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五人の旅路(後)

今回、葡萄酒を飲むシーンがありますが、この作品の社会において彼らの年齢は成人とみなされています。念のため。

 再び皆が静かになって歩みを進め、日が沈む直前に村の中心部に到着した。宿を探すためにまだ開いていた市に向かって場所を聞いてみるとこの村には宿がないという。しかし幸いなことに一軒の空き家があるというので、それを今日の宿にすることができた。


 道中でいくらか食材を手に入れたので夕飯には困らない。今夜はルーツィエとミカエラが料理をすると言ってくれたので、オレとユーリは普段なら仕事が終わって食事の準備をするこの忙しい時間帯をのんびりと過ごすことができた。ユーリは疲れたのだろうか、椅子に座ったままうたた寝を始めた。オレは先ほど気になって仕方がなかったオプタル教の諸々の話についてマティアスに質問した。何でもオプタル教の中でもアンゲルス派というのが古い流派、アミクス派というのが新しい流派で互いに対立しているのだという。ちなみにマルシャルク王国ではアミクス派が主流らしい。


 彼はマルシャルクの東、巨大な湾を挟んだ隣国イェレミースの出身のようで、当初はアンゲルス派の教会に属していたらしい。優秀な彼は僅か十四歳の時に小さな村の教会から王都の大聖堂に向かうことが許されたのだが、その国の教会を纏める存在である大司教は人々に対して非常に横暴な態度をとっていた。二年間その様子を見て、ある日ついに耐えきれず反発したところ破門にされて冬の街の屋外に一人放り出され彷徨う羽目になったらしい。そして飢えて倒れていたところを一人の高貴な幼子に助けられ、アミクス派が主流である南のクレヴィング王国に辿り着いて王都クラインの大聖堂の門を叩き、どうにか受け入れてもらった後にテオドールと出会いアミクス派の教えを広めるという名目で旅に出たらしい。


「そういえば、あの方は……」


「何かあったんですか?」


「十二年前にイェレミースの王都イェクレにて飢えで倒れていた私を助けて下さった私の命の恩人のそのお方は、魔物を生む元凶を滅ぼすのが自分の役目だと語っていました。魔物は壊れていく世界の姿の一部だと仰っていて」


 壊れていく世界。その言葉に驚いて聞き返すと、マティアスは頷いて懐かしそうにこれが自分の旅の原点、誰も知らない理があると考える理由だと言って続けた。


「聖典には魔物の話など存在しないんです。壊れ行く世界の話も。それをあの聡明そうな瞳で、じっとこちらを見て私に語って下さった。赤い髪の従者の少年が止めるのも聞かずに。あの方は何を知っていらっしゃったのか。不思議ですよね」


 そう言ってマティアスは遠くを見つめて懐かしそうに言った。


「その方はそれから間もなく亡くなったと聞きましたが……まさか私がそのための戦いに加わることになろうとは。何度尋ねても名乗って下さらなかったので名前を存じ上げていないのですが、もしかするとあの方が見守って下さっているのでしょうか」


「マティアスさんなら、神様が見守って下さっていると考えるかと思っていたのですが」


 眠っていたはずのユーリがいつの間にか起きていた。いつから話を聞いていたのだろう。一瞬驚いた後に、マティアスが笑って答えた。


「それもそうですね。ラルフの言葉が気がかりですが、神様は……きっと私達を導いて下さるでしょう」


 ユーリはその言葉を受けて静かに頷いた。その時、女子二人がご飯ができたと言って料理を運んできた。今日はミカエラが主体となって料理を作ったらしい。ルーツィエ曰く彼女の料理は素晴らしいものだという。確かにオレ達二人ではできないような見た目も香りも良い料理が目の前に並んでいた。


「お腹が空いていたら体力が維持できないわ。しっかり食べて」


 そう言ってミカエラが皆に笑顔を向ける。なんだか食べてしまうのが勿体ないような気さえして、普段ではあり得ない程にゆっくりと一口、恐る恐る口に運ぶ。今まで全く知らない味と香り。一体どうしたらこれ程の料理ができるのだろう。


「これ、美味しいな!こんなもの食べたことないぜ!」


「ありがとう。……母が病気で死んでからずっと自分で料理を作ってきたからこの位ならできるの」


「そうでしたか。それにしても変わった味付けですね」


 随分と色々な国を旅したはずのマティアスも知らない味なのか。


「随分と昔に親戚に王家の侍女だった人がいて、その人が主人と共に訪れた国の都で食べたものをどうにか簡単に手に入る食材で再現できないか、と試行錯誤を重ねて考え出した味付けだと聞いたことがあるわ」


「それならアンゲルス派の国とか?随分昔、っていったらマルシャルクだって今でいうアンゲルス派だったんでしょう?でもそれならマティアスが知ってるから、また違う場所かな……」


「その辺りにいた頃の私には、美味しいものを食べる余裕はありませんでしたよ。ですからその可能性は十分にありますね」


 ルーツィエの言葉を受けてマティアスが答える。こうして互いに料理の感想を言い合う中、ユーリは無表情で黙々と食べ続けていた。好きなものや本当に美味しいものを食べている時の彼は必ずこのような反応をするのをオレは知っているが、何となく今回はそれだけではない、そんな気がした。ミカエラは彼の様子を見て少し寂しそうな顔をした。


「美味しかった。ご馳走様」


 そう言うと彼は席を立った。燭台の明かりに照らされた彼の横顔は、笑顔とも憂い顔ともつかないものだった。


----------


 夜、それぞれがベッドを選び眠りにつく。俺以外の四人はとうに寝入ってしまった。時間制御を二度も使ってしまったためか疲労は相当なものだ。早く休みたいところだが、今夜はどうも眠れない。懐かしい味。こんなところで再び味わうことになろうとは。だがその美味しさを思い出そうとする度に俺の魂に刻まれた、忌まわしい昔の記憶が邪魔をする。


 いつの日か、己に向き合い戦わなければいけない日が来ることは分かっていた。この先で、きっとあの地に向かうのだろう。そしてその先の、行く道の果てで全てを壊す。今まで腕を磨いてきたのも、生きていなければならなかったのも、全ては歪みを生む存在を絶やすために。真の意味で世界を守るために。


 あの日、共に人々を助けるために力を尽くすと共に誓ったお前は、何をどこまで知ったのだろう。お前もまた、彼らと同様にとても優しい人間だったな。


 今、共に歩む歪み無き心を持つ仲間達が悪となる前に、悪とされる前に、否、人間という存在を越えてしまう前に全てを終わらせなければ。だが、最後は一人きりで戦いを終えるだけの力が俺にはあるのだろうか。せめて彼だけはあの日のままの、曇りのない心を持つありきたりな人間のままであって欲しい。

とりとめのない考えが、記憶が、頭の中を渦巻いていく。


 ようやく眠ることができたのは、十六夜の月が少し西に傾いた頃だった。


----------


 大きな城の小さな一室。東の窓に見えていた月が上へと逸れる。白髪交じりの黒髪に琥珀色の瞳、年の頃は四十代後半といった程度だろうか、高貴な一人の男が窓の外の光景を眺めていた。すると一人の若い赤毛の騎士が戸を叩いて男のいる部屋に入った。


「陛下、お呼びでしょうか」


 少し間をおいて男は騎士の方を向く。


「ベンヤミン」


 はい、と返事をする騎士に向けて男は静かに語り掛けた。


「マルシャルク王国クロル公領にいる導師クラウスという男を将として、マルシャルク、クレヴィング、そしてヴェールマンの三国の有志の兵からなる「対魔連合軍」なるものを結成しようとしているのは知っているか」


「はい」


「偵察に向かわせたラルフの情報によれば、彼らは魔物が現れる原因はこのイェレミース王国にあると考えているらしい。よってお前は明後日、兵の準備が終わり次第転移魔法を用いてクロルへと赴き、導師クラウスと呼ばれる男を討ち取れ。そして今日の昼頃から失踪したラルフを見つけた場合には彼を保護するように」


 ベンヤミンというその騎士はしばらくの間黙っていた。何か思うところがあるのか躊躇っているのだろう。男はため息をついて窓の方を向いた。沈黙が続いた後、男が再び口を開いた。


「お前の仕えていた王子との約束を思い出してみろ。今は亡き我が子がお前に最後にかけた言葉は、どのようなものだったか」


「私に、私の道を貫くようにと仰っていました」


「イェレミースの騎士として生きる道。それがお前の道だ。迷うな」


 王はその鋭い琥珀色の瞳を騎士に向けて言った。騎士は頭を下げ、そっと部屋を後にした。しかし自室に戻ったベンヤミンは、一人物思いにふけっていた。


「……若君。貴方は常に民を想い、他の者との交流を禁じられていたにもかかわらず民と触れ合い、貧しい人々に恵みを施していましたね。その度に私と共に陛下のお叱りを受けることになっても、陛下御自身から興味を持てる本を持ってくるから待っているようにと言われても、毎日のように共に街に出て。今は懐かしい思い出です」


 もうこの世にもいないその王子に向けて、騎士は静かに語り続けた。


「今、この国は魔法研究のためとして民に重税を課し、遠くの農村では貧困により餓死する民も出ていると聞いております。……イェレミースの騎士として生きるのは私の道。されど、貴方は今のこの国をどう思われますか……?」


----------


 翌朝。ロルツィングまでは距離があるもののその間に人里はなく、途中の峠の辺りで野宿をすることになりそうだ。だがその予定ならば出発はそれほど急がなくてもいい。今日の朝ごはんはルーツィエが主導で作ってくれている。大人数の料理を作るのに慣れていたのだろう、手際よく作り終えるとさっさと盛り付けて持ってきていた。オレはというと……まずはこの寝起きの悪い親友を起こさなければならない。


 ユーリの毛布を引きはがそうとすると逆に引っ張られる。確かに昨夜は中々寝付けていない様子ではあったが、折角の食事が冷めてしまってはもったいない。オレは力任せに毛布を引っ張った。毛布と同時に床に転がり落ちた親友は、うにゃあ、と変な声を上げてようやく目を覚ました。


「おはよう。昨日は随分と寝付けなかったみたいだな?」


「ああ。少し色々と思い出していてな。気が付いたら月が西に傾いていた」


 ユーリは寝ぼけ眼のまま答えた。昨日は確か満月を過ぎた頃、というと日付はとうに変わってしまった頃だろう。それならば起きられないのも仕方がないか。


 皆で朝ご飯を食べ終わると、さっと片付けてロルツィングのある北西方面へと出発する。緩やかな方だといえども山道を行くのは思ったよりずっとつらいものだった。旅の経験が豊富なルーツィエとマティアスが食事の後さりげなくオレ達を急かしていた理由が今になってようやく分かる。幸い夕方まで何事もなく、峠に辿り着くことができた。さらに付近に小さな宿があることが分かり、オレ達は看板を頼りにその宿へと向かった。


「生憎今日はいっぱいなんだ」


宿の主人はそう言って首を振る。


「お前さん達も知ってるだろ、ロルツィングで魔物を倒すために有志の兵を集めてる導師さんのこと。何でもイェレミースを攻めるんだとさ。王様がいろんな町や村に兵を募るために知らせを出したのが二か月前だ。そしてクレヴィングとヴェールマンにも知らせを出して、そちらでは兵をそれぞれの王都に集めるってことで話がまとまったらしい。マルシャルク王国の兵がロルツィングを出発するのは二週間後。それ以来、この宿に旅人が殺到してるんだ。なんたって旅費さえ出せれば後はタダで食事ができて、寝泊まり出来て、導師さんや参加する騎士さんの下で訓練を受けられるんだからな」


 宿の主人の言葉に、オレ達は首を傾げる。ティアムではそんな話を聞いたことがない。他の三人もその話を知らないようだ。その様子を見て宿の主人は驚いて何故こんな時にこの宿に来たのかと問いかけてきた。オレ達は確かに導師のところに向かっているがティアムではその知らせが伝えられておらず、仲間のうち二人は旅人、もう一人は箱入り娘で町の知らせを読む機会がなかったために誰もその話を知らなかったと答えた。すると宿の主人は納得したようで


「ああ、ティアムの町かい。旅人の噂で聞いた、あの魔物狩りの若者のいる町だろう?彼らに出ていかれたらそりゃ困るだろうな。国境を海と山脈で囲まれて平和ボケしたマルシャルクの兵じゃ倒せないような魔物を、町の人が払える程度の報酬で倒してきてくれる。そりゃそんな人材が流出して町が困るような話を出す訳にはなるまいて」


 オレはユーリと互いに顔を見合わせた。町の人達は大丈夫だろうか。自警団をやるといっていたセリムは無事に生きているだろうか。ガキ大将でありながら正義感も強かったアクセルが、足が不自由にもかかわらず無茶なことをしていないだろうか。彼の妻となり孤児院で仕事をしているフリーダはどうしているだろうか。お互いがそう思ったのだろう。ユーリは不安そうな顔をしていた。その金色の瞳に映ったオレの顔も、全く同じ顔をしていた。


「まあどの町も、なんだかんだ自警団や傭兵の力でどうにかしてる。心配しなさんな。そうだ、地下の酒場の席なら空いているよ。生憎食事を出すことはできないが、屋根位なら貸してやれるよ。最高の戦力が向かう途中の宿で休めなかったせいで脱落なんてなったら、宿の主として一生の恥だからね」


 宿の主人は笑って答える。どうやらオレ達の正体があっさりと見破られてしまったようだ。

「お前さん達ならきっと兵の練習相手として、色々と教える側になるとは思うが……何はともあれ面白い客が来たもんだ」

そう言って宿の主人はオレ達五人を地下の酒場へと案内した。


----------


 酒場は思ったよりも広かったがオレ達の他に客は誰もいなかった。何でも主人が趣味で作った場所らしく、普段は常連の旅人や商人といった一部の客しか案内しないのだという。


「そうだ、折角だから酒場で良い葡萄酒でも飲みながら今に至るまでの話を聞かせてはくれないか。きっと色々とあったんだろう?屋根代と葡萄酒代、お前さん達の昔語りということでどうだろう」


 オレとユーリ以外は酒を一切飲まないというので、二人だけでカウンターに座った。二つのコップに美しい紫色の液体が注がれる。今までに味わった事のない良い香りの葡萄酒を口に含み、静かに飲み込む。それを繰り返すうちに、ほんの少しだけ気持ちが高揚してくるのを感じた。暫くして辺りを見回すと、ルーツィエとミカエラ、マティアスが端の方で毛布にくるまって既に眠っているのが見えた。


「そろそろ、話すとするか」


 ユーリはこちらを見て言った。その目はまるで敬語や事の説明はできてもお喋りは苦手だ、と訴えかけているようだった。仕方がないなと思いながらも、こればかりはお互い様である。オレは昔の事を思い出しながら、静かに語ることにした。

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