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思惑

 ありがとう。下がって。大丈夫だから。

 苦しむ人だけじゃない。大切な人を守るっていう僕の誓い、覚えてるでしょ?

 まったく、ベンヤミンは年上なのに泣き虫なんだね。

 泣かないでよ。君なら、生きていけるから。君の道を貫いて生きて。

 最高の騎士になれるって、信じてるから。


----------


 若君、と呼ぶ自分の声で目を覚ました。気が付くと自室のベッドで眠っていたようだ。隣にいる療術師が慌てて外に駆けだしていった。従えていた兵を皆殺しにしたという一人の黒髪金眼の男と剣を交えた。膝を負傷して敗れ、自分だけは殺されることなく見逃されて転移魔法で撤退した。そこから先は何も覚えていない。


 幸いなことにイェレミースは魔法が非常に発展している。そのためこの膝の傷も完全に治っていた。体を起こして考え事をしていると、国王陛下の声が聞こえた。


「ベンヤミン、目が覚めたか。入るぞ」


 驚いたことに陛下御自身が一人の騎士に過ぎない自分の部屋にいらっしゃった。陛下は窓辺の椅子に腰かけると優しい口調で話しかけてきた。


「今回のクロル制圧作戦は失敗に終わったようだな」


 申し訳ございません、という自分に対して構わない、と陛下は仰った。


「生存者はベンヤミン・フェルスター、一名のみ。まるでオークレールの惨劇のようだな」


 オークレールの惨劇。自分が生まれるよりもはるか昔に起きた南の隣国ヴェールマンとの戦争で、何らかの力の暴走により両軍合わせてもイェレミース側に僅か数名の生存者が残るのみとなった事件で、それ以外に何も詳しいことは語られていない。目の当たりにした事実をあの男の最後の問いも含めて事細かに報告すると、陛下は少し考え込んで問いかけてきた。


「お前はその男に対して、何を思った?」


 その問いの内容に驚いた。暫くお待ちください、と言って考える。


 若君に対しての誓いを破らずに済んだ。騎士の道を外れかけた自分を止めてくれた。オプタルの神の教えを破りかけた自分に対して、戒めを与えてくれた。


 素直に答えると陛下は笑ってこう仰った。


「その男と、もう一度剣で戦いたいか。だが騎士団にはお前を上回る剣豪などお前の父を除いて存在しない。故に今のお前に相応しい鍛錬の相手などいないだろう。もし望むなら、出来る限りの事をしてやりたいところだが」


 もう一度、あの男と対戦する。

 彼の正体を知るためにも、機会があればそうしたいところだ。素直にはい、と答えると陛下はそれならば考えておこう、と言って部屋を出ていった。


----------


 小広間の東の窓に見えていた月が上へと逸れる。イェレミースの王ゴットフリートは奥に位置する大きな椅子に座って何かを待っているようだった。間もなく王と同じように高貴な服を着た若い金髪の男女が三人、そして魔術師風の若い黒髪の女性が部屋に入ってきた。


「陛下、失踪直前の数日間にわたるラルフの行動に関するデータのまとめが終わりました」


 魔術師風の女性が椅子に座った王に近づき数枚の紙を手渡した。王は資料を読み上げる。


「マレクの東で時の魂を持つ男に遭遇、勝手に歪曲獣を解き放つ。時の魂を持つ男が仲間の青年を庇い重傷を負ったが何者かの攻撃で歪曲獣が消滅。その後歪曲獣を失ったために帰還し、マレク周辺に戻り彼の動向を探る。五日後、今度はマレク西のワイゲルト方面にて再度時の魂を持つ男に遭遇。(くう)の魂を持つ女と共に行動していたため再び勝手に暗殺を試みるが失敗、補充した歪曲獣を放つも反撃に遭いラルフ自身が消滅。ただし力の伝播は確認されていない。以上……か」


「はい」


 女性は静かに返事をする。王は残念そうに首を振った。


「神の使いとしての本能を優先したか。確かに彼らの力は中に宿る悪魔の力ではあるが……それでも捕獲し力を奪った後、魔法に新たな段階をもたらすというのが、始祖の天使との約束であったはずだ。その事実はお前達も知らされているのだろう?」


「その通りでございます」


「まあ良い、グロリア」


 深く頭を下げる女性に対して王は言葉をかけると、傍にある葡萄酒を飲み干した。そしてグロリアと呼ばれた魔術師風の女性は、一礼すると部屋を去った。


「父上、ついに時空の魂を持つ者達が見つかった、という事でよろしいのでしょうか」


 空の杯を置いた王は、話しかけてきた若い男の問いに答える。


「そうだエドヴァルド。かくなる上は二人を捕える。決して殺してはならない。お前はこの国で唯一の王子……彼らの力を奪いオプタルの神の民である我ら人間の物として、魔法を発展させる事がこの国にとって重要であるということ、よく覚えておけ」


「それでもラルフ達天使からすれば、早く始末してしまいたいのでしょうね」


 そう言って若い女性の片方がため息をつく。王は少し間をあけて口を開く。


「レオノーレ。……正しく、そうだろうな。尤もラルフ以外は程良くその本能が抑えられているという。捕獲しその力を応用するのには向くが、彼以外では二人を感知することが難しかっただろう」


「それでも、時の魂を失いかねない事態になるとは思いませんでしたわ。父上ならばもう少し何か手を打っているものかと」


「姉上」


 もう一人の姫がレオノーレと呼ばれた姫の言葉を遮る。


「ヴァルトラウト。構わないぞ」


 そういって王はため息をつく。暫くの後、レオノーレが何も言わない事を察してか王は言葉を続けた。


「レオノーレ、お前ならばそう言うと思っていた。だが、相手はいくら我々の為に送られたといえども天使。そう簡単にその問題を避けることができるとは思っていない。失敗の可能性を考慮してでも、彼に偵察任務を行わせたのは間違っていなかったと考えている。それに今日のクロルの事件、ベンヤミンが既に彼と交戦した可能性が高い」


「ベンヤミンを剣技だけで圧倒する程の剣士でもあるという事なのですね。ところで父上、その二人の名前は何というのでしょうか?」


 ヴァルトラウトと呼ばれた姫が王に問いかけると、王は少し顔を曇らせた。


「時の魂を持つ男は、ユリウス・ハルトマイヤー。空の魂を持つ女は、ミカエラ・アマーリア」


 その名を聞いたヴァルトラウトが少し驚いたような声色で問い返す。


「ユリウス……?」


 王は静かに頷く。


「その通りだ。私も驚いた。だが、全てはこの国の力を、オプタルの神より与えられた奇跡の力を広げるために」


 暫くして広間から全員が外に出る。最後に外に出た王は、誰にも聞かれない様に静かに何か呟いた。


----------


「それで一体、何の用でしょうか」


 ユーリはクラウスの部屋に入ると少し不機嫌そうに言った。あれだけ力を使って疲れ果てて寝るのを邪魔されたのなら無理もないと言って導師は笑って返した。


「君は一体、何を知っているのかな。……時の魂を持つ人間として」


 導師の茶色い瞳に燭台の焔の揺らめきが映り妖しく輝く。ユーリは瞳を閉じて静かに答えた。


「世界の辿ってきた歴史の殆どの事件についてです。滅亡や再生を含む、今この世を支配する神によって歪められたこの時空の全てを。もちろん人の体で表に出しておける知識の量には限界がありますが、時の魂を持つ者として最低限必要な分は常に思い出すことが出来るはずです」


 導師はなるほど、と言って考え込んでいた。ユーリはその様子をじっと見つめてクラウスに問いかけた。


「貴方は何を知っているのですか。歪みに飲まれて滅亡した世界の後に、神を倒すための存在を生み出すために作られた箱庭の世界からやってきた貴方は」


 導師は笑ってユーリに向けて言う。


「私の魂に刻まれた記憶を読み取ってみればいい。時の力による記憶の読み取りは、それぞれの魂に対してでも適応できるはずだ」


 それでは失礼します、と言ってユーリは導師に触れた。暫くの沈黙が続いた後に、ユーリが離れて息を切らす。クラウスは今にも倒れこみそうな彼を椅子に座らせると優しく大丈夫かい、と声をかけた。呼吸を整えてからユーリはそっと口を開いた。


「全て、見えました。貴方が知っている、かつての時空の魂を持つ二人の様子も」


「そうだね。魂は時と空間、両要素が混ざり合った結果生まれるもの。神を倒す為には純粋な時または空の要素だけを持つ魂が生まれて神を認知できる生物に与えられる事が必要だ」


導師はそう言うと、顔を曇らせて言葉を続けた。


「けれど、片方だけではあまりにも不安定。だから魂に添えられるもう一つの要素として、その不安定さを世界に押し付ける歪の性質が与えられたわけだけれど……その結果として彼らは狂ってしまった。そして世界は壊れて再生が行われた。当然ながら神による妨害が入り、再び人に偽りの奇跡を与え、その代償となる歪みが生まれ続ける世界になってしまった。私はそれに抗ったけれど……たった一人の人間じゃ、数多の人の祈りに敵うはずもなかったんだよね」


 導師は悲しく笑った。ユーリが何かを嘲笑う調子でその言葉に続けた。


「祈りか、願望か、もはや唯の欲望というべきか」


 導師はそうだよね、と返すと改めて真剣な調子でユーリに問いかけた。


「ところで君は歪を持っていないんだよね。ミカエラさんも同じ。二人同時に生まれていない限り、そして同時に現世に存在し続けない限り、君はその体と魂を結びつけることができず体が死んでしまう。そして彼女はその魂に記憶を留めておけず結果として何も理解できない廃人のようになってしまうはずだ」


 ユーリは驚いたのか目を丸くした。


「だから、どちらか先に生まれた方のすぐ近くに、歪の魂を持つ人間がいたはずなんだ。両方が揃うまで、君か彼女かどちらかに生きていて欲しいという強い願いを持ち、その不安定さを背負い世界に押し付けるために。だから教えてほしい。君のその体が生まれた地を」


 ユーリは静かに首を振った。


----------


 導師とユーリの会話は随分と長く続いていた。


「それで、君の正体の事は皆に話していないようだね?」


 そうですね、と答えるユーリに導師がなぜ、と問いかけた。


「皆はまだ何も知らない、つまり人間でいる事が許されているんですよ」


「人間でいる事が許されている、とはどういう事かな」


「神様を信じて、人として扱われる。全てを知りながら、人の体で生きるために彼らの真似をして嘘を信じるフリをして、時に化け物扱いされて。どちらが人の身を持つ者として幸せな生き方だと思いますか?」


 そう答えるユーリの琥珀色の目には涙が浮かんでいた。


「皆は何も知らない。彼らに全てを知らせて、こちら側に引き込んで、人として生きていけないような存在にはしたくないんですよ。俺がここまで戦ってこれたのは、彼らに本当の意味で、幸せになって欲しいから。皆に真実を伝えて不幸にさせる位なら、俺が一人で戦い抜いてみせる。何度同じ時を巡る羽目になっても。そしてそのまま力尽きても」


「それでは、君はその魂に与えられた役割を果たせないかもしれないよ」


 導師はやれやれ、といった様子でユーリに言葉をかける。


「確かに今回の作戦は、多くの人間を騙して進める作戦だ。だけど人間を切り捨ててでも、歪みの元凶である神を倒すのが私や君、そして彼女の役割なんだよ。君自身が人間を捨てられなくて、そして彼女に切り捨てさせなくてどうするんだ」


「彼女もまだ自分の正体に気が付いていない。上手くいけば彼女が自身の役割に気が付くことなく全て終わらせることができるかもしれない。彼女は人を癒すことを夢見た療術師。だから人間を切り捨てる真似なんてさせたくないんです」


 ユーリは感情に任せて言葉を紡いだ。導師は冷たい瞳で彼を見つめていた。


「君の大切な人達は、一体そんな君をどう見ているんだろうね」


「どう見られても構いません。少なくともそれだけ化け物のような生き様を曝しながら導師として崇められて慕われた貴方とはこの議論を続けても無駄だと思います」


 その言葉に導師は驚いたようだった。ユーリは一度呼吸を落ち着けてから話し始めた。


「父に何度も虐げられた挙句に殺されて、その度に勝手に時間遡行させられて、それを何度も繰り返して、初めて逃げ出した時に人狩りの性質を利用して移動し、売られる前に彼らを殺して大切なもの奪い返して逃げて、それを繰り返していった先で初めて対等な関係で、好意的に接してくれる人間に出会う事ができた俺とは違う」


 ユーリの声は次第に大きくなっていった。


「所詮は、俺だって人間なんですよ。誰かを守りたいと思わなければ戦えない。大切な人を不幸にさせる未来なんて選べない。それに力の伝播が起きてしまったら、彼らが人であることを望んでももう人間には戻れない」


「それでも君はもう少し、自分の正体に向き合った方がいい」


 導師の言葉にユーリはそうでしょうね、と吐き捨てるように答えた。


「俺の親友は優しすぎるんですよ。何度もよそ者だった俺を助けてくれた。あれだけ化け物同然の俺の力を見て、それでも親友でいようとする。そして同じように強くなりたがる。彼が力の伝播を受け入れるかどうかは分かりません。それでも、それが起こってしまったら彼も俺のように化け物になってしまう。それだけは、俺は受け入れられない」


 そう言い終わるや否や、ユーリは全てを拒むようにクラウスの部屋を飛び出した。


「少々、言い過ぎてしまったようだね……」


クラウスの言葉が、静寂の中に消えていった。


----------


 とある城の一室の窓辺。一人の少年が寝間着姿で佇んでいた。少年は側に居た一人の金髪の女性に話しかけた。


「ついに見つけたんだ。君を助けるための力の源を」


 女性は何も言わず、ただその青い瞳を少年に向けて立ち尽くしていた。


「これで、君に魂を戻してあげられる。そしてあの子も助けてあげられる」


 少年は女性を抱きしめると彼女の耳元でそっと囁いた。


「あの日から、ずっと待っていたんだよ。魂の宿った君を、こうして抱きしめられるようになる時を。大丈夫。この結末は、神様の名のもとに約束されたものだから」


 少年は静かに瞳を閉じて、何か考えを振り払うように短い黒髪を振り乱した。そして少しの間考え込んだ後にそっと一言呟いた。


 それから少し月が西に傾いて。少年が隣にいる女性におやすみ、と言うと女性は目を閉じて眠りにつく。少年はそっと彼女の頭を撫でた。


「愛を貫いて、邪魔者を消し去って、それの何が悪いんだ」


 そう呟く少年の琥珀色の瞳は窓から差し込む月の光のせいか、狂気じみた妖しい輝きを放っていた。

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