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二人の始まり(前)

 オレが五歳の時、父さんと母さんは魔物に殺された。そしてオレは教会附属の孤児院、ハルトマイヤー孤児院に入った。あの日の魔物の襲撃により他にも三人の子供、アクセル、セリム、フリーダが孤児院にやってきた。彼らとオレは同い年だった。ハンス先生たちに育てられて彼らと共に二年間を孤児院で過ごしたある冬の日の朝、行き倒れになっているユーリを見つけて教会に連れて帰った。


 彼は酷く衰弱していた。オレは看病を行うマティルデさんをできる限り手伝った。初めて人を助けたのが、この時だった。どうかその結果が良いものでありますように、と祈り続けた。幸いなことに彼は一命をとりとめ、オレ達はそのまま仲良くなった。彼は姓を名乗らなかったので、彼にはハンス先生の姓であり孤児院の名であるハルトマイヤーの姓が与えられた。だがユーリは元から病弱だったようでその後何度も風邪をひき、町の人は彼を他所から来た穀潰しなどと言って彼を捨てるように、さもなければこの町の出身の子供たちの為に寄付している食料も渡さないと先生を脅してきた。


「ユリウスを追い出すか、始末しろ。クレイグさんとこの坊ちゃんまで飢えさせるのは俺たちとしても嫌だからな」


 クレイグ・ブライトナー。オレの父さんで、かつて村の同年代の男の中では一番慕われていたという人間。その名前を出すというのは、最後通告に等しいものだった。ハンス先生が静かに分かりました、と言ったのを聞くや否やオレはユーリを探すために駆けだした。自分が助けた人が、初めて守った何かが、親しかったはずの人達に殺される。一体なぜか。その時のオレには理由など理解できなかった。


 ティアムの森の中には、中は広いが入口の非常に狭い小さな洞窟があった。オレは人目を避けてユーリを連れ出し、そこに向かった。中は毛布の一枚でもあれば火を起こさずとも十分に暖をとれる程度に暖かい。体の弱い彼でも、どうにか生き延びられるだろう。食料なら自分の分を残しておいて、森で少し果実をもいで行けばいい。そう思ってユーリに中に入るよう促すと、彼は静かにこう言った。


「死んでしまえばいいなんて、いつも言われていたことなんだ」


 その言葉に驚いていると、彼はオレの表情を見た後、洞穴の方を見て静かに呟いた。


 僕が、いなくなれば良いんだよね。

 そんなの、分かりきっていたことなのにな。


「違う!」


 オレの声に、ユーリは驚いた様子だった。


「もう誰かが死んじゃうなんて嫌だ。なんで、キミは何も悪いことしてないのに、なんで殺されなきゃいけないの!」


 黙っている彼に対して、畳みかけるようにオレは言葉を続けていた。


「いつもそう言われていたって……ずっと怖い思いしてて、逃げてきたんだよね?なんで、なんで守っちゃいけないの?なんで、キミのことを、助けちゃいけないの?一緒に生きていて欲しいって、思っちゃいけないの?」


 気が付けばオレは泣いていたようだった。孤独だったはずの目の前の子供は、泣かないでよ、と言って悲しげな、それでも少し困惑したような瞳で笑っていた。オレは再びユーリに洞窟に入るように促した。でも、と言って洞穴に入るのを渋るユーリを力づくで中に押し込んだ。


「孤児院にはボクが先に居たんだ!だから、ボクがお兄さんで良いでしょ!ここは任せて!」


 そう言ってこっそり持ち出した毛布を彼に渡すと、オレは急いで孤児院へと帰った。


----------


 孤児院ではユーリが居なくなったことで表向きでは大騒ぎしていたが、ハンス先生とマティルデさんはどこか安堵しているようだった。オレは食欲がないから後で食べる、と言ってパンを部屋に持ち帰り、隠しておいた。夜、危険を承知で森に行くため孤児院を出る、その時だった。ハンス先生の声が聞こえた。


「神様、この手で大きな罪を犯さずに済んだことを、感謝します。しかしながら彼を守るように動くことができなかったことをお許しください」


 大人は、もう誰も彼を助けてはくれない。そう思って可能な限りの木の実や果実を集め、前日の洞穴に向かった。ユーリは中で眠っていた。そっと彼を起こすと、驚く彼にパンと果実を見せて言った。


「パン、持ってきたよ!これはキミの分だから、安心して。あと森の中で、果物も集めてきたんだ。……これで、足りるかな」


 ユーリはしばらくの沈黙の後に一言、ありがとう、と言った。その表情は、嬉しそうでもあり、同時に悲しそうでもあった。その悲しさの意味を、この時のオレは理解していなかった。


 そして一週間後。流石に毎日パンを食べないで過ごすうちに、何となく体に力が入らなくなっていくような感覚を覚えた。時折ふらつくオレを心配してくれる町の人達。お前達がユーリを殺そうとしたのだろう、と怒りを覚えながらも、それを彼らにぶつけてしまってはオレ自身が生きていけない。どうにか笑って誤魔化してやり過ごした。その夜のこと。いつものようにユーリの所に食事を運ぼうとした時、誰かに見られているような気がした。急いでユーリの元に向かった。幸い誰かがついてくる気配は感じられなかった。


「ごめんね、今日は果物を持ってくることができなくて」


 そう言ってパンを渡そうとした時だった。ふらついて倒れ、頭を思いきり足元の岩にぶつけてしまった。幸い平らな面だったようで血は出ていなかった。いてて、と笑いながら体を起こそうとした時だった。


「嘘つき。……これは僕の分じゃない」


 その言葉に驚いてオレはユーリの顔を見上げた。彼は、泣いていた。


「……君の分だったんだよね。……なんで、なんで君はそんなに優しくなれるの。僕になぜ優しくするの。……どうして、こんなことをして許されるの」


「なんで優しくしちゃいけないの?一緒に助け合って、生きていきたいって思ってなんでいけないの?なんで、なんでキミは生きていたいって思わないの?ボクには分からないよ!このバカ!」


 お互いに泣いて、騒いで、どれだけの時間が経ったのだろう。洞穴の入り口から急に声が聞こえた。


「ニコラス、見つけましたよ。ここに居たのですね」


 ハンス先生が、入り口を覗き込んでこちらを見ていた。


「クルトさんが、毎日ここに来るあなたの様子を見ていたそうですよ。近頃のあなたの様子を話したら、ユリウスを匿っているのではないかという話になりまして。今頃クルトさんが町の人達にその事を話してくれているはずです」


 そう言ってハンス先生は優しく笑いかけた。だがそれは本当だろうか。出口に向かうユーリを制止しオレは疑いの目を向けて洞窟の奥に二人でとどまっていると、クルトさんの声が聞こえた。


「ハンスさん、そっちはどうだ?こっちはどうにか説得できたぞ!ニックはクレイグさんによく似た性分で人を助けたがる、そんでユリウスはあの子が初めて命を助けた相手だからニックが必死になって守ろうとするのも無理はない。だからあの子を助けたいならユリウスを受け入れるしかないって言ったらな、不満はあるみたいだが理解してくれたぞ!」


 ハンス先生は大丈夫ですよと返事をすると、帰りましょう、と言ってこちらに手を差し出した。


 外に出て東の空を見ると、既に明るくなり始めていた。昇ったばかりの朝日に照らされながら、オレ達は孤児院に戻った。その途中でユーリが小さく言った言葉を、オレは聞き逃さなかった。


「……そこまでして助けてくれなくても良かったのに……」


 だって、と言い返すオレを先生が優しく止めた。そしてユーリの言葉が続いた。


「だけど、ありがとう。……何かあった時、必ず助ける」


 そう言って彼はこちらを向いて笑った。それでも彼の瞳はまだどこか愁いを帯びていた。


----------


 こうしてオレとユーリは共に育つことを許された。暫くしてユーリは孤児院に慣れてくると教会の図書室で本を読みふけるようになった。


「ユーリ!遊ぼうよー!」


 外で遊んでいたオレは図書室に向かい、ユーリも誘うことにした。しかしその返事はあまりにもつれないものだった。


「この本読んでから……」


 彼は一瞬だけ顔を上げると、再び本に視線を戻した。すると後ろからついてきていたのだろう、アクセルが図書室に飛び込むとユーリの手から本を奪い取った。


「そう言ってお前、読み終わったらすぐ次の本を読むだろ!お前、体弱いし細いし肌も白いしずっと中にいるし、これ以上こんな暗い所にこもってたらオレはお前のことモヤシって言うからな!」


 ユーリは慌てて本を奪い返そうとする。その様子を見たセリムが、ユーリに声をかけた。


「あのな。実は俺達、お前と違って文字読めないんだ。だからお前がなんで本を読んで楽しいか俺には理解できない。だから俺たちは、俺たちにとってもっと楽しいことである外での遊びに誘うんだ」


 オレがセリムに同意すると、ユーリは驚いた顔をして皆が文字を読めるものだと思っていたと言った。だが、当時のティアムの町ではそんな人はお金持ちと教会の人だけだった。


「もしかして、生まれは結構いい家なの?」


 ユーリは少し考え込んだ後その問いに答えることはなく、一冊の分厚い本を持ってきた。童話じゃないから長くなるぞ、そう前置きして彼は本を開いた。


「これは聖王イェレミーの物語。これが一番好きな本なんだ。王となった父子と騎士達の物語。今から簡単にして話してみる」


 数時間後。オレ達は彼の話をすっかり聞き入ってしまっていた。いつの間にか食事の時間になり探しに来た年上の子に怒られて、ようやく皆が我に返った。食事を終えて皆がそれぞれ寝る準備をする中で、オレ達は再び集まり本の話の続きをした。


「それにしても義賊から成りあがった王様か、金持ちも面白いこと考えるんだな。お前なんかに頼らず自分で読んでみたいぜ。それに文字が読めたらいろんなこと出来るんだろ?なあ、どうしたら読めるようになるんだ?」


 アクセルがユーリに絡み始めた。セリムがアクセルを宥めつつ、そうだなと言って頷いた。文字を学ぶならば、それを何かに書かなければならないはずだ。孤児院にあるもので、文字を書くならばどうしたら良いだろうと皆で考えていた。そういえば、庭によく木の棒で絵や記号を描いて遊ぶことがある。それならば。


「そうだ、地面に文字書いて教えてくれよ!絵を描くみたいに!」


 ユーリはその手があったかと言い、明日から文字を教えると約束してくれた。こうしてユーリに文字を教えてもらい、オレ達はユーリ曰く最低限の読み書きができるようになって簡単な本を少しずつ読んだ。


 聖王イェレミー。神の力を借り、東の大国であるイェレミースの礎を作った王様。そしてオレの目の前には、細身で少し病弱ではあるが、その難解で壮大な物語をいとも簡単に読み進める力を持つ不思議な男の子。その様子はまるで、ようやく手にした平穏という幸福を噛み締めているかの様だった。

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