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記憶の向こう(後)

 オレ達が教会に辿り着くと、子供たちが泣き叫び助けを求める声が響き渡っていた。


「……痛いよぉ……助けてよぉ……」


「……先生!マザー!……嫌だよ……一緒に逃げようよ……」


 恐らく頼みの綱である大人、牧師さんとマザーが子供たちを助けようとして負傷し、子供達も混乱して動けなくなってしまっているようだ。


「助けに来たぞ!どこに居る!」


 ユーリが声を張り上げると、近くの扉から幼い子供が二人飛び出してきた。


「お兄さん達!助けて!」


「先生が……マザーが死んじゃう!」


 オレは二人の頭を優しく撫でて大丈夫だ、任せろと言って二人を外に逃がした。


「それで……どうする?」


「俺が魔物を潰してお前が負傷者を救出する。それで一先ずどうにかなる」


 ユーリの声色にどこか不安そうな音が紛れているように聞こえたのは、気のせいだったのだろうか。だがオレ達には、迷っている暇などなかった。


 子供達が出てきた方向を頼りに教会の奥へ入っていくと、孤児院の食堂で大型の魔物が暴れておりその中で数人の子供や牧師、マザーが倒れているのが見えた。


「時間制御・自己加速!」


 ユーリが魔物へと突っ込んでいく。オレは魔物がユーリに気を取られている隙に怪我人や混乱して動けなくなっていた子供たちを部屋の外へと連れ出した。オレが全員の救出を終えると同時に、ミカエラが力を使ってくれていたのだろうか、瘴気が出ることなく魔物は黒い霧となって消え去った。


「少し……休ませてくれ。いつも以上に力の反動が酷いんだ」


 ユーリはそう言うと、柱の側に座りもたれかかった。オレはしゃがんで彼の様子を伺いながら声をかけた。


「大丈夫か?」


「まあ……どうにかなる。疲れてるだけだろう」


「そうかしら」


 突然後ろから聞こえてきた声に驚いて振り向くと、見覚えのある魔術師風のローブに身を包んだ女性が立っていた。


「お前は……イェレミースの天使を名乗る悪魔!」


「ええ、貴方から見ればそういう事になるでしょうね。私はグロリア」


 グロリア。その名前にユーリが小さく反応を示した。


「知ってるのか?」


「ああ……だが、気にする必要はない。お前と会う前の忌々しい記憶の一部だ」


「忌々しい?分からないわ。何はともあれ必要以上の害悪を撒く魔物は嫌ね。それに、いずれ殺すことになる人の分まで人を助けなくては」


 いずれ殺す人。その対象がユーリであることは明らかだった。グロリアは孤児院の食堂に置かれていた神の像に向けて祈りを捧げる仕草を行うと、こちらに向き直って言葉を続けた。


「貴方達が今この場所で死んだらお互いの全てが無意味に終わる。貴方達の目的は果たされず、誰もその力を生かせないのだから。まさか魂力が本当に唯の人間並み……いえ、それ以下というところまで削られているなんて思わなかったわ」


「魂力?なんだそりゃ」


「分かりやすく言うと魂の寿命。神様に救われない存在であれば、これが尽きれば魂は消えてしまう」


 魂の寿命。まさか、ユーリがいなくなってしまうというのだろうか。ユーリはやめろ、とグロリアに対して叫んだが、それも空しく彼女はオレに対して言葉を続けていた。


「つまり彼は恐らく魂力を使って戦っていて、もし今までと同じように戦い続ければその魂は消滅し肉体は命を失うということ」


「嘘だろ……!」


「いや、本当だ。そんなに減っているとは思わなかったが、『天使』の彼女なら見えるんだろうな」


 信じたくなかった。まさか、彼がそれほどまでに命を、魂を削って戦っていたなんて。だが皮肉にも彼が彼である理由は、そこまでしても誰かを守ろうとするところにある。少なくとも彼自身はそう考えているだろう。だが、オレはそれを望まない。オレはただ、共に生きてきた親友とずっと助け合って生きていきたいと考えている。


「とにかく、消滅を防ぐためにも彼だけは貰っていくわ。放っておけば力を使い過ぎて死んでしまいそうな彼だけを回収する」


 グロリアはそう言うと何やらユーリに向けて呪文を唱え始めた。恐らく転移魔法だろう。一方のユーリも動くことが出来ず半ば諦めるようにそのまま座り込んでいた。


 なんで。どうして神様は、あんなに優しい彼が救われない運命を作ったのだろう。そうだ。ユーリは昨日、何と言っていただろう。神様と戦うために生まれてきた。教えが偽りの可能性も多く含む。どちらにしても魂は消える。ならば、神様の教え自体を正しいと信じるのはもう止めだ。


「要するに、あいつが無茶すんのを止めれば良いんだな」


 グロリアはオレの思考を読んだのだろうか、少し驚いた様子でこちらを見つめていた。


「……それならオレが強くなればいい。あいつの分も全部背負って戦えるくらいにな!あんたにユーリを預けたところで殺すのは分かってんだ!オレの仲間を傷つけんのは変わんねぇだろ!だから、オレは最後まであいつと一緒に戦う。魔法を……神様を止めるために!」


 その瞬間、体に鈍い痛みが走った。そして頭の中に、何によるものかも分からない言葉が響き渡った。


 人間よ、その覚悟の強さは伝わった。時の力の行使を認めよう。

 代償として、全てが失われた後も友の生きる意味と共に在れ。


 何だって受け入れてやる。全ては共に在る未来の為に。

 そしてオレは、恐る恐る唱えてみた。


「時間制御・自己加速!」


 直後、急に周囲の動きが止まった様に見えた。オレはそのまま、躊躇わずにグロリアの身体を槍で貫き時間制御を解いた。


「力の……伝播が……!」


 グロリアはそう言って倒れこんだが、すぐに回復魔法を唱えて立ち上がった。


「驚いたわ。でも時間制御の使い手が二人もいては私も勝ち目はない。今日の所は引き下がらせてもらうわ。あと、貴方が救出した人たちは全員回復させたうえで眠らせておいたから。そろそろ目を覚ますわよ」


 そう言うとグロリアはどこかへ消えた。


----------


「ニック、何故受け入れた?」


 ユーリの言葉から悲しみと怒りが滲み出る。


「力の伝播、とやらか?」


「そうだ。もう二度と、普通の人間には戻れない。なのに、どうして受け入れたんだ」


 普通の人間。それは、彼と同等の存在ではないことを意味している。オレはただ、共に生きる為に彼と同じくらい強くなりたかった。ただそれだけだった。そもそもオレは孤児となった時点で普通の人間ではないだろう。そう思った直後、オレの口からも怒りの言葉が飛び出していた。


「普通ってなんだよ。オレは孤児だ、端から普通の人間じゃねぇよ!それに何より、一緒に居たい人間と生きる為に、誰かを助けるために手段を選ばないのは普通じゃないのかよ。それの何が悪いんだよ!」


 その言葉を聞いて、ユーリは少し呆然としてこちらを見つめた後に、優しく、そして悲しく笑って返事をした。


「……そうか。それなら……もう自分の魂を削る戦い方はやめよう。お互いに、余程の事が起こらない限りな」


 彼の存在の意味を考える限り余程の事が起こらないなんていう事はあり得ないだろう。それでも彼がそう言ってくれたことが、何よりも嬉しかった。


----------


 救助した人たちの様子を確認した後に教会を出ると、ルーツィエ達が駆け寄ってきた。


「二人とも、無事でよかった!」


 クラインで話をした辺りを境に妙な反応が増えていたルーツィエだったが、今の彼女の顔は心から安心しきったものでその緑色の瞳は涙で揺れているのが分かった。


「大丈夫だって。ま、とんでもない奴の不意打ちに遭ったけど撃退したから問題ないね」


「とんでもない……って、大丈夫なの?」


 ミカエラがユーリに問いかけると、ユーリはシェレンベルク夫妻に聞こえないよう耳打ちで答えた。


「ああ、イェレミースの天使の不意打ちにあったが、ニックが助けてくれた。……力の伝播を起こしてな」


 しかしその言葉がマティアスには聞こえたようで、眉間にしわを寄せて力の伝播とは何かと尋ねてきた。


「真実を受け入れてしまったわけだ」


 ルーツィエとマティアスは揃ってオレ達にまるで疑うような眼差しを向けた。ユーリはそれに構わず淡々と話し続けた。


「その結果として彼は時間制御の能力を手に入れて助けてくれた。そしてあの天使のお陰で俺の限界を知ることが出来た。だからこれから先は可能な限り時間制御は使わずに戦っていく事に決めたんだ。お互いに」


 その言葉を唯々呆然として皆が聞いていた。長い沈黙の後に最初に口を開いたのはルーツィエだった。


「どういう事なの」


「俺の魂の寿命の限界が近い。時の魂として与えられた寿命に対してな。まあ、細かいことは気にするな。皆で協力して戦えばいい。魔物を滅ぼすために」


 細かいことは気にするな。本来は一番その辺りを気にするユーリがその言葉を口にするというのには驚いた。だがきっと彼自身も、自らに向けられた現実を受け止めきれていないのだろう。神を信じる人間のままであるルーツィエとマティアス。既に真実を知り、受け入れてしまったオレとミカエラ。そして端から全てを知っていたが、自身の限界については初めて知ったユーリ。お互いの立場の違いが、互いを苦しめている状況がいつまで続くのだろうか。


----------


 その夜。あたしはマティアスと共に外に出てクラインの聖典について話し合っていた。一体どちらの方が正しいのか。ナコルは何に気がついて裏切ったのか。


「やはり、あの聖典が正しいのかもしれませんね。そして恐らく、本当の事に気がついていたのはナコルであると」


「あたしもそう思う。やっぱり、その方が辻褄が合うんだもの。……もしそれが本当なら、あたしは神様をどう思えばいいのかしら」


「信じられないものを信じる振りをしても、神様は全てをご存知になるでしょう。ならば私は、自ら地獄に続く可能性が極めて高い道を正直に進むべきだと思います」


 地獄に続く道を自ら進む。神様は全てを見ていらっしゃるのだから、疑ってしまった以上もう許されない。ならば、あたしも覚悟を決める事にした。


「マティアス、ありがとう。あたし、彼らを信じるわ。おやすみなさい」


 そう言って部屋に戻り、数日ぶりにどこかすっきりとした気分で眠りについた。そして何かの間違いだろうか、その部屋の香りに懐かしさを感じたのだった。


----------


 相も変わらず私は未だ名乗らない少年と毎晩剣の稽古を続けていた。そろそろ刻限かと思っていた頃、急に風が吹いて稽古に水を差されてしまった。それに釣られてか、不意に少年が口を開いた。


「ベンヤミン、そろそろ彼の秘密を話す頃かもしれないね」


「彼の秘密、とは?」


「ユリウスの事。彼は……」


 少年は一通り話し終えると、私の反応を伺ってきた。私は躊躇うことなく首を縦に振った。


「それなら今から、ラウスの町へ行くといい。転移魔法を唱えるからそれで行くんだ。持てる物だけ持って戻ってきて」


 騎士の寮から持てるだけのお金と、大切なものだけを持ち出して戻ってくると、既に転移魔法は完成していた。


「後悔だけはするんじゃないよ」


「当然です。……短い間でしたがありがとうございました」


 別れを告げて、私はラウスの町へと飛んだ。後に残されたのは、少し愁いを帯びた金色の目をした黒髪の少年だけだった。彼はまるで自らを嘲笑するように笑うと、独り言をつぶやいた。


「僕が裏切ってどうするんだか……まあ良いや。彼は誰よりもお父さんによく似ている。あのまま真相を知らずにいたらいつか僕みたいに後悔する日が来るのだろうからね……」


----------


「やはり彼の限界は近かったようです」


 イェレミースの王城の一室にて、王はグロリアから報告を受けていた。その言葉にそうか、と答えると王はそっと窓の外を向いた。グロリアは構わず報告を続けていた。


「そして、それを察知して連れ去ろうとした際に力の伝播が起こりあの槍使いの少年が時間制御を使用してきました。危うく私も彼らと同じ運命を辿りかけました」


 その内容に驚いたのか、王は再びグロリアに向き直ると優しく笑いかけた。


「無事で何よりだ。しかし二人になると戦闘の面では少し厄介になる……ある意味導師の軍勢と逸れてくれた事が幸いだったな」


「そうですね。流石のイェレミース軍および魔法使いとなれど時間制御の使用者二人、並びに空の魂を持つ者一人となると戦闘は厳しいものになるでしょう」


 王はその通りだと答えると、少し難しい顔で言葉を続けた。


「そう言えば、つい先程ベンヤミンがラウスへ単独で向かった」


 その言葉に驚いたのか、グロリアは目を見開いてそれは何故、と問いかけた。


「彼には彼の意図がある。そして我々が為すべきことに変化はない」


「そう……ですね」


 若い騎士の中では第一の存在と言われたベンヤミンの行動。それは、決着をつける為か、はたまた裏切りか。この情報を共有した両者は共にその意図が分からぬといった様子でその場に立ち尽くしていた。


----------


 翌朝。オレ達は早起きをして急いでラウスの町へ向かおうとしていた。ルーツィエだけは悪夢を見たと言って目の下に薄い隈を作っていたが、それでも山の中の街に辿り着く前に夜が深まっているという事態は避けなければならない。いざとなったら背負ってやるよと言うと、槍と一緒に背負われるなんて居心地が悪そうだから結構と返された。そんなやり取りをしながら宿を出るオレ達を、シェレンベルク夫妻や昨日助けた人たちが暖かく見送ってくれた。


「皆さん。ありがとうございました。これで、街もどうにかなりそうです」


「お兄さん達、ありがとう!」


「これ、お礼!教会の芝生に少しだけ残ってたから花冠作ったの!」


 そう言って男の子と女の子がそれぞれ花冠をオレとユーリに差し出した。オレ達は素直に受け取ることにしてしゃがんだが、瘴気を払ったのはあの天使であったことを思い出して少し気まずい感じがした。


「ありがとう。でも、教会の瘴気を払ったのはオレ達じゃなくて……」


 その様子を見た牧師さんがしゃがんだままのオレの頭を撫でた。それはどこかハンス先生を思い出すようなものだった。


「それでも、魔物を倒して私達の命を助けて下さったのに変わりはないですよ。そしてこの街も。本当にありがとうございました。昨日このような素晴らしい方々をこの街に導いて下さった神様に感謝しなくては」


 その言葉にマティアスが少し間を置いてそうですね、と返した。


「これも神の御導き、ですかね。でももうそろそろ出発しないと夜になってしまいます」


 マティアスの言葉を受けて皆で最後に挨拶をして町を出ようとした時、アデーレさんが声をかけてきた。


「弓使いのルーツィエさん……最後に一つ、聞いても良いですか」


「あたしに?」


「貴方の姓と出身地を教えて頂けませんか」


「……あたしはルーツィエ・シフォルスト。出身地は分かりません」


「分からない、のですか?」


「人狩りに遭ってルーツィエっていう名前以外の、それ以前の記憶を全てなくしたんです。最終的に救出してくれた旅芸人、テオドール・シフォルストの養女となりました」


 そう言われたシェレンベルク夫妻は少し残念そうな顔をしたがすぐに笑顔に戻ると、引き留めたことを詫びて見送ってくれた。しかし街を出た頃、ルーツィエが静かに行ってきます、と言ったのをオレは聞き逃さなかった。


----------


 ツァーベルの町には、姿が見えなくなるまで一行を見送るシェレンベルク夫妻の姿があった。


「ルーツィエ。色々とあってもう憶えていないみたいだな。それに大変な戦いに巻き込まれたとは……」


「それでも、私は彼女が何か強い決意のもとに今彼らと共に生きていて幸せそうで嬉しいわ。私達がその幸せは壊すことはできない。だからどうか無事で、もし叶うならまたこの街に来て欲しいわね」


 イヴァンはアデーレの言葉にただ静かに頷いていた。

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