閑話 本願寺顕如の報復と『くの一紅雀隊』
天正5(1577)年1月中旬 土佐国見性寺
狐火のお銀
私(お銀)は今、松姫様の護衛をして四国の土佐に来ています。松姫様が四国の新政差配役となったからなのです。
四国征伐の総大将は、松姫様の婚約者である織田家の嫡男信忠様。
松姫様ったら、初見の挨拶でいきなり、『〜末永く、よろしくお願い致しますっ。」
って、(結婚の挨拶)言ったりして、全く危ないお嬢様だわ。
それはともかく、私達伊賀尾張組の忍び頭である服部正成殿から、最速の報せが来た。
彼は今、疾風様の命を受け、明智光秀を謀反へと走らせた黒幕探索の統括をしている。
報せの内容は、石山本願寺を追われた顕如が紀州の高野山金剛峯寺に逃れ、そして信長公に報復を企てており、その報復とは信長公の嫡男である信忠様の暗殺が濃厚であると。
私は考えた。もし、信忠様を暗殺しようとするならば、どのような手段があるだろうか。
忍びを使うとしても、全国の大半の忍びを疾風様が従えてしまっている。
紀州の勢力であれば、雑賀衆は雑賀孫市に従う少数しかおらず、しかも鉄砲を所持して四国へ入ることは難しいし、信忠様の伊賀の護衛が近づくことを許さない。
根来衆は新政に臣従しており、領地も召し上げられ敵対する本願寺に加勢までして謀反を起こすはずがない。
そう言えば、先年三好義継様が播磨、丹波但馬を戦で滅ぼした際に、丹波の波多野家に仕えていた忍びの者達が本願寺に逃げ込んだらしいと聞いたわ。波多野の忍びは『丹波七化け』と言われるほど変化や潜入が巧みだと噂がある。
きっと、彼らを使って来るに違いないわ。
私はまず、宿所である見性寺の総化けを実施した。住職と寺男達にはご本尊と共に他の寺へ隠れてもらい、代りに伊賀者と孔雀隊にすり替えた。信忠の家臣達には、変装した忍びが信忠殿の命を狙って必ず潜入して来るからといい含め、さりげない挨拶の中に合言葉を使うようにさせた。曰く『異常ないか。』『○○別状ない。』として、○○のところを(か)格別、完璧に、からくも、(き)今日も、昨日と同じで、(く)雲空の他は、奇しくも、など頭に(か)(き)(く)の音を入れた言葉を、順に三刻ごとすなわち、午前、午後、夜半、明け方の順で変更して持ちいるのです。
これを徹底させた。使わなければ毒や不意打ちで命がなくなると、十分に念を押した。
そして、信忠や松姫様の寝所のある僧坊別館の周囲には、夜間、細い石畳の通路を除き通行を禁じて、疾風様から預かった紅雀隊の秘密兵器である5器の人感照明なるものを、設置した。疾風様が伊賀の工房団地に作った秘密兵器工房の一品です。
それは、突然やって来ました。襲撃です。何者かが未明に、襲撃して来たのです。
始めは、山門の辺りで爆発や火の手が上がり、皆が起こされました。私はすぐさま松姫様を連れ、信忠様の下へ参りました。
「襲撃だなっ。」
「はい、動いてはなりませぬ、騒ぎを起こして別な方から忍び込む、忍びの常套手段です。」
不寝番の伊賀者、紅雀隊は各々の持ち場にいる。と西側の人感照明が付き『ダダーン』という銃声が響く。少しして賊が倒されたと見え照明が消える。
今度は、南門の方で『わぁー』という声と剣戟の音が響く。織田の家臣達が闘っているのだろう。
部屋に伊賀者の小頭神部小南が入って来た。
「申し上げます。山門で騒ぎを起こした賊は3名、足軽頭杉原様の隊が追跡してございます。
西側より侵入した賊は2名、伊賀組が討ち取りましてございます。
南門より侵入した賊は8名、家中の皆様が応戦し8名が負傷しましたが、5名を討ち取り、3名が、境内に潜伏。出入口を固め捜索中にございます。」
「ご苦労っ。引き続き警戒を頼む。」
「はっ。」そう答えて小南殿が去る。
「お銀、来るかな?」
「はい間違いなく。潜入に成功したのです、今頃は境内のどこかで、こちらの動きを見定めているはず。夜が明ける前に仕掛けて来ます。
しかもこれで全てとは限りませぬ。」
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天正5(1577)年1月上旬 高野山金剛峯寺
波多野忍者 竜野善太郎
「お呼びと伺いました、顕如様。」
「うむ、竜野よ。憎き信長に一矢報いたい。何か手立てはないか。」
「信長公は仙洞御所におり、襲撃は叶いますまい。他のご子息達なれば隙はあるかと。」
「うむ、ならば嫡男の信忠を殺めてくれぬか。」
「顕如様の仰せならば従いましょう。しかし、生きては帰れぬ仕儀となりましょう。
我が一族のこと、頼めましょうか。」
「うむ、もちろんである。そちの一族は本願寺が行く末を預かろう。」
「ならば、心置きなく参ってござる。」
波多野の忍びも生き残ったのは、俺も含めて27名。うち若い者5名と最長老の幻斉は除く。幻斉には若い者に波多野の忍びを伝えてもらわねばならぬ。
残りの21名で四国へ出かけるとするか。
『よいか、1の組と2の組の10名で南門から潜入せよ。多勢で引き付け、隙を見つけて潜入するのだ。
3の組で山門で騒ぎを起こし、注意をそらせ。3の組の追ってを撒いた者と4の組は、各々に多方面から侵入し、侵入した者と連携して信忠を討ち取れ。
遥香は離れたところで、ことの次第を見定めて顕如様にお報せせよ。よいな、くれぐれも手出しするでないぞ。』
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天正5(1577)年1月下旬 土佐国見性寺
狐火のお銀
信忠様と松姫様を用意して置いた隠し部屋に、紅雀の彩葉、詩を護衛に付けて匿い、信忠の影武者と松姫様に化けた私が部屋に残る。
詩が『お銀姉さまじゃ、胸が大きいからすぐばれちゃうよ。だからあたしが変わる。』
なんて言うもんだから、松姫が落ち込んだじゃないか。バカ詩、年頃の乙女の気持ちを察しなさい。敵は松姫様のことを知らないんだからいいのよっ。
かくして、一刻ばかり時が過ぎた明六つに各所で一斉に喧騒が上がった。
敵もやるもんね、人感照明の働かない夜明けを待って襲撃して来るとは。
ついに廊下の家臣達まで切り合いになっている。なかなかの手練だわ。信忠殿の影武者が刀を抜いて、私を庇うように立つ。
急に板襖を倒して黒ずくめの襲撃者が現れる。影武者殿が切り掛かり、腕に傷を負わせるが怯むことなく苦内を投げつけ、怯む隙に切り掛かる。影武者殿もなかなかの手練と見えて相手と睨み合いになる。
だがそこへ、もう一人の賊が侵入してきた。
「織田信忠公、お命頂戴するっ。」
そう言って二人同時に切り掛かって来たが、その刃は届かなかった。
私の両手から、6連発の二丁拳銃が火を吹いたからだ。
同時に紅雀の三人が飛び込んで来て、銃で止めを刺した。
「遅いわよっ。」
「申し訳ありません、外の5人を片付けるのに
手間取りました。」
「まだ5人もいたのね。ここまで侵入するなんて、敵ながら見事ね。ここはいいから外を警戒して。」
まあ仕方ないの。この別館の周囲には、織田家の家臣達に近づかないように言ってある。
家臣の中に賊が混ざると対応できないから。
そこを8人の紅雀で四方を護るのだから、7人もの賊が侵入して来るとは思わなかった。
朝陽がすっかり昇って大勢が判明した。
襲撃して来た賊は、やはり波多野の忍びだった。使っていた苦内から判明した。
また、襲撃の人数は20名。その中には波多野忍びの頭領 竜野善太郎がいた。
警護の伊賀者の中に、以前、丹波波多野家に忍び入った者がおり、竜野善太郎を見かけていた。
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天正5(1577)年4月上旬 土佐国見性寺
狐火のお銀
信忠様襲撃事件から2ヶ月後、急に織田見回り組の頭である服部正成殿がやって来た。
正成殿と私は幼なじみで幼い頃から一緒に忍びの修行をした仲です。
「すまぬお銀、襲撃が予想されたのに応援の手配りを怠ってお前に負担を掛けた。」
「あら、普通に信忠様の警護の伊賀組もいたし、松姫様には私達紅雀がいたのだから、なんでもないわよ。」
「実は、襲撃の報せを受けて、二人もお前が倒したと聞いてな、震えが出たのだ。」
「あらあら、伊賀の服部正成ともあろう者がそんなことでどうするのよ。」
「そうではないそうではないのだ。お銀、俺はな、お前に死んで欲しくないのだ。
俺はいつ死ぬか分らぬ身ゆえに、生涯嫁を娶らぬと決めていたが、お前を失いたくないと気づいた。だから、ここへ来た。」
「だから、ここへ来た?」
「そうだ、お前も俺ももう40だ。せめてお前を家に置きたい。」
「家って、どこの家?」
「俺の家だ。俺の嫁になってくれぬか。」
「えっ、えっ、えっ。」
「返事をくれないか、お前を大切にする。」
「· · · いいけど、私の代りはいるの。」
「そをな心配は無用だ、死んだら誰かが替わる。そうだろう。」
「えっ、私、死んじゃうの。」
「お銀。お前なんか、バカになってるぞ。」
「だって、だって、生まれて初めて口説かれたんだもんっ。変な気分っ。」
「じゃあいいんだな。疾風様に報告するぞ。
あとから止めたなんて言うなよ。」
「言わないわ。でも疾風様になんかとんでもなく、恥ずかしいこと言われそう。心配よっ。」
「「ジャンジャン〜、お銀姉さまおめでとうございますっ。」」
「この報せは、急報で藤林砦に報せま〜す。」
「彩葉、詩、あんた達、盗み聞きしてたの。」
「盗み聞きなんて人聞きが悪い。私達はお銀姉さまの護衛でもあるんですから、たとえお頭であっても姉さまに悪さしないか見張っていたので〜す。」
「あちゃ、お前達は俺よりお銀の味方かぁ。先が思いやられる。はぁ。」
そんなふうに、四国での松姫様の役目が終わった1年後に。私は一線を退き、正成殿との世帯を持ちました。
でも、一生忘れないわ、疾風様の言葉っ。
『お銀、別に熱は無いようだな。まさか、ほんとのほんとに嫁に行くのか。
子を産んで、母になったりするんだぞっ。
もしかして俺に熱があるのか。げせぬ。』