刻々と
レミたんの次は志摩さん。
さっきのレミたんを見た後だからか、その表情はとても固い。
時間制限があるから、回さないという選択肢もないし。
志摩さんは何度か深呼吸を繰り返した後、
「じゃあ、行きます」
と言って、端末に触れた。
出た目は5。
そこはまだ誰もいないマスだ。
志摩さんは一歩一歩ゆっくりと移動する。
最悪を恐れるように。
7マス目につくと、アルの声が聞こえた。
『このマスに止まったプレイヤーのあなた! 財布をスリに盗まれる。マイナス五万円になったよ!』
「マ、マイナス……」
志摩さんは自分の端末を見て、ほっとしたように笑った。
肉体を傷つけるような内容でなかったからだろう。
ステータス上の変化なら、今後挽回はできる。
志摩さんの次は田辺さん。
蓮君を安心させるようににっこり微笑むと、回転するダイスに触れた。
画面上に表示されたのは4。
スタートから5マス目は、最初に智美が停止したところだ。
智美はその事に気づいたのか、小さく舌打ちする。
「アルが言ってた協力って、この事なのかしら」
突然、美知佳さんが切り出した。
静まり返っていた時だったので、みんなの注目を一身に浴び、美知佳さんは頬を赤らめて俯く。
「どういう事ですか?」
志摩さんが尋ねると、美知佳さんは髪をかき上げながら下向きに目線を彷徨わせる。
「えっと、対戦ゲームなのに、協力ってどうするのかなってずっと考えてたんです。
コース上のマスから出ることはできないから、直接的な交流はできないし、できる事といえば、こうやって自分が引いたマスの内容を教え合う事ぐらいじゃないかなって」
自信がないのか、何度も自分の考えを確認するように言葉を区切った美知佳さんに、志摩さんは何度も首を縦に振りながら頷いた。
「私もそう思います。マスの内容を伏せようとしても、誰かがそのマスに止まって話したら意味がないですし」
「でも、どこどこはどんな事が書かれてるって、そんなに重要かしら?」
志摩さんと美知佳さんの会話を聞いていた田吾作さんが、割り込んだ。
美知佳さんは口元を抑え、考え込む。
「今後、重要になってくるのかもしれませんね。もしくは、協力しないといけないなにかがあるか」
志摩さんはそこで会話を切った。
邪魔をしてはいけないと会話を見守っていた田辺さんの端末から、アルのカウントダウンが聞こえてきたから。
5マス目に移動した田辺さんは、緊張した面持ちでアルの言葉を待った。
『このマスに止まったプレイヤーのあなた! 誰かが止まる度に一万円失う!』
田辺さんは先にいる智美と、自分の端末の画面を何度も見直す。
「あの、すみません」
田辺さんが悪いわけじゃないのに、田辺さんは智美に深く頭を下げた。
智美はなにも言わない。
きっと智美の画面ではマイナス一万円となっているのだろう。
言いたくなかった気持ちもわからなくはないけど。
次は蓮君。
蓮君は田辺さんと離れた不安からか、眉をへの字に下げたまま端末の画面に触れた。
画面に表示された数字は1。
わたしと同じマスだ。
蓮君はぴょんっと一歩進み、移動する。
そして聞こえてくる、アルの言葉。
『このマスに止まったプレイヤーのあなた! 身に着けている衣類をひとつ失う!』
わたしは蓮君の隣でしゃがみ、目線を合わせた。
「大丈夫? 靴下とかにする?」
蓮君はこくんと頷き、床に座り込むと靴下を脱ぐ。
黄色の新幹線の靴下。
足の裏の部分には、蓮君の名前がひらがなで書いてあった。
蓮君はそれを見て目元を滲ませる。
「お父さんかお母さんが書いてくれたの?」
蓮君はこくんと頷いた。
文字を見て、会いたくなったのかもしれない。
そう思ったわたしは、蓮君の頭をそっと撫でた。
「早く終わらせて帰ろうね」
蓮君はもう一度こくんと頷く。
そして靴下から手を離した。
跡形もなく燃える靴下。
いくら自分で希望してきたからって、こんな子供参加させるの、相当頭おかしいでしょ。
蓮君がそのうち危険な目に合うんじゃないかと考えると、胸にずしっとした不快な感情が広がる。
マスが同じであればこうして触れることもできるが、マスが変わればそれも不可能だ。
離れたマスから蓮君を心配そうに見ている田辺さんを蓮君に教え、蓮君は田辺さんに笑顔で手を振った。
「じゃあ、いきます」
次は悠仁さん。
「えっと、出たのは4です」
悠仁さんの言葉通り、10マス目がコースに浮き上がる。
「おい! おいていくなよ!」
穴から顔だけだした金髪男がいうと、悠仁さんは困ったように首筋を指で掻く。
「そんな事言われてもな」
「待ってて!」
「カウントダウンくらってしまうから無理」
軽々飄々としたやりとりを交わした悠仁さんは、新たに表れた10マス目まで移動した。
もちろん、お人形さんも一緒に。
頬が強張っているが、金髪男との掛け合いが気分を和らげたのだろう。
なにかがあっても、お人形さんがいる悠仁さんは一回だけ身を守れる。
そのことは悠仁さんにとっての、強味だと思った。
しかし、聞こえてきたアルの声を聞き、わたしたちの考えは間違いであったことに気づく。
『このマスに止まったプレイヤーのあなた! お人形さんが手を繋ごうとして、利き手の骨を砕く! お人形さんを所持していない人も、お人形さんと会えるラッキーチャンスだよ!』
利き手を砕く。
またも残酷な内容に、悠仁さんの顔から血の気が引くのがわかった。
「ま、まじで?」
後ろに後ずさる悠仁さんに、金髪男が、
「お前人形持ってるから大丈夫っしょ!」
と声をかける。
悠仁さんはお人形さんを見た後、ほっとしたように深く息を吐きだした。
「危なかっ……」
コキュっ。
関節球が擦れる音。
なにか言いかけていた悠仁さんの隣にいたお人形さんが、突然動き出し、悠仁さんの右手首を掴んだ。
「え?」
驚いて目を見開いた悠仁さんの顔が、硬いものが砕かれるような音と共に痛みに引き攣る。
洞窟内に響く絶叫。
目の前の光景より、叫び声が恐怖心を煽る。
目を、耳を閉じ、逃れようとしても、それは容赦なくわたし達の心に浸透してきた。
お人形さんが悠仁さんの右手首を、躊躇することなく握りつぶしたのだ。
お人形さんが掴んでいた手を離すと、ぐわんとありえない方向に曲がった手を抱えて、悠仁さんが床に転がった。
「悠仁っ! 大丈夫か!」
金髪男が声をかけるけど、悠仁さんの耳には届いていない。
「くそっ! 身代わりになるんじゃないのかよ!」
金髪男は穴の中の小石を握り、お人形さんに向かって投げ付けた。
それはお人形さんの右目に当たり、ひびが入ったが、お人形さんは停止したまま。
「お人形さんはお守りというわけではなくて……私達に危害を加えるものでもあるという事ですか」
志摩さんは悔しそうに唇を噛んだ。
マスの中を自由に移動できないわたし達は、悠仁さんになにもできない。
蓮君の耳を、目を両手で覆ってあげる事だけ。
次は我が身なんだ。
「蓮君、ごめん。次、わたしの番だから」
そういって蓮君の顔から手を離した。
蓮君はなにか起こったのかわかっていたのだろう。
青白い顔をしていたが、こくん、と頷き一歩離れる。
スカートのポケットから取り出した端末を持つ手が、小刻みに震えていた。
回転するダイスが、わたしを急かしているみたい。
背後では悠仁さんの苦しむ声が聞こえている。
それでも、ゲームを続けなくてはいけないこの状況は、あまりにも酷だった。
止まったダイスの目は、6。
8マス目という事になる。
ここもまだ誰も内容を知らない。
わたしは蓮君の頭を、田辺さんにみたいにぽんぽんっと撫でた。
(姉ちゃん、無事に帰るからね。空)
蓮君と弟の姿を重ね、そう心の中で呟く。
そしてマスからマスへ、移動した。
「悠仁さん! 大丈夫?」
8マス目についたわたしは、2マス前にいる悠仁さんに声をかける。
悠仁さんは涙でぐしゃぐしゃな顔を上げた。
とても大丈夫だとは思えない。
ぼーーっとした顔のまま、なにも言わなかった。
『このマスに止まったプレイヤーのあなた! お人形さんと縄跳びをするよー!』
「え? 縄跳び?」
アルの声と共に、あの関節球が擦れる独特な音が聞こえる。
でも、出入口の方にその姿はない。
「どこにいるの?」
周囲を見回すけど、松明の明かりだけではよくわからない。
きょろきょろとお人形さんを探していると、
「あそこ!」
と、蓮君が天井を指差した。
うっすらとだけど、天井に蜘蛛のように張り付いて移動する白いマネキンの姿がある。
手と足を器用に動かしてわたしの頭上に移動してきたそれは、そのまま下に落下した。
それは本当に蜘蛛みたいに。
「これと……縄跳びって」
一体どうやるのか想像できないんだけど。
困惑しているわたしの傍に、お人形さんが近づいてくる。
枠の見えないバリア的なものは、お人形さんにはなんの影響もないようだ。
指の関節までしっかりと再現されたお人形さんの手に握られたものを見て、わたしは眩暈がしそうになる。
鉄のワイヤーみたいなもの。
「まさかこれが縄跳びとでもいうの?」
嫌な予感しかしない。
お人形さんはそのワイヤーみたいなものを、縄跳びをするように両手で持った。
何回跳べるか競うという内容なら、どう考えてもこの人形相手じゃ分が悪すぎる。
お人形さんはそのまま動かない。
どうしたのかと思っていると、端末からアルの声が再び聞こえた。
『ルールは簡単だよ! お人形さんと一緒に三十回跳ぶだけ! クリアーできたら一万円貰えるんだ! だけど一回でも引っかかったら罰ゲームだよ! 頑張ってね!』
お人形さんと一緒に縄跳びを跳ぶ。
確かに聞いただけだと簡単そうだ。聞いただけならね。
お人形さんが手にしているワイヤーが、真っ赤に変化している事に気付き、背筋がぞっとした。
「木村さん! その縄跳び、嫌な予感がします!」
志摩さんに言われなくても、わたしもわかってる。
普通の縄跳びじゃないって。
きっと、失敗したらとんでもない事になる。
そう思うと、体の震えは大きくなっていった。
「冴女」
田吾作さんの声。
わたしが振り向くと、田吾作さんが真剣な表情をしていた。
頑張れって言われるのかなと思っていると、
「縄跳びってなに?」
と、予想外な事を言う。
「え? いや……それ、今聞く?」
田吾作さんは頷く。
いや、もう、なんていうか、マイペースすぎる。
緊張でがちがちになった体から、力が抜けるのがわかった。
「後で説明するから、とりあえず見ていて」
そういうと、田吾作さんはこくんと首を縦に振る。
今から集中しないといけないのに、あまりにも田吾作さんが空気読めなさ過ぎて呆れてなにも言えない。
ワイヤーを構えるお人形さんの前に移動したわたしは、縄を一緒に跳べるぎりぎりの近さに移動すると、始まりを待った。
そして、
『じゃあ、構えてーー! 用意、スタート!』
アルの掛け声とともに、お人形さんが手首を回す。
赤く変色したワイヤーは、縄跳びとは違い、空気が重く熱を感じた。
まずは一回。
小学生の頃にした大縄跳びぐらいの速度で回されるワイヤーを、お人形さんと一緒に跳ぶ。
顔に、体にかかる空気が熱い。
ワイヤーが赤く変色したのは、電熱線だったから?
二回。
ちらっと見えるそれは、皮膚に触れると簡単に切断されてしまいそうだ。
三回。
少しタイミングを間違い、内心慌てる。
線には絶対触れたくない。
そこからはリズムに慣れてきたのもあり、十回二十回と順調に跳び進められた。
嘘みたいに体が軽い。
田吾作さん、わたしの緊張を解くためにあんな事言ったのかも。
そう思うと、まだまだ頑張れる気がした。
しかし、二十八回目。
あと四回で終わりだと思った油断がいけなかったのか、靴下がなかったせいか、ローファーが片方脱げてしまった。
「あっ!」
美知佳さんの声と、ジュッという音と共に漂う焦臭。
見ない方がいいとわかっているのに足元に目を向けると、真っ二つになったローファーの残骸が足元にある。
脱げたローファーがワイヤーで切断されたのだろう。
ぞっとして足がもつれた。
後ろ向きに倒れそうになり、必死に立て直そうとするも遅い。
わたしは思いっきり尻もちをついてしまった。
「きゃあっ」
美知佳さんの悲鳴。
ああ、終わった。
身構え、その時に備えていたのだが、予想していた痛みはない。
固く閉じた目を開くと、お人形さんはワイヤーを手にしたまま、また、蜘蛛みたいに手足で床を這うように移動していた。
カタカタと、関節を鳴らし、暗闇に消えていく。
「なんで? わたし転んだのに」
端末を見ると、画面の左下に所持金、一万円という文字が出ていた。
「今、転ぶ前にちょうど縄を超えたのよ」
茫然とするわたしに、田吾作さんが教えてくれる。
「え? 超えたって、わたし?」
「そうよ。大きなお尻で良かったわね」
田吾作さんは嫌味でもなんでもなく、素直にそう思っていったんだろうけど、わたしは恥ずかしくて顔に熱が集まるのがわかった。
お、尻って!
「田吾作さんの馬鹿っ!」
田吾作さんは肩を竦める。
なんでわたしが怒っているのかわからないみたいに。
でも。
ぎりぎりのところで助かったのは確かだ。
切断されたローファーは、縦に真っ二つになっていた。
運が良かっただけで、跳ぶ残り回数がまだあったらわたしの体がこうなっていただろう。
床に描かれたマスが増えていく度に、刻々と死への道を進んでいるような、そんな気がした。




