残酷な程に
無事に1ターン目が終わり、次は金髪男の番だった。
しかし金髪男は一回休みになっている。
「一回休みとか、まじで萎えるんだけど」
金髪男は苛立ちを持て余したような顔で、穴の中に転がっていたらしき小石を、あちこちに投げた。
「ちょっと! 何個か当たったんだけど!」
足首にちょこちょこ石粒があたると、地味に痛い。
「あっ」
顔を歪めた金髪男が離れたところにある松明を狙って投げた石が、狙いをそれ、田吾作さんの左肩に当たった。
「わ、悪りぃ」
以外にもすぐに謝った金髪男だったが、言わんこっちゃない。
「悪いじゃなくて考えたらわかるでしょ!」
「うっせーな、女子高生。俺はパンクなお兄姉さんに言ってんだよ」
「お兄姉さん? 変な言い方するなっての!」
わたしと金髪男が言い合う中、当の田吾作さんはキョトンとした顔をしていた。
「田吾作さん、大丈夫?」
言い合うのも無駄だと気づき、田吾作さんに声をかけると、田吾作さんは目を細めて頷く。
「大丈夫よ。アタシの事で怒ってくれてありがとう」
「え? あ、いや。危ないと思ってたし」
「そうね」
けっこう大きな石が当たってたけど、痛くはなさそう。
わたしは金髪男を威嚇するように、キッと睨みつけた。
さすがに自分が悪いという自覚はあったのか、もう言い返してはこない。
「三輪さん。その、なんていうか、次……いいですか?」
わたし達のやり取りと見ていた志摩さんが、座り込んだまま動かない三輪さんに声をかけた。
「あ? ああ……」
三輪さんは毒気が抜けた顔で立ち上がると、自分のスーツの胸ポケットを探る。
「ん? ないぞ」
自分が端末を投げ捨てた事を忘れていたのだろう。
田辺さんが枠から外れた場所にある三輪さんの端末を指差し、
「貴方のものはあそこにありますよ」
と教えた。
そう、三輪さんと田辺さんのマスの間あたりに落ちている端末を。
「は? なんであんなところに……」
「おっさんが投げたからだろ? 癇癪起こしてさーー」
金髪男が、穴から顔を出して言う。
三輪さんの顔が、一瞬で真っ青になった。
「ど、どうしたらいいんだ! この枠からでたらいけないだろう!?」
三輪さんが隣の志摩さんに食ってかかる。
わたしはその間に割って入り、掴みかかりそうな三輪さんから志摩さんを引き離した。
「志摩さんがなにかしたわけじゃないでしょ? 三輪さんが投げただけで」
わたしがそういうと、三輪さんはわたしの首元を両手で掴もうとする。
「なっ!」
わたしは咄嗟に身を捩ったので、三輪さんの手から逃れることはできたが、シャツのボタンがふたつ取れてしまった。
「なにすんのよっ」
わたしはシャツの前を右手できゅっと握り、そのまま三輪さんを睨みつける。
逆に志摩さんが、三輪さんとわたしの間に入ってくれた。
「木村さん。無茶しないでください!」
志摩さんの怒った顔が意外で、そっちに驚く。
「ご、ごめんなさい」
「あ……いえ。すみません。かばってもらったのに」
三輪さんは両手で頭を抱え、ぶつぶつとなにか言っていた。
わたし達の事は視界に入っていないらしい。
「これさ、このままおっさんがやんなかったらどうなんだろな」
穴から顔を出した金髪男が、わたし達が言えずにいた疑問を口にする。
田辺さんはわからないというように首を横に振り、美知佳さんも悠仁さんもこちらを見ようとはしない。
手で取ることはできないし、このまま無断時間が過ぎていくのかと思い始めた頃、三輪さんの端末からアルの声が聞こえた。
『あれれ? 自分の番だって忘れちゃったのかな? 円滑にゲームを進めるのがボクの指名! ゲームを放棄する子は、罰ゲームだよ! それじゃあ、カウント始めるよーー』
「罰ゲーム!?」
三輪さんが反応して顔を上げる。
『10~~ぅ、9~~ぅ、8~~ぃ……』
慌てて端末に手を伸ばそうとしたが、バチっという音がして弾かれた。
指先に血が滲んでいたが、
『5~~ぉ、4~~ぃ……』
アルのカウントダウンが進んでいる事に気づき、再度手を伸ばす。
「ぐあぁあぁぁっ!」
弾かれた時に聞こえる音よりも大きな、三輪さんの叫び声。
右手からは、思わず目を逸らしてしまうほどの出血をしていた。
足元に垂れる血だまりの中に、爪のようなものがふたつある。
そこまでしても、端末を手に取ることはできなかった。
そして。
『2~~ぃ、1~~ぃ』
もう駄目だと思ったその時。
突然端末が三輪さんの足元に回転しながら移動した。
三輪さんは叩きつけるように、画面に触れる。
画面に現れた数字は1。
「おっさん助かったな」
穴から顔だけ出していた金髪男がニヤッと笑う。
「なんでこれが動いて……?」
なにが起こったかわからないと言った顔の三輪さんだったが、「いや、まずは」と、一歩マスを移動した。
またカウントダウンが始まってはたまらないと思ったのだろう。
『このマスに止まったプレイヤーのあなた! 落とし穴にはまって一回休み!』
「地獄の穴にようこそ~~」
金髪男の無駄口にムッとした顔をしているが、三輪さんは金髪男を無視して穴の中へ入る。
「なんで端末が動いたの?」
誰か特定の人物に聞いたわけじゃなかった。
自分が見ていたなかったところでなにがあったのか、気になっただけで。
「山田さんです」
「え? 田吾作さん?」
美知佳さんが頬を少し赤らめ、頷く。
「田吾作さん、どうやったの?」
1マス後ろの田吾作さんに尋ねると、田吾作さんは手にした小石を見せた。
「さっき隼人が投げた石を使ったのよ。何個か足元に転がってたから」
「石を投げて端末を動かしたってこと?」
「そうね」
田吾作さんは何とでもないようなことのように言ったけど、それって簡単にできることじゃないと思う。
とんでもない事をやってのける人だ。
わたしが感心していると、志摩さんが隣で首をかしげていた。
「人はこのマスから出る事ができない。でも、石は見えないバリアに阻まれない。どういう仕組みなんでしょうね」
言われてみればそうだ。
金髪男が穴の中から投げた小石に対しては、あのバチッってやつが起こらなかった。
できること、できないことを知っていくのは、今後ゲーム上で差がつく気がする。
田吾作さんは三輪さんにとって、命の恩人と言ってもおかしくないのに、落とし穴の中に入った三輪さんは穴の中にこもったまま。
金髪男が一方的になにか話しているけど、その返答はない。
三輪さんがいた場所に残った二枚の爪が、ゲームの残虐性を表しているようで、背筋がぞっとした。
そんな中、会話に加わることのなった智美が新たに表れた9マス目に移動している事に気づく。
「え? いつの間に?」
端末に耳を近づけ、自分だけが聞こえる音量で、停止したマスの内容を確認していた。
どんな内容だったのか、その表情は良くはない。
「ちっ」
小さく舌打ちするのが聞こえ、智美は自分が履いていたヒール靴を脱ぎ捨てた。
わたしのリボンの時のように、一瞬で焼失するハイヒール。
靴がなくなるって内容だったのかも。
そして、レミたんの番。
「もう! やだなぁ~~ 変なのいるしさ」
消極的なレミたんだけど、文句をいいつつもダイスを回した。
「えっとね、5!」
レミたんが一歩踏み出すと、マスの外にいた人形が、コキュコキュっという不気味な音をたて、1マス分動いた。
「げげっ やっぱついてくるんだ……」
レミたんは目を細め、口を真横に引くような表情のままお人形さんを見ると、11マス目に移動する。
新たなマスの内容に、みんなが注目していると、端末から流れたアルの声に、空気が凍り付いた。
『このマスに止まったプレイヤーのあなた! 事故にあって両足を切断される!』
「……え?」
レミたんの目が大きく見開かれた。
口の端がひくひくと引くついている。
「切断って……そんな、嘘……だよね?」
レミたんは近くにいた悠仁さんに問いかけたが、悠仁さんはばっと顔を横に背けた。
「ね、ねぇ、先生……レ、レミの足がなくなるって、そんなはずないよね?」
レミたんは志摩さんに助けを求めるような眼を向けたが、志摩さんは何か言うとして口を閉じる。
今までの経過から考えて、そんな事ないって安直な慰めができなかったのだ。
「さ、冴女っち! 冴女っちは信じてないよね? 最初からおかしいって言ってたもんね!」
レミたんの必死な瞳が、わたしの顔をまっすぐに射抜いた。
その視線に耐えられず、「ごめん」と言って俯く。
悠仁さんや志摩さん、わたしだけじゃない。
レミたんに話しかけられたみんな、なにも言えなかった。
いや違う。智美だけは表情を変えず、レミたんをじっと見ている。
どんな精神をしていたら、そんな態度ができるのか。
これはデスゲーム《《かも》》しれない、じゃない。
正真正銘のデスゲームだったんだ。
レミたんは床に座り込んだまま、泣いていた。
「ねえ、おかしいって! 切断ってなに? そんな事されたら、レミ、死んじゃう……
お願い、誰か現実には無理だって言ってよ! ねぇ!!」
レミたんが床を両手で何度も殴りつける。
わぁわぁと声を上げていると、露わになっていたレミたんの太もも辺りに赤い線のようなものがあることに気づいた。
「レミたん、太ももの辺りに赤い、線が……」
「……えっ?」
レミたんはニットワンピの裾をまくり、太ももに書かれた赤い線のようなものを見る。
「や、やだ……やだぁぁあぁぁーー!!」
レミたんの絶叫が響く中、ザクっというなにかを切断した音がした。
音のあとすぐに、レミたんの近くにいたお人形さんが倒れる。
「え?」
涙でぐしゃぐしゃの顔のレミたんは、恐る恐る自分の足を確認する。
下着が見える程に捲られたワンピの裾から覗く、白い足。
赤い線は残っているが、切断されてはいなかった。
「足が……ある。レミの、足がある!!」
そういうとレミたんは、自分の足を抱きしめるような体制でわんわん泣いた。
「なにがどうなったんだ?」
穴の中から金髪男が顔を出す。
みんな志摩さんなら理由がわかるんじゃないかと見ていたが、志摩さんは首を横に振った。
すると、田吾作さんがレミたんの横で倒れているお人形さんを指差す。
「あれ」
「え?」
美知佳さんが聞き返すと、田吾作さんは続いてレミたんを指差した。
「あのお人形さんっていうの、レミの身代わりになったんじゃないかしら」
わたしは田吾作さんの言葉に、忘れていた古い記憶を呼び覚ます。
今は亡き、母方の祖母が教えてくれた事。
「身代わり人形……あのお人形さんって、身代わり人形なんだと思う」
志摩さんはわたしが言いたい事がわかったらしい。
「森尾さん、そのお人形の足、切れてませんか?」
志摩さんが声をかけると、メイクがぐちゃぐちゃになったレミたんが顔を上げた。
そしてお人形さんを見て頷く。
「身代わり人形って、女の子だとひな人形みたいな感じの?」
美知佳さんから聞かれ、わたしは首を縦に振った。
「そうだと思う。だからレミたんじゃなくて、あの人形の足が切断されたんじゃないかって」
レミたんはヒクッヒクッとしゃくりあげながら、お人形さんに向かって手を合わせる。
「きもいと思って、ック、ご、ごめん! ヒック、ありがとぉっ」
レミたんの無事にほっとしたのか、美知佳さんの目にも涙が浮かんでいた。
「レミちゃん、良かった」
安堵しているその横顔は、心からそう言ってるんだとわかる。
でも。
「もし、レミたんがお人形さんを手に入れてなかったら?」
美知佳さんはぎょっとした顔でわたしを見た。
こんな事言いたくない。
でも、共通認識は大切だ。
重い口を、なんとかこじ開ける。
「お人形さんを手に入れてなかったら……その赤い線の通りに切断されてたと思う」
「冴女っち? なんで……なんでそんな事いうの?」
レミたんの傷ついた声に、胸が痛んだ。
リボンがなくなった制服の襟元を、右手できゅっと握りしめて続ける。
「身代わりがあったから助かったって事でしょ? じゃあ身代わりがなかったら?」
ここまで言って、美知佳さんもレミたんもわかったらしい。
なにも言わなかった志摩さん、田辺さんも察してはいたと思う。
いつも茶化してばかりの金髪男も黙っていたし、その相方の悠仁さんは自分のすぐ隣に立つお人形さんをじっと見ていた。
三輪さんと智美がどう思っていたかはわからない。
ただ、みんな戸惑っていた。
「も、もうやだ。やめたい」
レミたんはイヤイヤする子供のように、頭を左右に振る。
「レミちゃん……」
美知佳さんはかける言葉を探しているようであったが、なにも言えなかったのかそのまま下を向いてしまった。
「レミたん。途中棄権はできないと思う。そこの智美……さんが言ったようなテレビ番組の企画って線もないだろうし、普通に生活してたら関わる事ができないような、そんな世界のゲームなんだよ。きっと」
これはレミたんに向けたようで、自分に言った事だった。
レミたんはずっと泣いている。
レミたんの太ももの赤い線が、ただ、痛々しかった。




