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憂う幼き魂の残り香(前)

 オレ達は宿を出てクラインを目指して歩く。そして太陽が天高く上がる頃には街の門をくぐることができた。だが、クラウスさん達の軍勢がいるとするにしては少し静かで不自然だった。街の所々に見張りをしている兵が立っているので尋ねてみると、クレヴィングの兵は集合期間開始後早々に揃ったために彼らは僅か三日で旅立ってしまったのだという。


「それでも、この調子で進んでいけばヴェールマンで追いつくことができそうだな!」


 皆が頷く。次の街までは遠いことから、オレ達は今日はこの安全な街でゆっくりと休むことにした。宿を探して路地を歩いていると、ユーリが急に立ち止まって考え事を始めた。どうしたのかと聞くと、彼は周囲を警戒しながらこう答えた。


「わざわざ予定を早めるという事は……まさかイェレミース軍の襲来を考慮して先に出発したのではないか、と思ったんだが……」


「いやあぁぁぁ!」


 突然ミカエラが悲鳴を上げてうずくまる。ルーツィエがそっと側に寄り添う。暫く彼女は唯震えるばかりであったが、やがて何かを唱え始めた。


(くう)の理として命ずる。歪みの玉はその使い手に憑依せよ!」


 唱え終わるや否や、彼女は笑いながら立ち上がった。


「世界を壊す者なんて、消えてしまえ。私達の力はその為にある……!魔法を使う人間もろとも殺してしまえば良いんだ……!」


 間もなく周囲が大変な騒ぎになる。兵士の鎧の音。剣や槍のぶつかり合う音。


「ミカエラ……どうしたの!」


「悪魔が憑いているのでしょうか、私が可能な限り対処します!」


 マティアスがミカエラに近づこうとする。だが、それをユーリが止めた。


「無駄だ。これは彼女自身の力の暴走。唯の人間の魂を持つ者が止められるものじゃない!少しミカエラの気づきの力を甘く見過ぎたな。悪いが、彼女を止めるにはクラウスさんとの出会い以降の、その力に気が付いた後の記憶全てを消し去るしかない」


 そう言ってユーリがミカエラに近づくが、今度はルーツィエが立ちはだかった。


「あなたはミカエラをどうする気なの!」


「何も知らなければ、彼女はただの魔法が使える人間のままでいられるんだ。それともルーツィエ、お前は親友も、お前自身も……いや、ここに居る全員を悪魔にする覚悟があるというのか?」


「そんな……そんなの嫌に決まってるじゃない!」


「それなら止めるな!」


 ユーリはルーツィエを強引に押しのけてミカエラを抱きしめる。何か強力な力が動いたのがオレ達にも伝わってきた。間もなく、ミカエラは意識を失って倒れこんだ。


「彼女の意識はもうしばらく戻らない。正確に言えば、一瞬の間の記憶も持たないから何一つ理解できない状態だ。ルーツィエ、彼女が起こしてしまった事を片付け終わるまで彼女を守ってくれ。頼む」


 そう言ってユーリは騒ぎが起きた街の広場の方へ向かっていった。


----------


 私は父、オスカー卿と共にイェレミース騎士団を率いてクレヴィング王都クラインの東に転移し、城の付近まで一気に攻め入った。クラウスの軍勢を一網打尽にするべく、クラインの兵を捕えて居場所を問う。すると驚きの答えが返ってきた。彼らはとうの昔にクラインを出ているのだという。


「入れ違いになったか」


「父上、クラウスの軍勢は所詮寄せ集めの軍。この場は城を落とすことに専念しましょう」


 共に行動していたアリョーナの魔術によってクレヴィングの兵を薙ぎ払い、騎士達と共に王城に進む。否、進んでいるはずだった。だが気が付くと、歪曲獣を持っていた騎士の様子がおかしくなっていたのだ。周囲の人間を誰彼構わず殺し、挙句の果てに同士討ちまで始まっていた。


「一体何をしている!」


 彼らは騎士団長である父の声も聞かずに、まるで狂人のように周囲の人間を殺し続けた。混乱している私達父子にアリョーナが声をかけてきた。


「彼ら……持っていた歪曲獣に憑かれたみたいです。歪曲獣の攻撃対象は人間……イェレミースでの加工時に味方をその対象外として設定してあるはずですが、人間に憑くとその被害者が人間として認識していた存在を攻撃対象と見なします」


 イェレミースでは国王陛下がこの歪曲獣の源である歪の力を動かすことができるため、具現化した歪曲獣を目にすることなどめったにない。ましてや人間への憑依など、まだ若い私には聞いたことすらなかった。


「そして大量の人間を殺して歪曲獣が自然消滅するか、憑いていた肉体が死ぬまで攻撃対象の人間を殺し続けます。こうなったら彼らを兵器として扱い、この都全体を攻撃対象にして攻め滅ぼすしかありません」


「分かった。……オークレールを生き延びた者として、その光景を目にする覚悟は出来ている。アリョーナ、その力を存分に生かしてくれ」


 仲間だった騎士達が、突然魔物と化す。彼らごと、この街を葬ることになる。


 私と父は共にオプタルの神に祈りを捧げる。どうか、神が与え給うた奇跡の力である魔術の発展に尽くす我らがイェレミース王国を、共に守る騎士であった彼らの死後に救いがありますように。


 アリョーナが大魔術を唱え始めた。この街を炎で焼き尽くすつもりのようだ。無事な兵と、私達を対象外として全てが焼き尽くされるのだ。


 だが急に、彼女の呻き声と共に魔術の詠唱は止められた。驚いて目を開けると、先ほどまでアリョーナがいた場所にあの黒髪の剣豪が立っていた。彼の周りには光の粒が舞っていた。


「魔物憑きは処理した。そして、この世界の敵である彼女も。……もう一度仇討ちを望むならば受けて立とう。ベンヤミン卿」


 多くの返り血を浴びた彼は私の瞳を見て、静かにそう告げたのだった。


----------


 オレはユーリの後を追いかけて街の広場に飛び出した。周辺では多くの人間が血を流して死んでおり、生きていたイェレミース兵とクレヴィング兵が街の至る所で戦いを繰り広げていた。そして、遠くに二人の赤毛の騎士と対峙するユーリの姿が確認できた。


「ユーリ!一体何があったんだ!」


オレは急いで彼の元に走った。


「イェレミースの兵に魔物が憑依した。それを全て殺した。さらに言うと、この街を焼き尽くそうとしていた天使を名乗る者達の一人も」


 ユーリはそう言って剣を鞘から抜いた。赤毛の騎士のうち、若い方はかつてクロルで戦ったベンヤミン卿だった。ベンヤミン卿は剣を鞘から取り出してユーリに話しかけた。


「決闘の前に一つお願いがあります。貴方の名を、教えて下さい」


 ユーリはため息をつくとユリウス、とだけ答えた。その時、ベンヤミン卿は動揺した様子を見せた。年老いた騎士がその様子を見てユーリに問いかけた。


「私の名はオスカー・フェルスター。このベンヤミンの父であり、イェレミースの騎士団長。お前のフルネームはユリウス・ハルトマイヤーか。我が主が探し求めていた、時の魂を持つ男」


「そうだ」


「ならば、二人がかりでもお前を倒してイェレミースへ連行する」


「そっちが二人でっていうんなら、オレはユーリに加勢する。良いだろ?」


 ユーリは静かに頷く。そして、戦いの火ぶたが切って落とされた。


 フェルスター父子はどちらも一般的な剣を武器として扱っていた。オレはオスカーと名乗る父親の方と戦う。武器のリーチと若さゆえの腕力でどうにか互角の勝負まで持っていく。ユーリの方は前回と同じように攻撃を躱しながら隙をついて斬撃を当てていく。


 ベンヤミンとユーリの戦いは今回も圧倒的にユーリの方が優勢だった。だが、次第にユーリの呼吸音が荒くなっていくのが感じられた。恐らく直前に時間制御を使用したからなのだろう、このままでは消耗して一気にやり返される可能性もある。しかしオレが相手をしている老騎士もその年齢故か、少しずつ消耗してきているのが槍を通して伝わってくる。オレは動きを攻撃中心に切り替え、鎧を槍で突いて体勢を崩すと彼の足をめがけて穂先を振り下ろした。


 ユーリの方も無事に決着をつけたようだった。ベンヤミンの利き腕を斬り落とし、その首筋に刃を添えていた。


「囚われの身になるつもりはない。……イェレミースの魔術ならばその程度、簡単に治せるのだろう?早く無事な兵を連れてこの場を去れ」


「無事な兵なら、とっくに逃がしたよ。二人とも、あとは任せるんだ」


 突然、後ろから少年の声が聞こえた。振り向くと、短い黒髪に琥珀色の瞳を持つ高貴な白い服を身に纏った少年が立っていた。彼は二人の騎士を転移魔法で逃がすと、こちらにそっと近づいてきた。


「ユリウス。空の魂を持つ女性を連れてこちらに来るんだ。そうすれば君は救われ、世界中の人々を助ける魔法が完成する。最高だろう?」


 少年はユーリに手を差し伸べる。ユーリは彼に剣を向け、無言でその誘いを拒む意志を伝えた。オレは思わずユーリに尋ねる。


「ユーリ、どういう事なんだ?魔法の完成は、神様との約束だったよな?」


「そうだ。だが神様が一体何なのか、お前には分かるのか?」


「まあまあ。神様は絶対的な存在。その先に触れる事は禁忌、だよね?……でも、ここで処刑されたら魔法の完成を任されたイェレミース側も困るんだ。こうなったら力づくで連れていくよ」


 少年はどこからか小さな宝玉を取り出すと、その玉に魔力を込めて大剣に変化させた。


「さあ、二人がかりでも何でも来るが良いよ」


「ユーリ。大切な人を死なせない為なら、禁忌だって受け入れる。人間だって辞めてやる。だから、一緒に戦おう」


 ユーリがオレの言葉に、決意の内容に一瞬戸惑うのが分かる。だが彼自身も覚悟を決めたのだろうか、ゆっくりと頷いた。


「……分かった。行くぞ!」


 オレよりも少しだけ背の低いその少年の攻撃はとても強力でオレの腕力でもとても敵うものではなく、そのまま力に負けて思いきり吹き飛ばされた。ユーリは必死に躱しながら彼の急所を狙って斬撃を続ける。そしてここぞとばかりに振り下ろされた大剣の攻撃を受け流すと、少年の腹部に深い切り傷を負わせた。少年は崩れ落ちるように地面に倒れこむ。


「これで終わりか」


「この程度の傷で、殺せると?」


驚いたことに少年は再び立ち上がる。そしてどこか恐ろしい笑顔を浮かべてこちらを見た。


「この身体には強力な呪いがかかっている。そのお陰で強力な治癒能力も宿っている。簡単な治療魔法を使うだけで、あっという間に動けるようになる」


 服の下に見えていた傷があっという間に癒えていく。かつてユーリがミカエラの治療によって一命をとりとめた時と同じくらいの傷だったはずだ。それが一瞬にして傷跡すら残さずに治ってしまったのだ。


「嘘……だろ……?」


「これだけの力を以てしても、死者を完全に甦らせる事は敵わない。この世の理そのものである、時空の魂の力を取り込まなければその術式を導くことができない。類稀な魔法の才能を持つと教えて下さった始祖の天使の言葉に従って、君と彼女を連れていかなければいけないんだ」


 そう言って少年は狂ったように笑いだすと同時に攻撃を再開した。オレもユーリの元に戻り共に応戦するが、先程以上に攻撃に特化した少年の動きに苦戦を強いられた。


「ユーリ!オレが攻撃を止める。その間に時間制御で決めろ!」


「任せろ!」


 オレは必死になって少年の攻撃を受け止める。ユーリはその瞬間を見逃さずに時間制御を行ってくれた。


「時間制御・自己加速!」


「歪曲転換により否定」


 ユーリの時間制御は、少年のその一言によって相殺された。


「馬鹿な!」


「時の力による効果を、歪みに変換した。それだけだ」


 少年は余裕の笑いを浮かべると、ユーリの腕を狙って大剣を振るった。そしてその後もオレには目もくれずユーリに対して猛攻を続けていく。ユーリも必死に受け流し、躱しながらその刃を振るい少年の体に傷をつけるも中々決定的な傷を負わせられずにいた。ついにユーリの体力が限界に達したのだろうか、攻撃を避けた際にふらついて転倒してしまった。


「危ない!」


 オレは思わず割って入り、槍でどうにか攻撃を食い止めようとした。だが、相手の勢いに押し切られてしまい槍の柄が折れてしまった。オレの肩に少年の大剣が思いきり振り下ろされ、強力な斬撃の勢いで倒される。起き上がろうと体を動かすが、右肩に激痛が走り体を起こすことができない。それどころか意識が少しずつ薄れていく。


「ニック!」


 ユーリの声が、遠く聞こえた。

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