再び貴方と(前)
日が西に沈み黄昏時を迎えた頃、俺たちはラウスの町へ無事に入る事が出来た。宿に入り、夕食を終えた後久しぶりに練習をしたくなって剣を持って外に出る事にした。
「……外に行ってくる」
「久々に練習すんのか?オレも行くぜ!」
俺は分かったと答え、宿の近くの空き地に向かい練習を始めた。だが一向に練習に身が入らない。妙に昔の事が気になってしまうのだ。
「どうした?今日の動き、ユーリらしくないぜ?無理はすんなよ?」
ニックでさえ心配する程に動けていなかったのか。俺は途方に暮れた。
……ねぇ、大丈夫?……まだ、残ってるかな?
……一つだけ、買っていこうよ!……どんな味なの?
……こんな景色が見えるんだ!……あの人もここから見てたんだね!
なぜ思い出す。俺には新しい仲間ができた。だから、もう思い出す必要などないというのに。忌々しいあの頃の、たった一つの大切な記憶でさえ今となっては辛いものだ。そんな事を考えていると、後ろから何者かの気配が感じられた。
「ユリウス・ハルトマイヤー」
その声に後ろを振り向くと、ベンヤミン卿が立っていた。
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ベンヤミン卿はユーリの側に近づくと、彼に向かってこう言った。
「貴方の正体を教えて下さい」
「時の魂を持つ男。それだけだ」
ベンヤミン卿はユーリの答えに戸惑ったようで、困った顔をしながら懇願するように問いかけた。
「いえ、貴方の人間としての正体を貴方の口から聞きたいんです」
「それなら、神に逆らう人間と言った方が良いか?」
「私が求めている答えはそうではありません。しかしそれならば……私はいずれにしてもこの手で貴方を倒します!どちらかが死ぬときに、最後にお聞かせください。貴方の本当のお名前を」
「分かった。剣だけの一騎打ち勝負だな。参る!」
「参ります!」
両者互いに剣を抜き、ぶつかり合い、いなし合う。ベンヤミン卿がここに居た理由は分からないが彼がまだ神様を信じていることだけは確かだ。今までにない程に激しい戦いが繰り広げられ、時に避けきれなかった斬撃により互いの服が紅く染まっていく。
「何故貴方が!神に逆らうのですか!」
そう叫ぶとベンヤミンは鋭い斬撃をユーリに向けて繰り出した。ユーリはどうにか剣で受けたがその勢いで剣は折れてしまった。
「ちっ!」
舌打ちをするや否や間合いをとり折れた剣を思いきり振り下ろした。その瞬間、剣は光を帯びて元の形に戻った。驚いたベンヤミンも間合いを取り、互いに呼吸を整えていた。
「それは魔術でしょうか。ならば何故、神に逆らう者が扱える!」
「魔術ではない。時の魂に与えられた力だ。この剣は時空の剣、悠久という名だ。つまりこの剣は俺の剣であり、俺の力そのものでもある。この剣の切れ味は落ちる事がない。それもこういった力のせいだ」
言葉が終わるや否やユーリが再び斬りかかる。ベンヤミンも応戦し、二人の戦いはますます激しさを増していった。剣が空を切り裂く音、打ち合う音、いなす音。全てがまるで同時に鳴っているように感じられる程に激しい戦いが繰り広げられる。
どれだけ長い時間が経っただろうか、両者足元がふらつきながらも相変わらず戦い続けていた。周囲には戦いの凄まじさに驚いた人々が集まってきていたが、彼らは構わず戦いを続けていた。暫くしてユーリは剣の向きを変えると、刃でない方でベンヤミンに思いきり斬りかかった。既にふらついていたベンヤミンは受けきれずその場に倒れ、意識を失った。
「終わった、か」
「死んじまったのか?」
ユーリはそっと首を振った。
「峰打ちといって殺さない様に倒す方法を取った。だからすぐに治療をすれば助けられる」
「お前、こいつを助ける気なのか?」
あれだけ殺し合った相手を助ける気があるという事に驚いて問い詰めると、ユーリは暫く考え込んだ後に頷いた。
「あの約束は保留にさせてほしいんだ」
「本当の名前の事か?」
ユーリはそうだな、と言って俯いた。やはり過去に彼と何かあったのだろうか。それを問いただすとさあな、と返してきた。余程知られたくないのだろう。
「とにかく、悪いがミカエラを呼んできてくれないか。俺もこの身体で部屋に戻れるか微妙な所だ」
オレは仕方なくミカエラとマティアスを呼び、二人の手当てをしてもらった。宿の人に事情を話すとベンヤミン卿も同じ宿に泊まっていたことが分かり、彼を部屋に運んだ後オレ達は一先ず今日の疲れをとるために眠ることにした。この調子では明日も宿に留まって休むしかないだろう。ならば必ず、あいつの過去を聞き出そう。
どんな過去でも受け入れる覚悟など、とっくのとうにできているのだから。
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気がつけば朝になり、私は宿のベッドで眠っていた。驚いたことに昨日負った傷は完全に癒えていた。戦闘中に意識がふっと途切れた後に、誰かが治療してくれたのだろうか。それにしても何故あの方は私に止めを刺さなかったのだろうか。
あの方もラウスでただ一軒の宿であるこの宿に泊まっているのだろう。私は答えを探すために、あの方の部屋を訪ねる事にした。
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朝食を食べ終わり、部屋に戻ったオレ達は一つの部屋に集まり思い思いに寛いでいた。ただ一人、ユーリだけは何かを恐れる様子で部屋の隅に佇んでいたのだが。
そんな中、不意にノックの音が聞こえた。
「失礼します」
ベンヤミン卿の声だった。彼は扉を開けると丁寧にお辞儀をした。
「本日は、皆様を傷つける真似は致しません。ただ伺いたいことがあり参りました」
ユーリは何だ、と不機嫌そうに答えた。
「昨日、あの後何が起こったのか教えて下さいませんか。何故傷一つなかったのか、何故止めを刺されなかったのか不思議に思った次第です」
それを聞いてユーリは昨日の夜の一連の流れを説明したが、止めを刺さなかった理由は曖昧に答えていた。ただ止めを刺したくなかっただけだと濁していたが、俯き瞳が揺れている彼を見てユーリはやはり彼との関係を隠しているとオレは確信した。
「では、止めを刺さなかった理由は教えて下さらないのですか」
「あれで十分だろう。帰ってくれ」
「ちょっと待った」
オレは帰ろうとするベンヤミンを引き留めると、ユーリの方へ向き直って尋ねた。
「単刀直入に言うぜ。こいつとはどういう関係なんだ」
「何でもない!」
まるで何かを拒むようにユーリは叫んだ。
「あの様子で隠せると思ったら大間違いだ。昔から物事を誤魔化すのは下手だし、何よりお前自身がそれを嫌っているんだろう?だったらそろそろ教えてくれないか」
数分にも及ぶ長い沈黙の後に、ユーリがようやく口を開いた。彼は分かった、と言うとその沈黙の間にミカエラが持ってきていたハーブティーを一口啜り驚くべき話を語り始めた。
「……ティアムの教会の孤児院に入った時に、名字の分からない子供には孤児院を運営しているハンス先生とマティルデさんの姓、ハルトマイヤーの名字が与えられる。教会に保護された時にフルネームを言わなかった俺は、ユリウス・ハルトマイヤーと名乗ることになった。……俺の本名は……ユリウス・イェレミース。イェレミース王国、第二王子だ」




