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想いの果て(後)

 翌朝。オレ達は朝早く起きて支度をすると、王都イェクレへと飛び込んだ。敵の本陣ともいえる街であるのに誰一人として襲ってはこない。その事実に驚きつつもオレ達は城へと直行した。城の前の番兵には流石に止められたが、彼もベンヤミンに気がつくと奥へ進むように促してきたのだった。城の中に入ると、一人の美しい女性がオレ達の前に姿を現した。


「久しぶりね、ユリウス、ベンヤミン。あとの四人は初めまして。私はイェレミース第二王女、ヴァルトラウト・イェレミース」


 互いに挨拶を終わらせると、ヴァルトラウト姫は大切な話があると言ってきた。


「父上に居場所まで案内するように言われているのよ。北の塔だから遠いわよ。さあ、ついてきて」


 驚いたことに倒すべき敵の大将の所まで案内してくれるのだという。オレ達は何となく怪しく思いながらもそれに従いついて行くことにした。途中長い廊下や大きな広間などを通りようやく北の塔の前についたとき、この先は六人だけで行くようにと言われた。


「さあ、後はこの最上階を目指すだけよ。気を付けて。無事に、戻ってきて下さい」


 オレが戸惑っていると、ユリウスとベンヤミンが彼女の言葉に返した。


「折角お会いできたのです。必ず戻ってまいりましょう」


「姫様のご命令とあらば、そしてそれがユリウス様のご意志であれば、必ず私も戻ってまいります」


 別れの挨拶を終わらせると、オレ達は塔の内部へと足を踏み入れた。塔は夏だというのに妙に涼しく、薄暗くて気味が悪いものであった。少し上へと上がっていくと、何の前触れもなく一人の剣を持ったローブ姿の男性が現れた。


「どうも。オレはクレメンス。まあこの格好が示す通りイェレミースの天使だ」


 やはり罠の一つや二つ位仕掛けられていたか。それにしても名乗りを上げてからというのは今までと比べて随分と優しいものだ。すると後ろからも声が聞こえた。


「何も仕掛けずに何で名乗っているの。急いで倒しましょう」


声の主はグロリアだった。


「オレだけ名乗らないのもカッコ悪いだろ?だから名乗り位上げさせてくれよ。やあやあ、これなるは、イェレミースの天使クレメンスであるぞ、なんてな」


「はいはい、おふざけはそこまでよ。それでは、行きましょう」


 グロリアの一言とともに先ほどまでの和やかな雰囲気は打って変わって血飛沫の舞う戦場と化した。グロリアの魔法をミカエラが相殺して押さえ込み、ユーリとベンヤミンで剣士としてのスタイルで戦うクレメンスの相手をする。オレとルーツィエ、そしてマティアスは狭くて動くことすらかなわない。


 響き合う剣の音、詠唱の声。


 両者最前線はぼろぼろになりながらも戦闘を終えた。だが戦闘中、何か違和感があった。ユーリも同じように考えていたようで、二人の天使に問い正した。


「最後に聞きたいことがある。お前達は本気を出していなかっただろう?」


「へへ、バレたか」


 クレメンスは笑いながら答えた。それに対してユーリは当然だと返事をすると、何故本気を出さなかったのかと問いかけた。


「グロリアが、あんたを殺すことを望んでいなかったからな。ずっと人間と交流しているうちに、あんたが人を助けていたことを知って神様を疑っちまったのさ。それで、あんたを生かす訳にも殺す訳にもいかなくなった。オレはグロリアの事が好きだった。好きとかそういう感情っていうものは天使にとっては致命的な異常なんだがな。とにかく、これで終わりだ。好きにしてくれや」


「神様、陛下、どうかお許しを」


 そう言って最後に祈りの姿勢を見せる天使達をユーリはじっくりと見据えると、最後に一瞬瞳を閉じた後に斬り伏せた。後には光の粉が飛び散り、静かな空間の中にユーリの小さな呟きが響き渡った。


「彼らに許されなくても、俺が許そう。時を司る人の名によって」


----------


 オレ達はそのまま塔の最上階へと向かった。螺旋階段の行きつく先には小さな扉が見えた。ここが現時点での最終目的地であると確信したオレは、思わずユーリに一つ良いかと問いかけた。何だ、と言うユーリに対してオレは構わず言葉を続けた。


「生きて、先に進もうぜ」


 その余りにも当たり前で短すぎる言葉に驚いたのか、ユーリは一瞬呆然とした後にああ、と答えて笑った。その瞳は優しく、少しだけ愁いを帯びたいつもの彼の瞳だった。オレ達がドアを開けると、中で待っていたのは驚くべきものだった。


「ずっと待っていたよ。ユリウス。全員揃って来れたのには驚いたけれどね」


 そう声をかけてきたのはあの黒髪の少年であった。そしてその隣には、過去を調べた際に出てきた美しい女性と、ベンヤミンの父であるオスカー卿が並んでいた。黒髪の少年はそっとこちらに近づくと、言葉を続けた。


「我こそはイェレミース王国国王、ゴットフリート・イェレミース。その真の姿はオークレールの惨劇の日より変わることなく、ただ無限の生命の中で生き続けるのみ。かの日より我が従者にして最も愛する者ミリアムの肉体に留まらない完全なる復活を夢見て魔法の研究を続け、ユリウスの誕生をきっかけに時空の魂の力を取り込むことのみによって彼女を救えるという結論に至る。完全なる復活の術さえ手に入れればお前達を一度殺す必要はあるが全員生かして返すことも可能だ。どうだユリウス、ミカエラ。この契約に乗らないか」


 ユーリは静かに剣を抜いて拒否の意思を表し、オレや他の仲間もそれに同調した。


「ならば仕方ない。戦ってでも奪い取るぞ。ミリアム、戦闘準備に入れ」


 その言葉と同時に、ミリアムと呼ばれたその女性は魔法でその装いを槍使いのものに変化させた。しかし部屋は狭く、槍使い一組と剣使い二組が戦闘を繰り広げるとそれだけで周囲を巻き添えにしかねない程であった。それ故にルーツィエ、ミカエラ、マティアスには室外からの支援を頼んだ。


「分かったわ。私は相手の魔法を封じる。だから思う存分その腕を発揮して」


 ミカエラはそう言い残して最後に退室した。次の瞬間、それぞれの親子と槍使い同士が交戦状態に入った。こちらはマティアスが回復魔法をかけてくれているようで掠り傷なら瞬時に治ってしまう。だが相手も今から発動する魔法は封じられていても多少の対策はしていたのだろう、その条件は同じであった。


----------


 あちらこちらで響く武器のぶつかり合う音。私は父上と戦いを繰り広げていた。この剣の腕が父譲りである以上、互いに相手の動きが読めてしまい延々と戦いが続いてしまう。父上もそうお思いになったのだろう、変化しようとした瞬間を私の剣が深く捕えて父の身体は崩れ落ちた。


「父上……」


「……止めを刺す前に……これだけは言わせてくれ……。……ゴットフリート様にお前と私がよく似ていると言われた……何処までも主人に忠実だと。……ここまで強くなっていたとは……驚いたぞ、ベンヤミン」


「……これにて、お別れです。さようなら、父上」


 私は父の息の根を止めた。その時私の目から涙が流れ落ちているのが分かった。次の瞬間、私自身もどこか深手を負っていたようでまるで操り人形の糸が切れるように意識を失った。


----------


 俺と父上は他の二組が戦闘を終えた後も戦いを続けていた。ベンヤミンとオスカー卿、そして何も言わぬ生きる屍である母とニックが相討ちになった時、父は動揺して隙を見せたがそれをついて負わせた傷もかつて母が残した魔法によって一瞬で癒えてしまった。


 響き渡る剣の音。何度も折れては再生させた俺の剣。魔法によって形を得ている父の大剣。どちらも剣が使用不能になるという事は起こらない。どちらかが完全に力尽きるまで戦闘は続くことになるのだ。


「問題ない……ミリアム、オスカー……蘇生術を完成させるから待っていろ!」


 少年の姿をした父の金色の瞳は完全に狂気に染まり妖しい金色に輝いていた。その言葉の強い意志に揺さぶられてしまったのだろうか、一瞬の隙を突かれて俺は腹部を斬りつけられて膝を突いた。父は俺の顔を持ち上げると、喉元に大剣を当てて笑った。


「これで完全な蘇生ができる……!ここで、我が力となって散るがいい!お前も生かしてやるのだから安心しろ!」


 その時、遠くからミカエラの叫び声が聞こえてきた。同時に腹部の傷は完全に癒えた。俺は父の側から飛びのくと、再び剣を構えた。


「……まだ抗うというのか……?」


「皆を悲しませる訳にはいかない!」


 俺には何となく理解できていた。蘇生術は完全には成功しない―少なくとも自分には―という事を。 父は悲しそうに呟いた。


「……そうか……愚かな。それならば戦いを続けるのみだ」


「……覚悟なら、できている」


----------


 例えこの世の禁忌を犯しても、与えられたものから作り出せる未来を信じて。あの日失った、愛する人を取り戻すために。


 約束されたものでも過去でも未来でもない、この時を信じて。今共に道を歩む、仲間達をただ守るためだけに。


 自分の信じる道を力の限り生きる。それこそが己の、生きる意味だと信じて。


----------


 それから先、どれだけの時間を戦っていたのだろうか。既にニックとベンヤミンは部屋の外に連れ出されミカエラやマティアスによる治療を受けているようだった。一方こちらは両者治療の術の限界が達して満身創痍で戦いを続けていた。


 ずっと倒すべき巨悪と考えていた父も、魔法の被害者の一人だった。だからこそ今ここで倒さなければいけないのだろう。その罪が、これ以上深まる前に。同じ救いを求める者がどうしてここまで異なる道を歩んだのか。俺も、父も、愛する者を守ろうとした結末が、どうしてこうなるのだろうか。神様、貴方はあまりにも残酷だ。


 その時、父がかけていた時の魂の力の制限が解けた衝撃が感じられた。俺はすかさず発動を行った。


 時間制御・自己加速!


 父にこの力を否定する力は残されていなかった。だが俺の時間制御も父の懐に飛び込むまでが精一杯であった。その後刃で父の胸を貫き、血に濡れた刃を抜いた。息も絶え絶えの父が何故、という瞳でこちらを見つめていた。


「全ては魔法による悲劇も、貴方の罪も、全て終わりにするためだ!」


 そう言って再度この剣で父の胸を貫いて止めを刺した。その直後、仲間達が俺の方にやってこようとした瞬間、何らかの力で扉が閉じられた。


「いやあ、滑稽な結末だったなあ」


 後ろから嘲笑するような声が聞こえた。見るとそこには道化師風の男が一人立っていた。


「僕はリヒト。光の名を持つ天使さ。ずっと他の天使達とは別行動で君の父上に仕えていたんだけど……あれだけの力を持ちながらこの様か」


「貴様……一体父上に何をしてきたんだ?」


 俺の怒りに満ちた言葉に、リヒトは飄々とした調子で答えた。


「僕?僕は彼に魔法の才能に気がつかせて、ありとあらゆる魔法を完成させるためにも君とミカエラを殺させてその魂を取り込ませて力を与えようとしただけだよ。それが神様の思し召しだからね」


 なるほど、そういう事だったのか。父が狂ってしまった原因はこの天使だったのか。神様の思し召し。全く以て酷いものだ。だがそのオプタルの神の思し召しとして物事を示せば人間、特に天使や魔法を妄信するアンゲルス派の人間を騙すことなどいとも容易い事であったのだろう。


「だからどっちみち君とミカエラは助からなかったんだけどさ、すっかり僕の事を信じ込んでいたから彼はそう思い込んだみたいだよ」


 やはりそうか。俺の予感は当たっていた。俺は思わず首を振った。


「でも全ては失敗に終わった。だから僕が君を壊さないといけないね。実はベンヤミンには遠視魔法が仕掛けらえていた。君が彼に時間遡行の話をしてくれたことで君の壊し方が分かってしまったよ」


 神の力を以て、悪しき魂の力を奪え。

 全ては全なる神の為。人類の願いを叶える、大いなる存在に栄光あれ!


 リヒトがそう唱えた瞬間、突然息が苦しくなった。時間操作の能力を使った際の苦しさによく似た体のだるさ。魂の寿命とやらが削られているのだろう。この事実に気がついたときには時既に遅し。足元がふらついて倒れ、俺の意識は遠のきはじめた。


 全て終わりか、と思った瞬間、何かが俺を遠くに連れ去っていく感覚を最後に俺は完全に意識を失った。

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