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グシャ  作者: ウエ木エウ
7/14

駆け引きと打算

 次はレミたんの番だった。

 さっきの話の後だからか、いつもの元気はない。

 切れた髪も痛々しく、黙っていると別人みたいだ。

 レミたんはギスギスしがちなわたし達のムードメーカーだったんだと、今更ながら思う。


「じゃ、回すね」


 レミたんはいつになく真剣な表情で端末を取り出すと、スタート地点に残るみんなの顔を見回した。


「レミは……レミはみんなと協力する! 優勝できなくてもさ、死ぬよりマシだって思うから。だから止まったマスの内容も、ちゃんと教える!」


「レミたん……」


「智美《あの女》に教えるのは癪だけどね」


 そういうとレミたんはにっこりと微笑む。

 回り続けるダイスをタップしたレミたんは、


「あ! 6出た!」


と言って、小さなガッツポーズをつくった。


「ま、優勝できたらぁ、優勝したいけどぉ~~」


 口調が元に戻ったレミたんは苦笑いし、新たに出現した6マス目を目指して移動してく。

 燃えてしまったネクタイだったものの前でまだ座り込んでいた三輪さん、落とし穴の中の金髪男のところを通過し、智美がいるマスを通る時は目が合わないようにしながら小走りで通り抜けた。

 そして辿り着いた6マス目。

 

『このマスに止まったプレイヤーのあなた! お人形さんをひとつゲットだよ! やったね!』


「お人形?」



 レミたんが首を傾げた時だった。

 不意に冷たい空気が流れ込み、背筋がゾクッとする。

 こんな洞窟内で、空気の流れが起こるなんて、あまり考えられないことだろうに。


「あ……あれ……」


 田辺さんの足元から、蓮君の声が聞こえる。

 蓮君は田辺さんの足にしがみつき、わたし達が入ってきた入り口を指差した。

 コキュッ、コキュッという、硬いものと硬いものが擦れ合う音。

 そして、コツコツという足音。

 これには聞き覚えがあった。

 できれば二度と聞きたくないと思うものの音。


「田吾作さんっ」


 わたしは田吾作さんの傍に移動し、左手の服の裾を引く。

 田吾作さんも気づいていたのだろう。

 こくんと頷くと、ヘーゼルの瞳でそれを見つめる。


「あれが……お人形さんね」


 そう、それは初めに田吾作さんと会った時に、わたし達を追いかけてきたマネキン人形だった。

 

「え? なに? あれがお人形さん?」


 レミたんの顔が引き攣る。

 無理もない。

 大きさは200センチくらいだろうか。

 白くつるんとした顔は目鼻の位置はわかれど、表情はない。

 お人形さんは手をくの字に曲げ、まるでマラソンランナーのように大幅に振りながら、足だけはゆっくりとわたし達の横を通りすぎた。

 目的はレミたん。


「やだ……近くに来ないでよ!」


 レミたんがそう言うも、お人形さんの歩みは止まらない。

 ぶんぶんと腕を振り上げ、レミたんの前まで移動すると、レミたんの隣でピタッと停止した。


「こ、これで終わり?」


 ほっとしたレミたんが、お人形さんの顔を覗き込む。

 お人形さんが動かない事を確認すると、安堵したようの大きく息を吐きだした。

 

「よ、よく見るとかわいい感じ? な、なぁんて」


「レミたん!」


 わたしは6マス分の距離があるため、やや声を上げて名前を呼ぶ。


「冴女っち?」


「それ! それにわたしと田吾作さんは追いかけられたの!」


 最初に出会った時に話した動くマネキン。

 それがお人形さんだと伝えたくて言ったのだが、レミたんはぎょっとした顔になると慌ててお人形さんから離れた。

 マスの枠線ぎりぎりの場所まで。


「マジで? 冴女っち、たごっち?」


「ええ。間違いないわ」


 田吾作さんが頷くと、レミたんは「はぁぁぁーー」と深いため息を吐き、巻髪をくしゃくしゃに手でかき混ぜた。


「もーー 頑張ろうって思ってたのに最悪っ! 死亡フラグがたったような気がするしっ! ふざけんなっての!」


 志摩さんの目の前だとかって考える余裕がないのだろう。

 レミたんはわーーっと髪を掻きむしっていたが、隣の智美がクスッと笑った事に気づき、鋭い目を向けた。


「なに笑ってんのよ」


 智美は顔に笑みを張り付けたまま、座り込んだレミたんを見下ろす。


「わかってて参加したんでしょ? なにも知らずに来たとはいわせないわよ」


 蔑むような口調。

 でも目の奥は全く笑っていない。

 レミたんは大きく目を見開いた後、智美の視線を避けるように顔を背けた。


「そこの小学生もそうよ。ずっとおじいちゃんの陰に隠れてるけど、あなただって全て承知で来てるんだから。私は騙されない」

 

 突然自分の事を言われた蓮君は、弾かれたように顔を上げた後、さっと田辺さんの背中に隠れてしまう。 

 そんな蓮君にも、智美は冷やかな視線を向けていた。

 

「あのさ、わたしは色々わかんないけど、小学二年生の子が大人の色々に巻き込まれてるって、相当怖い事だと思うよ。うちにも弟がいるからわかるけど、小二くらいだと好奇心だけで行動することとかほとんどだって」


 ちょっと前までなら、すぐに智美に噛みついたと思う。

 でも、なんとなく気づいた。

 智美は余裕があるような素振りをしているけど、ずっと警戒してるんだって。 

 煙草が切れたのか、ずっと体を小刻みに震わせ、周囲に鋭い視線を向けている智美に同情する気持ちが生まれたのかはわからない。

 智美はそんなわたしを見て馬鹿にしたような顔をする。


「好奇心の言葉だけで片付く問題じゃないと気づいた時、あなたはどんな顔をするのかしらね」


 言葉に常に毒を含ませた事しか言えない智美は、そこまで言った後、口を噤んだ。

 これ以上会話する気がないというように。

 レミたんの次にダイスを回す志摩さんは、気を取り直すように笑顔になる。


「私も情報は共有しながら挑みたいと思います。回しますね」


 そういって止めたダイスの目は2。

 三輪さんと同じだった。

 

『このマスに止まったプレイヤーのあなた! 身に着けている衣類をひとつ失う!』


 アルの声が聞こえ、志摩さんは靴下を選択した。

 片方だけ脱いだが変化はなく、更にもう片方を脱いだところで、三輪さんのネクタイみたいに一瞬で消失する。

 靴下ってセット扱いなんだ。

 布の燃えた何とも言えない匂いが周囲に広がる。


「こんな内容が続いたら、裸になってしまいますね」


 志摩さんは同じマスに止まっていた三輪さんに、そう声をかけた。

 ずっと座り込んだ三輪さんを気遣っての事だろうが、三輪さんは呆けた顔をした後、すぐにいつものむっつりむくれ顔に戻る。


「そんな醜態はさらさん」


「はは、そうありたいですね」


 志摩さんが笑顔で返すと、三輪さんは顔こそしかめっ面のままだったが、ちょっと嬉しそう。

 この世代の人ってめんどくさい。

 見捨てず、相手をする志摩さんの事を見直していた。

 最初はなんだか頼りなさそうな人だと思ってたけど、志摩さんも、美知佳さんも、どんな相手にも態度を変えることなく接している。

 これって簡単なようで、すっごく難しい。

 大人って事なんだろうな。

 志摩さんのお陰で和んだ雰囲気になったところで、田辺さんの番になった。


「早く終わらせて家に帰ろうね、蓮君」


 田辺さんから離れたがらない蓮君にそう言い、田辺さん回るダイスに触れる。

 出た数字は、今まで出したことのない1。


「誰か俺と一緒に落とし穴にはまろうぜ! 一回休みとか、まじだるいんだけど!」


 痺れの切れた金髪男の声が聞こえたけど、誰も反応しない。

 悠仁さんもそれはさすがに嫌だったのかな。


「じゃあ、またあとでね」


 そう言って蓮君の頭をぽんぽんっと撫でた田辺さんは、光るマスを1つ分移動した。

 そして聞こえるアルの声。


『このマスに止まったプレイヤーのあなた! 清掃作業を行い、千円手に入れる!』


「え? あ……見てください」


 端末を見ていた田辺さんは、それを一歩前にいる志摩さんに見せた。

 受け取ろうと手を伸ばした志摩さんの指先が、バチっとした音で弾かれる。

 見ると、右手の人差し指の先から血が出ていた。


「せ、先生、大丈夫!?」


 レミたんが声をかけると、志摩さんは苦笑する。


「大丈夫です。マスからマスを移動する時以外は、この枠の中から出ることはできないようですね」


 そう言って、ズボンのポケットから取り出したハンカチに指先を押しあてた。


「すみません。私が不用意に渡そうとしたばかりに」


「いえ、田辺さんのせいじゃありません。僕の認識不足です。十分予想できたことでしたから」


 田辺さんが気にしないように気遣って笑った志摩さんだけど、かなり痛いだろうな。

 志摩さんは田辺さんの端末を見た後、自分の端末を取り出した。

 

「なるほど。わかりました」


 志摩さんはなにかを確認すると、みんなに聞こえるような声で説明を始める。


「田辺さんの画面の左端、ここに新たに所持金という文字が出てるんですが、これは私の方にはありません。通常だとゲーム上で通貨を用いられた場合、ゴールした順は関係なく所持金が多いものが勝者となるので、アルカヌムもその可能性があります」


 所持金。

 そういえばわたしが子供の頃に遊んだボードゲームも、そんな感じだった。

 結婚したり、就職したりでお金が増えたり減ったり。

 あれも最終的には所持金で勝敗を決めていたと思う。


「つまり、お金をどれだけ増やせるか、が大切という事でしょうか?」


 田辺さんが尋ねると、志摩さんは苦笑した。


「確定はできないのでなんとも言えないのですが……そもそも、どのマスに止まるかは運次第ですし。ただ、気にかけておいた方がいいと思います」


 気にかけておく、か。

 志摩さんは自分も塾の講師という仕事柄か、人に説明したり導くのが上手い。

 いつの間にかわたし達の意見をまとめてくれたりもしているけど、人の事ばかり気にかけていて大丈夫なのか心配になる。

 ゲームが始まるまでの時間が長すぎて、対戦ゲームをしているにも関わらず、慣れ合いすぎている気がした。

 そしてそれが、お互いの枷になるんじゃないかと。

 わたしの目的は勝つことじゃない。

 ゲームを早く終わらせて、家に帰る事。

 さすがに父親はもう帰宅してるだろうけど、入院中の母に余計な心配はさせたくなかった。

 そのためにも、ゲームの特性を掴み、効率よく進めていきたいと思った。

 志摩さんは口にこそ出さなかったが、所持金こそ、このゲームのカギのような気がする。

 前半はまだ金額的に少ないかもしれない。

 でも、金額が大きくなってきた時。

 その時こそ、プレイヤー同士の駆け引きや心理戦が起きるんじゃないかって。

 メモを取ることができないのが残念だけど、停止したマスの内容や、それぞれのプレイヤーの所持金。

 それらをできるだけ記憶していこうと心に決めた。


「じゃ、じゃあ、僕も回します」


 蓮君がズボンのポケットから端末を取り出し、回るダイスをタップする。

 そして止まったのは、1。

 田辺さんと一緒だ。


 『このマスに止まったプレイヤーのあなた! 清掃作業を行い、千円手に入れる!』


 この時、安堵したのは、田辺さんや蓮君だけじゃないと思う。

 なんでこんなに小さな子が参加したのかはわからないけど、できれば危険な目には合わせたくなかった。

 蓮君は嬉しそうに田辺さんの元に駆け寄る。


「ああ、良かった。蓮君」


 蓮君の目線と合わせるようにしゃがんでいた田辺さんは、両手を開いて蓮君を抱きとめた。

 蓮君は田辺さんの背中に手を回し、ぎゅっとしがみ付いている。


「えっと、じゃあ次、自分なんで」


 田辺さんと蓮君のようなやりとりと見るのが苦手なのか、悠仁さんが後頭部を書きながらダイスを回す。

 出た目は6。


「げっ」


 悠仁さんの口から、潰れたヒキガエルのような声が漏れた。


「悠仁! なんだったーー?」


 金髪男の呑気な声。


「6!」


と悠仁さんが答えると、ゲラゲラとした笑い声が聞こえる。


「お人形さんか! めっちゃいいじゃん!」


 その姿を知らない金髪男は悠仁さんを茶化すが、本人は苦い顔をしていた。


『このマスに止まったプレイヤーのあなた! お人形君をひとつゲットだよ! やったね!』


 アルの陽気な声が、場にそぐわなすぎる。

 悠仁さんは重い足取りで6マス移動すると、床に座り込んだ。


「ゆっく~~ん! 待ってたよぉ!」


 レミたんが悠仁さんの肩にしがみ付く。

 悠仁さんはレミたんにされるがまま、前後左右に揺れていた。

 そして。

 いよいよわたしの番だ。

 緊張のせいで、口の中がべたつく。

 

「冴女」


 田吾作さんが、わたしの顔を覗き込んだ。


「大丈夫よ。頑張りましょう」


 わたしは田吾作さんに、にっと笑いながら頷く。

 うまく笑顔がつくれてたらいいけど。

 端末を取り出し、クルクルと回転するダイスにタッチした。

 ダイスは瞬間的に高速回転になり、やがてスピードが落ちる。

 そして停止したのは……


「2、だ」


 三輪さんと志摩さんがいるマス。

 

「おいおい、誰も俺のとこ来ないのかよ!」


 穴の中から金髪男の声が聞こえるが、絶対にそこだけは嫌。

 

「い、行ってきます」


「うん」


 田吾作さんに見守られてる。

 その心強さに背中を押され、わたしは2マス、移動した。


『このマスに止まったプレイヤーのあなた! 身に着けている衣類をひとつ失う!』


 このマスに移動することがわかった時に、なにを選ぶかは決めていたので、迷う事無く胸元のリボンを取る。

 靴下にしようかと思ったけど、ローファーに素足はちょっときつい。

 リボンから手を離した瞬間、それは瞬く間に燃えてしまった。

 次の美知佳さんは1で千円入手。

 その次の田吾作さんも1で、千円手に入れていた。


「なんかゴールまで長くね? これ、ちゃんと終わんの?」


 どんな体制をしているのか、落とし穴から顔だけひょこっと出した金髪男が志摩さんに尋ねる。

 志摩さんは深く頷いた。


「終わらないという事はないと思います。前のゲームの決着がつくまで、新たなゲームを始めません。

 つまり、終わらないことはない」

 

 志摩さんにそう言われたものの、金髪男は憮然とした顔のまま。

 気持ちは良くわかる。

 わたしも同じようなことを思ったから。

 でも和やかな雰囲気でいられたのは、この時まで。

 悩む事も、迷う事も幸せだったと感じる程にわたし達は、ゲームの闇に染まっていく。


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