戸惑い、そして争い
スマートフォン、タブレット、パソコン……それらでゲームをしている時、広告画面に切り替わることがあると思う。
わたしはさっさと元の画面に戻すんだけど、このアルカヌはその広告でしか知ることのできないものらしい。
都市伝説級のレアなやつ。
気づいた人はラッキーみたいな?
『アルカヌムへの招待状』
と書かれた白文字が黒一色の画面に浮かびあがり、それをタップ、もしくはクリックするとアルカヌムというゲームの参加申し込み画面に切り替わるそうだ。
わたしが出会った、性別も、年齢も、種類も系統も違う凸凹集団は、そのゲームの参加者だという。
色々と詳しく説明してくれたのが、初老の紳士、田辺章一さん。
その背中に隠れているのが小学二年生の少年、山崎蓮君。
周囲を気遣う目で見守っているのが巨乳OL、田尾美知佳さん。
底抜けに明るい自称美容師ギャルは、堀越レミ、通称レミたん。
チャラい金髪大学生は、牧田隼人。
その友人、高木悠仁。
イライラしている中年親父が、三輪勇作さん。
そして、最高に不機嫌要素満載の女が、中井智美。
正直、全員の名前を覚えられる自信はないんだけど、どうしよう。
「女子高生なのに、本当に知らなかったの? アルカヌムのこと。流行大好きでしょ?」
智美は何本目かわからない煙草を吸いながら、わたしを小馬鹿にした目で見る。
なんでこう、いちいち棘のある言い回しするんだか。
一々構うのも馬鹿らしい。
わたしは智美をスルーして田辺さんと話を続けた。
「勝者になれば欲したものはなんでも得ることができる……そんなうさんくさいゲームのこと、なんで信じたんですか?」
好々爺って感じの田辺さんが欲にくらんで、という想像ができなかったから思ったことを率直に聞いたけど、田辺さんは曖昧な表情で笑うだけ。
それを見ていた美知佳さんが苦笑する。
「みんな半信半疑だったはずよ。ゲームに勝てば願いがなんでも叶う……なんて、そんな都合がいい話、本当にあるわけないって」
そんな都合がいい話、本当にあるわけない、か。
いつか当たるかもしれないからって購入する、宝くじみたいなものかな。
なんとなく納得したわたしの隣にいたレミたんが、唇を尖らせ、美知佳さんを睨む。
「レミは信じてたし! みんなってひとまとめにしないでよ、田尾っち!」
「あ……うん。ごめんね、レミさん」
レミたんは大きく息を吐き出すと、「冴女っちぃ」と猫なで声でわたしの両手をぎゅっと握りしめた。
「レミはさ、信じてたんだぁ。お客さんが言ってたんだ、アルカヌムってゲームで大きく人生を変えた人間がいるって! 一生かかっても使い切れない大金を手に入れて、毎日遊んで暮らしてるって!
でも、そのゲームに参加するにはアルカヌムに選ばれないといけないんだよ。冴女っち、レミは信じてたから選ばれたんだからねっ」
「でも……」
興奮した口調のレミたんの後ろから、ぼそっとした男性の声が上がる。
レミたんは眉をきゅっとつり上げ、不快そうに振り返った。
「なによ、ゆうたん!」
ゆうたんと呼ばれたのは悠仁さん。
悠仁さんは落ち着きのない様子で、ちらちらとレミたんを見る。
「どうやってここに来たか、みんな覚えてるの?」
どうやって来たか?
「どういう事?」
わたしが悠仁さんに尋ねると、悠仁さんの顔が僅かに引きつった。
「俺達は、いつの間にか集められてたんだ」
「いつの間にか?」
美知佳さんが曖昧な表情で頷く。
「私は、会社で廃棄の書類をシュレッダーにかけていたはずなんだけど、気がついたらここにいたの」
「私は娘のところに、孫に会いに行く途中でした」
「俺と悠仁は女の子と遊びに行く予定だったんだぜ? まじでさ、タイミング悪すぎだってのっ」
「きゃははははっ! うけるー!」
美知佳さんに続いて田辺さん、金髪男、レミたんと続けざまに話す。
なんでみんなそんなに落ち着いてられるの?
どう考えても異常な状況なのに、取り乱す人はいない。
小さな蓮君や、一番常識がありそうな田辺さんも。
異様な雰囲気に気圧されたわたしを残し、会話は続いていた。
その中で分かったことは、全員共通して、なにかをしている時に意識をなくし、この洞窟に連れてこられた、ということ。
イライラとした様子で会話に加わろうとしない中年男性の三輪さんはある大手企業の役員で、会議中に意識消失。
上から目線の中井智美は実はテレビ局のディレクターと判明。
仕事の打ち合わせに行く途中に意識消失。
レミたんは美容師で仕事帰りに意識を失い、最年少の蓮君は小学校に登校していたところでその後の記憶がないらしい。
意識がないうちにこんなところに連れてこられたのは、わたしも同じ。
でも、アルカヌムの参加者だという彼らとわたしの間には、極端な温度差があるように感じた。
「話はなんとなくだけどわかった。でも、わたしはゲームの参加者じゃないのよ」
「じゃあなんでこんなところに?」
美知佳さんが首を傾げる。
それ、わたしが一番聞きたいんだけど。
「わからない。もしかしたら人間違いなのかもしれないけど、正直かなり迷惑なんだよね。とっとと帰りたいから、運営の人、呼んでもらえないかな?」
美知佳さんの顔が曇った。
美知佳さんは田辺さんの方を見、田辺さんも困ったように首を横に振る。
どうしたのかと思っていると、
「冴女っち! それ、無理だから!」
と、レミたんがあっけらかんと言い放った。
「え? 無理?」
「うん! 無理! だって運営の人なんて全然いないもん!」
「はぁ!?」
思わず頓狂な声を上げたわたしに、美知佳さんが同情するような目を向ける。
「本当なの。私達はここに来て二時間くらいたつけど、ゲームの参加者以外この洞窟にはいないわ」
「じゃあどうやってゲームを進行するの? いつの間にかこんな場所に運んできて放置とか……ありえないんだけど」
混乱するわたしに、田辺さんが手の平サイズの黒い端末を見せた。
「スマホ?」
「見てください」
手渡された端末の画面を見ると、白の背景にサイコロのようなものが描かれている。
白い骨のようなものを組んで作られた六面ダイス。
半透明の表面に黒文字で『ARCANUM』と書かれていた。
「おっもしろいよねぇ~ このタブレットでさ、ゲームするんだって」
レミたんがわたしの肩に手をのせ、後ろから端末を覗き込む。
「これで?」
「ええ。それが参加者全員分用意されてあるんです」
田辺さんがそういうと、美知佳さん、レミたんが自分達の端末を取り出して見せてくれた。
二人とも田辺さんと同じ色、形のものだ。
金髪男と悠仁さんも見せてくれる。
「参加者は全部で十一人。人数が揃ったらゲームが始まるんじゃないかと、ここの待機場所で待っていたんですが」
田辺さんが天井を見上げた。
そこに開いた大きな穴。
わたしと田吾作さんが落ちたところだ。
「ここ、待機場所だったんだ」
わたしがぽつりと呟くように言った言葉に、美知佳さんが頷く。
「私はこのマットレスの上で寝かされていたの」
「冴女っち~~ レミはその辺に転がされてたんだよ!? ひどくない?」
「それを言うなら俺と悠仁もなぁ?」
美知佳さんは困った顔で、苦笑いした。
「暗くて見えないけど、少し歩いたところにソファーがあって、そこに智美さんが。その近くに田辺さんと三輪さんがいたの」
「蓮君はどこに?」
わたしが名前を出すと、蓮君はびっくりした顔で自分の顔を指で差す。
そんな蓮君の頭を、田辺さんはそっと撫でた。
「蓮君は私がいたところの少し先にいたんだよね」
蓮君はこくん、と頷く。
「ここにいるのが八人? じゃあ三人足りないの?」
人数を数えていると、悠仁さんが首を横に振った。
「もう一人別の場所にいるんだ」
「別の場所? それって……」
更に質問しようとした時だった。
わたしの目の前すれすれを何かがかすめる。
驚いて後ろに飛びのくと、田吾作さんに当たった。
「あ、ごめん」
「大丈夫よ」
ちょいって首を傾げる田吾作さんの動作がかわいい。
って、それどころじゃなくて。
わたしは飛んできたものを確認した後、智美が立っていた方を振り向いた。
智美は表情の読み取れないような冷ややかな目で、わたしを見ている。
「なにすんの?」
そう、さっきわたしの目の前すれすれを飛んで行ったものは、智美が吸っていた細いタバコの吸い殻だった。
「参加者じゃないっていうなら、速攻立ち去りなさい。子供の好奇心を満たす為に私達はここにいるわけじゃないの」
「智美さん、そんな言い方しなくても……」
美知佳さんが間に入ろうとするが、わたしは智美の目の前まで移動すると、彼女の目を正面から睨みつけた。
「わたしに苛々をぶつけるのはいいけどさ、あれが蓮君に当たってたらどうすんの?」
智美は外人のように両手の平を上に向け、首を竦める。
「どうもしないわ」
我慢の限界だった。
智美に掴みかかろうとしたわたしを、背後から美知佳さんと田辺さんが引き留める。
レミたんと金髪男がケラケラと笑い、悠仁さんがドン引きしているのが横目に見えた。
それまで遠巻きにわたし達を見ていた三輪さんが、眉間に皺を寄せたまま口を開く。
「こんなゲームに参加してる時点で、子供だなんだ関係あるわけないだろうっ! 馬鹿馬鹿しいっ」
険しい視線は田辺さんの後ろにいる、蓮君に向けられていた。
「ぼ、僕は……」
蓮君の目に涙が浮かび上がる。
それを見た美知佳さんの表情も、今にも泣き出しそうに曇った。
「おっさん、まじうっざ! 子供に八つ当たりすんなっての!」
レミたんが三輪さんの前に立ち、非難するように人差し指を向ける。
わたしもレミたんと同じ気持ちだった。
隣に立ち睨みつけると、三輪さんの顔が怒りからか赤くなる。
「なんだなんだっ! 本当の事を言ったまでだろう!? そんな庇うようなことして、実際そいつが優勝してみろ! お前達は納得できるのかっ?」
唾が飛んでくる勢いで捲し立てる三輪さんの言葉に、レミたんが一瞬怯んだ。
想像したらしい。
「あんたが優勝しても誰も納得しないでしょうけどね」
至極全うな事を言ったつもりだったが、三輪さんには相当ダメージを与えたらしい。
金魚みたいに口をパクパクとさせた後、額に何本も筋が浮いているのが見えた。
「か、関係ないやつが口を出すなっ!」
そう叫んだかと思うと、三輪さんが右手を振り上げる。
あ、これ、殴られるかも。
そう思い身構えたが、予測した衝撃はない。
見ると、いつの間にか移動した田吾作さんが、三輪さんの右手首を掴んでいた。
「女の子に手をあげるのはいただけないわね」
田吾作さんは、三輪さんの手首を掴む手に力を込める。
三輪さんはぎょっとした顔で田吾作さんを見つめ、慌てて手を振り払おうとした。
しかし田吾作さんはびくともしない。
「離せっ! このオカマっ!」
掴まれた三輪さんの手が、見る見るうちに赤くなっていく。
顔が痛みから引き攣り始めたのがわかった。
「山田さんっ! もう、大丈夫ですっ」
美知佳さんが田吾作さんと三輪さんの間に、割って入る。
「そう?」
田吾作さんはすぐに手を離し、三輪さんはほっとした顔で田吾作さんから距離をとった。
右手首には、相当強い力で握られたのであろう、田吾作さんの手の跡がくっきりと浮かんでいる。
そのやりとりをずっと見ていた智美が、田吾作さんの顔を見ている事に気付いた。
観察するように、じっと。
その姿がなんだか気になったけど、確かにわたし達は関係ないのに、色々と口を出しすぎた気がする。
いつまでもこんなゲームに関わっている時ではない。
「美知佳さん、レミたん、田辺さんや蓮君もありがとう。わたし、時間があまりないから、そろそろ出口を捜しに行くわね。田吾作さん、あなたはどうするの?」
田吾作さんはきょとんとした表情でわたしを見た後、
「一緒にいくわ」
と、言った。
あ、一緒に来てくれるんだ。
そう思った時、すごくほっとした。
妙なゲームに関わりたくないって気持ちもあるけど、ここから移動して、あの気持ち悪いマネキンに遭遇するのもすっごく嫌。
でも田吾作さんがいたら、なんとかなりそうな気がした。
しかし不意に伸びてきた腕が、田吾作さんの右手を掴み止める。
田吾作さんはゆっくりと、その手の主の方を見た。
「ちょい待った!」
低い声で言ったのは、それまで遠巻きにしていた金髪男。
金髪男は、へらへらとした顔で、わたしと田吾作さんを交互に見る。
「ずっと聞いてたけどさ、あんたら、間違いなくゲームの参加者だぜ?」
「は? なんでそういいきれるのよ?」
金髪男はにっと口を横に歪めた後、自分の履いているジーンズから端末を取り出した。
「これ、さっきいじくってたらさ、参加者のリストみたいなんが出たんだわ。見てみ?」
そういってわたしに手渡す。
「リスト?」
そういいながら液晶に触れようとしたわたしに、
「あ! 待って!」
と、美知佳さんが声をかけたけど、その時には遅し。
液晶に触れた瞬間、画面が真っ白に発光した。
「な、なに? これ」
光ったのは一瞬。
すぐに先程見た田辺さんと同じ画面になる。
しかしサイコロをバックに書かれた文字は、全く違うものだった。
「エントリー完了いたしましたって……どういう事?」
困惑するわたしに、美知佳さんが言いにくそうに口を開く。
「冴女ちゃんが……正式にゲームの参加者として登録されてしまったの」
「……えっ?」
呆然とするわたしの前で、金髪男がにやにやとした厭らしい笑みを浮かべながら、べろっと舌をだした。
「この端末はどういう仕組みなのかわからないんだけど、画面に触れただけでエントリー登録されるの」
「いや、だって、さっき田辺さんの触ったけど」
「あれは田辺さんがエントリーしたものだったから。多分、牧田君が冴女ちゃんに渡したのは未登録のものだったんだと思う」
そこまで言われてやっと気づいたんだ。
金髪男に嵌められたんだって。
「こ、このくそ男ーーっ!!! どうしてくれんのよっ!」
金髪男は平然とした様子で、マットレスの上に座る。
「感謝してほしいくらいだぜ? グダグダしてるあんた等の背中をおしてあげたんだからさー」
「あんた話聞いてたんでしょ? わたしは参加者じゃないって」
「そんなはずない」
否定しようとしたわたしの言葉を、悠仁さんが遮った。
「参加者じゃなければここには連れてこられないから」
そういわれても、わたしに登録した覚えは全くない。
途方に暮れていると、美知佳さんが言いにくそうに口を開いた。
「冴女ちゃん。誰かが、あなたの事をエントリーしたのかもしれないわ」
「誰かが?」
誰が?
そう、自分で自分に問いかけた時、すぐに一人の人物の顔が思い浮かぶ。
行方を晦ました父親だ。
黙り込んだわたしをじっと見ていた田吾作さんが、金髪男の側に移動する。
金髪男は三輪さんとの一件がからか、田吾作さんを警戒していたが、
「あたしにも未使用のもの、渡してくれない?」
と言われ、拍子抜けしたようにぽかんと口を開いた。
「た、田吾作さん! やめときなよっ」
わたしが止めようとすると、田吾作さんは肩を竦める。
「大丈夫よ、冴女。一緒にさっさと終わらせましょう」
そういった田吾作さんの目元が、少し緩んだように見えた。
ひょっとして、わたしの為に参加してくれようとしてるんだろうか。
いや、ひょっとしなくても……
目の表面になにか染み出てきそうになり、慌てて目を閉じた。
絶対にこんなところで泣くもんか、そう思って。




