王都クラインを目指して(後)
朝になり、オレ達はようやく町に辿り着いた。町の人達がオレ達を心配して駆け寄ってきた。皆でユーリが盗賊団を殲滅した事を報告し、徹夜で戦ったという事もあり今日は一日宿で休むことにした。オレは相変わらず眠ったままのユーリをベッドに寝かせた。ミカエラ曰く、毒の魔法による彼の体へのダメージは完全に癒えたもののその際の消耗が酷いために未だ目を覚まさないらしい。
椅子を彼のベッドの側に置いて座って暫く様子を見ていると、ようやくユーリが目を覚ました。
「ユーリ、大丈夫か?」
「……今、何がどうなっている?」
「盗賊団の頭領を倒して、宿で休んでるところさ」
ユーリは不思議そうな顔をしてこちらを見る。
「どうしても心配になってオレとルーツィエで戻ったんだ。危うくお前が鎌で殺されそうになったところに上手く割り込むことができたのは良かったんだ。でもあの女、魔物まで隠し持っていてさ。槍は鎌の刃で折られたから相手の鎌を奪って振り回してみたけどそれも壊れて、ルーツィエの矢も尽きて。もう駄目だと思っていたらミカエラが飛び込んできて助けてくれたんだ」
「ミカエラが?何故だ!」
ユーリが起き上がってこちらを見る。その瞳に焦りが映っていた。
「お前の危険を察知した、とか言ってた。最後はミカエラが魔法を使って砦の壁の木材を剥ぎ取って魔物や頭に突き刺して、それで終わりだったんだ」
「……それで済んだのか。何はともあれ、無事に今を迎える事ができて良かった」
そう言ってユーリは安堵の表情を浮かべて遠くを見つめた。だがその琥珀色の瞳は、今まで以上に不安気な様子を浮かべていたのだった。かつての諦めと合わさった孤独とは全く異なる、仲間がいる故の孤独。例えて言うならばそんなところだろうか。オレは思い切って聞いてみることにした。
「なあ、教えてくれないか。お前が知っている事を」
「……もし、俺がオプタルの神に背く悪魔だとしたら、お前は俺をどうするんだ?」
予想外の問いにオレは暫く考え込む。ユーリが悪魔である訳なんてないだろう。それ以前に何より一番の親友であり、唯一の家族のようなものとして共に生きてきた存在を殺したりする事などできる訳がない。
「前にマティアスが誰も知らない理があるんじゃないか、って言っていただろ?オレはその一つに過ぎないと思って受け入れるつもりだぜ」
オレがそう言って笑って返すと、ユーリも静かに笑う。だが、彼の表情は再び曇り悲し気に呟くのだった。
「それなら尚更、教える訳にはいかない。……ニックは誰よりも優しい、人間だからな」
そう言い終えるとユーリは立ち上がり、身なりを整え始めた。そして店で代わりの槍を探しに行こうとオレを誘う。オレは再び襲ってきた睡魔に耐えながらその後に続いた。
武器屋には取り戻された武器が少しずつ並び始めていた。気に入った槍を買おうとすると、店の主人は町を助けてくれたお礼だと言ってタダでその槍を譲ってくれた。それだけではない。オレ達の姿を見るや町を助けてくれたのだからお礼を、と言って色々なものを持ってやってきたのだ。だが旅では物が多すぎるのも困りものなのでこの先必要なものだけ受け取りその場を後にした。そして昼ご飯を済ませた後、なんだかんだとあって一切眠っていなかったオレは夕食まで眠ることにした。
今日の夕飯は中々豪勢なものであった。何でも宿での食事にこれを使ってほしいと言って町民が色々な食材を持ち寄ってくれたらしい。それをオレ達や片付けに追われて疲れ果てた宿の主人が休んでいる間に、主人の許可の元ユーリが一人で料理してしまったという。
「二人での時は適当にしてしまっていたが、今日は時間があったからな。小さな町と言えど交通の要衝という事で色々なものがあるんだな」
そう言う彼の余りに得意げな顔に一瞬苛立ちを覚えたが、一口料理を口に運ぶだけでその美味しさが格別のものであることが分かった。確かにティアムでの暮らしには余裕がなく、あまり美味しい料理を作っている暇などなかった。一体どこでこんな料理を覚えたのだろうか。
「そう言えば、ミカエラの料理の味付けにちょっとだけ似てない?」
「そうね。私の料理に少し似ているかしら」
「……確かに、そうだな」
そう言った瞬間、ユーリの表情が少しだけ曇った。だが、ミカエラがとても美味しいわ、と言った瞬間すぐにその頬は赤く染まり彼はそっぽを向いてしまった。
「まあ、時間があったからそれなりのものが出来ただけだ。君の本気の料理の方が美味しいと思うぞ」
「それなら、クラウスさんと合流して、イェレミースで目的を果たした後に何か作ってみるわ。楽しみにしていて」
「え、いや、あ、特に頼んだ訳ではないからな」
そう言うとユーリは急いで食事を終えて部屋に戻ってしまった。だが美味しい料理というのは人の心を満たすもので、今まで不信感から少し警戒心を見せていたルーツィエも今日は久々に穏やかな表情になっている。ユーリの行動に唖然としつつも、久々に楽しく語り合う良い機会を逃す訳にはいかない。残されたオレ達は今の様子について賑やかに話しながら彼の作った料理を楽しんでから部屋に戻り、久々に何か満たされたような気持ちで眠りについたのだった。
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満月が天高く昇った頃、イェレミースの王は魔術師風の姿をした天使と名乗る者達三名を集めて会議を行っていた。王は女性の姿を持つ一人の天使に問いかけた。
「時空の魂を持つ二人を含む数名が行方不明だったのが昨晩偶然見つかった、と?」
「はい。彼らが導師を襲撃するかと思い、余った歪曲獣の玉を道中のカスケルという町の付近にアジトを構える盗賊に渡し、首領の意識を読み取ったままにしておいたのです。その結果、彼女の視界に時空の魂を持つ者達、及びその仲間二名が映りました。その時の戦闘の様子からして彼らは今晩カスケルに留まるでしょう。そしてクラインにおける集合の期間に間に合うかどうか、というところではないでしょうか」
「偶然ではあるがよくやった。アリョーナ」
「複製体の失態をそのままにしておくわけには参りません。捕獲どころか、彼らだけを行方不明にさせてしまったのですから。神様にも大層叱られました」
王は静かに頷いた。もう一人が王に問いかける。
「これによるクレヴィング王都クラインにおける作戦に変更は発生しますか」
「グロリア、特に大きな変更はない。今回の戦闘には攻撃魔術に特化したアリョーナが参加する。……だが、彼との交戦の可能性に備えて、一つだけこちらでやっておくべき事がある」
グロリアと呼ばれた天使はそうですか、と返事をする。残る一人は男の姿で、また出番なしか、とつまらなそうに呟いてグロリアに窘められていた。間もなく彼らは部屋の外に退出し、代わりに王と同じくらいの年と思しき一人の赤毛の老騎士が入ってきた。
「陛下、騎士団への指示に関しては何か変更があるのでしょうか」
王は静かに老騎士の方を向いた。
「下位の騎士には歪曲獣を持たせる。兵士は略奪等を行わない様に上位の者のみ動員する。そしてお前が全体の指揮をとり、ベンヤミンに現場での細かい指示を出させるのだ。最優先はクラウスの軍勢の殲滅、及び敵国となったクレヴィングの王族の捕縛。時空の魂を持つ者が能力を使用して全体を混乱に陥れた場合には直ちに兵を退くように。そしてベンヤミン主導で戦闘を行い、捕縛を試みる」
「はっ。このオスカー・フェルスター、命に代えてもこの任務を完遂してみせましょう」
オスカーと呼ばれた騎士はそう言って頭を下げる。王は彼に顔を上げるように言うと、その緑色の瞳を見つめて静かに言った。
「オスカー、お前は毎度そう言うが、私はお前の死など望みはしないぞ。……オークレールの悲劇以前から苦楽を共にした、唯一の家臣だという事を忘れるな」
「そうでした。ミリアムさんを救う魔法が完成する日を共に夢見てから随分と長い時が立ちましたが……共にその瞬間を見届けましょう。私が去り、陛下がお一人になってしまう前に」
「そう……だな」
静かに返事をする王の琥珀色の瞳は月の光を映して輝いていた。
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王と父がクラインに攻め込む作戦を練って数日が経った。
下弦の月が東の空を昇っていく。私は相変わらず名を名乗らない黒髪の少年と共に剣の腕を磨いていた。少し休憩をとるために二人で椅子に腰かけた時、少年が私に尋ねてきた。
「ベンヤミン、明日がクラインに攻め込む日なんだよね?」
私がそうだと答えると、彼はそっと笑ってこちらに手を伸ばしてきた。
「一つお願いがあるんだ。もし君が彼と交戦することがあった時に助太刀できるように、通信魔法を使わせてもらえないかな。彼と出会って危機的な状況になったらその気持ちを強く念じるだけでいいんだ。自分自身の剣の腕も、改めて確かめておきたいところだしね」
少年の言葉はどこか恐ろしく感じられた。だが彼はその感情すら読み取ってしまったのだろうか、そっと笑ってその金色の瞳でこちらをじっと見つめるとこう言った。
「大丈夫。今君が見ているこの存在は、神様によって保障されているものだから」
私はその言葉を信じ、彼の魔法を受け入れた。
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カスケルの町を出てから一週間、特に強力な魔物や盗賊に襲われることもなく無事に王都クラインの直前の村まで辿り着いた。宿に入ったが妙に眠れない。同じように眠れないのだろうか、オレはまだ起きていたユーリにそっと話しかけた。
「明日クラインに入る訳だけど、クラウスさんはまだ居るかな」
ユーリはどうだろうな、と言って笑う。
「それ以上に対魔連合軍の行動は、イェレミース軍に完全に把握されていたはずだ。クライン市街での戦闘なんていう事にならないと良いが……まあそうなった時には、この手で全て片付けるだけだ」
オレは思わずため息をつく。
「もう大丈夫だ、オレも戦える。人の姿をした敵と。だから全て背負い込まないでくれよな」
その言葉を聞いたユーリは窓の外を見てため息をついて一言だけ、ごめん、と呟いていた。昇り始めた月の明かりが彼の頬を照らして、一筋の涙の跡を浮かび上がらせた。




