電信柱
かん高い排気音はしばらく山中に響いていたが
じきに聞こえなくなった。
私は「はぁあぁ…」とため息をつくと旅館の鍵を開けたが、ブレーカーを落としていた事に気付き再び大きなため息をつく
「もう、家の中に付けなさいよぉ!」
ブレーカーは旅館の前のなだらかな斜面に立つ電信柱に付けられている。
何故、ここにブレーカーがあるのかと言うと
車が我が家に初めて来た昭和40年代より以前
旅館の運営に必要な物資は、もう少し先にあるゴンドラから搬入されていたからだ。
二本の錆びたワイヤーが木々の中に向かって今も続いているのを爺ちゃんが生きてた頃に連れられて見た記憶がある。
大正時代に作られたとブレーカーの箱に打刻されており
当時、山の中に鉄塔を幾つも立てワイヤーを牽きモーターで回すとか
ウチもずいぶんな資産家だったのか、旅館の経営が上手く行っていたのだろう。
つまり、ゴンドラの後に旅館が電化したって事で
今もゴンドラ経由で配電されているのだ…
私はコールタールでも塗ったかのように真っ黒けな木製電柱に設置されているブレーカーの
これまた真っ黒に防腐処理された木製の箱を開けると
中に納まっているレバーを引き上げた。
「そうそう、50万キロとかさぁ達成する頃には私は還暦越えてるし」
旅館に戻ると私は腹立ち紛れに友人へ片っ端から電話していた。
が、そもそも私は友人が少ない…長話に付き合ってくれる友人は更に少ない…
そんな中、話してくれる恵ちゃんは有難い存在だ。
「なんなら、お姉ちゃんに迎えに行ってもらおうか?」
「いや、良いって良いって!」
恵ちゃんは言ってくれたが流石に申し訳なくて断ってしまった。
思えば、この時が何事も無く帰れる最後のチャンスだったのだと思う…