地底遊戯
テレビ番組の企画。
そういった智美の言葉を信じてしまいそう。
それ程に、目の前で展開される光景は、現実感というものがなかった。
タイミングを合わせて、端末のSTARTと書かれた赤い文字をタップしたわたし達。
画面は白く発光し、それと連携していたかのように、天井の照明が更に明るくなった。
洞窟の中だという事を忘れてしまいそうなほど、周りがよく見える。
ゲームのオープニングのような荘厳な音楽が、どこからか聴こえた。
皆ソファーから立ち上がり、キョロキョロと周囲に目を向ける。
が、ほどんど同じタイミングで一定の場所で止まる。
広い空間の左奥。
つまり、わたし達が座っていたソファーのすぐ近くの床に、白く発光した、四角いマスのような模様が浮かび上がっていたからだ。
それがひとつ、またひとつ、と道を描いているみたいに床に広がっていく。
そう、双六のマスみたいに。
「おお! まじで双六じゃん!」
金髪男が楽しそうに声を上げた。
それを舌打ちしながら見ていたのが三輪さん。
金髪男が気づき、
「あぁ? なんか文句あんのかよ!」
と声を荒げると、三輪さんはさっと顔を横に背けた。
その態度を見て、はっとする。
この人、自分より強い態度に出る人にはなにも言えないんだって。
もやっとしたけど、蓮君の、
「すごい! 田辺のおじいちゃん、これ、すごいね!」
という嬉しそうな声が聞こえて、ぐっと堪えた。
ずっと田辺さんに隠れるようにしていた蓮君。
初対面の大人達の中で、心細かったのだろう。
子犬みたいに怯えていたのに、年相応な笑顔で笑っているのを初めて見た。
そんな蓮君に、田辺さんは柔らかい笑みを返す。
「すごいねぇ。楽しみだねぇ」
って……テーマパークに来たおじいちゃんと孫みたいに。
気持ちを切り替え、再び白く光る四角に目を戻すと、そこにはいつの間にか本当に双六のコースが出来上がっていた。
「……すごい」
誰にいうわけでもなく、思わず漏れてしまった言葉に、美知佳さんと志摩さんが頷く。
「本当にリアルなダイスゲームなんですね」
そういった志摩さんは、大してずり落ちてもいないのに、何度も眼鏡の位置を直していた。
レミたんは志摩さんの右手の袖をくいくいっと引き、自分に注意を向ける。
「先生! もっと近くで見ようよぉ~~」
「え? あ……」
志摩さんはレミたんに引っ張られるまま、コースの方へ連れていかれた。
レミたんの行動力に呆気にとられていると、
「噂に聞いていた通り……」
という美知佳さんの小さな呟きが、耳に入る。
「え?」
最後、なんて言ったかわからなくて聞き返すと、美知佳さんはそれに気づかなかったのか、「山田さん」と言って、田吾作さんに駆け寄っていってしまった。
振り向いた田吾作さんと楽しそうに話している姿は、まるで恋人同士のよう。
こんな状況で、なにしてんだか。
再びモヤモヤっとした嫌な気分になってきたので二人から目を逸らすと、悠仁さんと目が合った。
「……なに?」
尋ねるも、悠仁さんはさっと顔を背けて、コースの方へ早足で移動していく。
「なんなのよ。もう」
ぶつける場所がない苛立ちを感じた。
一人でもやっとしたり、いらっとしている間に、みんなコースの方に移動していく。
「冴女?」
美知佳さんとコース前にいた田吾作さんから、名前を呼ばれた。
田吾作さんは美知佳さんから離れ、わたしのそばに来ると、
「いきましょう?」
と言って、自分の右手を差し出す。
その手に自分の手を重ねると、田吾作さんはきゅっと握った。
恋人同士のような甘いものではなく、母親が子供の手を引くような感じだったんだけど、モヤモヤとしていたものが晴れていく。
「田吾作さん。頑張ろうね」
小さな声でぼそっと言っただけだったんだけど、田吾作さんはこくんと頷いた。
「ええ。そうね」
近くに松明があったせいか、振り向いた田吾作さんの瞳が赤く輝いて見える。
それがあまりにも綺麗で、迫力があって気圧されてしまいそう。
「なに?」
不自然に目線を逸らしたわたしの顔を、田吾作さんが覗き込んだ。
「え? あ、いや……田吾作さんはどうしてここにいたのかなって? ちょっと思ったっていうか」
そんなこと聞くつもりはなかった。
他のみんなと同じような状況だろうなって思ってたし、別に気にしてたわけじゃなかったし。
でも田吾作さんから返ってきたのは、予想外の言葉だった。
「捜してる人がいるの」
「え?」
捜してる人?
「どういう……こと?」
「どういうことって? 人を捜してる、それだけよ?」
「いや、そうじゃなくて……じゃあ、田吾作さんは自分の意志でこの洞窟にいたの?」
田吾作さんは首を傾げる。
わたしがなにを言っているのかわからないように。
「だから、田吾作さんはここからどうやって出たらいいか知ってるの? 自分で来たんでしょ?」
口調が強くなるのが自分でもわかった。
田吾作さんとの会話がとてももどかしい。
田吾作さんは少し沈黙した後、はっとした顔で手を叩いた。
「冴女を連れてきたのはあたしじゃないわよ?」
「いや、そうじゃなくって、田吾作さん、ここどうやってきたの? 出入口わかるの?」
疲れる。
田吾作さんとの会話がとっても疲れる。
田吾作さんはなにか考えていたようだが、はっとした顔になると首を横に振った。
「あたしもここがどこかは知らないわ。目覚めた時、いつもいるはずのあの人がいなかった。だからあたしは捜すことにした。それだけよ」
捜してる……人。
田吾作さんの表情はいつもと変わらない。
でも、目がとても寂しそうだった。
口ぶりから、その人は田吾作さんの恋人なのかもしれない。
古風な名前と真逆の外見から察するに、田吾作さんって本当は日本人じゃないのかも。
だから言葉でのコミュニケーションがうまくとれなのかもしれない、となんとなく納得した。
「目が覚めた時って、その前は一緒にいたの?」
「ええ」
ああ、わかった。
やっぱり田吾作さんもわたしと同じなんだ。
恋人と一緒にいた時に、ここに連れてこられたんだろう。
でも目覚めた時にいなかった。だから……
「田吾作さんの恋人って、男性か女性かわからないけど、早く見つかるといいね。きつくく言ってごめん」
言いたくないこともあるんだろうな、そう察して追及するのをやめる。
田吾作さんはわたしの顔をまじまじと見つめた後、ふっと力の抜けたような表情になった。
「いい子ね、冴女」
いい子って……
頬が一瞬で熱くなる。
「子供扱いしないでよ」
「そうするわ」
あっさり認めた田吾作さんは、そのまま前を見た。
不思議な人。
でも、きっと悪い人じゃない。
そんなことを感じながら、繋いだままの手をきゅっと握りしめた。
「んで? これからどうしたらいいんだ?」
床に現れたコースの前に集まった皆の顔を見回しながら、金髪男が首を傾げた。
所謂スタートの位置に来たけど、端末の画面に変化はない。
コースのマスはひとつひとつはそう大きくはなかった。
三畳あるかないかって感じ。
「私達自身がダイスゲームのコマにならなければいけないと思うので、最初のマスに立ってみましょう」
志摩さんがそういうと、金髪男が「ほいっ」と言って最初の一マスに入った。
すると、シャララーンという音が、金髪男の端末から流れる。
「おっ! ナンバー1って出たぞ! 俺優勝!?」
「なっ! そんな馬鹿なっ」
三輪さんが近くにいた悠仁さんを押しのけ、金髪男の後に続いた。
またもシャララーンという音が聞こえる。
「ナンバー2……」
今までの虚勢が嘘みたいに落ち込んだ顔をした三輪さんの隣に、マスの中に入った智美が並ぶ。
「これは順番ね」
そう言って智美は志摩さんに、端末の画面を見せる。
そこには赤文字でナンバー3と書かれていた。
「えっ!? それなら早く入った方が有利じゃんっ! 先生! 早く入ろぉよぉ!」
「ええっ!?」
慌ててレミたんがマスの中に入る。志摩さんの手を引いて。
それに続いて田辺さん、蓮君、悠仁さんが入っていった。
残った美知佳さんは田吾作さんの顔を見上げ、
「えっと……」
と言いながら、未だ手を繋いでいたままだったわたし達の手元を見つめる。
「二人ともお先にどうぞ?」
そう言った美知佳さんの顔が昏い。
田吾作さんに好意的だった美知佳さん。
全然わたしの顔を見ようとしない。
変に勘違いさせてしまったのかも。
わたしは慌てて田吾作さんの手を振り払うと、「お先!」と言って一人、マスの中に飛び込んだ。
気の抜る音と共に端末に表示されたのは、ナンバー9の文字。
美知佳さんは田吾作さんと残されたことで、戸惑っている。
「あ、あの、お先にどうぞ?」
美知佳さんが田吾作さんに順番を譲ろうとしていたが、田吾作さんは美知佳さんの背中に手を回す。
「えっ? えっ?」
「貴方って優しいのね」
そう言いながら田吾作さんは、美知佳さんを先にマスの中に入れる。
続いて中に入った田吾作さんがラスト。
十一回目のシャララーンが聞こえた時。
明かりが消えた。
目の前の人の顔すら見えない闇に変わる。
「なんだよ! これっ!」
「きゃっ! 誰か足踏んでしょっ やだ、もぉっ」
「田辺のおじいちゃん、どこ?」
「大丈夫、こっちだよ」
がやがやと騒がしい中、床に描かれたマスが白く発光した。
わたし達の足元にあるマスだけ。
ボッというガスが着火するような音が聞こえ、周りの壁に設置されていた松明に火が灯る。
人工的な明かりと違い、一気に雰囲気が変わった気がした。
「すごい……」
悠仁さんが呆けた表情でぼそっと呟く。
それを聞いていた美知佳さんが、こくんと頷いた。
「いよいよですね」
「ほれ、見てみろよ! 画面にサイコロのマークが出てるぜ!」
興奮した口調の金髪男が、どんっと肩を寄せてくる。
見せられた端末には、確かにダイスの絵が描かれていた。
枠が骨でできた、透明な六面体ダイス。
それがクルクルと縦回転している。
「え? マッキーのだけ動いてない?」
そう言ってレミたんが見せた端末のダイスは、停止していた。
「自分の順がくると動く仕組みなんでしょうね」
レミたんが、志摩さんをうっとりとした表情で見つめる。
「先生、すごぉい~~」
「え? あ、あはは……」
志摩さんは苦笑いしていたが、困ってるんだろうな、と思った。
「よっしゃ! じゃあやるぜ! って、その前にトイレに行っといれ! なんてなっ」
テンションが上がりきった金髪男は、マスから出てトイレに向かおうとしていた。
しかし、バチっという火が爆ぜる音がして、見えないなにかに弾き飛ばされる。
「隼人!」
悠仁さんが倒れた金髪男に駆け寄ると、金髪男は右足の先をさすりながら、痛みに顔を歪ませて立ち上がった。
「くっそ! いってぇーー! なんだよこれっ!」
「やだ! 血が出てる! ビーサンとか履いてるから…… ちょっと待って! トイレからティッシュ持ってきてあげる!」
そう言ってレミたんが同じように飛び出そうとした瞬間、再びバチっという音が響いた。
髪が燃える独特の嫌な臭い。
床には金髪男と同じように座り込んだレミたんと、そのレミたんの手を引っ張った田吾作さんの姿があった。
「あ……か、髪が……」
クルクルと綺麗に巻かれていたレミたんの巻髪が、右側だけ短くなっている。
「駄目よ。この枠の外にはもう出られない」
そう言ってレミたんを立たせる田吾作さん。
「出られない?」
智美が眉を寄せながら、田吾作さんに聞き返す。
「ええ。よく見て。この枠の線の部分を。
うっすらとだけど、緑色の膜のようなものが見えるでしょう?」
「本当。なんかある」
膜っていうか、なんていうんだろう、こうの。
光でできたカーテンみたいな感じ。
「レーザー……ですか?」
志摩さんが田吾作さんに尋ねたが、田吾作さんはひょいっと肩を竦める。
「さあ? でも体を傷つけるものなのは間違いないかもね」
今いるマスの外に出ることができない。
その事実はわたし達を混乱させるのに十分な問題だった。
金髪男の足先を傷つけ、レミたんの巻髪が切れた。
人の体に害をなす、そんなゲーム、今まで聞いたことがない。
「まじふざけんなっての!」
「レミの髪が……レミの髪が……」
金髪男は苛立ち任せに床をどんっと叩いた。
レミたんはショックを受けた顔で、短くなった髪を何度も触っている。
「噂は……本当だったのかもしれません」
それぞれ不平不満を口にする中、志摩さんがぽつりと漏らした言葉が気にかかった。
「志摩さん? どういう事?」
志摩さんはわたしが聞いて事に驚いた顔をしていたが、少し間をあけ、口を開く。
「アルカヌムは、生死を賭けなければ参加することができない」
「生死を?」
「ええ。デスゲームです。だからこそ、勝者の報酬が規格外なのだと」
志摩さんの抑揚のない声が、言葉の現実味を薄れさせる。
デスゲーム?
漫画や小説みたいな?
それに自分達が参加している?
金髪男は回り続けるダイスを見て、「くっ」と声を漏らした。
「リタイアしたらいいんじゃないの? 命かけてまでやることじゃなくない?」
今の状況から言ったことだったが、空気が一変する。
髪が切れてしまったことで気落ちしていたレミたんも、足先を怪我した金髪男も、それを心配そうに見ていた悠仁さんも。
皆、顔から感情が消えてしまったような表情をしていた。
リタイアすると、誰も言わない。
小学生の蓮君ですらも。
それが、マスの中から出ることができなくなったことより、なによりも怖かった。




