第一話 御影警備隊の出撃
山城歴157年 逆巻市 港湾区域 宇宙船ドック
現在発見されている宙域の中でも比較的に遠い場所にある資源地帯。
そこに建設された要塞は後に、資源採集のための中継基地兼居住地として「逆巻市」となった今もそこにある。
そして要塞「逆巻」だった頃から存在する「逆巻市」が誇るこの宇宙船ドックには去年に新設されたばかりの警備隊の隊員12名が集結し、出撃の時を待っていた。
この新しい警備隊の隊長は隊内でも若い方であり、見た目は眼が若干上がり気味で少々きつそうな印象を受ける。
しかし、上のものには礼儀正しくするようにと、とある人物から躾けられているために実際に会って話すと真面目な好青年といった21歳の男性だった。
そんな若くして自らの名前を部隊名に付けられる名誉に浴した彼、御影護は隊の制服をまとい、軍艦である星彩型の近くまで交代の挨拶に赴いている。
その相手である投影機で映し出された女性は軍人であり艦長であるはずなのだが軍服を着た背の低い若い女性であり、とても凛々しくは見えるものの、どちらかと言えば秘書官のような風貌だ。
飾り気のない軍帽が、とても良く似合っている。
「それでは御影隊長、後をお願いします。」
「了解です、御影警備隊は4月10日10時00分、駐留艦隊所属の星彩型15番艦と交代、作業船の警備にあたります! お疲れさまでした!」
「はい、ありがとうございます。やっと修理ができます……そちらは初任務なのに引き継ぎも出来なくて本当にごめんなさい。」
「いえ、さすがにメインスラスターが故障したままのお帰りは大変だったでしょう、こちらの事はお気になさらず、ゆっくりとお休みください。」
「お気遣い感謝します。失礼ですけど成人……してるんですよね? 今度一杯奢らせてくださいね! まあ、私は飲めませんけど。」
「楽しみにしております、先輩!」
「くー、やっぱりいいですよね先輩呼び! 私はここだと末っ子なので、そういうのは無性に嬉しいです……おっと。」
二人は思い出したようにお互いに敬礼を行う。
そして御影隊長が背を向けると星彩型15番艦の艦長は嬉しそうに笑いながら彼が向っている警備隊が所有する船を見つめる。
本来の姿はただの旅客機なのだが、武器が備え付けられコックピット部分や各所に無骨にも装甲タイルが貼り付けられて形状も変わっている。
客室をくり抜かれたと思われる箇所には、普通なら機体内部の奥深くに搭載されるはずのシールド用のジェネレーターが外からでも見えるように顔を出していた。
しかし、そんな取ってつけたような船を見ても、艦長は事情を知っているのであえてツッコまないし笑う気もない。
ただ、先程まで喋っていた若者がこんな船に乗り込み宇宙で警備活動をするのだ。
そんな勇気に感嘆したのもあるが、自分達が守ってきた市民の初仕事を見送れることが、とても嬉しく感じられたのだった。
通路通って船に向う彼に、彼女はいつだったか誰かを見送ったように背中から声をかける。
「良き旅路でありますように。」
「ありがとうございます!」
そうやって見送られた御影護は軽く振り返って手を振り、無重力の中を船を目指す。
そして、船の前で整列している、宇宙服を着た隊員十名の前に立つと号令を発する。
「全員揃ってるな? 搭乗を開始するぞ! 星彩が帰ってきているから採集船は作業が出来ずに待っている状況だ、時間がないぞ!」
「はい、各班点呼は済んでいます、搭乗!」
「了解!」
「訓練を思い出せ! 船内ルールを徹底しろ。」
「整備班の席は最後尾だ、急げ。」
「御堂、左の端末につけ! 最短でいく、フォローを頼んだぞ。」
皆が訓練を繰り返し無重力での移動や作業にも慣れてきているため、初任務にしては整然と行動が出来ていた。
全員が乗り込んだ所で隊長兼艦長である御影護から訓示が行われるはずだったが、目的地まで半日と先が長く、緊急だったため省略される。
(本人が嫌がったためでもある)
ただ、軍船などによる警護宙域以外での作業は基本的に禁止されているので、現在は止まっている作業船を動かすため急いでいた事も事実だ。
パイロットの松浦誠は、その「急いでいる」という理由から特例として他の隊員と共には並んでおらず、始めからコックピットの操縦席でスタンバイし、エンジンを温めて待っていた。
だが、彼は待ちきれないのかパイロット用の宇宙服に搭載されている無線のスイッチを入れる。
「護、もういいか?」
「まだ我慢しろ、そして隊長と呼べ!」
「まもっ……隊長! 各部チェック終わりました気密も確認済みです。」
「よし、ドックを出るまでは自重しろよ……松浦?」
「全員に通達! 揺れるからしっかり掴まっておけよ、発進する!」
「おい! まず返事をしろっ!? うわっ!」
ろくな合図もなしに出発したこの元旅客機は、ドック内での法定速度ギリギリで航行を始め、早々とゲートの開閉を要求。
内のゲートと外のゲートの間で待機し、外側のゲートが開らくと、宇宙船ドックの外へ飛び出す。
急な発進とゲートから飛び出す勢いで隊員達の体が揺らされる。
それでも念願の初出撃を果たした事で皆が歓声(悲鳴)をあげる中で、船内にきれいな声をした放送が流れ始める。
「本日は、当機をご利用いただき、誠に有難うございます。当機はこれより、第一資源採集宙域へ向かいま、あら?」
一拍一拍、置きながらのゆっくりめな口調の放送を護が隊長権限を使い、手元のコンソールを使い止める。
「えーっと、真希ちゃん? 悲しいけどさ、この船はもう旅客機じゃないんだよ? だから……。」
「ああっ! すみません、どうしても! どうしても、もう一度! もう一度だけ、お客様にアナウンスしたかったんですぅ。」
と、訴えかけるような声色でこんな事を言っているが「この声の主」は、訓練中からこの調子で五回以上は同じことを繰り返している。
そんな元旅客機に搭載された人格を持ったAIである真希はあまり悪びれた様子もなく、ゆっくりと立体映像として現れた。
その姿は昔の客室乗務員服が来ているデザインの古そうな上着と、その役目に似つかわしくないような大きめのロングスカート、小さめの帽子を被った二十代の女性といった感じだ。
しかし、彼女の容姿は時に自在に服や年齢具合を変えるため一概には言えない面もありながら、天真爛漫といった性格も相まって掴みどころがない上に実体もないときている。
そんな彼女に物理的にお灸を据えることなど不可能なので言って聞かせるしか方法はないのだが、長年に渡りお客様を相手にしてきた海千山千の客室乗務員さんを相手に説教をするにも若い護には荷が重かったようで、どうにも遊ばれている感じすらある。
更に都合の悪いことに、旅客機から警備船となってしまい不満げなこのAIは、主に警備隊の情報処理を担当する小兵の男、御堂輝一と仲が悪いようだった。
「生意気なAIだな、不景気になってから一番! に廃船にされたくせに、あっ! 廃船の本当の理由ってこれじゃね?」
「あーあー聞こえません! 聞こえません! そうだ、本来人間であっても新米は管理AIの下に付くんですよ~知ってました?」
「別に警備隊員ってわけじゃないだろ君は、叔父に頼んで逆巻港のバス会社に転職させてやろうか?」
「――――いいですか輝一さん、宇宙を駆けてきたAIにはAIのプライドがあります、それを理解せず何にでも取ってつけた所で――――」
「うん、もういいからおとなしくしててくれ、隊長からのお願いだ。」
毎回この流れでなかなか指示が出せず困っていた護を、「まだまだ甘いな」などという顔で見る二人。
それを無視して船内での作業を各隊員と確認した後。
「……本当は仲がいいんじゃないか?」
そんな独り言を言いながら、護はコックピットにいる高野と松浦の元へ向うと操縦席にいる松浦を怒鳴りつける。
「貴様、急発進するなとあれほど言っても解らないようだな、ここで降りるか松浦?」
頑丈なパイロット用の宇宙服であることも構わず、護が思いっきりヘルメットをつかみ揺らすが、何事もなかったかのように、松浦はそのまま話始める。
「――――わかった……護! 戻ったらいつかの決着をつけよう! いつもの場所で待っている。」
「お前の戦闘狂乱者ぶりに付き合っていられるか! 今度こんな真似したら次は待機所でお留守番だ! わかったか!?」
「――――ちっ……。」
「返事をしろぉ!?」
「まーまー護、いつもみたいに見えるけど初任務だからみんな興奮してるんだろう。多めに見てあげてくれよ。」
「高野、悪いがもうストレスで胃に穴が空きそうだ、なんで俺が隊長なんだ……いや、確かに事件の責任者は俺だけどさ。」
(まあこれだけ好き勝手やられてもまだ耐えてるし、その度量の広さも買われたんだろうがな、元々「心」の沸点が低かったあの護はどこへやら)
親友と呼べる五人の中で二番目に付き合いが長い高野英二は昔の護を知っている分、苦労を自分から背負い込みながらも、いい方向に向っている親友を見て安心する。
そして出来る限りは支えようと考えてはいるようだ。
彼は優しげなスポーツ男子であり、筋肉質ではあるが誰にも威圧感を与えない、ちょっと不思議な感じの男性であり、年中短髪でその髪は赤みが掛かった色をしている。
今は副操縦士として松浦の隣の席で宇宙服を着ているが、操縦を松浦に任せて搭乗席を護の方に向けて話す。
「隊長には言うまでもないだろうけど今回の任務は交代しながらの長期間の勤務で5日から7日、長引けば10日を越えるんだ、到着もあと半日は先だから、まだ眠れないだろうけど予定通りに半舷で仮眠を取っておいた方がいいんじゃないか?」
「そうする、しばらく頼むぞ副長、ってそう言えば副長は持ち回りだったから正式には、まだ決めてなかったな。」
「今のはボケ? 相葉ちゃんでいいんじゃないか? 必要な書類や物資の管理をほとんどお願いしてるし、そういう所に詳しくないと。」
「いやー無理だろ、交渉なんかで代理をやらせたら相手に強気で押されて押し切られそうだ。」
「うーん、そうだなぁ。」
それを聞いた松浦は、船が安定したのか高野と同じように操縦席のコンソールから手を離し搭乗席を回転させると足を組む。
「護! やぶさかではないぞ!?」
「暴走しなけりゃ俺より優秀だから本当は、任せたいんだがなぁ。」
「お前がいない時はしないから信じろ。」
(さっそく暴走しておいて信じられるか! というか俺がいる時はするんかい!)
護は考え込むと高野を指名しようとしたが、彼は基本こういった事をやりたがらないのでどう説得しようか迷う。
「よし、とりあえずは高野と松浦両名で頼む、二人共頼んだぞ。」
「おい護、もしかして俺がこいつを常に見張る感じか?」
「さあな、俺は寝る」
半舷(隊員5名)に休息を命じ、隊長である護も旅客船を警備船に改装した後も残された元一号客室において、専用の器具を使い御堂と二人の隊員と共に休息を取る。
(残り2名は女性隊員なので別室)
しかし初出撃という状況とまだ疲れるようなことなど何もしていない彼らは仮眠すら取ることが難しかったようで、話す者、端末を操作する者と様々だ。
護も眠れずにどうしても考えてしまう、たった一年しか訓練できていない警備隊で、市長は一体何をさせるつもりなのか?
このように逆巻市の管理下にある、資源採集船の航路と第一資源採集宙域、そこでの警護を護たち御影警備隊が担うことになった。
これは緊急任務ではあったものの、護たちでもこなせる任務で、初任務としては手堅い仕事と思われる。
だが不況に喘ぐ逆巻市の現状を考えても「市長」が発案し、市議会から承認された、この警備隊設立にはこの先に、もっと大きな仕事を予感させる「何か」が存在することを護は感じ取っていたのだった。