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運命の邂逅(後)

レイアウト改善に伴い分割しました。

既に以前のバージョンの「運命の邂逅」を読まれた方は次へどうぞ。

「ユーリ!しっかりしろ!目を覚ませ!!」


 診療所に着いた頃には、既にユーリは意識を失っていた。呼吸の音ももう微かに聞こえるだけだった。外ではテオドールさんが診療所のドアを叩き、医者を呼び出してくれていた。


「ラインハルト!急患だ!」


「……誰かと思ったらテオドールか。どうした」


「話は後だ!馬車に来てくれ!」


 ラインハルトと呼ばれたその医者は、馬車に乗り込んでユーリの状態を見るなり最早手の施しようがないと言い放った。テオドールもやはりそうか、と言ってそのまま黙り込んだ。


「お願いです!まだ、ユーリは……!」


 まだ彼は生きている。だから、助けてくれ。半狂乱で叫ぶオレをテオドールさんが押さえ込む。その時だった。一人の女性が馬車に乗り込んできた。


「待って。……お父様。私が彼を助けるわ」


「ミカエラ……まさかあれをやるのか?」


「当然よ。私にはこの力がある。それを使って人を助ける。それが私の役割だから」


 ミカエラと呼ばれたその女性はユーリの体に触れると何やら呪文を唱えた。その瞬間、普通の人間にも感じられる程の強力な魔力が渦を巻いて動いていくような感覚を覚えた。ラインハルトは首を振りながらオレに向けて言った。


「……彼をベッドに運んでくれ。こうなった以上できる限りのことはしよう。保証はないがな」


「あ、ありがとうございます!」


 彼をベッドまで運ぶ時に、その呼吸が先ほどよりもしっかりと、規則正しいものになっているのが感じられた。そのままベッドの傍に座って眠り込んでしまったのだろう。気が付けば翌朝になっており、ラインハルトさんに怒られ追い出されたのだった。だが出るまでの一瞬の間に、ユーリが確かに生きている様子を改めて確認することができた。


----------


 改めて振り返ると、これはまるで奇跡のような出来事だった。


 きっと、神様がオレ達を守って下さったのだろう。


 どうか、人々を害する魔物を倒すためのこの旅の後に無事に目的を果たして帰還するまで、オレ達を導いて下さい。


 と、オレは一人まだ門の開かない街の大聖堂の前で祈りを捧げ、旅芸人の一座の馬車を探しながらせいぜいパン屋が起きだした程度の静かな街を歩いていた。


----------


 オレはテオドールさんから報酬を受け取り、新たな槍を買った。有難いことにテオドールさんは一座のショーの見張りとしてオレを一時的に雇ってくれた。そして仕事終わりに眠り続けるユーリを見舞い、彼らと共にテントで夜を明かした。休憩時間にはマレクの人々と魔物狩りや旅の目的である導師クラウスの話をして情報を集めた。その中でクラウスというはここ王都マレクから三日もあれば辿りつけるというマルシャルクの西部、クロル公の領地内であるロルツィングという町にいるという情報を得た。道中には農村ワイゲルトがあり、分かれ道を北の方に向かった先の町だ。そして三日後、仕事が終わった時だった。ようやくユーリの意識が戻ったという知らせを聞いて、診療所に駆けつけた。


----------


「ユーリ!……良かった……」


 ユーリはまだぼんやりとした様子でこちらを見た。


「……ニック……俺は……これは……あの時の続き……?」


 かなり混乱しているようだ。自分が助かったことが信じられない、という事だろうか。


「ユーリがオレを庇ってくれた後……マレクに着いたんだ。あの旅芸人の人達に助けられて」


 その時、診療所の扉が開いて誰かが入ってきた。テオドールさんにルーツィエ、そしてマティアスという名の聖職者風の青年だ。


「君が助かって本当に良かった。右にいるのは元牧師で巡回説教者のマティアス・ニューエン。あと左に居るのが、お前さん達を襲っていた魔物を射抜いた俺の養女のルーツィエだ」


 マティアスとルーツィエは初めまして、とそれぞれユーリに挨拶をした。ユーリは三人の顔を順に見回すと、静かにありがとうございます、と礼を言った。


「なあに、当然よ。あんな状態で放ってはおけまい」


 そう言ってテオドールさんは豪快に笑う。状況が分からず呆然としているユーリにルーツィエが説明する。


「テオドールさんって折角国に高給の兵士として雇われたのに、奴隷商人に捕まって家に帰れなくなった子供たちの為に仕事を捨てて旅芸人を始めるなんていうお人好しだもの。道端で怪我をした旅人を見つけたら助けて運ぶなんて日常茶飯事よ」


 そんな話をしていると、奥から少し厳しい目つきのラインハルトさんと顔を曇らせたミカエラがやってきた。やはりユーリの怪我は相当な深手であり、ラインハルトさんが高価な薬草や難しい治療法を用いた上で、ミカエラさんが強力な治癒魔法を三日間もの間付きっきりで、しかも限界の強さで使い続けることでどうにか助けることができるようなものだったらしい。ラインハルトさん曰く、その費用は5000ヴィル。それを聞いたミカエラさんが何か反論しようとする。


「……お父様……これは私が勝手に術を……」


「広く受け入れるのは私のモットーといえど、内容に見合った報酬を受け取らねば私達が生きていけない。今回の場合はこれでも足りないくらいだ。相手によって治療内容を選ぶ。その人が最終的に費用を払えないと分かれば治療を断る。これも生きる術だ。覚えておけ」


 その医者は冷たく言い放つと、疑う目で君たちはそれだけのお金を持っているのか、と問いかけてきた。なるほど、そういう訳でミカエラさんが居るにもかかわらずユーリは手遅れだと言ってきたのか。5000ヴィル。二人合わせても一度でそれ程のお金を使ったことはないが、持っていない訳ではない。確かに普段使う分としてそれぞれが皮袋に入れている分では足りない。だが、何か高額なお金が必要になるような非常事態が起きた時に使うか、それぞれが家庭を持つようになった時に分け合う為に二人で少しずつ貯めていた貯金が、ちょうど5000ヴィルだ。


「なあ……あの貯金、使っていいよな?」


 荷物を漁りながらユーリに問いかけ、答えを待たずに少し大きな皮袋を引っ張り出す。それを見てユーリは思い出したように息をのんで答えた。


「まさか……ニックの分まで全部使う気か……?」


 やっぱり気にするところはそこか。だが生憎、オレにとってユーリはたった一人の兄弟も良いところだ。これ以上余計な事を言わせる気はない。


「こんなのお前の命に比べりゃ安すぎるってもんだぜ!」


 オレは笑顔でユーリの方を向いた後、ラインハルトに銀貨50枚、ちょうど5000ヴィルの入った袋を押し付けた。


「相手の金に応じて治療内容を選ぶって言ったな。それであんたはそれでオレの親友をさっさと見殺しにしようとしたわけだ。だけどな、オレ達はマレクでも噂になってるティアムの魔物狩り。決して豊かじゃないけれど、こういう時に相棒を助けるための金を払えない程貧しいわけじゃない!」


 オレは相当厳しい顔をしていたのだろうか、その様子を見ていたユーリがため息をついた。よくお人好しと言われるが、生きるためには大切にしなければならない村の人々であろうが結果的に命の恩人であろうが、オレにとって本当に大切な人を見殺しにしようとした相手に対して丁寧な態度を取れるほどの情をオレは持ち合わせていない。昔も、今も。


 突然怒鳴ってしまったせいだろうか。場が静まり返った。暫くしてユーリがそっと口を開いた。


「……すまない。俺が早く倒しきれていれば……」


「オレだってユーリの言う通り、一回後ろに退いとけば良かったんだ。助けてくれて、ありがとな」


 それを聞いたユーリは気にするな、と言って笑う。窓から差し込む夕日のせいかもしれないが、その瞳は心なしかいつもより明るい金色に輝いていた。場が落ち着いたからだろうか、テオドールさんが話しかけてきた。


「ところでお前さん達、怪我が治ったらすぐ旅を続ける気だとは思うんだが……案外感覚だけじゃ治ったかどうか分からんもんだ」


「既に傷は完全に治っている。だが今夜はここで様子を見た上で、明日の行動範囲は街の中にとどめておけ。出発は明後日以降だ。ミカエラの魔法も決して完全なわけではないと考えている。何かあってはいけないからな」


 テオドールさんの言葉を受けて、医者は不機嫌そうにオレ達に告げた。再び場の空気が冷たくなる気配を察してか、テオドールさんが大きな声でオレとルーツィエ、マティアスに声をかけた。


「さあ、今日の舞台の道具の片付けに戻るぞ!」


 診療所で大声を出すな、この馬鹿者が、というラインハルトにテオドールは今の患者は彼しかいないのだから良いではないか、と笑って返すと診療所から出て行った。そしてオレも


「それじゃ、また明日の朝だな」


 ユーリに声をかけ、診療所を後にした。


----------


 翌朝、東の空が明るくなって少し時間が経った頃か。まだ団員たちは眠っているが、四日前の早朝に大聖堂の前で祈りを捧げた朝の事を考えるとそろそろあの医者とミカエラも起きだしているだろう。だが肝心のユーリは眠っているはずだ。そんなことを考えながらそっとテントを抜け出してラインハルトの診療所に向かう。幸いなことに扉の鍵は開いている。おはようございます!と叫んでドアを開け、ユーリの方に駆け寄った。


「ユーリ、もう大丈夫なのか?」


ユーリはまだ眠っていたのだろう、ゆっくりと体を起こすと


「馬鹿か、いい加減にしろ。まだこの時間だ。それに俺も夜遅くまで違和感がないか、調子はどうか、問題なく動けるかと色々と調べられて眠いんだ」


と言って再び枕に顔を突っ込んで眠ってしまった。そして現れたラインハルトにオレはこれでもかとばかりに叱られた。一時間は経っただろうか。再び起きだしたユーリが頃合いを見て止めに入った。その様子を見てラインハルトはミカエラさんを呼んで何やら調べさせた後、やれやれ、という顔をしながらもう問題ない、早く出ていけと告げた。ユーリは急いで支度を整えるとラインハルトの方に向いて挨拶をした。


「俺の仲間が大変な失礼をして申し訳ありません。お世話になりました」


 確かに仲間の命を軽視する人間を敵視する癖はどうしても抜けないが、今回ばかりは結果的といえども親友の命の恩人だ。流石にやり過ぎたなと思いながら、オレもありがとうございましたと言って先に外に出た。そしてユーリが診療所を出る間際に一度振り返り、ミカエラさんの方を見つめていたのをオレは見逃さなかった。


----------


 診療所の外に出ると、何やら人々が騒いでいた。ユーリが呟く。


「魔物か。街の東門の辺りだな」


 なるほど、確かに入ってきた門の方から人が走って逃げてくる。だが王都の門番ならば流石に魔物の一体や二体簡単に倒せるだろう、と思っていると誰か王城に行って魔物対策部隊を呼んで来いという声が聞こえてきた。ティアムの外では魔物が出るというのはこれだけの大事なのかと驚きつつ、オレはユーリに声をかける。


「小物だと思うか?」


「数は多そうだが間違いない。少し体を慣らすためにも倒しに行って良いか」


 こんな時でも誰かの為に戦おうとする。実にユーリらしい問いかけだ。あれだけの傷を負って間もないのに戦いに行くというのを不安に思わない訳ではないけれど、いきなり村の外に出て大物と出くわすよりは良い。オレは笑ってこう返す。


「よし、今日の仕事はマレク東門付近の魔物退治。緊急案件のため報酬はなしだが、礼として何か渡されれば遠慮なく受け取る。ただし、病み上がりのお前は無茶をするな。これで良いよな?」


 久しぶりの緊急案件。こういう時でも依頼を受ける時のように互いに言葉を交わす。二人の考えを共有し連携して戦う為にも、そうするのが暗黙の了解だ。ユーリはもちろんだと言って返事をする。しかし現在進行形で少し離れた場所で人が襲われている。彼の行動は……


「時間制御・自己加速!」


 知っていた。そもそも緊急案件の場合はユーリが能力を使用して切り込み、オレが住民を守りながら残りを処理するのがいつもの対処法だった。今回はそれをするなと言いたかったんだが伝わっていなかったようだ。何はともあれこんな状況で無茶をしない奴がユーリであるはずがないな、と思いながらオレは彼の後を追った。


 目の前の魔物の集団は一斉に黒い霧と化していく。オレは横道に向かい人を襲う魔物の背後をとって一撃で仕留める。霧の出方からして十数体は居たのだろう、数は多かったが全て小物だったせいか戦いは王城から兵が来るよりも早く終わった。人々は突然現れて魔物を全て処理したオレ達に驚きの目を向けていた。暫くして王城の方から兵士がやってきてお前たちは何者か、と問いかけてきた。


「オレはニコラス・ブライトナー。ニックって呼ばれています」


「私はユリウス・ハルトマイヤーといいます。彼は私の親友で、共に仕事をする仲間でもあります」


 ユーリはどういう訳かこういう場で丁寧に喋ることができる。敬語といって目上の人に対して使う言葉の様だが、オレにはその言葉遣いはどうやっても真似できない。そもそもティアムでは皆が親しい間柄だったからか、そうして喋る必要もなかったのだ。


「お前達の仕事は何だ?兵士や騎士という訳でもないようだが」


 兵士の問いが続いたのでオレは後は任せた、という目でユーリの方を見た。ユーリも了解した、という目つきでこちらを見て答えた。


「魔物退治を営んでおりました。今は訳あって旅をしておりますが」


「魔物退治か。よくそんな危険な稼業をしようと思ったな。その腕があれば兵士になった方が儲かっただろうに。そういえば旅をしていると言ったな。どこの出身だ?」


「ティアムの町です。二人とも町の教会の孤児院で育ちました」


 それを聞いて兵士が何かを考え込む。その直後、彼は驚いた顔をして叫んだ。


「ティアムの魔物狩りか!よく旅をする者が仲間にしてみたいと噂している、槍使いの人懐こい金髪の若者と片刃の両手剣を扱う無愛想だが腕の立つ黒髪の若者」


 兵士は興奮したように噂の内容を話し続ける。どれだけ尾ひれがついて伝わっているのか、と呆れかえりながら聞いているとユーリがその話を遮った。


「それ程ではありませんが、確かに私達がティアムの魔物狩りです」


 兵士は話を遮られたのが不満だったのか、少し沈黙した後に憮然とした顔で話し始めた。


「そうか。それでは、私の上司のところに連れて行こう。お前達が望めば、騎士でも何にでもなれるように取り計らってくれるだろうな!」


「お言葉ですが私達はとある目的の為に旅をしている最中なのです。仕事に見合うだけのお金を頂ければそれだけで良いのです」


 兵士の顔が更に歪む。ユーリは構わず続けた。


「恥ずかしながら道中で深手を負い、旅費の大半を治療費として使ってしまったのです」


「もういい、黙れ。これをやる」


 そう言うと突然、兵士はユーリに向けて数枚のコインを投げつけた。


「何なんだよ、急に!」


 兵士に掴みかかろうとしたオレをユーリが制止する。投げつけられた当人は特に動揺している様子もなかった。兵士は冷たい目でこちらを見て言った。


「何だとはなんだ。折角もう俺たちが魔物の相手をしないで済むと思ったのに。こいつらも良い身分になれただろうに。馬鹿どもが」


 そう言って道端に唾を吐くと兵士は城の方に去って行ってしまった。それ程仲の良い訳ではない人間達は、どいつもこいつもオレの大切な親友を魔物を倒すための道具として扱いたがる。その力を彼の負担などお構いなしに利用しようとする。そして思い通りにならなければ冷たい態度をとり罵倒する。いい加減にしてくれ。オレの向ける当てのない怒りを察したのだろう、ユーリはその琥珀色の目をこちらに向けて静かに言った。


「宿命だな。この力を持つ人間の。いくら道具のように扱われても、本質的に人間であれるならばそれで構わない。何よりニック、お前が俺を人間として、親友として扱ってくれている。それでいい」


 その言葉を聞いてオレの中の怒りは治まった。だが、ユーリにはもう少し自分を大切にしてほしい。そう思って投げつけられた硬貨を拾った。銀貨が大小合わせて三枚、銅貨が七枚。青銅貨が三枚。合計1273ヴィル。しかしあのように渡されたものをそのまま受け取るのも気分が悪い。幸いコインを拾う最中に街の人々が災難だったな、折角店を守ってくれたのだから、と合計で1000ヴィルほど渡してくれたので、兵士に投げつけられた分はボロの服を着て物陰から見ていた子供にそっと渡してやった。病気の親にご飯を食べさせてあげられる、そう言って駆けていく子供の背中を見送りながらユーリは笑って言った。


「この街にはそれなりに魔術師がいるのかな。俺の力も神様の与えた奇跡の力だと言って受け入れた人が多かったな」


「そうだな、いくら教えがあってもティアムに魔法使いなんていなかったからなぁ」


 オレはそういって隣の彼の顔を見ると、気のせいだろうか、その優し気な笑顔に反して瞳は愁いを帯びているようだった。


 何はともあれ、それぞれの手持ちとこの1000ヴィルがあれば導師が住むというロルツィングまで辿り着くことは可能だろう。そして幸いなことに再び森の中を通る道を行くことになるらしい。蛇や魔物、盗賊に気をつけながら小動物を狩り木の実や果実を手に入れて旅費を節約することもできるはずだ。ユーリの調子も問題ない。オレ達は今日のうちにテオドールさん達に挨拶を済ませ、明日の朝早くクロル公領のロルツィングに向けて旅立つことに決めた。


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「そうか……本当に明日出発するのか。調子が良いなら何よりだ。そんでミカエラさんの魔法も相変わらずだな」


 昼の舞台に向けて準備をしているテントに入り予定を話すと、テオドールさんは笑って言った。ユーリは改めて礼を言い、三人で暫く雑談をしているとマティアスが話しかけてきた。


「ロルツィングといいますと、導師と呼ばれる人が魔物を滅ぼすための活動を続けている拠点の町ですよね。……私もあなた方の旅に同行してもよろしいでしょうか。是非その導師という人に会ってみたいのです」


 なんでも治療魔法を含む各種の下級魔法だけでなく、メイスの扱いと体術の心得もあるから旅の足手まといにはならないだろうという。ユーリ程ではないが細身な体つきに短く揃えた滑らかな栗色の髪の毛、少し目じりの下がった淡い茶色の目。そんな容姿からは想像もつかない言葉に驚きつつオレ達は彼を旅の仲間に加えることにした。


「テオドールさん、随分と長い間お世話になりました。ありがとうございました」


「いやいや。この一座は皆が行くべき道を探すためにあるものだ。気にする必要はないよ。君のおかげで、皆が旅先で不自由しない程度には文字が読めるようになった。こちらの方こそ礼を言わなければな」


 少し寂しそうにテオドールさんが笑う。その時だった。テントの入り口を思い切り開けて女性が飛び込んできた。濡鴉色の髪に、夜空のように深い紺色の瞳。あのミカエラさんだ。彼女はオレ達の前に来るなりこう言った。


「……私も行かせて。二人とも魔物を滅ぼすために旅をしているのでしょう?」


 驚いた。オレ達も旅芸人の一座の皆も、皆が揃って鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして彼女を見つめていた。長い沈黙の中、ラインハルトがテントの中に入ってきた。彼はミカエラに向けて大きな声で怒鳴った。


「ミカエラ、魔法による病の研究を中断するつもりか?私の薬草による治療だけでは救えない人たちも救えるようになるんだぞ!」


「そんなことが……」


 それを聞いたユリウスが驚いたようにミカエラさんに話しかけた。彼女は驚くほど無機質な口調で答えた。


「ええ。多くの不治の病といわれる病気も魔法を使えば治せるのではないかと思って研究を続けていたのよ」


「そうだミカエラ。もうすぐ治療が行えそうなのだろう?それがどれだけの人を救うことになるのか、もう一度考えてみろ。それが、お前の役割だ」


「……私はもっと世界を知りたい。人の為、世界の為に戦う人達を癒す人になりたい。そういう人からお金をとるんじゃなくて……だって魔法にお金は要らないから。それなのに、あの時は勝手に魔法を使っただけなのに……。お父様、研究の資料はほとんど完成しているの。全て置いていくから、有能な魔法使いを雇って実際の治療の段階に進めて」


 ミカエラさんは少し悲し気な声で、明瞭に言葉を紡いでいく。彼女の言葉が終わるや否や、ラインハルトは怒りを滲ませながらも静かな口調でこう言った。


「そうか分かった。父に逆らうか。それならば診療所に一度戻って、必要なものを揃えてすぐに出ていきなさい」


 言い終わるなりラインハルトはテントを後にした。その言葉を聞いたミカエラさんは虚ろな瞳で、私の役割は、と静かに繰り返していた。その様子を見て心配したのだろう、ルーツィエがミカエラにそっと話しかけた。


「……。ミカエラ、大丈夫?正気なの?」


 ミカエラさんとルーツィエはどうも色々とあったようで、離れて過ごしている時間の方がずっと長いにもかかわらず幼いころからとても親しい間柄らしい。ミカエラさんはそっと頷くと、こちらを向き真っすぐにオレ達を見つめて言った。


「見苦しいところを見せてしまってごめんなさい。でも、仲間に入れてはもらえませんか。戦いも何も知らない私がこうして出てくるなんて、世の中を甘く見ていると言われても仕方がないですが……」


 皆が唖然とする中で、ユーリが口を開く。


「……それも含めて、知ると良いと思います。……貴女なら……」


 ユーリが口をつぐみ、視線を逸らす。よく見るとその頬が若干赤みを帯びていた。彼はその美貌と背の高さから時折ティアムの女性たちに好意を寄せられる事があったのだが、村一番の娘にそれとなく恋心を告げられた時ですら全くといっていいほど興味を示さなかった。そんな男が今、この様子だ。だが、こういった理由による沈黙ほど気まずいものはない。


「さーて、これで仲間が四人。しかも一人はとても強い治療魔法持ちか!驚きだぜ!」


 オレがそう言うと、ミカエラさんはすぐに準備して戻りますと言ってテントを出た。それを不安そうに見つめるルーツィエが静かに口を開いた。


「テオドール…あたしも行っていいかしら。男ばかりの中にミカエラ一人なんて不安で仕方ないわ」


「ああ。命の恩人で最高の親友となればそう思うのも当たり前かもしれんな。好きにしろ」


「それなら行くわ!……それじゃ、よろしくね」


 テオドールさんが今日はこれまでにない程いい日だ、と言った。彼曰く人狩りから助け出された子供が実際に親と会えたケースはとても少なく、一座の団員は増える一方であった。中でもルーツィエは昔の記憶も所持品も全くなく、親を見つけるのは不可能だと判断してテオドールの養子としたらしい。それが今日、旅は続くといっても自らの意志で一座を抜ける。それが何よりも喜ばしいのだという。旅は道連れ、世は情け。何かの本に書いてあったが本当にその通りだ。快くその申し出を受けるとミカエラさんが戻ってくるのを待つことにした。


「急に五人か…これならきっと旅も楽しくなるな!」


 そうこうしていると、ミカエラさんが鞄を持ってテントに戻ってきた。


「お待たせしてごめんなさい」


「大丈夫です。オレ達だけじゃいつ怪我して死ぬか分からないので、治療ができる人が入ってくれてありがたいです!」


「厳しい旅になると思いますが、何かあれば必ず俺たちが守ります」


 その時はオレも巻き込むって事だな。その分、いつかオレがそういう事になったらちゃんと頼むぜ。そんな事を思っていると、ルーツィエが切り出した。


「ねえ、敬語はやめにしない?あたしは正確なことは分からないけど十八歳くらい。ミカエラも十八。二人も同じくらいでしょう?まあ、マティアスさんは年も離れてるし職業柄そのままの方が良いと思うけど」


 同い年なのにミカエラさんはこれ程の魔法ができる。その事実に驚きつつもルーツィエの提案を受け入れることにした。


「それなら、改めて。私はミカエラ・アマーリア。よろしく」


 彼女に続き、それぞれが自己紹介をする。ユーリの口調が少しだけぎこちないのがオレには分かる。一通り名乗り終わったのを見計らって、テオドールさんが声をかけてきた。


「さあ、昼の舞台まで時間がないぞ!」


 そして今日も一座の舞台が行われ、夜は片付けの後に皆で集まりテントで眠る。そして翌朝。それぞれにとって今までとは何もかもが違う、五人での旅が始まった。

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