第六話 伊賀忍者に転移して親孝行する。2
天正10(1582)年7月中旬 伊賀藤林砦
藤林疾風
今年も強い陽射しが眩しく、暑い夏がやって来た。先月、藤林家から女性陣が一辺にいなくなり、寂しいような静かで落ち着くような、そんな不思議な気分を癒やそうと、京の伊賀屋敷にいる皆で伊賀へ里帰りしている。
「道順、寂しくさせてごめんな。来年には、俺も帰ってこれると思うんだ。」
「なんの、梅と二人でのんびりやっとりますじゃ。
それより坊、子供の成長は早いですな。
尊丸がもう早、腕白に走り回るとは。坊の幼い頃を思い出しますなぁ。」
尊丸を膝に乗せ、道順は満足そうにしている。隣では梅が3才になっておしゃまなった桃を抱き、やはりにこにこ話し掛けている。
「まあ、綺羅が生まれる前の昔に、戻ったと思えば寂しくはないわい。」
「そうよねぇ、疾風と親子三人。弥左衛門は宇治の屋敷の留守番だけど、道順と梅、みんないるわ。昔どうりよ、そして台与と尊丸と桃が増えているわ。」
「母上様、来年辺りから忙しくなりますわよっ。孫が続々産まれますでしょう、静かでいられるのは、今のうちだけですわ。」
「台与の言うとおりです、母上。
今はおとなしく控えている、新米侍女達もすぐに姦しくなりそうだし。」
結婚式をした先月初めから、孤児院の卒業生3人の侍女、希、叶恵、珠江が来ている。
今はまだ、新しい環境にちょっと緊張して畏まっているが、のびのび育った彼女らがいつまでも畏まっているとは思えない。
現に今も皆の話を聞きながら、口をパクパクさせて、なんか独り言を言っている。
「ごめんなせぇ、大殿様、皆様お帰りなせぇ。」
「おおっ、権爺ではないか。達者でおったか。」
「ええそりゃもう、昔と違い滋養のある食いもんを喰っとりますでな、まだまだ衰えはせんですじゃ。ふぉっ、ふぉっ、ふぉ。
大殿の好きな西瓜が採れましたでな、お持ちしましたじゃ、皆様で喰ってくだされ。」
「そりゃありがたい、遠慮なく貰うておくぞ。」
「ごめんなさいっ、皆様お帰りなさいまし。」
「おおっ、小萩さんじゃないか。まあ良い、権爺も小萩さんも上がれ、八重緑の自慢の茶を飲んで行け。」
「大殿、おらはもう小萩婆さんじゃで。だけんど、遠慮のう上がらしてもらいますだ。」
「「「ごめんなせぇ。」」」
やれやれ、千客万来だなぁ。皆、元気そうだ。今夜は宴会かな、俺が京で覚えた鯖寿司でも作るか。尊丸と桃の好物だしなぁ。
案の定、その夜は50人余の砦近くの者が集まって賑やかな宴会となった。
魚屋から20匹の大振りの鯖を仕入れて、鯖の押し寿司と西京味噌焼き、潰し伊勢芋で饗した。どれも尊丸と桃の好物だ。
客達も漬物や野菜、果物、赤飯やおこわを手土産に持ち寄ってくれて結構豪華な宴の食事となった。
年寄りが多いせいか、昔話に花が咲いて、俺の幼少時にしでかしたことを台与や侍女達にすっかり知られてしまった。
皆、早く召されてくれっと、思ったことは内緒だ。
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天正10(1582)年7月下旬 伊賀藤林砦
藤林疾風
帰郷して、千客万来が治まったかと思ったら、嫁に行ったはずの妹達や侍女達が旦那を連れて、里帰りだと言って押しかけて来た。
『兄様達だけずるい』の『伊賀の実家に母上がいるうちに来たの』とか『敷居が高くならないうちに参りました』だの『なかなか来れませんから』だの良く言うよ。
きっと、嫁入り先で猫被って疲れたから、気晴らしに来たに違いない。皆各々に甘えてるもの。
仕方ないから、硝石で冷やして、氷牛乳や、かき氷、旦那達には冷えた麦酒と氷を出した。
綺羅が『一家に一人、疾風兄だわ。』とか言ってる。最近は畿内でも、かき氷屋が出ている。硝石はもう鉄砲に使わないしね。
「大殿、そろそろ隠居なさっては。」
げっ、まずい話題を道順が言い出しやがった。
「藤林家は疾風殿がいるから、いつでも良いのでは。」
さらに追い打ちを信忠殿(末妹松姫の夫、信長殿嫡男)が口にする。
「来春には、疾風殿の希望が叶えられ、帝の相談役以外は任を解かれるとか。」
最後の駄目押しを三好義継殿(長女綺羅の夫)が事もなげに言う。
うちの婿殿達って、なんか人員揃い過ぎてませんか、誤魔化しようがないじゃないですか。混ぜるな危険ですっ。
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天正10(1582)年7月下旬 伊賀藤林砦
三好義継
念願叶って、綺羅殿、否、綺羅を嫁にできた。なにせ藤林疾風殿の実の妹。その才能は兄譲りである。
京の都の復興の指揮を取り、その聡明さと思慮深さを間近で知り、俺を支えてくれる女はこの女しかいないと思うた。それに美人だし俺好みだったし。
そして、互いを知り合えた1ヶ月余。藤林の家族が伊賀へ里帰りしているので、私達も行きましょうと連れて来られた。
普通、里帰りとは妻だけが帰るものではないのか。だけど俺を一人にはできないと強引に連れて来られた。なんか既に尻に敷かれている。
藤林家に来て見ると、驚くことばかりだ。
この家には身分や格式の垣根がない。周囲の民が気軽に話し掛けて来るし、皆が皆、友のように接するのだ。
俺が育った環境は、父上や母上とは別々の暮らしをし、周りは家臣ばかりで畏仕れ、本音の滅多にない世界であったが、綺羅との暮らしは遠慮なく本音を言い合い、また綺羅は家臣や下働きの者達にも礼儀正しく、優しく気遣い、すっかり信頼されている。いや、身分ではなく人格で敬愛されているのだ。
藤林家に来て見て、その訳が分かった。皆、友として接しているのだ。
家族というものの繋がりの強さも、温かさも知った。藤林の義母は、こんな大人の男を子供扱いして甘やかすのだ。でも何故か心地いい。母親の愛情とはこういうものなのだと知った。
それに義兄の思考の根源にあるものも知れた。常に周りの者の幸せを考えているのだ。
妻達が全幅の信頼を置くのが分かる。
そんな時間を過ごすうち、同じ環境にいる義兄弟となった信忠殿や弥太郎殿とは身分に関係なく接することができる友となった。
自然に相手のために良かれと思って話し、行動するのだ。この友達とは生涯裏切ることなく過ごすだろう。
良かった、綺羅を嫁にできて。藤林の家族に迎えて貰えて。藤林の繋がりの人々と会えて。
〘平井弥太郎〙
嫁の八重緑ちゃん、いけね、八重緑に連れられて藤林の実家へおじゃました。
台与姉上がいるから結構来ているし、敷居は高くないのだが、今回ばかりは緊張した。
なにせ義兄弟とは言え、三好家の当主義継殿に織田家の嫡男信忠殿もいるのだ。
しかし、躊躇しない嫁達三姉妹に引きづられて、いつの間にか全く敬語もなしに話すようになり、心を割って本音で話す間柄になっていた。
ここへ来れば、心が和む。俺の本当の母がいるから。
〘藤林 栞〙
なんて賑やかなんでしょう。こんな日が来るなんて思っても見なかったわ。
疾風が未来から私達を追って来たと聞いた日から、幾つか考えもつかないことを始めたけど、日を追う毎に、年を追う毎に周りを豊かにし、伊賀を纏め、侵略して来た北畠家を倒し、戦災孤児達を拾い集めて養い、さらには危うい民達を助け、不幸な幼女達を助けに各地へ出向き、そして私には多勢の子ができた。皆慕って来れて母親冥利に尽きるわ。
だって、皆で親孝行してくれるんですもの。
疾風は、娘として愛情を注いだ台与を嫁にしてくれて、かわいい孫を(今のところ)二人も作ってくれたわ。
子供達が多勢いると、その分心配だけど、疾風が皆を守ってくれているわ。こんな孝行息子はいないわ。
母親としてはどの子も皆かわいいけど、長男は特別なのよね。私の恋人。それは秘密。
〘藤林正保長門守〙
なんちゅうことが起きているんじゃろうか。息子が天下統一を成し遂げるなどと。
そして名だたる義息子を抱えるなで夢のまた夢のようじゃ。
娘達が嫁ぐことになった時、誤魔化したのじゃが、実は儂の立場に呆然としておったのじゃ。
娘達が疾風の影響を受けて賢く優しい娘に育ってくれているとは思っていたが、まさか国造りに貢献し周囲に認められるとは、予想もしなかったわい。
息子が仕でかす度に儂の位が上がり、今では、伊賀甲賀伊勢の領主で殿上人じゃ。
鳶が鷹ならぬ竜を生んだとは云われたが、それどころか神の子を授かったようじゃ。
疾風が熊野の修行から帰ったあの日から、夢を見ているのかも知れぬ。
儂の自慢の息子じゃが、輝き過ぎて自慢が素通りしてしまう。ほんとは自慢したくてたまらんのじゃが、それだけが悩みじゃ。
「兄上、綺羅は葡萄の酒浸しが入ったあの氷牛乳が食べたいです。」
「分かった、今度、都の菓子職人に教えるよ。」
「兄さま、八重緑は兄さまの電子器がもっと見たいですぅ。」
「ええ〜、変なものが出ていれば来ても、俺を虐めないか。」
「えっ、変なものって?」
「子供に見せてはいけないものもあるからなぁ。」
「八重緑はもう子供ではありませんわっ。」「そういうのとは違うのだけど、、、」
「兄様、兄様、松も姉様達のように都になにか作りたいの。なにか足りないものはないかしら。」
「ええっ、松は公会堂を作ったじゃないか。もう十分だと思うけど。」
「だって、だって、夫が太政府に移ったのよ。夫のために尽くしたいのよ。」
「なら、生活が便利になるものを考えな。
店で食べなくてもいい、弁当屋とか、駅弁とか。なんでも売ってる大店とかな。でもやってくれる人を見つけなくちゃだぜ。」
「きゃあ、それいい、それ採用よ。」
妹達、なんか無理して甘えてないか。別に俺は寂しくないぞ。俺には台与と尊丸と桃がいるんだから。
「あなたぁ、綺羅ちゃん達は、あなたと離れて寂しいのよ。たまに声を掛けてあげないとだめよぅ。」
なるほどね、女の気持ちはよく分かるんだ。だけど、俺の呼び方、変わったのは何故だ?