第二話 何事もない6時間
山城歴157年 第一資源採集宙域付近
逆巻市が管理する資源宙域3つの内の一つである最も近いこの小惑星帯は、正式には「第一資源採集宙域」だが渾名として「南山群」とも呼ばれるが理由は定かではない。
その歴史は古く、要塞「逆巻」の誕生前より80年に届く長きに渡り採集が続けられてきた資源地帯である。
この巨大な資源宙域は現在でも予想される資源の三分の一も採集が終わっていない、本来ではあれば将来も有望な場所だ。
日常的に大型の運搬船が往来し、今日も普通であれば作業船は運行しているはずだった。
しかし、今回は駐留艦隊所属の巡洋艦星彩15番艦が故障したために「警備船がいない宙域では作業ができない」というルールから、今は運行を止めて交代の警備船を待つしかない状況にある。
そのため緊急の処置として交代の船を送るべく、逆巻市特別警備隊として設立された「御影警備隊」が宙域に派遣され警備任務につくことになったのである。
ただ、訓練をたった一年しか行えておらず、船の改装が終了して届いたのもつい最近だった。
練度は元より、警備宙域や宇宙船設備の知識でさえ不足し不安が残っている状態だ。
そんな現状を打破すべく副長に仮任命された男、松浦誠は燃えている。
隊長である護も認めるその高い能力は、いかなる状況に対しても冷静に対処し時に仕事を任せれば完璧に近い形で結果を出す上にその姿勢は自分が出来ることに対して手を抜く素振りも見せない。
彼は同レベルと認めた相手(護)が絡むと、悪ふざけや競う合うことを優先してしまうがそれ以外は文句もつけようもない人材だ。
ちなみに彼はケンカ相手を求める闘争心溢れる性格に反して、長めの髪と高い鼻がマッチし外から見る分にはスマートな体型も合わさって、なかなか美形である。
そんな彼は今マイクをオンにし、訓練の開始を時間告げる。
「それでは本日6回目の訓練行う。先程、柱に頭をぶつけて怪我をした人形を救護担当は速やかに医務室へぶち込め。2番通路は火災が発生、乗組員は速やかに宇宙服の着用手順を確認し、着た想定で消化活動を行うように。そろそろ起床時間なので仮眠組も起こすぞ、全員時計は見ないようにしろ、体感十分から十五分後の発生を想定する。」
航行中であり、さらに小さな船である上に半舷が休んでいる状況では、あまり大きな訓練を行う事は出来ない。
だが彼は、小さな動作を行うイメージトレーニングに近い形の小規模な訓練を何度も断続的に行うことで、現状必要と思われる部分を重点的に乗組員の体と頭に叩き込もうとしていた。
・どこで何が起こったのか?
・どこに何があるのか?
・発生時に、誰がどこにいるのか?
・通常の場合、誰がどこにいるのか?
・緊急時でのトラブルなどの対処法は?
・自分は今、何をすべきなのか?
などの基本的なことでさえ宇宙でパニックになってしまえばそれを把握することは困難である。
それを少しでも軽減するために狭く動きが取り難い、航行中の元旅客船内でも、彼は可能な範囲で訓練を行わせているのだった。
しかし、今度は「訓練と称して」大音量を使って護達を起こすため、切っていた仮眠室のスピーカー音量を最大にして予定時間まで待つことにした松浦は、白い目で見ている高野を気にも止めない。
「お前、この旅が終わる前に宇宙に放り出されるんじゃないか?」
「訓練だから仕方ない、本番でも起きて貰わないと困る。」
「そういった「建前を悪用していないかどうか?」を、もう一回考えてみないか?」
「ふむ、確かにな、だがこういったことは船内では付き物だ、むしろ無い方がおかしい、そうだろ?」
スポーツ選手のような生活を送ってきた高野にとっても日々の悪戯や時に過剰なやり方をすることは、日々のマンネリを改善するため、必要なことでもある気はしている。
だが、こんなやり方では訓練の浅い初搭乗の乗員がたまらないだろうと高野は、言葉を続ける。
「けどな松浦、みんな緊張でピリピリしてるから寝ようとしてもたぶんあまり寝付けていないだろう、お前が考えたメニューをやって貰うからには万全の状態で含む所もなく真面目にやって欲しいと思わないか? だからこういう事は皆に余裕が出来てからやるべきだと思うんだ。」
(ふむ……確かにその通りだ、護ならこの程度は大丈夫だと思ってしまっていた、他の隊員の事もあるな。)
「……悪かった、悪戯は取り止めだ。だが、時間だから起きては貰うぞ?」
(こいつが俺の話を素直に聞いただと!? 明日は隕石同士が衝突でもするんじゃないのか?)
「――――おっおう……理解ってくれて嬉しいよ……なら今回はスクランブルではなく、優しく起こしてきて貰おう、人選は分かるな? 松浦。」
「! 高野、お前もなかなかやるじゃないか、では放送ではなく集音マイクの方に切り替えよう、訓練は一旦中止だ。相葉隊員、聞こえるか?」
「はっ、はい! なんでしょう副長!?」
「緊張しなくていい、そこにいる皆に訓練の中止を通達してくれ、終わったら一度コックピットへ頼む。」
「? わかりました副長、それでしたらコーヒーをお持ちしましょうか?」
「助かる、高野と俺の二人分頼む。」
軽めの訓練とはいえ何度も訓練が続き気を張っていた分が一気に体にきたようで、中止を通達された3人は自分の椅子にへたりこむ。
主に御影警備隊に舞い込む書類や必要物資の管理を担当する女性隊員である「相葉美菜」は、本来は実働部隊にはそぐわない頭脳派といった人物である。
背丈はそれなりにあるのだが、どちらかというと本の虫であったりするインドア派で、その性格も大人しい。
ナンパや求婚される事が何度も起きているにもかかわらず、うろたえがちで押しに弱く、荒事を好まない。
容姿は整っており、付きまとっていた男からは姫様とも比喩されるそのイメージ通り可愛い系黒髪の美少女だ。
そんな彼女も、もちろん疲れてはいたが、その真面目な性格で部隊の役に立ちたいという一心で、普段からなんでもやろうとしているようだ。
コーヒーを二人分入れ、二人の元をへ向かう途中に彼女はあることに気がつく。
(あっ、隊長たちが起きたら、その後に私達も休息だからコーヒーはまずかったかな?)
そんな乗員たちを乗せた船は、まずは6時間、計画通りに移動を続け目的地へ近づいていくのであった。