第八話 諸国行脚 信州の《歩き巫女》
《歩き巫女》(渡り巫女)の起源は、一説によれば『日本書紀』に見える豊鍬入姫命、倭姫命に至るといわれている。
或いは、諏訪神社の巫女が、伝道師として各地を巡ったことに始まるともいわれている。
歩き巫女と呼ばれる巫女は、神社に務める巫女とは違い、特定の神社に所属していない。
原始の日本では、邪馬台国の卑弥呼に代表される〘シャーマン〙など、女性が神憑りとなり、神託や預言を行なっていた。
それら神事は、時代を経るに従い、男性神官に
取って替わられて来たが、現代至っても青森県の〘イタコ〙などに、その形跡を見ることができる。
歩き巫女達は、呼び掛ける時に『のう、のう
(ねえ、ねえ)』と発したことから、《ノノウ》とも呼ばれていた。各地の祭りや市を巡って
「のう、のう、巫女の口ききなさらんか〜。」と言って、禊や祓い、口寄せ、或いは占いなどを行い、報酬を得ていた。なかには遊女に身を落とした者もいた。
蓼科の山岳道を抜けて、上田へ続く街道へ出た。
禰津村の手前の街道で、5才から10才くらいの
女の子を5人ばかり連れた商人達を追い越したが、おそらく人買いだろう。
甲斐で金次に聞いた、この先にある《巫女道場》に売られるのであろう。
板壁で囲われた、かなりの広さがある神社。
大きな正門の上には「甲斐信濃巫女修練道場」
という、看板が掲げられている。
門を入るとすぐ横に社務所があり、中年の巫女が声を掛けて来た。
「なんの用かしら、ここは殿方禁制なのよ。」
「伊勢の商人でございます。こちらは巫女様の修行道場と聞きおよびまして、鈴を買うていただけないかと、伺いました。」
そう言い、鈴なりの鈴を、鳴らして見せる。
『しゃりん、しゃりん、しゃらしゃら。』
「あらっ、いい音色ね。待っていなさい、神女様にお伝えして来るわ。」
「鈴を売りに来たとか、どんな鈴なの。」
麻糸で繋がった10個の小鈴を手渡すと、振られた鈴は、『しゃりーん、しゃりーん。』可憐な音色を立てる。
「いい音色ね。いくらで売るの。」
「一個一文(約400円)で、いかがでしょう。」
「ふーん、いいでしょう。幾つあるの。」
「今、手元には100個しかありませぬが、2月ほどお待ちいただければ、1.000個以上をご用意できます。」
「いいわ、2,000個届けて頂戴。代金はその時に渡すわ。100個は、今貰うわ。」
「ありがとうございます。」
俺達はそのまま、信州を抜けて、越前に向かう。お銀が黙りこくって、考え込んでる。
「あの子らのことを考えているのか。」
「ええ、口減らしに売られて、仕方がないと思うんですが、それにしても不憫に思えて。
そう言えば、巫女道場では、伊賀へのお誘いは、しませんでしたね。」
「あそこは、それなりに生きる手立てを学ぶことが出来る。
巫女頭達も子らを育て、ひもじい思いはさせておるまい。
武田が滅びた時には、手を貸してやらねばならぬが。」
「放って置くしか、ないんですかね。」
「放っては置かぬぞ。お銀、そなたもあの鈴をつけるか。」
「いやですよ若旦那、猫じゃあるまいし。
えっ、あれって、もしかして。」
巫女道場に売った小鈴は、伊賀焼きで型に入れて作った極薄の可憐な音色の鈴だ。
ど·こ·に·も·ない、疾風自慢の鈴である。




