6.その歴史
「初めまして。歴史を担当する『大島 拓磨』です。まぁ今日は記念すべき第一回目なんで、授業は進めずに適当に時間潰そうと思ってます」
「ラッキー」
「よっしゃー」
「寝れるぞー」
チャイムが鳴り、颯爽と歩き教壇に立つ男。眼鏡が似合う真面目な優男かと思えば、随分と気前の良い教師だ。
「何だか変わった先生だなぁ。そう思わない?」
茜は身体を捻り後ろに向け、眠そうな春を起こすように聞いてきた。
「んぁ?…そうだな」
頬杖をついて、ダルそうに返事をしながら教壇に目を向ける。
授業とか教師とか興味がなく、大人しく寝たいのが本音だ。しかし隣のクロミが静かに寝かせてくれる保証がまるで無い。
「時間を潰すといっても、何もしない訳じゃないぞ。ん〜そぅだなぁ…君達の今後の為に【憑神】と【夜行】について話をしようか」
(おっ、何か面白いそうだな)
なかなか興味深い。
千代と暮らしている時、夜行についてあまり教えてもらえなかった。いや、今思えば混血種だったからこそ、普通の生活を送ってもらう為に教える必要がなかったのかもしれない。
聞くだけならいいかと思い、春は肘をつき直し教壇に耳を傾けた。
「まずは…憑神についてだな」
チョークを手に取り、黒板に向かって軽快に書きながら説明を始めた。
「霊、妖怪、天使、悪魔など、人ならざる者を総じて憑神と呼ぶようになったのは、みんな知ってるよね?
憑神の存在は〝卑弥呼〟のいた時代が歴史上最も古いと言われているけど、それよりもっと古い時代から居たかもしれない」
「卑弥呼は憑神と憑依して、その能力を使って未来を助言し活躍していたと伝えられている。その時代から現代までの長い歴史の中で、憑神は人間と共存しながら助け合い、殺し合い、その延長線上に夜行があるんだと僕は思ってる」
「ほえ〜、なるほどね〜」
「…本当かよ」
あくまで大島の自論だ。本当にそうなのか確かめようにも、誰が答えを知っているのか解らない。
今の時点で半信半疑で聞いているが、いつでも寝れる体勢に入ってる。
「夜行の創設者は『加藤 寅之助 道彦(かとう とらのすけ みちひこ)』〟と言って、江戸の初期、幕府の用心棒として夜行という組織を一人で創ったそうだ。
その目的は犯罪者を討ち、全ての民の安全を確保する事。まさに正義のヒーローだね」
「けどぶっちゃけ今の夜行と昔の夜行は、決定的に違う所があるんだ。目的はあまり変わらないけど、昔は犯罪者や手配犯などを率先して採用してたらしい。だから城下に住む人達からは正義の味方というより、殺しを楽しむ集団として忌み嫌われてたんだ。今で言うブラック企業みたいな感じかな。その偏見が今も根付いている地域もまだあるんだ」
昔の夜行は就職した罪人にとって天職のようだ。殺しが正当化される上に、衣、食、住が保証されるのだ。
しかし改正されず昔のままなら、この日本はとっくに世紀末の真っ只中だろう。
「当時の夜行は、加藤一人に罪人二人の三人組だったんだ。ただ、一人で二人を管理するのは難しいから、念が込められた珠数を加藤は両手にはめて、残りの二人にも首から珠数を掛けさせた。この珠数は鎖の役割を果たしていて、命令違反や、外そうとすると首の珠数が破裂するって仕組みになってたらしい。まぁそれで死んでも次がいるし、何より死ぬ筈の人間だから、誰も悲しまない優しい世界だよ」
どうやら今も昔もイカれた奴がいるみたいだ。
しかし春には昔のやり方が似合っていそうだ。完全な弱肉強食の世界に犯罪者をその場で裁ける自由。
いつもやり過ぎの春には生きやすい世界だ。
「しばらくして加藤の思想に賛同して、姿を現した最強の憑神、朱雀、玄武、青龍、白虎、そしてーー」
ーーーーガタッ
突然机にぶつかるような音が聞こえ、茜が驚いた顔で発生源に体を向けた。
「沢木君?どうしたの?」
「い、いや…何でも無い」
不思議そうに見つめる茜に、右手を降って無事を伝える。まさかこの場でその名前を聞くとは思わなかった。
それは誰もが知っていて、憧れ、怖れ、敬う存在。
「この時の四獣はそれぞれ個性が強く自分勝手に動いていたらしいが、現代になって必要最低限しか動かなくなっている。再び四獣が動く時は…そうだな〜、日本が終わりそうな時かな。それまでの間は彼らは世間に干渉せず、ひっそりと日本のどこかに身を隠して暮らして居るだろう」
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「先生ー。どうやったら強くなりますか?」
年頃の男子なら己を鍛え、強さに憧れてしまうものだ。この気持ちは女性陣には解らないだろう。
「ん〜、何が強いか正直伝えにくいな。そもそも憑神は波長の合う人間としか契約出来ないし、その波長は憑神の強さによって変わってくるものだ。強ければ狭く、弱ければ幅広くなる。だから強い憑神と契約する人は、生まれた時から決まっているんだ」
「まぁ無難に強くなりたいなら、バリバリの肉弾戦向けの動物霊がオススメだね。ちなみに人型霊は実際に存在していた人がいて、生前に名を上げた人が憑神になっているみたいだ。次に重要なのが憑依した時の強さの違いだね。それは人間と憑神のバランスに大きく関係するんだ」
すると黒板に自論の計算式を書き始めた。
怪力の人間70+弱い憑神10=憑依時の力80
非力な人間10+強い憑神70=憑依時の力80〜
「あくまで自論だけど、これを見ると、強くなるには自身の力と憑神の力を把握しないといけないね。まぁ強い憑神は、何もしなくても強いままだけど…
それと憑依した時、身体機能に依存するのか、能力に依存するのか。それから敵との相性もある。何が強いか一概には言えないけど、今よりも強くなる為には、それに必要な努力すれば必ず強くなれる。」
「へー、頑張れば強くなれるんだ」
「無限の可能性を秘めてる」
「明日から頑張ろう」
「まだ面白い話があるよ。長い歴史の中で都市伝説のように語り継がれる【混血種】。人間と憑神から産まれた禁忌の存在」
「ッ?!」
(なんだあいつ?)
春は警戒した。
ただの物知りだけで済めばいいが、余りにも知り過ぎている。得体の知れない不安を覚え、眉を顰めた。
「本当に存在するのか怪しいね。まず人間と憑神の間には子を授からないし、仮に奇跡が起きて授かったとしても、出産まで生きれる確率はほぼ無い。さらに奇跡が起きてこの世に生まれ落ちても、そこから上手く生きていけるかどうか…。そう考えたら奇跡の塊だね。僕が生きてる間に是非出逢いたいものだよ。」
子供の様に嬉しそうに喋り続け、もの凄く満足気な顔をしている。
(こいつ…、知った風にペラペラと…)
春は教壇に向かってバレないように睨んだ。
まさかその会いたい人ナンバーワンが、この狭い空間に居るとわ思ってないだろう。
しかし自分の事をあんな風に言われたら、腹が立つに決まっている。だが全て事実だ。
さすがに教師を殴れば、今度こそ千代に何されるか解らない。
しかし運悪く標的が春になった。
「ところで沢木君。君の憑神だけ霊魂化していないけど?」
「あぁ、出来ないだけっす」
その答えを聞いて、再び黒板に向かって解りやすく絵を描き始めた。
「ん〜、実に興味深い。普通の憑神は実体化と霊魂化は絶対できるものなんだ。憑神の核となってるのが霊魂で、自由に行動する為の体を創ったのが実体化。その二つが出来るから、憑依する事が出来ると僕は考えているんだ」
「憑依すれば能力が使え、姿、服が変化する。それはつまり核が人の魂に入り能力が使えるようになり、核以外の実体化の部分が鎧のように身体に纏わりつく。未だ謎が多く解らない事だらけだが、全てに意味がある」
「「お〜、なるほど」」
「すご〜い、全然考えた事なかった」
クラスの全員、それに茜も声を出して納得していた。
正直春も、少し凄いと感心していたが、結局クロミが霊魂化出来ない理由が解らないままだった。
「そうだったのか大島先生。で、そこんとこどうなの?」
答えは予想できるが、隣でお絵描きに集中していたクロミに聞いてみる。
「クロミわかんな〜い」
「ですよね〜(汗」
「まぁ出来ないからって焦る必要はない。人生はまだ長い!それに案外簡単に解決したりするものだよ。
おっと、もうこんな時間か。それでは終ろうか」
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「変わった先生だったね。けど解りやすい授業だった」
「役に立つのは解るけど…。まぁ歴史の教師にしては、色々知りすぎだと思うけど…」
帰り支度をしている春に、少し落ち着きがなく何かタイミングを見計らっている様子の茜。
「んじゃ帰るわ。またーー」
「あっ、ちょっと待って!」
危うくチャンスを逃す所だった。間一髪の所で春を呼び止めた。
「沢木君。あのね、良かったら一緒に帰らない?」
(今の普通だよね?自然に言えたよね?)
ただ一声かけて一緒に帰る約束をするだけなのに、これほど緊張すると思っていなかったようだ。
不自然なほど棒読みになり、恥ずかしさのあまり顔が赤くなる。
「…別にいいけど」
「うん、いいよ〜」
春とクロミが、ほぼ一緒のタイミングで返事をした。
それを聞いた茜は、嬉し過ぎて飛び跳ねてしまいそうになったが、醜態を晒さないように小さくガッツポーズをした。
そして教室を出ると、廊下で待機していた大島に呼び止められた。
「沢木君、ちょっといいかい?」
「は?別にいいっすけど?」
そう言ってクロミと一緒に、下で待ってくれるように茜に頼んだ。
「悪いな、少し待ってくれるか?」
「うん、全然いいよ」
手を繋ぎ先に行くクロミと茜を見送り、春はひと気の少ない廊下で大島と立ち話を始めた。
「沢木君。今日二年生四人に怪我をさせましたね?」
「はっ??それが何っすか?あいつら生意気だったし、弱いくせに粋がって自業自得っすよwわざわざそんな事言いに?」
何かと思えば今日の事の確認だった。
春はその事を思い出すと、鼻で笑いながら自分の正当性を主張する。すると大島の口から予想外の言葉を耳にする。
「まぁ今回は初顔合わせなんで、千代様には黙っておきますよ」
「ッ?!はっ??ちょっ、意味が…」
「そのままの意味ですよ。私は火野さんの部下の大島と言います。この度春さんの監視役に任命されました」
「…あのクソババァァアー!!」
思わず声に出し叫んでいた。ここまでするか?と千代に対して怒りすら覚えた。そんな中、淡々と大島は喋り始める。
「まぁ私の場合、風間さんと違い極秘に教師として潜入しているので、本来春さんにも知られてはいけないのです。ですが、やはり大人としてお昼の件は注意しなければと思いまして、正体を明かす事にしました。ですが安心してください。一日中監視する訳ではなく、あくまで教員として生活を送り、その中で春さんの日頃の行いや授業態度を報告するだけですよ」
「テメェ本当だろうな?…いや、もぅどうでもいいか…。ババァが勝手な事するなら、こっちも好きにやらしてもらうぞ!あっ、これはカットで」
「わかりました。ですがあなたの血の秘密は、絶対にバレてはなりませんよ」
どこまで本心は解らないが、気にかけている事は少し感じた。
一礼して去っていく姿を見る限りでは、今のところ害はないと思える。
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一日の授業が終わり、帰宅する生徒と部活に励む生徒で賑わっていた。
取り分け野球部は強豪とまでいかないが、そこそこ有名らしく、部員数も他の部に比べてかなり多い。
そんな青春を謳歌している生徒が行き交う中、帰宅部の一員である茜は、クロミと一緒に一人の男を待っていた。
「沢木君遅いな〜」
『帰ったんじゃないの?』
「むっ、何でそんな事言うのよ」
いつものように挑発する雪菜の一言に、まさか…と、一瞬ヒヤリとするが、直ぐにそれはないと結論に達した。
「あっ、ハルが来たっ♪」
待ち侘びたクロミが頻りに名前を連呼しながら春に駆け寄ると、離さないと言わんばかりに力を入れてその足に抱きついてきた。
「おっと。お待たせ、ちゃんといい子にしてたか?」
「うん♪」
猪の様に突進され一瞬バランスを崩したが、何とか踏み止まるとその小さい身体を抱き上げた。
優しくクロミに話しかけ、隣に居た茜と霊魂の雪菜にも声をかける。
「待たせて悪かったな。あとそっちの相棒も」
「私は全然大丈夫だよ!」
『雪菜でいいよ。沢木春』
初めて話す雪菜との自己紹介も軽く済ませると、茜達と共に学校を後にする。
幸運にも帰る方向は同じだったので、ほんの数メートルでさよならしないで済んだ。
後先考えず行動してしまった茜は、今になって自分の浅い性格を恥ずかしそうに見つめ直した。
いつの間にか実体化していた雪菜が、クロミと手を繋いで二人の前にを楽しげに歩いていた。
空色の長い髪に、クロミと似ている白い着物姿の雪菜は、ガールズトークに華を咲かせていた。
その光景を茜は、何故か羨ましそうな顔で二人を見ていた。
しばらく歩いていると、コンビニに寄りたいとクロミがぐずり始めてしまう。
春もタバコを吸いたかったので、ポケットから無造作に詰め込んだ札を取り出すと、
「雪村。悪いけどこれでクロミと一緒に好きな物でも買ってくれ。俺、外で待ってるから」
そう言って茜に金を手渡した。
コンビニに入った事を確認して煙草に火を着け、至福のひと時を過ごしていると、突然背中に影が落ちた。
振り返ると学ラン姿の不良が、煙草に火を着け煙を吐き出した。
(でけぇな。高校生か?)
身長は180超えていて、ややポッチャリした体型だが、その所為で余計に巨大に見えた。
目付きも悪く、短髪の学ラン姿がいかにも漫画から飛び出した番長と呼べる風格だった。
「何だテメェ?何見てんだ?」
「いや、何も」
何故ヤンキーは無駄に絡んでくるのか?これでは毎日絡まれる可能性がある。
今日だけで三回絡まれた春は、一度風間に相談しようと本気で考えた。
二人が睨み合っていた時、同じ学ランを着た金髪長身イケメンヤンキーが、片手をあげて爽やかに登場した。
(こいつ、モテる為に生まれてきたのか?)
人は平等とよく言うが、遺伝子レベルで差を見せつけられると流石に疑問に思う。
「ワリィな〝太〟。待たせちまって」
「ったく、遅ぇんだよ。〝佐時〟」
どうやら二人は友達のようで、合流してすぐどこかに行ってしまった。
去り際にもう一度、太と呼ばれた大男に睨まれてしまった。
相手にするのが面倒くさいから、絡んでほしくないのが春の本音だ。
不運を引き寄せる体質にため息を吐き、新しい煙草に火を着けると、窓に貼ってあった一枚のチラシが目が奪われた。
(こっ……これはっ!)
まさに千代に対する最高の反抗が、一枚の紙切れに集約されていた。
その時三人が、楽しそうにコンビニから出てきた。
「ハル〜、お待たせ〜♪」
「沢木君、私までありがとね」
「全然大丈夫、気にすんな。それじゃ帰るか」
渡した金は今日のファイトマネーなので、春には痛くも痒くもなかった。
コンビニを後に再び帰路につく春達。
春のポケットには破られたチラシが入っていて、これが全ての始まりだった。




