春桜
こういうお話が苦手な方はお控えください。
遥彼方様 主催企画 ほころび、解ける春 寄稿作品
あれほど近くにいたのに――
あなたは今何を想っているの? 何を考えているの?
今の俺達には分かんないよ……
その時俺は偶々その部屋にいた――
「おい……」
「んぁ?」
小さな……本当に小さな弱々しい声が聞こえた。
どこから聞こえたのかと思ったが、そんな声がするところなんてそこに寝ている人しか居ないよなぁ……なんて思ってちょっと笑った。
「今はお前一人か?」
「そうだけど……何か用か?」
俺と親父とは実に仲が悪い。子供の時からいろいろあって、血の繋がりが有る事すら嫌になる程、俺は嫌悪感を持っている。
俺の上には姉もいる。兄貴は若い時に、俺が子供の頃に亡くなっちゃったので実質的な跡取りとして俺は厳しく育てられた。
それに――
俺が生まれる前に親父が祖父らとしていた会話を聞いた事がある。
『次に男が生まれたら、長男の控えなんだ』と
その控えのはずの俺が生きていて、兄貴が先に亡くなったって事は親父にとっても予想外だったはず。
だからこそ厳しかったのかもしれない。本当に殺されるんじゃないかって何度も思った事がある。
そんな親父もがりがりにやせ細って、寝ている時間の方が多い。
薬のおかげでもうあまり自分たち家族の事が、誰が誰だかわかっていないようだ。
それなのに、俺の事が分かったらしくこの流れには少し驚いた。
「今のうちに言っておきたい事がある。あいつら※は来るのか?」
※姉達のこと。
「さぁ……どうかな?」
親父の言葉を半分以上聞き流すように答える。
「ならお前だけでいい……ちょっと話すから黙って聞いてろ」
「…………」
言われた通り黙る俺。
本当に弱々しい声で話し始める。
「まず……俺はお前らを嫌いなわけじゃない。ただ強く生きられるようにと願ってしてきた事だ。その事に後悔はない」
「な!!」
「いいから聞け!!」
ちょっと声を荒げる親父。
「でだ……俺は良い親父じゃなかったのは分かってる。厳しすぎたかもしれん。そのせいで〇〇※が死んじまったみたいなもんだ。あれは俺も堪えた。だからこれから先、俺がいなくなったらお前たちは好きに生きろ……」※〇〇は兄貴の名前。
「親父……」
「なぁに……そんなに先の事じゃねぇ……分かってる。俺はもうあの家には帰れねぇのは……」
そう言いながら窓の外の景色を見るように顔だけを動かした。
本当は帰りたいことを知っている。そりゃ生きて八十年以上も自分の家として暮らした家だし。何より先に逝った母や兄貴との思い出も。俺達との思い出もある。
「…………」
――すまん親父……
本当に俺はこの人が嫌いだ。嫌いだけど何も胸に湧いてこないわけじゃない。
今年に入る少し前。親父は緊急で病院に何度も通った。そのたびに俺達は疲弊していった。まだ意識も自我もあった親父は見かねてこんなことを言ってた。
「もう一回……こうやって運ばれる事があったら、俺を置いて行け」
現実的には連れて帰ることになったんだけど、今年になって容体は余り良くなくなって、二度緊急搬送された。
それに――
昨年に行った手術の時。本当は親父がガンだと知っていた。でも知っていたのは俺達姉と弟だけ。親父には知らせていない。昔気質の親父は言えば言う程頑固になって抵抗すると思ったから。それにもともと六十歳代のころからケガと自前の病気のせいで、思う様に動けなくなってしまっていたって事も考えての俺達の決断。
言わないでおこう――
でも、俺達の態度や、中に入ってからの暮らし、関わってくれる人たちの態度や態勢なんかを踏まえて考えて気付いたのかもしれない。
それでも俺達は言う事をしない。嫌いだからって訳じゃない。ただただ静かに残された日々を過ごして欲しいと願ったから。
言われている状態はステージ4でリンパまで浸潤してるから何もできないとのこと。
なら何ができる?
残された時間をどう使う?
何を残していく?
そう考えたうえで親父がまだ考えられる時間に出した結論。
「俺は……このままでいい……。ただまぁ母ちゃんともう一回くらいは鶴ヶ城の桜……見たかったな」
そんな言葉を残してまた親父は元のように眠りに入った。
黙って聞いていた俺の事など、まるでいなかったという様に。独り言を言う様に眠ってしまった。
――すまんな親父……帰りたいよな。本当は帰りたいんだろ?
誰もいない事を確認して、俺はその場で一人で泣いた。
声を出さずに……
春――
後二か月もすれば東北の南部にも暖かな風と共にその匂いが届くだろう。
春桜
家族として一緒に見る事はもう無いかもしれない。
出来うる限りの事は最後までしてあげよう。帰りたいというのならそれでもいいのかもしれない。
でもたぶん親父は言う。
「俺はいい」と……
終末期医療。何が出来て何が出来ないのか。俺達はまだまだ知らなくてはならない。
そして訪れるその日にどういう顔をすればいいのか。
たぶん親父は言う。
「笑え……みんな笑え」と
だから今から練習しようと思う。
あれほど近くにいたのに、言うのは難しい。
「お疲れ様」
そう言いながら笑顔で送り出してやることを。
お読み頂きありがとうございますm(__)m
企画の中で暗いお話になってしまいましたが、合ってるかな? 大丈夫かな?
体験談を構成して書き上げました。
つい最近の出来事です。
この作品を読んで何を感じて頂けるかは分かりません。それぞれに考えがあるでしょうし。
でも、こうして『家族』の生きている道を否定だけはして頂きたくはないのです。
皆さんも今後体験するであろう事案に、何を想うか。
先に感じて頂ければと思います。
2019,02,16 藤谷 K介