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遥か遠き都へ(後)

 例えこの力によって強制的に導かれた答えだとしても、いい加減にこの感情を整理しなければならないだろう。俺はミカエラをバルコニーに呼び出し、周囲を見回してから切り出した。


「ミカエラ、少し大切な話があるんだ。聞いてくれないか」


「何かしら」


 俺の口ぶりから何を言いたいのか分かってしまうのだろう。ミカエラの記憶から強い期待の感情が伝わってくる。


「正直に言う。俺はミカエラの事が好きだ。もし良かったら戦いが終わった後に俺と一緒になってはくれないか」


 ミカエラは俺の言葉を聞いてえっと言ったが、喜びと戸惑いの感情が俺の中にあるミカエラの記憶の中から一瞬にして伝わってきた。彼女の返事の前に感情が伝わってきてしまうこの性質が、今回ばかりはよく言われる雰囲気などを楽しむ余裕がなくて少し憎らしく感じてしまう。暫くしてようやくミカエラが口を開いた。


「もちろん。喜んで。私の気持ちは貴方の中の記憶に刻まれている通りよ。でも、それだけではないわ」


 それだけではない。一体どういうことなのだろうか。


「貴方が居なくなれば私は一瞬前の記憶さえ失って何も分からなくなってしまう。だからもし貴方が構わないのなら今すぐにでも一緒になりたいと思うの」


 ミカエラの言葉を受けて俺は呆然とした。


「何となくではあるのだけれど、戦いが終わった後があるなんて私には思えない」


「そうなのか?」


 俺がそう問いかけると、ミカエラは悲しそうにそうよ、と答えた。


「私達が神様と戦った後、貴方が限界を超えてしまうのではないかと思って。そうしたら私は貴方の事を忘れてしまう。それじゃ約束は果たされないわ」


 確かにミカエラの言うとおりだ。神という存在を倒す為に時間遡行を前提として長い魂の寿命を与えられた自分が、最早人並みの時間すら残されていない。神と戦う時には時間操作を当然利用するだろう。その結果として魂力が失われるというのはある意味当然の結果だろう。


「それで、悔いはないのか」


「当然よ。例えこれが力によって導かれた抗いようのない結末の一つであったとしても」


 ミカエラも理解しているのだろう、この感情が恐らく互いを引き合わせて神を倒す為の時空の思惑によるものだという事を。それでも彼女が悔いはないというのなら、俺は素直に自分が抱く好意を完全に受け入れよう。


「それならば……これから先、どんな時もずっと君を愛しよう。この魂が壊れる時まで」


「私も。貴方が壊れて、私の記憶が完全に壊れてしまうまで」


 そう言って互いを抱きしめてキスをした。初めて触れる女性の唇は、想像していたよりもはるかに柔らかく甘いものだった。どれだけの時間そうしていたのだろうか、急に聞こえてきた俺たちを囃し立てる声で二人とも我に返りすっと距離を置いた。


「全部見てたぜ!おめでとう!」


「ミカエラ、やっと気持ちが届いたのね。おめでとう」


「すみませんユリウス様、私も気になって覗いておりました」


最後にマティアスが近づいてくると、彼は優しい笑顔でこう言った。


「最早神様を信じない我々が、というのも妙な話ですが簡単なものでも式を挙げましょうか」


 神様の前で誓うというもので実に滑稽な話だが、結ばれるというのならばそうするより他にないだろう。早速そのバルコニーでマティアスに話を進めてもらいつつ簡単な式を執り行い、星の光という石のはめ込まれた見えない指輪を交換して二人は晴れて結ばれた。


 その夜の晩御飯は皆が互いに協力して旅の途中とは思えない程のご馳走になったのは言うまでもない。そして城の部屋の数が多いことを良いことに、今日は俺とミカエラは二人だけで夜を過ごすことが許された。


 今宵の月はとても美しい満月だった。こういった夜には相応しい明かりが、窓から俺たちを照らしていた。


----------


 ニコラス達がウェラーで夜を明かし旅立ってしばらくした頃、導師クラウスの軍勢はかつてイェレミース軍とヴェールマン軍がぶつかり合い、両者ほぼ全滅という結果を迎えた古戦場オークレールに辿り着いていた。テントを張り食事を終えた頃、何処からか強い風が吹いてきた。


「風……?」


 だが、それはどこか様子がおかしいものであった。まるで軍勢の人間を傷つけるために悪意を持って吹いているようだった。そして周囲が暗くなった次の瞬間、全てのテントが破壊され中にいた人間は全員が切り刻まれていた。


 呆然と立ち尽くすクラウスに、一人の少年が近づいてきた。それは黒い髪に琥珀色の瞳、ユリウス・ハルトマイヤーによく似た特徴を持つが小柄な少年であった。


「会ってみたかったよ、導師クラウス」


「何者だ!」


「君を殺しに来たんだよ。さあ、武器を構えて」


 そう言うと少年はどこからともなく大剣を取り出した。クラウスも双剣を取り出して応戦するが、あっという間に少年の大剣に叩き斬られてしまった。


「導師なんて言われてた割には呆気ないな。……まあ、暇つぶしにはなったよ」


 そう言うと少年は大剣を消し、歩き始めた。


「ベンヤミンに遠視魔法をかけておいて良かった。軍勢だけを狙って一掃できたからね。それにしても歪の力は我ながら恐ろしい」


 少年はそう独り言をつぶやくと、自嘲気味に笑った後にどこかへと消え去った。


----------


 オレ達がオークレールに辿り着いて見たものは、余りにも凄惨な光景であった。クラウスさんの軍勢が壊滅し、血の塊があちらこちらに飛び散っていたのだ。軍勢の人々は原型を留めない程に切り刻まれ、その真ん中でクラウスさんの遺体が放り出されていたのだ。


 余りの酷い光景に絶句しつつ、皆で祈りを捧げる。魂が消える時まで彼らが幸せに過ごすことが出来ますようにと願いながら。そして野晒しになっていたクラウスさんの遺体を土に埋めると、墓標としてその双剣を土に刺してもう一度祈りを捧げた。


 全て終えた後、オレ達は今日寝泊まりする場所について話し合った。本来ならばこの地で野宿する予定だったのだが、話し合いの結果その光景による精神的なダメージを考えてもう少しだけイェレミース側に進んでから休むことにした。


 そして移動の際中、オレは何か鈍く光るものを見つけた。それは古びたペンダントであった。それが何か気になって手に取った瞬間、オレの頭の中に急に何かのイメージが流れ込んできたのだった。


「何だこれ!頭ん中に直接何かが……!」


「ニック!大丈夫か!」


 ユーリの叫び声が聞こえた。しかしやがて親友の問いかけが遠くなり、オレの意識はそのイメージの中に引きずり込まれてしまった。


----------


 戦場に、あの黒髪の少年が立っていた。


 少年は多くの軍勢を率いていた。彼らの鎧に刻まれた紋様からしてイェレミースの陣営だろう。彼の両隣には一人の金髪碧眼の美しい槍使いの女性とベンヤミンに似た赤毛の騎士見習の少年、後ろにはその赤毛の少年の父と思しき騎士が立っていた。


「者共、かかれ!」


 少年の号令と共に兵士や騎士が一斉に駆け出した。その直後。


 少年が後ろにいた騎士の剣に貫かれた。


 彼は苦し気な呻き声を上げると前のめりに倒れこんだ。槍使いの女性は倒れた少年を抱えて声をかける。


「若君、しっかり!」


 一方、騎士見習の少年は、彼と同じく赤毛の騎士に詰め寄った。


「父上、何故!」


「王の命令だ。全ては現王妃アルビーネ様の御子を王位につける為。私は陛下の為であればこの手を汚す覚悟などとっくにできている。更にこの事実はお前達三人を除いて全員が知っていたこと。誰も私を責める者はいない」


 女性は黒髪の少年に呼びかけていたが、彼はとっくに意識を手放していた。暫くして女性は彼の胸に右手を、自身の胸に左手を添えると何かを唱え始めた。


「我が愛する者に神の祝福あれ。我が命と引き換えに、この者に無限の生命を与えよ」


 すると二人の身体は光に包まれ、黒髪の少年は起き上がり女性が代わりに倒れて息絶えた。少年は暫く女性の身体に縋りついて泣き、化け物と叫ぶ赤毛の騎士に刺され続けていた。だが驚いたことに彼は死なない。その傷は一瞬にして癒えていたのだ。ようやく立ち上がった少年の瞳からは輝きが失われ、代わりにその顔には狂ったような笑みが浮かべられていた。


「そうか……確かに私は化け物のようなものだな。そう、だから……」


「この命を狙う者を、彼女を死に導いた者を、皆殺しにしてやろう!」


 少年のその叫びと同時に、少年の目の前で戦いを繰り広げていた兵が一斉に何らかの力によって引きちぎられていく。その様子を見ていた赤毛の騎士は周辺に残っていた騎士達と逃走を図ったが、何らかの力による壁にぶつかりその進路を妨げられた。赤毛の騎士が振り返った瞬間、騎士見習の少年がその懐に飛び込んでいった。


「父上、お覚悟!」


 そう叫んだ赤毛の少年は自らの父を手にかけると、泣きながら叫んだ。


「私も覚悟が出来ました。父上と同じように、若君の為であればこの手を汚す覚悟が!」


 残りの騎士達も全員黒髪の少年の謎の力によって殺害され、辺り一面は血の海と化していた。そして彼は命を失ったその女性の身体を優しく抱きしめると、もう聞こえないであろう彼女の耳の側で囁いた。


「一緒に帰ろう。必ず、僕の魔法で元に戻してあげるから。そして君を死に導いた他の王族や家臣たちを全員殺してあげるから。邪魔なリーゼロッテも殺してあげるから安心していいよ。そして平和なイェレミースで、一緒に生きよう。ずっと」


 そして少年は笑いながら彼女の亡骸を抱き上げて馬に載せ、赤毛の少年とたった二人で帰路についた。その瞬間、女性の胸から首飾りが落ちた。


----------


 イメージはここで終わった。気がつけばルーツィエの膝の上で眠っていたようだった。彼女に謝った後に体を起こして改めて手の中を見ると、自分が握っていたのはその女性の胸から落ちた首飾りと同一のものであった。


「今の……何だったんだ?」


 オレは思わずユーリに尋ねた。驚いたことに彼は答えを知っていた。


「恐らく力の伝播で物の記憶を見る事が出来るようになったんだろう。何を見ていたのかこっそり調べさせてもらったが、起こったことと見えたものの関連性、あと俺自身もそのペンダントを調べてみたがそれと一致したことから間違いない」


「それじゃ、過去を見ていたって事か?」


 ユーリはそれに対してそうだな、と答えた。そう言えばユーリは昔から色々な事を知っていたが、こうして調べていた場合もあったのだろう。


「これは内容からしてオークレールの惨劇と呼ばれる戦いの可能性が高い。だが、そうなるとその時代に何故あの少年がいたのか不思議だが」


 他人の空似じゃないかと答えると、ユーリは少し不安そうにそうだと良いが、と返した。暫くして、ユーリはオレに驚きの事実を告げた。


「実はこの先のイェレミース王国内では、俺の時間制御や過去を見る能力が制限されてしまっているんだ。だから、気になることがあったら恐れず調べてみろ。ほんの少し対象に集中すれば見られるし体の負担も殆どないものだからな」


 そして彼はパニックになれば今みたいに気を失う事態になるが、と笑って付け足した。

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