第三話 到着した初仕事の若人
自前で用意した最短航路を使い、元旅客船だった警備船は急ごしらえだったために懸念されていた機械的なトラブルはなく、目的地だった「南山群」へ到着する。
しかし、隊長の知らぬ間に隊員達の中でトラブルは起こっていた。
隊長は女性隊員から優しく起こされた後、大きなひやかしを受けたが、年齢は変わらないものの彼女を妹として扱っている隊長には一切気にした様子もなく、隊員たちは興ざめする。
彼らにとってはいつだったか、昔のように軽く服をつまんで護に隠れるように立つその相葉隊員の頭を撫でながら、自然に起こしてくれたことへの礼を言う余裕をみせる隊長。
そんな二人のしぐさに他の女性隊員からは歓声が挙がり、一部の男性隊員からは悪戯が失敗したことに対する舌打ちが聞こえる。
その後、引き継ぎを終えて半舷も休息に入った後、隊長たちも訓練を始めた。
そして、5時間が経過。
予定通り休息していた副長以下、隊員達も部屋から出てくる。
しかし全員が揃ったところで船の名前を決めようということになっていたが、ついさっき起きたばかりと思われる半舷の隊員達の士気は異常に低いように見える。
そのため、とりあえずこの件は先送りとなった。
しかし予定されていた総合訓練は行わない訳にも行かない。
仕方なくここは、厳しく気合で耐えるように通告し予定通りに訓練を開始したが良い記録があまり出ないので予定の半分程度で終了。
「「甘い」」という声が聞こえたような気がしたが無視だ。
では余った二時間半をどうするか?
軽く相談した結果、機動隊の経験がある女性隊員の提案で眠りたい者は眠り、話たい者は話す、そんな自由に過ごせる時間を設けることにする。
自由時間やレクリエーションの時間も確かに必要ではあるが、出発から半日程度しか経っていないのに少し早すぎないだろうか?
そうは思ったが相葉隊員による必死の賛同もあり、それで士気が上がるのならと許可を出す。
そんな時間こそ自分の出番だと、水を得た魚のようにはしゃいだ、「お客様担当AI」だった「真希」が乗務員服のまま、地球の産物である演歌やヒップホップなどを歌う。
一体、彼女はどんな航路でどんな乗客を相手にしていたのだろう?
そんな事を一同は思ったそうだ。
ただ思い思いに過ごした彼らは多少なりとも元気になり、大きな効果が出たようではある。
「ごめんね、みんな……私がコーヒーなんて入れたから……。」
「持ってきたけど、止めようとしてくれたのを一気飲みしたのは俺達だしな。」
「私らは、勝手に相葉ちゃんが入れた後に、コーヒー良いなと思って飲んだだけだしね。」
「気にしなくていい。」
「まあ……護には話さないでもらえると助かる。」
「少なくとも俺らは絶対、怒られるからね。」
高野も松浦もその他も相葉を攻める気はない。
ただ単にソフトな悪戯を仕掛けようと気分がノッていた所に、頼んだ前祝いのコーヒーを持ってきた相葉を見て間髪入れずに奪い取り、二人で一気飲みしただけである。
そして、彼らは「ただのインスタントコーヒー」だと思っているが、相葉が近くの食料箱から用意したモノは、特殊な任務用で嫌でも寝かせないタイプの代物であり、つまりは「薬」に該当する。
特徴としては数時間の元気な活動を保証し、その数時間後にその反動として疲れがくることが説明書に書かれている。
そんな些細なエラーを乗り越えて若い乗員たちの結束は強まっていくのであった。
もちろん、このレクリエーションは文句が出ないように親交会として、生真面目な文章で日誌に書かれている。
それから、いよいよ南山群に到着し管理事務所の施設管理AIからの許可を受け、接舷が行われる。
14時間と30分程度ではあるが、彼らは歓声を挙げた、早く外へ出たいと言う者もいる。
いや、寝てた時間もあるからそんなに長くなかったろ?
など、慣れている者はツッコミを入れるがまあ気持ちの問題であろう。
宇宙服を着て外に出てもいいが、しっかり手順を確認し、船外に出ても船のそばを離れないように言い。
船を松浦に任せ、護は高野と相葉を連れ管理事務所へ顔を出す。
ここでも気密されたエリアでの事故が命に関わるため厳重な三重のゲートをくぐり宇宙服のまま、ここを管理している人物達と対面する。
事前の連絡では施設の管理AIが対応したため、この施設の人間と会うのも話すのは初めてだ。
「ようこそ若人よ、儂がこの施設の施設長である田中だ。」
「ようこそ若人よ、僕がこの施設の事務員である田中だ。」
「ようこそ若人よ、私がこの施設の管理AIである立花だ。」
事務机を前に座った年配の男性と、それよりは少し若い男性、そして恐らく松浦と交信した管理AIである立体映像のメイド服を着た女性が順番に挨拶をしてくれる。
「初めまして、御影警備隊、隊長、御影護です。お知らせが来たと思いますが――――」
「分かっとる、分かっとる。読んどるよ。」
「訓練中の新設部隊を緊急に! だって? 助かるけどいやー申し訳ないな。」
「ご苦労さまです。まったく、あの娘には困ったものです。スラスター異常だなんて弛んでますよ。」
「立花……さんは星彩型の艦長と親しいんですか? そういえばどことなく似てますね。」
「はい、私は軍籍を外れましたが、彼女と同じ駆逐艦である光輝型から派生した陽光型に搭載されたAIでしたからね、言わば姉といったところです。」
ちなみに田中さん二人は上司と部下であり、赤の他人である。
「そうそう、言花ちゃんは逆巻港に最後に派遣されてきた星彩型に搭載されたんだ、その前はここの駐留軍で陽光型に載ってたってわけ。戦争にも参加しているよ、戦後教育として逆巻港の歴史も勉強するでしょ? 僕も資料でみたけどあれは本当に酷い戦争だったみたいだね。」
「……仲間が次々と大破して港に担ぎ込まれ、それ以外は戻ってこなかった……それでも軍に身を置き、まだ儂らを守ろうとしてくれているのだよ。立花にも人手が割けないこんな僻地で苦労を掛けているしなぁ。」
「またそんなこと言って、そう思うなら早めに書類を提出してくださいな、私もたまには余裕をもって港に出張してブラブラしたいです。」
50年以上前の戦争の話が出ることはともかく、参加していたAIが現役でそれぞれまだ仕事をしているという事に護以外の二人は驚いていた。
現在のAI事情は、AIに仕事を奪われるのではないかと危惧する人々によって人格を持つなど、高性能のAIは厳しい製造規定が課せられている。
そのため、その数は年々、足りなくなっているのだった。
政府も暴走を懸念し管理が行えるよう、増えすぎないようにしてはいるが、軍艦勤務などの長期的に縛られる仕事に人間が就きたがらない事もあって、過去の戦争で使われたAIを再利用するなど、その場凌ぎの対策がここ十数年行われている状態となっている。
その後とりとめのない話を続けた後。
「おっと! 話し込んじまったな悪い悪い。」
「こちらからの説明は書類で粗方まとまっているし特別言うこともないのにねぇ、でもたまには誰かと話したいんだよこの爺ちゃんは。」
「同じ話ばかりするからあの娘も最近は事務所に近寄りませんからね。」
「うるせい! こちらから軍隊やら警備隊に指示を出すわけにはいかねぇけど最初に言っておくと、よほどの大災害や大事故でない限りは警備隊の出番はねぇから安心しろよ。たまに勢いが収まらないデブリや隕石共が来るが、この事務所から現在の作業場までならレーダーで探知して避難が間に合うようには考えられているからな、そちらのレーダーの方が早い場合もあるだろうから、回線は常にオンにしておいてもらえれば、お互いに安心だろう。」
「うん、うん。それと僕らや作業員である「優しいおじさん達」が耳寄りな情報も届けてもあげよう、もちろん港には内密にね。」
「それは……ありがとうございます……。お世話になります。それと後ろの二人も紹介しておきますね。」
「俺が御影警備隊の副長である高野です。」
「わっ、私が御影警備隊の隊員である相葉です。」
「「よろしくおねがいします」」
複雑そうな顔をする護とは反対に笑顔になる施設長の田中さん。
「立派な若人で安心したぜ、俺の若い頃は――――」
「はいはい、お爺ちゃん。これ以上の長話はご迷惑ですからそのくらいにしましょうね? 宇宙服のままでは疲れますし、部下の方々も待ってますよ。」
「ふんっ! 俺とはあまり歳がかわらないくせに」
「なにか言いましたか?」
「明日は集音マイクの掃除をしてやるよ」
「じゃあ、ご苦労さま。立花ちゃんと話をしているのをチラッと見たけど、美形のパイロットさんにもよろしく伝えてね。」
「はい、失礼します。」
三者三様の思いを胸に宇宙空間で遊んでいる仲間達の元へ戻る三人。
彼らの仕事はこれからであり、遠くに見える広い宙域を眺めそこで作業する人達のため、彼らは決意を新たに初仕事に挑むのであった。