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旅立ち

 朝だ。朝食の時間だ。昨日手に入れた小鳥の卵を使った具沢山のオムレツだ。寝起きが悪いからそろそろ起こさないと折角のオムレツが冷めてしまう。どうせなら毛布を剥がして耳元で思い切り叫んで驚かせてみよう。


「おはよう!朝だぜ!」


返事がない。でも久しぶりの大物で疲れ果てたからだろう。この程度は想定内だ。


「おーい!…ユーリ!起きろ!」


 ユーリは小さく呻くと寝ぼけながら毛布を引っ張ろうとする。それをそのままベッドから引きずり下ろしたところ、彼は毛布に引きずられて勢いよく床に落下した。流石に目が覚めたようだ。この騒ぎを見ていたフランクさんが笑いながら話しかけてくる。


「今日は旅支度でしょう?…とにかく、早くしないと朝ごはんが冷めますよ」


 それを聞いたユーリは飛び上がる。


「…今日は俺が朝ご飯担当では…!」


 その通り。朝食当番はユーリのはずだった。だが今日はいつもと事情が違う。


「相当熟睡してるようだったから放っておいた。昨日結構疲れたんだろ。ちゃんと疲れをとっておかないと、旅の最中に体壊すだろ?」


「昨日のせめてものお礼です。 朝から食べやすくて精のつくものというとこんな感じでしょうか?」


 そう言ってフランクさんは三人分のオムレツをテーブルに置いた。じっくりと味わいたいところではあるが今日は旅支度の日である。急いで食べてすぐに準備に取り掛からなければならない。


 フランクさんが朝食の片づけもしてくれるというので、その言葉に甘えてオレ達はすぐに準備にとりかかった。まずは旅のルートの確認をするために、ユーリが前に地図を簡単に模写したものを広げて今住んでいるティアムと西にある王都マレク、そして途中にある農村エルラーの位置を確認した。昼前に出ればエルラーには余裕を持って到着できるだろう。次に旅費の確認。貯金だけで5000ヴィルあり、それに貯金に回していない分もそれなりにあった。道中での食材調達を怠らなければどうにかなるだろう。そして荷造りだが、元々持ち物の少ないオレ達が旅の荷物を纏めるのにそう時間がかかるはずもなく九時前には全ての準備が整ってしまった。


「意外と時間があるな。もう行くか?」


「いや、出発の前に世話になった人にも挨拶していかないか?鍛冶屋のクルトさんとセリム、教会のハンス先生とマティルデさん、エルナさん、アクセルとフリーダにはできれば挨拶をしていきたい。その位なら良いだろう?そうだ、そもそも旅の前にエルナさんに本を返さなければ」


「そうだな。それじゃ、父さんと母さんの墓参りもするか」


 そういえば彼は昔から本を読めた。それまで町の人の大半が文字を読めなかったのだが彼がオレ達孤児院の仲間に文字を教えたのがきっかけで、孤児院の子が読み書きできるのなら自分たちだって、と人々がこぞって教会に集まり文字を学び始めた結果、今ではこの村の大半の住民が簡単な本ならば読めるようになっているのだ。


 数分後、オレ達は教会図書室の司書であるエルナさんに返す本を持って家を出た。その数、二十冊。全て分厚い本だから彼一人では持ち切れない。一体オレの親友は、今までどれだけの本を借りて読んでいたんだろう。


----------


 教会に着くと、ハンス先生―ハンス・ハルトマイヤー牧師―が出迎えてくれた。この人はこの教会で神様の教えを人々に話して聞かせているだけでなく、併設された孤児院の子供たちの面倒も見ている。オレ達も昔は、いや今も随分と世話になっている人だ。


「ニコラス。ユリウス。……どうしたのですかその本は!」


ハンス先生は必ず愛称ではなく本名で人を呼ぶ。町の教会の牧師として、人と平等に接していきたいと考えているからだ、と聞いたことがある。


「先生。これから旅に出ることになりました。それでエルナさんに本を返そうと思って」


「旅……ですか。くれぐれも体には気を付けるように。無茶をしてはいけませんよ」


先生はそう言ってユーリに優しくも厳しい視線を向けた。顔を背けるユーリを見て先生は笑うと、言葉を続けた。


「そうですね。本を図書室に運んだ後で目的を教えて下さい。それまで幼い子たちの面倒を見てきますから」


 そして先生はそのまま外に出て行った。これは出迎えてくれた、というよりも鉢合わせた、と言った方が正しかったのだろうか。何はともあれこの重い本を二階の図書室に運ばなくてはならない。オレはこうなる前に少しずつ返しておけよ、と心の中で思いながら二人で階段を上がると、図書室から赤い髪の若者がひょっこりと顔を覗かせた。孤児院で共に育った仲間のアクセルだ。


「二人とも大丈夫か?それぞれ一冊ずつ持つ位なら手伝えるぞ」


アクセルは八年前に魔物に襲われて足に深い傷を負い、今でも若干足が不自由だ。そのため学問で身を立てるべく図書室に籠って神学を学んでいる。だが本の持ち運びにはなれているのだろう、それぞれが抱えた本の山から一冊ずつ取って持って行ってしまった。どうにか彼に続いて図書室に入る。本を図書室のテーブルに置くとアクセルはエルナさんも留守だし一度休憩しよう、と言ってオレ達を自室に案内した。


「それにしても、続き物と関連の本を丸ごと借りて行ってたのか!」


「そうだな。聖王イェレミーの物語。何度も読んでいるが分からないところも多くてな」


「そうなのか?十年近く繰り返し読んで考えてるのに、まだ何か分からない事があるのか。とにかくあの話は直接説法するよりも子供が楽しんで神様の教えに触れられる。この前の紙芝居の絵のモデルをやってくれたのには感謝してる。やっと一通り絵が完成したんだ。絵具なんて高いものはまだ使えないから白黒だけど見てくれないか」


 そう言うとアクセルは数枚の紙の中から、一枚の絵を取り出した。


 そこに描かれていたのは、遠くの宮殿に剣を向け手前に居るのであろう騎士に号令をかける美しい青年であった。聖王イェレミーの物語。それはマルシャルクの東の国、イェレミース王国のとある王様が神様の力の加護を受けて父を殺した暴君を倒し、立派に国を治める物語だ。主人公であるイェレミーの容姿は長身で長く滑らかな黒髪に金色の瞳を持つ白い肌の美青年であるとされていて、その特徴にほぼ全て当てはまるユーリは格好のモデルであったのだ。他の絵も一通り見た後、アクセルは机の上を指さした。


「それで、あれが表紙だ。…ま、これで誰がモデルか皆分かるだろうけどな」


 そこにあったのはどう見てもユーリの絵である。剣の形が異なるだけだ。昔からアクセルは絵が上手かったな、などと考えながら見とれていると神妙な顔でアクセルが切り出した。


「ところで、お前らは旅にでも出たりするのか?」


「えっ?」


「ユーリの本の返し方が妙だったからな。いつもは大量に借りていても自分で楽に運べる分を数日に分けて返してくる。それが今日はあの山だ。何か訳があるんだろ?」


「そうだな。だがそれぞれに話していると時間がない。後でハンス先生にまとめて話すから先生から聞いてくれないか」


「なるほど、半日で着ける場所って言うと隣のエルラーか。それで挨拶回りのついでに最初に返すべき本を持ってきた……なら、確かに時間はそんなにないな」


 ユーリがその通りだ、と言った瞬間、図書室の扉が開く音と同時に女性の驚いた声が聞こえた。エルナさんが戻ってきたようだ。


「紙芝居の完成が旅の前に間に合って良かった。それじゃあ、無事で戻って来いよ」


 オレ達は笑顔で手を振ると、急いで図書室に戻った。すると本を一冊ずつ元の場所に戻していくエルナさんの姿があった。ユーリも大慌てでその手伝いをする。本の山が片付いたところで、エルナさんが話しかけてきた。


「この量の本を読み終わったのね。大したものだわ」


「読み終わったのですが……どうにもまだ分からない事が多くて」


「それより、これからオレ達は旅に出るんです。それでこの量の本を一度に返しに来たんです」


 その言葉を聞くと、エルナさんは少し悲しそうな顔をした。


「そうなのね。こういった難しい本について話せる人が少ないから寂しいわ」


「申し訳ありません」


「構わないわ。色々な人の多くの経験があって物語は紡がれていく。……本を読める人が増えるように、もっと多くの人に言葉を教えようかしら。帰ってきた時には、旅の話を私に教えてね」


 ユーリは少し間を置いてから喜んで、と答えた。そしてエルナさんと別れて二階を後にし、ハンス先生や彼の奥さんであり孤児院のマザーであるマティルデさん、アクセルと結ばれて孤児院の手伝いをしているフリーダに会いに行くことにした。階段を下りるとハンス先生が待っており、小部屋に案内してくれた。その中にはマティルデさんとフリーダもいた。


「それでは教えて下さい。旅に出る理由を」


「昨日魔物を滅ぼそうとしている人がいると聞いて、その人に会ってみようと思ったんです。魔物がいなくなれば、孤児になる子供も少なくなるから」


 ハンス先生はそれを聞いて何かを思い出したようだった。


「それは導師クラウスの話ですね?」


「先生はご存知なのですか?」


「魔物の被害が多発する現状を憂いて行動を続ける人物のことを聞いたことがあります。多少過激ともいわれていますが、考え方としては私も賛成ですよ。これを持っていきなさい」


 そう言ってオレ達に小さな護符をくれた。孤児院を出た今でも、先生はこうして二人を気にかけてくれている。そのことに少し感動しているとフリーダが口を挟んできた。


「泣き虫と病弱モヤシなんて言われるほど弱かった二人が今や魔物狩りとして名を馳せていて、旅に出るほどになるなんてね」


「誰が泣き虫だって?まあユーリが相変わらずそんなに丈夫じゃないのは変わってないけどさ!」


 思わず怒鳴り返してしまう。その様子を見てユーリとマティルデさんが笑っていた。確かに昔よりは大分マシになったという程度であることは否定できないか。何はともあれ折角の感動に水を差されてしまった。だがフリーダもアクセルも、言葉遣いは悪いが根はとても優しいのはよく分かっている。彼らの誉め言葉が口の悪さのせいで台無しになるのは日常茶飯事だ。教会で仕事をしている以上もう少し言葉に気を付けた方が身のためだとは思うのだが。


「懐かしいわね、ニコラス君がしょっちゅう泣いていたのも、ユリウス君がよく熱を出して寝込んでしまっていたのも……色々とあってそういう時にニコラス君を頼ってしまっていたのが本当に申し訳なかったけれど、それが二人ともこんなに立派になっちゃって。無事を祈っているわ」


 そう、孤児院では色々とあった。ユーリはこの町で孤児になった訳ではなくどこかから迷い込んで行き倒れになっていた、言ってみればよそ者の子供だ。そして普通の人にはない力があった。もっと手のかかる幼い孤児達が彼を恐れて近づくことを拒み、ユーリが病気になってもマティルデさんが面倒を見る事ができなかった時期があり、そんな時に親友であるからという理由でオレが面倒を見ていたのだった。


「もう、気にしてないですって。それに、その経験が二人で魔物狩りをやっている時に結構役に立ったんですから」


 それを聞いてマティルデさんは安心したように笑った。少し間をおいて、ハンス先生が話し始める。


「きっとこの後鍛冶屋に寄るのでしょう?ならばそろそろ時間ですね。では、その旅路に神の御加護がありますように。体には気を付けて」


「ありがとうございます!先生方も、皆さんもお元気で!」


 こうして挨拶を済ませてオレ達は教会の外に出た。そしてすぐ側の墓地に向かい両親の墓に手を合わせる。


 十三年前の魔物の大襲撃事件。父さんは自警団のリーダーとして外で戦っていた。外の様子がだんだん静かになってきて落ち着いたかと思った頃に、一匹の魔物が家の扉を破壊して飛び掛かってきた。母さんはオレを庇って、目の前で魔物に八つ裂きにされた。もう駄目だと思ったその時、クルトさんが家に飛び込んできてくれてオレだけ助かった。でも父さんはそんな時に、生き残るにはあまりにも正義感が強すぎた。魔物に隙を突かれたクルトさんを庇って殺された。


 父さんは町の皆に慕われ、将来のまとめ役として期待されていたという。中々子供には恵まれなかったが皆の兄貴分として自警団をまとめ、魔物の襲撃があった時には真っ先に飛び込んで戦っていたらしい。いつか、オレも父さんのように誰かを守る存在になりたい。そして魔物に殺される人を、一人でも減らしたい。何より、大切な人を失いたくはない。そう思いながら生きてきた。


「父さん。母さん。行ってきます」


 この旅の後に、魔物がいない世界がありますように。そう願いを込めて、両親の墓に暫くの別れを告げた。


----------


 教会で思ったよりも長話をしてしまったようだ。これ以上のんびり話しているとエルラーに到着できないかもしれない。急いで鍛冶屋に向かい、その勢いのまま扉を開けた。思いのほか大きな音がしてクルトさんと、孤児院の仲間で彼に弟子入りしたセリムが振り返った。


「何だ、槍が壊れたか?」


 相変わらず騒がしい奴め、という顔でクルトさんがこちらを見る。


「違う、これから旅に出ることになったんだ!」


 その言葉に驚いたのだろう、セリムは目を丸くすると同時に道具を取り落としてしまった。


「おお?…あちち!」


「何をやっとる!気をつけんか!」


 クルトさんはセリムに説教をしつつ手当をする。それが終わると、クルトさんがすまなそうにこちらを向いた。


「すまん、待たせたな」


「旅に出るんだよな?」


 セリムは未だ半信半疑、と言った様子で問いかけてきた。そうだと答え目的地が王都マレクだというと騎士にでもなるのか?と言ってくるのでそうではない、魔物を滅ぼすために動いている人に会いに行くと返したところ、クルトさんは神妙な顔つきで口を挟んだ。


「そうか……クレイグさんが俺を庇って死んだあの日から十三年。そしてユーリが爺さんの遺品だった東方伝来の剣を持ち出して魔物を倒し、それがきっかけでお前さんに剣を譲ってから八年。そして魔物狩りの開業から五年と少し、か。だが魔物狩りのお前さん達がこの町からいなくなってしまうとなると。魔物が出た時はどうすりゃいいんだろうな」


「昔のように自警団をやるしかありませんね。あ、俺がやりますから」


 そういうセリムを、クルトさんは不安そうに見ていた。クルトさんの心にも、十三年前の事が深い傷となって残っているのだろう。ユーリも顔を曇らせていた。オレはセリムに問いかける。


「ありがとう。でも大丈夫かい?」


 だが、彼は笑って答えた。


「今はお前らほど強くはないが、どうにかするさ。…しかしこうして話せる幼馴染が二人もいなくなると、ちっと寂しいな。…これ、お守り代わりに持って行けよ」


 手渡されたのは聖王イェレミーの紋章を刻んだ小さな銅板であった。オレ達孤児院の仲間が文字を知るきっかけになり、四人で好んで読んだ物語だ。セリムは絵心こそ全くないが、その大きな体に似合わず小さな細工物を作るのが得意だったようだ。だが流石にもう時間がない。


「ありがとう。それでは、俺達はそろそろ家から荷物を取ってきて出発します」


 クルトさんは達者でな、と言うと何時ものように優しく笑った瞳でオレ達を見送った。


----------


 家に戻ると、フランクさんも丁度片付けと出発の用意ができたところだったようだ。


「それじゃ、オレ達は行ってきます。フランクさんはどうするんですか?」


「周辺の町を旅してみようかと。先ほど町の広場で一曲演奏したところ思いのほかお金が集まりまして。魔物や野盗には気をつけなければなりませんね」


 そういってフランクさんは笑った。そして三人で家を出ると、挨拶を交わした後にオレ達は彼と別れて西のエルラーに急いだ。

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