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イェレミースの騎士(後)

 蝋燭の明かりが消えてから随分と時間が流れた。だが相変わらず上が煩いだけで隠し扉は開かれていない。兵士たちは思いのほかオレ達の捜索に難航しているようだった。


「もう、十分に休めた」


ユーリの声が聞こえた。


「ニック、場所を代われ。扉が見つかれば賊と化した兵士達がなだれ込んでくる。それを纏めて一網打尽にする」


「また時間の操作をする気か?」


 ユーリは負担の大きい敵の時間を止める技を使い、自身の加速も繰り返し使っていたはずだ。そのために気を失い、この場所でどうにか動けるまでに回復した。これ以上力を使えばもうただでは済まない。ユーリ自身も分かっているはずだ。ユーリは笑って、そうだなと答える。オレは思わず、何故だ、と大きな声を出してしまった。


「相手が上から勢いをつけて来るわけだ。お前の腕力でも止められるかは分からない」


 上から兵士の大声が聞こえた。今の声で隠れ場所に気付かれてしまったようだ。ユーリは脱出の時は任せるぞ、と笑いオレを押しのけて入口の前に静かに立った。しかしまだ扉は開かない。敵は突入の前に一か所に兵を集めているようだ。


「賊は纏めて殺せた方が、都合がいい」


 真っ暗なはずなのに、隣にいる親友の琥珀色の瞳がまるで獲物を見据える狼のように妖しく煌めいているのが分かった。その時、突入の声が聞こえた。扉が開くと同時に狭いが長い階段を一列になって兵士がなだれ込んでくる。この時を待っていたとばかりに、ユーリの声が響く。


「時間制御・自己加速!」


 その声はまるで嘲笑を含んでいるようだった。次の瞬間、階段は赤一色で染め上げられた。そして周囲には斬り殺された敵兵の死体が散乱していた。オレはできるだけその体を踏まない様にゆっくりと階段を上っていく。その先も同じような光景が続いていた。周囲を見渡すと、路地の先で彼が二人の男に剣を向けていた。男は悲鳴を上げた。


「助けてくれ!」


「罪もない人間をあれだけ殺して、彼らの持ち物を奪って、今更命乞いか?お前達は一番上ではないだろうが、ここに居た兵を直接率いていたのだろう。賊の親玉も良いところだな」


 そう言ってユーリは片方の男の首を斬り落とした。もう片方の男が叫ぶ。


「こ、この化け物が!」


「この、兵士の皮を被った盗賊が」


 ユーリは静かに嘲笑う。


「そうだ、俺は化け物だ。俺は確かに人の体で生まれたが人間にはなれない。それに対して、お前は人間として生まれ、人間として生きる事を許されたはずだ。だがその命を懸けて、何を成し遂げた?命の意味を、命を懸けて守るものをお前自身が決められるというのに。その末路が兵の姿をした盗賊……あまりにも馬鹿げている!」


 ユーリの声はどこか悲しく、狂気じみていた。人の体で生まれて、人間ではない?一体どういうことなのか。


「だから、許してくれ!」


「言っただろう。俺は化け物だと。お前を許す程の人情など持ち合わせていない。だが幸いなことが一つだけある。この剣は俺の力に触れている限り切れ味が落ちることがない。簡単に斬れないのは巨大で硬い一部の魔物だけだ。鎧があっても正確にその隙間を狙うだけの技を覚えている。ただの人間を瞬時に絶命させることなど、造作もない」


 ユーリが剣を振るう。怯える男の首を一瞬で斬り落とす。


「苦しまずに死ぬこと位は許してやる」


 そう言って彼は血に濡れた刃をそっと指で拭った。再び姿を現した白銀の刃が静かに鞘に納められた。呆然としてその姿を見ているオレに気が付いたのだろうか、こちらを向くこともなく彼は声をかけてきた。


「人間とは、何だろうな」


 生憎オレはそんな深い問いに答えられるような知識も頭もない。黙り込んだまま立ち尽くしているオレに向かってユーリが歩いてきた。彼の浴びた返り血の多さに驚く。


「怖い、か?」


 静かにユーリが問いかけてきた。素直に返り血に驚いただけだと答えると、ユーリは静かに溜め息をついた。オレはわざと間の抜けた調子で声をかけた。


「だからさぁ、何度も言うけど」


 ん、と言ってユーリはこちらを見た。少しだけ何かに怯えたその目を見つめ、今度は真剣な調子で話す。


「お前が何者だろうが、オレにとってお前は親友だ。それで良いだろ」


 だからこそ教えてほしい事はあるけれど。それでも、まだその事を聞いてはいけないような気がした。そして二人で赤く染まった路地を後にしようとした、その時だった。誰かが後ろから駆けてくる足音がした。


「待て!」


 オレが振り返ると赤毛の男がいた。どうやらイェレミースの騎士のようだった。


「貴方達が、彼らを殺したのですか」


 赤毛の男は怒りに満ちた声で問いかけてきた。ユーリは彼の方を振り向くことなくその問いに答えた。


「違う、俺だけだ」


 ユーリはその答えに驚きの声を出す騎士の方を向いた。


「賊には相当の罰が必要だろう?彼らは罪のないクロルの人々を殺し、捕え、彼らの糧を奪った。故に化け物に襲われた。こう考えるのが、一番自然な答えだろうな」


「化け、物……?」


 信じられない、という様子で立ち尽くす騎士に対してユーリは言葉を続けた。


「そうだ。時を操る力を持ち、完全な剣技を身につけた剣豪の記憶を魂に刻まれた存在に。仇討ちを望むなら受けて立つ。剣技だけで」


「冗談だろ!」


 ユーリは相当に消耗しているはずだ。記憶がなんだかんだ、という話はオレには分からないがもう体が限界ではないのか。そう思ってオレが加勢しようとした時だった。


「彼は途方もなく強い。人殺しを躊躇うような人間が敵う相手じゃない」


 オレを制止すると、ユーリは赤毛の騎士に向けて話しかけた。


「きっとお前は今、イェレミースで一番の騎士と呼ばれているんだろう?ベンヤミン。……いや、ベンヤミン卿、と呼ぶべきか」


「何故、私の名前を!」


 何故だろうな、と言ってユーリは笑って剣を抜いた。騎士も剣を手に取った。


「確かに彼らの行いを止めることができなかったのは上に立つ私の罪。ですが、彼らの仇を討つのもイェレミースの騎士である私の役目!いざ、勝負!」


 激しい斬り合いが続く。力は圧倒的にその騎士の方が強いようだが剣技と素早さでは圧倒的にユーリが勝っているようだった。騎士の剣が空を切り、ユーリの剣が受け止められる。そうなるとユーリは力では勝てないことを悟ってか変化して別の方向から切り込んでいく。キン、キンと響く剣の音。だが不思議なことに、ユーリは彼の腕と足だけを狙っていた。まるで致命傷を負わせない様に手加減しているようだった。暫くして騎士の体が崩れ落ちた。彼の左足から血が流れていた。ユーリは刃を拭って鞘に納めて騎士に問いかけた。


「お前は何のために戦っている?」


「イェレミースの騎士として生きるために。私には私の道が、若君との約束があるからです」


 騎士の答えを聞いてユーリは再び剣を抜いた。そしてその切っ先を騎士の頬に当てた。その頬にはどういう訳か涙の跡があった。


「ならば教えろ。奴隷にするために捕えた人々の居場所と、奪った物資の在処を」


 騎士は沈黙していた。ユーリは静かに言葉を続けた。


「お前自身に問い直してみろ。若君、とお前が呼ぶその人の言葉の真意を。お前が悪人でないことをお前自身が証明している。悪人ならばこの場所で涙を流すはずがない」


 その言葉を聞いて驚いた様子の騎士に対して、ユーリはそれ故に答えようが答えまいが斬り殺すつもりはない、と言うと彼に背を向けて歩き始めてしまった。オレは慌てて彼の後を追いかけていった。後ろから全軍撤退します、という騎士の声が聞こえた。振り返ると彼の姿はなかった。


 ユーリは北方向とは反対側にひたすら歩いていた。


「脱出するなら反対側だぜ?」


「時間制御で加速して駆けまわっている間に敵が人々を縄で捕えているのを見た。それを解放する。後で売り飛ばすつもりだったのだろうな」


 しばらく行くと街の人々が集められている光景が目に飛び込んだ。オレとユーリは怯える彼らに繋がれた縄を一本一本丁寧に切って開放していった。何者か、という問いにはクラウスの軍勢に加勢した者だ、とだけ答えた。全員を解放し終わった頃には日が西に傾き始めていた。街を出ると皆が近くの馬車から飛び出してきた。


「無事でよかった!」


 真っ先に飛び出したルーツィエが足元の木の根に引っかかって思いきり転びそうになる。助けようとしてその体を支えたところ余程恥ずかしかったのか思いきりそっぽを向かれてしまった。ミカエラはオレ達のことが心配だったようでただ泣いていた。そしてマティアスはどういう訳か怒った顔でこちらに向かってきた。


「限界が近いと分かっていたならもう少し早く戻ってきてください。そしてあなたも、一人で敵だらけの街を突っ走るような無茶はもうしないで下さいね」


 全く、仲間の女性をこれほど心配させるのは紳士として如何なものか、とマティアスの説教が続く。そういう貴方も街に向かおうとしていたでしょう、と更に後ろから声が聞こえる。


「ミカエラさんが場所自体は特定してくれていたんだけど、何せ多勢に無勢、下手に動き回るのは得策じゃないと思って待っていたんだ。心配して馬車の外に出ようとする皆を制止するのが大変だったんだよ」


 最後に馬車から降りてきたクラウスさんが苦笑いして言った。オレ達は皆で回収した武器を端に寄せて馬車に乗り込むと、ロルツィングの街に戻っていった。


 オレ達はロルツィングでの宿として教会の小部屋を二部屋与えられ、男女に分かれてそれぞれの部屋で休むことにした。今日は幸いなことにクラウスさんと共に教会側で用意される夕食を食べることができるようだ。その時間までは十分な時間があったので移動や戦いで皆の疲労は限界に達していたオレ達は全員眠ることにした。


 クラウスさんは避難していたクロル公に戦いの結果を報告していたようで、食事が終わるとクロル公がオレ達に対して下さったという褒美のお金の袋を渡してくれた。袋を開けると金貨が十枚入っていた。その額は、十万ヴィルだという。ユーリの提案により五人で平等に分けることにした。馬車で待機していた三人は猛反対してオレとユーリに押し付けようとしてきたのだが。


 そしてそろそろ眠ろうか、と思っていた時の事だった。クラウスさんがユーリと話がしたいと言って部屋にやってきた。ユーリは先に寝ていてくれ、と言って部屋を出ていった。布団にもぐった後もオレは目を開けて彼を待っていたのだが、オレが眠りに落ちる前に彼が戻ってくることはなかった。


 しかしユーリはなぜあの騎士の名前を知っているのだろうか。そもそも彼はオレと出会う前に、一体何があったのだろうか。そして一体何を、何処まで知っているのだろうか。

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