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導師クラウス

「朝ごはんができたらしい。そろそろ起きろ」


 オレは眠い目をこすりながら頭を持ち上げる。隣に座っていた声の主は珍しいこともあるもんだな、と言って笑った。普段なら同時に起きるか、あるいは眠り続ける彼を無理矢理起こすかのどちらかであるというのに、今日はユーリに起こされてしまった。オレ達は宿の地下の酒場のカウンターでそのまま突っ伏して眠っていたようだ。変な体勢のままだったのだろうか、どうにも体が痛い。


 マティアスが台所を借りて簡単な朝ごはんを用意していたようで、彼と女子二人が地下に運んできてくれた。暫くすると宿の女将だろうか、一人の女性がパンの入った籠を持って下りてきた。パンだけは余裕を持って用意していたのだという。オレ達は予想外の幸運に感謝しつつ急いで出発の支度を終わらせた。


 宿を出て峠を下り、森を抜けていくと葡萄畑が広がっていた。昼を過ぎて日が少し西に傾き始めた頃、遠くにロルツィングの門が見えてきた。


「いよいよ、だな!」


「そうね!その、イェレミースという国に向かって魔物を滅ぼすことができれば、きっと魔物のせいで兵が死んで国が荒れて、盗賊や人狩りが横行するなんていうこともなくなると思う。そうすればあたしみたいな思いをする子供ももういなくなる」


「そして当然傷つく人も減る。診療所に運ばれても手の施しようがなくて死んでいく人を見取った時の自分の無力さに打ちひしがれる必要もなくなっていく」


「遠い昔に私を助けて下さったあの方の夢を叶えるためにも、私は私の出来る事を力の限り行うまでです」


 目的地を目の前にしてそれぞれが希望を語り合い皆が瞳を輝かせる。その中で、ユーリだけは一人浮かない顔をしていた。彼はマティアスの言葉を聞いて足を止め、


「あの方、か」


と呟いた。どうかしたのか、と聞いてみたが彼は静かに首を振った。再び皆で歩き始めて間もなく、ユーリはオレに話しかけてきた。


「導師クラウスという人は何を知っているんだろうな。ただの夢想家か、それとも何もかもを知っているのか。一体どれだけの人が、どのあたりまでを知らされてあの国に向かうことになるんだろうな」


 彼が突然オレによく分からない事を言うのには慣れていた。だが今回だけは、ユーリの言葉に何か底知れぬ恐ろしさを感じた。


 西の空がほんのり赤く色づき始めた頃、オレ達五人組はロルツィングの門をくぐって街の中へと入っていった。


----------


 街は多くの人で賑わっていた。商人、旅人、騎士に兵士。中央の通りは小さな町で育ったオレにとっては身動きするのも困難なほどに混みあっている。呼びかけに応じて集まった人々とそれを見越して品物を売りに来た旅商人。どうにか路地に入って街の人に尋ねると、導師クラウスの拠点はロルツィングの教会の地下だと教えてくれた。オレ達は路地を抜けて教会に近づき、広場を抜けてどうにかその門を開いた。教会に入り牧師に挨拶をして導師に会いに来たというと、すぐに地下に案内してくれた。


「初めまして。よく来てくれたね。私が導師と呼ばれているクラウスだ」


 不老不死の冒険者であったという、栗色の髪に濃い茶色の瞳の若者はこちらを向いて笑った。初めましてと言って自己紹介をしたところ、彼もティアムの魔物狩りの事を知っていたようで一緒に兵の指導をしてくれと頼んできた。


「君は槍使いか。槍を使う兵はなるべく数を増やしたい。よろしく頼むよ」


「オレは……まだそんなに強くないです。ユーリの方がずっと強いんです」


「それでもこの形の剣はそうそう手に入るものじゃない。相手にはできても教えるというのは……」


 クラウスさんはユーリの剣を見て、目を丸くした。


「その剣は……!」


「ティアムの鍛冶屋でもらった物です。錆びていたのか誰も抜くことができず先祖伝来の品だというのに放っておかれていたものらしいのですが、どういう訳か俺だけはこの剣を抜くことができたのです」


 ユーリは相手を見て簡単な敬語でも良いと判断したのだろう、いつも通りの一人称で丁寧に受け答えをしていた。クラウスはそうか、と言って懐かしそうに笑った。


「実は私もティアムの出身……正確に言えば、ティアムで目覚めた人間なんだ。その頃は記憶も何もなくてね。戦い方でいうと私は双剣使い。親友の遺品だったその剣を手本にしたいと言ってきた町の鍛冶屋に渡してしまったのさ。でも後で思い出したんだよ、その剣は、時空に許された者しか抜くことができないってね」


 皆がよく分からない、という顔をしている中でユーリだけは一人何かを考え込み、時空、と繰り返した。おっと、喋りすぎたかな、と言って導師は笑った。


「まあそういう訳で、記憶を取り戻した後にその知識を頼りに魔物の出る主な原因となっている場所を見つけて戦いを仕掛けるという事になった訳さ」


 そしてクラウスに予定を知っているかと問われたので知っていると答えると、それならそれまでこの町で共に鍛錬に励みつつ旅の疲れを癒すようにと言ってきた。


----------


 その時だった。ノックの音が響いた。


「クロル公からの使者です!公都クロルにておびただしい数の魔物を連れたイェレミースの軍勢が!」


 クラウスは急いで外に出て使者と話していた。どうやら先に動きを読まれて攻撃を仕掛けられたらしい。本来ならば人間をただ傷つけるだけの存在であるはずの魔物が人間に使役されているという事なのだろうか。導師が部屋に戻ってきた。彼曰く、イェレミースには魔物を意図的に生み出し使役できる人間がいてその人物が攻撃してはならない対象を教えているのだろうとのことだった。


「まあこれだけ大々的に動いているから仕方ないとして、そんな大掛かりな転移魔法なども既に作られていたとはな。ロルツィングを直に狙われなかっただけ幸いだが」


 それでもこの訓練中の兵を連れて行く訳にもいくまい、と悩んでいるクラウスにユーリが声をかけた。


「俺の力を使えば、魔物や敵兵を一掃することも可能だと思います。悩んでいる間にも殺戮は続けられているはずです」


 クラウスは少し考えると、そうだね、と言って頷いた。この人はまだ話していないにもかかわらず、ユーリの時間を操る能力を知っているようだ。


「それなら私と君たちの少数精鋭で行こう。ティアムの魔物狩り、ここでその腕前を確認させてもらおうか」


「任せて下さい!化け物退治はオレ達の十八番だもんな!なあ、ユーリ?」


 そうだなと言って頷くユーリ。ミカエラとルーツィエ、マティアスも補助の為についてくるという。クラウスさんは何かを閃いたようだった。


「そうか。ミカエラさんとユリウス君の力を合わせればいとも簡単に終わらせられるかもしれない。何か策を考えておいてくれ。とにかく今から、夜を徹してクロルに向かうことにしよう。良いね」


 オレ達は簡素な馬車に乗り込むと休む間もなくロルツィングを後にして、クロル公の使者やクラウスさんと共にクロルへと向かった。ユーリとミカエラはクラウスさんに言われた通り何か策を話し合っているようだった。夜のせいで明かりが目立つからだろうか、葡萄畑の向こうに所々に火を放たれた街が見えた。そして明け方になり、ようやくその街に辿り着いた。


 クロルに到着する直前、一台の立派な馬車がすれ違った。


「クロル公が街を出る程の被害……」


 クラウスさんがそっと呟いた。恐らく兵団が壊滅して逃げるしかなくなったのだろう。住民が魔物から逃げまどい、殺されるか敵の捕虜になるのも時間の問題だった。

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