若き日の私の罪
私には罪がある。
あれは忘れもしない。
決して忘れてはならない私の若き日の過ちだ。
それは確か、十二年から十五年ぐらい前の出来事だった。
そうだ。その日、私は大きな罪を犯してしまった。
*** 回想、十七年前 ***
当時の私は荒れていた。
いわゆる不良という奴で、盗みや暴力は毎日のようにやっていた。
悪事は一通りやっていたがその中でも一番陰湿な行為は――動物の虐待だった。
私は自分の中の煮え切らない鬱憤を晴らすために、罪の無い動物たちを苛めていたのだ。
その日も、私は苛める動物を捜して暴力を振るっていた。
私が苛めていたのは川にいたカッパたちだ。
全身緑色で手足に水かき、頭には皿があり、きゅうりが好物だというあのカッパだ。
「おら、カッパ野郎! きゅうり喰ってんじゃねぇぞ!」
「カッ、カッパアアアアアアアアアッ!」
「うるせぇ! 何言ってるか、わかんねぇんだよ!」
「ご、ごめんなさいカッパ! 許してカッパ!」
私は相手が言葉の通じない動物なのを良いことに好き放題やっていた。
詳細に何をやっていたかというとカッパ相手に百人組み手をやっていたのだ。
それはもう殴る蹴るの暴行だ。
か弱いカッパたちはなんとか私に抵抗しようと勇気を振り絞り、斧やスタンガンを出して応戦していた。
だが、私はそんな彼らを己の欲望の為、一方的に嬲ったのだ。
そして、九十九体目のカッパを倒したときに――そのカッパは現れた。
「まさか我が日本侵略作戦を遂行するために集められたエリートカッパたちが、こんな若造に敗れ去るとはカッパ。貴様――生かしては帰さんぞカッパ! 絶対に殺してやるぞカッパ! じわじわと苦しませてなぶり殺しにしてやるカッパァ!」
そのカッパは怒っていた。
当然だ。私は何の罪もない温厚な彼の同胞を次々と殺してしまったのだから。
そのカッパの怒りは至極まっとうなものだろう。
「さあ、焼け死ね小僧! カッパビィイイイイイム!」
カッパは頭の皿に集めた太陽光を凝縮し、熱線として撃ち出した。
それは木々を焼き払い、川の水を熱湯に変えてゆく。
「カーッ、パッパッパッパァ! どうだ、怖いか恐ろしいかカッパ! 死んでこのカッパ帝国に刃向かったことを後悔するがいいカッパ! 虫ケラのように無様な死に様を見せるがいいカッパ! そら、跡形となく焼き殺してやるカッパアアアアアアアアアアアアッ!」
絶えずカッパの放つ熱光線が動き回り、辺りを焼き尽くそうとする。
恐らく直撃すれば一瞬で肉体を炭化してしまう熱量。
さすがの私もこの時ばかりは死を覚悟した。
だが、その時突然――大きなガラスにヒビが入るような嫌な音がした。
それが終わりの始まりだった。
「しまったカッパ! 熱を集中しすぎて頭の皿が耐えられなく、ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
どうやらカッパは頭の皿から水分が無くなったらしい。
その結果、急所ともいえる皿にヒビが入ってしまったのだ。
つまりそれは――カッパの死を意味する。
最後のカッパは口から血を吐くと、地面に倒れる。
だが倒れて尚、親の仇のような鋭い瞳は私を捉えたままだった。
それだけで理解出来る。
カッパの私への恨みがいかに凄まじいものなのか。
「ついにこの私まで手に掛けてしまうとは――満足か人間! 大量虐殺はさぞ楽しかっただろうなカッパ!」
ついに最後のカッパまでも死へと向かう。
正直なところ自滅のような気がしないでもないが、きっと私が悪いのだろう。
「いつか私は復活し、おまえに復讐をしてやるカッパ! その時は他の人間たちのようにただの奴隷になれると思うなよカッパ! 今日という日を泣いて後悔する絶望を必ず味合わせてやるカッパアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
そうして、最後のカッパは息絶えた。
私は虐待現場である川に背を向け歩きだす。
足音だけがただ小さく響いていた。
しばらく歩いて、歩道に出ると私は――不意に立ち止まる。
「いや、カッパだ。さっきまでやり合っていたのはカッパなんだ」
最後の最後で大きな過ちに気付いてしまった。
私はカッパ相手に百人組み手を挑んだつもりだったのだが、実際は違った。
――相手はカッパ、人じゃない。
つまり私が行っていたのは百人組み手では無く、百体組み手だったのだ。
*** 回想終了、現代 ***
「――これは因果だな」
そんな私に最近になって過去の行いが追いついてきた。
どうやら罪というものからは時間が経っても逃れられないらしい。
昨日まで私はカッパという生き物が妖怪だと知らなかった。
昔、虐殺した彼らは動物ではなく妖怪という存在らしい。
ぶっちゃけ似たようなものだと思うのだが、どうやら違うらしい。
ここで私の無知が明らかになった。
しかし、事件はこれだけでは終わらない。
「ファッキュー、メエエエエエエエエエエエエエエエエエン!」
カッパだ。
カッパが再び刺客として私の前に現れた。
そのカッパは流暢な英語で私をまくし立てる。
私の前に現れたのはアメリカ・カッパ。
アメリカにのみに生息する日本の妖怪である。
色が緑から黄色に変わった位しか違いがわからないが、また別の存在らしい。
そして、このカッパにはもっと上の親玉がいるとのことだ。
私はそいつを知っている――。
「そうか、あの時のカッパ――やはり言葉通り生き返ったのだな」
若き日に私がと対峙し、熱光線で自滅した最後のカッパ。
どうやらあのカッパの亡骸は後に、アメリカ政府の手に渡ったらしい。
そして、度重なる強化改造手術を受けて、百パーセント機械の体で構成された新しい妖怪になって復活したというのだ。
そして、私を殺すために目の前のアメリカ・カッパを送り込んできたのだ。
「そういうことでいいんだな?」
「オーケー。ベイベー、フットサル」
大体の内容は合っているらしい。
私が確認すると、アメリカ・カッパは親指を立てる。
ならばもう、話す必要はない。
「じゃあ、いいな――思う存分殴り合おう」
「カモーン、エブリバディ」
そして私とアメリカ・カッパは同時に拳を突き出した。
久しぶりの激しい動きに体が悲鳴を上げる。
喰らった拳で激痛が広がる。
それでも私とアメリカ・カッパは互いに拳を打ち続ける。
その痛みが心地良い。
まるであの若き日の童心に返ったようだった。
あの頃の私は無知でどうしようもなかった。
しかし、確かに生きていたのだ。
あの時は間違いながらも激しく生きていたのだ。
そのことをまたカッパが教えてくれた。
若い日にほんの少しだけ出会ったカッパが、私に初心に戻してくれた。
あの妖怪虐待という罪を犯した私に――。
――大切なことを思い出させてくれだのだ。
「ありがとう――カッパさん」
そうして私はアメリカ・カッパの顔面に渾身の右ストレートをぶちかました。
黄色い妖怪の体が若き日の私のように元気に吹っ飛ぶ。
それはまるで、もう戻らない過去に触れたような。
――温かく懐かしい快感がそこにはあった。