下準備①
地球から飛び出た瞬間。重力の枷から解放され、体が軽くなるのを感じる。
星の美しさに感動して、地球は青かった、と呟いたのは世界最初の宇宙飛行士はロシア人だったそうだ。それと同じ民族の人間が地球を滅ぼそうとしているのだから、なんとも皮肉なものだ。
さておき、どこの星かはわからないが、太陽系内に生命が活動できる環境などなかったはずだ。おそらく、別宇宙なのだろう。
ぼんやりと太陽を眺めていると、突然周りの星々がただの線に見える。光速まで加速したのだろう。退屈な景色だ。持ち出しておいた携帯端末に入れておいた本を読もう。タイトルは”思想統制”。フローレンスという絶対王政を敷いていた国が民主化した時の命運を綴ったものだ。フローレンスは隣国との戦争に敗れ、大敗。その国の政策に従い、民主化をすすめるが、その後、治安が大幅に悪化し、自由な思想や行動の自由の大義名分の元にテロなどの行為もたくさん起こり、たくさんの一般市民が死んだ、というものだ。一方、フローレンスに民主化を強いた国では、そんなことは起こっていなかった。理由は、単純明快。多文化主義を実現できるだけの科学が、その国にはあった。ここで強調しておきたいのが、”技術”ではなく、”科学”だということだ。科学は概念、あるいは理と言える。要は、一般化されたものだ。対して、技術は科学を実用化した、もっと言えば具体化されたものと言える。つまり、その国には誰にでも適用することのできるルールがあった、ということだ。この本にそのことは書いていない。作者ですら思いつかなかったのか、あるいは読者自身の思考に任せるということなのか。この調子であと4時間も待つと思うと、気が滅入る。
航行中、残念ながら目立ったイベントはなかった。強いていうのなら”酔った”ことくらいのものだろう。それも、船内にあった薬を服用することで解決した。
目的の星の近くまで来たらしい。船のデータベースにアクセスすると、惑星の概要が出て来た。
名前:Unknown
大きさ:Unknwon
以下同文
何もデータがない…
一見、半径は地球より小さいので重力も小さいのだろうか。すぐに加速する。大気圏に突入したようだ。船の表面はものすごく赤くなっているのだが、中は快適だ。着陸時も、普通の航空機のような浮遊感はなく、とても快適。…おそるべし、日本のテクノロジー。
着陸地点には
巨漢の男が口を開く。
「よお、来たか。参謀殿。名前は?」
「人に名前を尋ねるときは、まず自分から名乗るのがマナーだと親から習わなかったのかしら」
細っこい優男風が演技がかった態度で口を挟む。
「やあやあ、すまない。彼は母親のお腹の中にデリカシーとモラルを置いて来てしまったようでね。勘弁してくれ。僕の名前は、小笠原 裕輝だ。情報系担当。よろしく頼むよ、参謀殿」
外見と口調から油断のならない男だと判断する。
「ええ、よろしくお願いするわ。凛よ。柚木 凛。さて、小笠原さん、他の方々も紹介していただけるかしら」
「裕輝でいいよ、凛さん。さっき君に声をかけた脳筋が長原悠一、元傭兵だ。訓練から護衛、殲滅任務までなんでもこなせる。ただし、ひっそり動くことはできない。頭が使えないんだ。そんでもって一応僕の幼馴染」
「おい裕輝。脳筋とはひどい言い草だな。改めてよろしく頼むよ、凛さん」快活に笑いながら抗議する。
はっきり言おう、私はこの男が苦手だ。
「ええ、よろしく」
「で、この貧弱、もといスレンダーな女性が、隠密行動、例えば暗殺とか情報収集担当の宇都宮 紗理奈」
「よろしくお願いします、凛さん。ところで、裕輝さんこそモラルとデリカシーをお母さまのお腹の中においてきてしまったのではなくて?」
「きついなー、紗理奈さん。それで、こちらが」
裕輝を遮るようにして、もろに”自分こそが主役だ"という雰囲気を醸し出している男が出てくる。今まで裕輝がさりげなく前に出てこないようにしていたようだ。
「愚麗 光輝です、凛さん。よろしく」
断言しよう、この人は他愛もない。
「ええ、みなさんよろしくお願いしますね」
第一印象は重要だ。裕輝が口を開く。
「みんな下の名前で呼んで。そっちの方が目立たないから」
「わかったわ。これで全員なの?」
「いいや、もう一人、拠点にいる。外に出るのが嫌だったんだって」
「そう、じゃあその拠点に案内してくださいな」
「そうだね、行こうか。聞きたいことがあったら移動中にお願い」
そう言って裕輝が取り出したのは、スマートフォン、のようなものだ。操作して間も無く、一台の飛行機のようなものが降りてくる。いや、これを飛行機と呼称するのはいささか以上のためらいがある。なぜなら、それには羽と呼ぶべきものがないからだ。日本で身近なものに例えるなら、巨大なコッペパン、が妥当だろう。
その船の後ろ側のハッチが開き、私が乗って来た船を格納する。
横から別のハッチが開き、紗理奈たちが次々に乗っていく。光輝が私の手を取って乗ろうとする。エスコートするつもりなのだろうか。生憎、私は扱いやすい人に興味はない。気がつかなかったフリをして、駆け足に船に乗り込む。タイミングを逃し、2,3秒硬直していた光輝だが、裕輝が急かしたことで気を取り直したようだ。
信用と信頼とは別物だ。似ているようでまるで違う。信用とは、信じてそれを利用することだ。対して、信頼とは信じた上で依存すること。主導権が自分にあるか相手にあるかの差はかなりのものだろう。裕輝は、信用には値するが信頼することなどできない。
船の中を豪華、の一言で表すことにも、いささか以上のためらいがある。空飛ぶ要塞といったところか。2階層に分かれているようで、上の階は管制室のような出で立ちだ。銃座とコックピットも付いている。一方下の階は大きなテーブルの周りにソファが置いてあるだけの、とても簡素な作りだ。全員でテーブルを囲って座るとても、テーブルの上に立体ホログラムが浮かび上がった。出てきたのは、例の骸骨。
「さて、諸君。君らが集められた理由は、理解しているかね?」
光輝が口を開きかけたが、裕輝が遮り返答する。
「旧日本国奪還のための兵力及び戦力をこの国で得る、だろ? そのためにこの国を掌握する」
「うん、大まかに言えばその通りだ」
光輝が驚愕に満ちた顔をしている。どうやら彼は見当違いのことを言おうとしたらしい。よく遮った、いい働きをする。彼は有能そうだ。
「まず、各自座席の下の収納を開けてくれ」
中身は、コンタクトレンズ、スマートフォンと時計だった。
「まだ身につけたりしないでくれ。まず、この星に関する説明をしよう。端的に、ここは100年後の地球、のシミュレーションだ。
ここでは、国という概念が崩壊しすべての民が連邦共和国に所属している。また、随分と前に情報危機が発生した。あらゆることが電子化されていた世界で情報の信用が失われるということがどういうことか、懸命な諸君ならわかるだろう」
「さぁてとんと見当がつかないねぇ。さて、柚木参謀。あんたならわかるかな?」
脳筋が私を試すような口調で問いかける。脳筋の分際で。
「とりあえずその参謀っていうのやめてくれないかしら、少し苛つくわ。そうね。情報に関する信用が失われてしまっても、一度電子化された、超情報化社会に身をおいてしまった以上、今までの生活には戻れないわ。きっと、折り合いをつけることにしたのではないかしら。具体的な例でいうと、人口知能を絶滅させた、とか。もっと言えば、主体的に思考できる人口知能を絶滅させた、が正解かしら。進化しすぎた情報を現場の人間の能力だけで扱うことは不可能。確実に人工知能が必要になるわ。しかし、その人工知能が反乱を起こしたのかしらね、情報の信用が失われると言うことはきっとそうね。そして、その情報を人間だけで扱えるようにするための方法は二つのみ。情報テクノロジーそのものを退化させるか、人間を進化させるか」
「正解だ。それがこの世界の直近百年の歴史だよ。君らに渡した、それらの道具は百年前の機械だ。拠点にある昔の人工知能にリンクされるようになっている。それのコントロールは裕輝、君がやりなさい」
「いいのかい? そんなもの残っていて」
裕輝の疑問はもっともだ。人間に反乱を起こした人工知能が、私たちにだけ従順になるとは考えにくい。
「構わないさ。情報危機の前に製造され、それ以降起動していないし、物理的に縛ってあるからね。電気を一切使っていない仕組みで、何かあったら電源が破壊されるようになっている。まあ、使う使わないは君の自由だ。まだ起動していないから」
「ふーん、それはそれは。それじゃあ、ありがたく活用させてもらおうかな」
突然、机の中央に穴が開き、一冊の黒革の手帳が出てくる。なんともステレオタイプな…
「汚職の証拠なのですか?」
紗理奈が質問する。
「その通りだ。攻め方は諸君に一任するが、まあ使いたくば使いなさい。それに連邦議員全員のデータと、それぞれの相互関係を記してある。さて、私からは以上だ。必要なもの等があれば、連絡をするといい、可能な限り手配しよう。その他の質問等は裕輝にするといい。彼がほとんどを知っている。では、諸君の健闘を祈る」
その言葉を最後に、骸骨が消える。
少し、頭を整理する必要がありそうだ。
裕輝が口を開く前に
「ごめんなさい、少し疲れてしまったので休みたいのだけど。構わないかしら?」
「いいさ、そこの扉の奥に少し休めるところがある。到着まで1時間強だけどゆっくり休むといい」
よく見ると奥に扉がある。全然気がつかなかった。
「じゃあ、僕も一緒に...」
などとぬかしながら立ち上がった光輝を紗理奈が制す。よほどいい笑顔をしていたのだろう、光輝の顔が青ざめている。彼の扱いに関しては一度他のメンバーと協議したほうがいいだろう。正直、使い道が思いつかない。
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