琥珀色の日常
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現代社会において、女性に嫌われる酒に未来はないと、ブレンダーの輿水氏はいう。女性がトレンドを引っ張っていくのは、ウイスキーも例外ではない。
ウイスキーは、細かい説明は他に任せるが、原料を糖化させ、発酵させ、蒸留させ、貯蔵し、ブレンドして出来上がる。
これからのお話は、結婚してから十数年ほど経つ一組の夫婦とウイスキーの話である。夫は大輔、妻は和代という。大輔はサラリーマンで、和代は専業主婦である。大輔は、鍋奉行ならぬ酒奉行であった。
白州
五月二十一日。樽の匂い、適当な音楽。私は、主人とバーにいた。昨年の今日に、来店して以来、数回目の来店であった。
席についてしばらく、バーテンダーがメニューを持ってきた。お酒に疎い私は、主人が決めた飲み物を、主人が決めた飲み方で、飲むのが好きだった。
頼んだのは、「白州」というウイスキーの梅酒ハイだという。
ウイスキーは原料によってモルトやグレーンといった分類がされるようであるが、今回の「白州」はモルトに含まれるという。
ウイスキーと聞くと飲みにくいとのイメージがある。たしかに「白州」のアルコール度数は四十度を超えるが、爽やかで、キレのある味わいが特徴らしく、飲みやすいという。
飲み物ができる間、主人が説明してくれていた。
完成した梅酒ハイは、甘くて飲みやすい。とてもウイスキーとは思えぬほどであった。
それを飲みながら私たちは、無言の時間を共有した。バーのカウンターでは学歴もキャリアも何にもない。そんな時間をただ過ごす。ただそれだけが私たちのとって大切な時間であった。
トリス
「ト・ト・トリスのハイボール」のコマーシャルに誘われて、主人は「トリス」という銘柄のウイスキーを買ってきた。
六月一日のことであった。
夫婦でバーに行くようになって、主人は飲み私という相手ができて嬉しそうであった。
さてさて、今回のウイスキーであるのであるが、主人の説明によると、優しい香りとなめらかな味わいが特徴であるという。
背の高いコリンズグラスに氷と「トリス」を入れ、炭酸を数回に分けて入れ、最後にマドラーでかき混ぜる。手間のないハイボールの作り方で、これまた美味しく仕上がっている。度数が三十七度であることを感じさせない。
知多
六月も終わりが近づいてきたと思える、とある日曜日。
私は一人でウイスキーを飲むことはない。気になるときは、大抵、主人に相談してみるのだった。
気になるウイスキーは、「ウイスキーに新しい風」がキャッチコピーの「知多」というウイスキーだった。
主人に調べてもらうと、グレーンウイスキーで度数は四十三度、匠の技で作られたウイスキーだそうだ。
味が気になった私は、主人にハイボールを作るよう頼んでみた。普段は、私が付き合う飲み方が多いせいか、主人は喜んで、それを買ってきた。主人は、さっさく、ハイボールを作ってくれた。
甘い香りが特徴的で、広告通りの軽やかな味わいであった。
余市・響・竹鶴
和代を妻に持つ私は、一人、バーにいた。妻とよく行くバーとは別の場所であった。シガーを売りにする少し敷居の高いバーであった。
私は、すでに「余市」を楽しみ終えていた。
スモーキーな余韻が口を去る頃、バーテンダーが目の前に来ていた。私は、「響」を「ミスト」で注文した。
しばらくして、「響」が入ったロックグラスが目の前に置かれた。外面には白い霧がつき、冷涼感のあるグラスに仕上がっていた。向暑の季節にぴったりで、「響」の「日本の四季、日本人の繊細な感性、日本の匠の技を集結したウイスキー」とのコンセプトにも合致し、相性は抜群であった。さらに、グラスに浮かぶピールも味を引き締めた。そんな奥深い味の「響」を私は、普段より早めに飲み干してしまった。そのせいか、もう一杯だけ飲みたくなった。
バーテンダーには、一時期、話題になった「竹鶴」を注文した。
角瓶
秋冷の頃、主人はホットウイスキーなるものを知識として、家に持ち込んだ。作り方はシンプルで、耐熱グラスにウイスキーと角砂糖をいれ、その後に熱湯とレモンを入れて完成であるそうだ。
それをウイスキー「角瓶」で作るという。創始者・鳥井信治郎の傑作に熱湯を注ぎ込む。
これまたなんとも言えぬ香りが鼻をつく。
冷たい風が吹き始めるこの時期から、冬が明けるまでピッタリなホットウイスキーであった。
主人によると、甘いつまみが合うという。酒奉行の主人がフルーツの盛り合わせを作ってくれた。これがあれば長い冬も乗り切れそうである。
富士山麓
陽春の折、私は、新しいウイスキーを主人に提案していた。銘柄を「富士山麓」という。
主人は「度数が五十度もある」と言っていたが名前のかっこ良さに惹かれ、飲んでみたいと言ってみた。主人は渋々ついでくれたが、案の定咽せてしまい、味などは分からなかった。
それでもなお飲んでみたい私に対し、主人は水割りではなく「午後の紅茶」のレモンティーで割ってみせた。
「これ美味しい」
私の声に、主人はグラスと氷をカランと鳴らした。
「酒奉行にまかせておけばこんなもんよ」
主人は言った。
清らかで奥深い味わいと、豊かな樽熟香は、私には味わえないと思ったが、甘い紅茶で割ることで、こんなにも美味しくなるものだと、驚いたものだった。
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いかが楽しめたであろうか。そろそろ万年筆のインクが切れる頃であるからこれまでにするが、一つ書き忘れていたことがある。後出しのようで記したくないのであるのだが、和代は、どうやら目が不自由であるようだ。だからなんだというわけでもないのだが。
そんなことは置いといて、「山崎」でも飲むとしよう。