8.気分上々
「ここかー」
「うわ〜、大きいね〜」
烏天狗に渡されたメモを頼りに、目的の住所へ到着した二人。
大勢の人で賑わう【神楽東駅】周辺から少し外れた、静かな場所にある三階建ての小さなビルを二人は見上げる。
外観は少し古く一階は駐車場になっており、車3台ほど停めれるスペースがあるが、今はシャッターが閉まっている。
側壁の階段を使い二階の入り口へ向かった。
鍵が開いていたので扉を開け勝手に入ると、小汚い部屋の中心に烏天狗が立っていた。
長い間空き部屋だったのか、窓から差し込む日差しに反射して、ホコリが舞い上がっているのが解る。
「せっかくの土曜日に呼び出して何様のつもりだ?」
「そうだそうだ〜」
ホコリを払いながら烏天狗に詰め寄る。
「このビルが夜行の拠点になるんだが、なにせ部屋が汚いから掃除して貰おうと思ったのだ……。頼めるか?もちろん私も手伝うぞ!」
春はそんなつもりで来た訳じゃないとハッキリ断る。
むしろ使い走りのように思われ、機嫌を損ねた。
「…業者に頼めよ」
その通りだ。職場の環境を整え用意しておくのは、理由はどうあれ責任者がすべき事だ。
「予算は決まっていて、まだ備品等を買わなければならないから、自分達で掃除をしよう」
「絶対嫌だ。とりあえず業者に見積もり出して貰え。そっから必要最低限の備品買って、後は給料を貯めながら揃えたらいいだろ?」
「……わかった」
烏天狗はどれ程インテリアにこだわるつもりだったのか…。しかし結果的に阻止出来たが、その趣味の為に危うく犠牲になりかけた。
烏天狗は納得したのか弱々しく返事をした。
何とかイベントを回避した春は、携帯を取り出し時間を確認すると昼の一時を過ぎて居た。
昼ご飯には最適な時間だ。
「ちょっと飯食ってくるから、俺が戻るまで業者に電話しとけよ」
「あぁ、解った」
烏天狗に強く言い聞かせ、古びたビルをあとにした。しかし二人はうこの辺りの土地勘がないので、クロミと手を繋ぎ周囲を散策する。
すると香ばしい匂いが風に漂って、誘う様に春の鼻を刺激する。目を凝らし周囲を探すと、小さな店舗のラーメン屋を発見した。
ラーメン好きの春は小走りで店の前まで行き、期待に胸を膨らませラーメン屋【上上軒】の真っ赤な暖簾をくぐる。
「ッらっしゃい!!」
低く渋い声で迎えてくれたのは、スキンヘッドでガタイのいい強面店長だ。
その隣には店長の憑神であろう『ミノタウロス』が腕を組んで待機している。そして奥から疲れた顔でバイト?の男が出てきた。
春とクロミは入り口から奥に伸びるカウンターの真ん中辺りに座った。
「すんません、ラーメン二つとチャーハン」
「はいよっ!!」
注文を済ませた春は、タバコ吸いながら楽しみに出来上がるのを待つ。
店長がラーメンを作り、バイトの男もチャーハンを作り始めた。
グツグツと沸く釜に、リズム良く中華鍋を振る音がたまらなく心地良い。
「ラーメン二丁!お待たせ!!」
威勢のいい掛け声とともに、出来たての醤油ラーメンが二人の前に降臨した。
春は手を合わせてから、勢いよく音を立てて細麺を啜った。噛み応えのある麺に春は感動して、次々と麺を頬張る。次に程よい食感の背脂と共にスープを飲む。身体に染み渡り、内臓がスープで浸されるような旨さだ。
このラーメンは春の中で日本一となった。
(うんま〜!!何だこのラーメンは!)
終始無言で食べ続け、箸が止まる気配がない。
しばらくして追撃のチャーハンが出来上がった。
米と卵が良く絡んでいて、レタスの食感がいいアクセントとなっている。
味もあっさりしていて、ラーメンのスープと相性が抜群だ。
(これもうまい!!)
レンゲで米を掻き込み、その優しい味を噛み締める。
春はこの味に心…いや、舌を奪われた。
クロミも美味そうにラーメンを食べている。
米、スープを残さず綺麗にたいらげた。
コップ一杯の水を飲み、口の中を洗い流して煙草を吸い始めた。この煙草は今まで吸った中で一番旨く感じた。
(満足満足)
「店長!ごちそうさん」
そう言って代金を払うと、腕を組んでいたミノタウロスがレジを打ち始めた。
(レジ係かよ!)
「美味しかったです!また来ます!」
「バイバ〜イ」
心のこもったセリフは、今後出てくるか解らないほど春が口にするのは珍しい。
「ありがとう!待ってるよ!」
店長に見送られラーメン屋を後にして、烏天狗が待つビルに戻った。
「烏天狗!どうだった?」
「業者に任せた場合は、これだけ残る」
ちゃんと連絡したみたいで、電卓を春に見せてくる。
どこか困った表情をしていたので、自分が思った程残らなかったのだろう。
「意外と残るな…とりあえずソファーとテーブルがあればいいだろ」
「そうだな。何とか早めに全ての準備を済ませておきたいな」
烏天狗がこだわりさえしなければ、順調に終わるだろう。
「春よ、家に帰ったらこれを必ず読んでおけ」
渡されたのは【夜行を初めるあなたへ】と書かれたパンフレット。
表紙には幼児用のイラストで、おっさんが数人可愛らしく描かれていた。誰でも貰えそうなパンフレットのタイトルの割に、これを貰う為の試験内容がエゲツない気がする。
その日の夜、大人しく家に帰った春は風呂上がりにパンフレットを開き目を通す。
全て詳しく簡単に書いてあり、春も難なく理解できた。
「ん〜、その場で裁けって言われてもなぁ…。殺してもいいって事か?」
ソファーに座って煙草を吸いながら考えていると、ふとテレビに目が向いた。
神楽市ではないが、別の地域で起こった事件が報道された。
事件に巻き込まれ、関係のない一般人が三人死亡したらしく、その三人の内二人は親子だったようだ。
「三人か…」
(…残された奴どんな気持ちなんだろ)
心で思ったが、春はその答えを既に知っている。
自分の無力さを知り、失った者の大きさを知り、絶望のどん底に落とされる。
「しかし、思った以上に大変そうなバイトだな」
夜行を選んで後悔はしていないが、自覚が足りていなかった気がした。けれど他人に期待せず、己の力で何とかするのが沢木春だ。
「クロミ、明日夜行の服買いに行くからな」
「うん、わかった!」
普段からジャージで過ごしているから、バイトの服装はジャージ以外にしたいと思ったのだ。
どんな服にするか大体決めたが、それを売っている店がどこにあるか春は知らない。
「明日、烏にでも聞くか…」
とりあえず明日の予定が決まったので、パジャマ姿のクロミに声をかける。
「クロミ、もう寝るぞ」
「あい♪」
目を閉じると、少しずつ夜行になった実感が湧いてくる。
決して逃げ出すことはしない。
自分で決めた道を突き進み、邪魔する奴を叩き潰す覚悟はすでに出来ていた。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
雲に遮られる事なく、明るい光が洗濯物に降り注ぐ昼前。
烏天狗にはすでに電話しており、目的の場所はだいたいわかっている。昼ご飯はその店の周辺で先に食べるつもりだ。
つまり、今日の予定は完璧だ。
「クロミ、帽子被ったか?」
「うん、早く行こ〜♪お腹減った!」
「はいよ」
二人は家を出て、【神楽東駅】へ向かった。
駅周辺は都市開発が進んでいて、買い物や食事、娯楽を楽しめるスポットが増えている。
小洒落たカフェで昼食を済ませてた二人は、駅前の百貨店へ足を運んだ。
ビルに入ると、そこは知らない世界だった。
夜行のビルより何倍も綺麗で、天井も高く、辺り一面煌びやかな空間が広がっていた。
「ここ…日本だよな」
田舎者の春とクロミは、口を開けたまま目を輝かせていた。豪華な内装を目にして圧倒され動けなかった。まだ入り口でこのリアクションだ。
ちなみに引っ越した時、巨大な駅を埋め尽くすような人集りに「今日は祭りか?」と驚いたものだ。
エスカレーターに乗り、お目当の呉服屋に到着する。
様々な着物が飾られて、ジャージ姿の春はとても場違いに見えるが、本人は全く気にしていない。
「すいませ〜ん」
クロミが元気よく店員を呼ぶと、奥の方から返事が聞こえた。ゆっくりと出てきたのは、落ち着いた色の着物をきた女性。千代と同じぐらいの歳に見える。
「いらっしゃいませ。本日はどのような物をお探しですか?」
とても綺麗な所作で、春に話かける女性。
「え〜っと、黒か紺の作業衣と…あと黒の法被二つ…かな」
初めてきた場所にも関わらず、緊張しながら目的の物を伝えることに成功した。
ほとんど千代の影響を受けて名前を知っていたので、この時ばかりは千代に感謝していた。
「法被は二つともあなたの?」
「あっ、いや、違います。一つはこいつのです」
そう言ってクロミを指差すと、女性は自分の孫を見るような優しい顔をして、クロミに話かける。
「あら、小さいのに着物が良く似合ってるわね」
「ぅへへ、ありがと♪」
クロミは褒められるとこの調子だ。春は再び話を戻した。
「あの、帯の代わりに綱で締めたいんですけどありますか?」
「数日ほどお時間いただきますが、よろしいですか?」
夜行のバイトに間に合えばいいので、気にする事はないだろう。
「大丈夫っす。あと法被の背中にこれを赤で入れて欲しいんですけど、大丈夫っすか?」
春がデザインを描いた紙を女性に渡した。
「わかりました。それではお会計して来ますね」
そう言って女性は奥へ入っていった。
女性を待ってる間、鼻歌交じりで店内を見て回ると、突然春の足が止まった。
春の視線の先には、【般若】の面が睨みを利かせていた。まるでその鋭い目は、春に買えと訴えている気がした。
「どーするかな…。いや、やっぱ買おう」
夜行を始めたらプライバシーと世間体を守るため、顔を隠さないといけない。
しかしそれを気にしない夜行もいれば、素顔を晒して悪名を轟かせて楽しんでいる夜行も居るみたいだ。
「どうも、お待たせしたした」
春は現金で支払いを済ませると、全部商品が揃ってからまとめてビルに送ってもらうように頼んだ。
これで今日の予定はほぼ終了した。
「あとはホームセンターで地下足袋買って………。あ〜、ラーメン食いてえな」
無性にラーメンが食べたくなった春は、烏天狗を電話で呼び出して至高のラーメン屋、上上軒へと向かった。
店に入りカウンターの中程に座ると同時に、直ぐに全員分の注文をした。
「店長!ラーメン三つとチャーハン二つね」
「あいよっ!」
図太い声が店内に響き、店長は調理に取り掛かった。
(今日はバイトいねぇのか。店長も大変だな)
ラーメンが出来上がるのを、煙草を吸いながら待った。
しばらくして、香ばしい匂いのラーメンが三人の前に出されると、春達は一斉にラーメンを食べ始めた。
このラーメンを初めて食べた烏天狗は、あまりの美味さに感動していた。
「なんだこのチャーシューは!?味が染み込んでいて、ネズミの肉とは大違いだっ!」
「テメェ黙って食えよ!」
全く共感出来ない食レポに、咄嗟に烏天狗の頭を殴りつけた。
「ったく、これだから害鳥は……。店長、スンマセンね」
これからも通うつもりでいるので、なるべく店長との関係を良好に保つため愛想よく笑顔で謝った。
するとチャーハンが春と烏天狗の前に出され、その香ばしい匂いに再び食欲が湧いた。
店長を見ると、何故か嬉しそうな顔をしていた。
「いい食いっぷりだねぇ。それよりお客さん、もしかして夜行なのか?」
店長はチャーハンに夢中の烏天狗を見ながらそう言った。
烏天狗は数が多く真面目な性格なので、夜行の見張り役として全国に配置されている。しかし普段から人前に現れない烏天狗を見て、夜行関係者と見抜く店長はかなりの夜行マニアだとわかる。
「良く解りましたね?!まぁ、なりたてなんですけどね」
頭に手を置き、少し照れながらそう答えた。
まだ夜行として何も活躍してないのに、気分はすでに有名人だ。
「若いのに凄いな〜。これからもウチをご贔屓にしてくれよ!」
「もちろんですよ!」
男と男の約束を結び、熱い握手を交わした。
春にとって初めて、強さに関係なく尊敬する相手に出会った気がした。
会計を済ませて外に出る三人。クロミも烏天狗も御満悦だ。
「私はビルに戻るが、二人は早く帰るように。一応未成年なんだからな」
「はいはい。てか千代バァみてぇな事言ってんじゃねぇよ!」
烏天狗に見送られながら、クロミを抱き上げて歩き始めた。
夜行が始まればしばらくの間、静かな夜は過ごせないだろう。いつ荒れた夜になるか解らないので、常に気を引き締めなければならない。
しかし見えない危険が一歩ずつ近づいている事に、春はまだ気付いていなかった。




