御曹子、疾風殿にござる。尾張では伊勢屋さんの手代八兵衛さんを、名乗られておりますな。」


「どうりで。いつぞやは饗談のお姿をしておりましたものね。」


「お許しください、あまり知られて良いことでは、ありませぬ故。」


「ええ許しますよ、また、(わらわ)にお土産をくださるならばね。」


「「はははっ(ほほほっ)。」」


「旦那様が会いたがっておりましたわ。八兵衛いえ疾風殿でしたね、あなたが城に滞在した時は口数も多く、滅多に笑わないあの方が、とても楽しそうでした。また城を訪ねてやってくださいね。」


「はあ、そのうちには。」


 思わぬところで思わぬお人に会ってしまった。

 伊賀者であることは、いずれ知れるからいいが、濃姫様から会わずに帰ったと知れると、次に会ったときにごねられそうだ。



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 永禄8(1565)年8月29日 伊賀藤林砦 藤林疾風 


 八重緑姫(7才)を連れて伊賀へ帰って来た。

 父上と母上には、連れて来ると話していた。


「まあ、よく来たわね。今日から私があなたの母よ。よろしくね。」


「私は綺羅(きら)、お姉ちゃんだよ。ふふっ。」


「おお、よう無事じゃった。今日から儂らがそなたを守るぞ、二度と人質になどさせん。」


「うふっ、八重緑姫様。私もあなたと同じに疾風様に助けられて、ここへ来たのよ。何も心配しなくていいわ。皆、優しい人ばかりよ。」


八重緑(やえりょく)と申します。ありがとうございます。」


 こうして、八重緑姫は俺の妹になった。

(はずだが、母上と綺羅と台与に捕われて兄らしい

 ことは何一つできないでいる。)

 次回『織田信長の苦悩と、墨俣一夜城。』

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