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モノクロ〜白鬼と黒鬼〜  作者: 五臓六腑
一章〜門出に笑う鬼〜
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3..不自由


「ハル、電話鳴ってるよ?」


「知っとるわ」


携帯の画面を見ながら早く切れろ念じるるが、一向にその気配は無い。

このまま放っておいても、何時までも鳴り続けるだろう。


「…チッ。こいつ俺が出るまで鳴らすつもりかよ」


しつこい着信に春は痺れを切らして、嫌々電話に出た。


「何っすか?風間のおっちゃん」


『久しぶりだな、春。唐突ですまんが、今どこに居るか教えてくれんか?』


いきなり電話が来たと思えば、全て把握している様な質問してきた。

この男は神楽市の神楽東署【対憑神課】に所属する『風間かざま 鳴彦なるひこ』警部。大柄の中年で署内でもかなりの武闘派であり、春とクロミを昔から知っている数少ない人物だ。


(こいつ、知ってんなら普通に聴けばいいのに)


回りくどい質問に少し機嫌を悪くしたが、後々の事を考えた結果、事実だけを話す事にした。


「あ〜、ちょっとトラブルに巻き込まれたけど、もう大丈夫」


嘘は付いてない。

実際に起こった一方的な暴力を伏せて、手短に説明した。しかし刑事の勘なのか、春が隠し事をしていると見抜いた風間。

春の性格を知っているからこそ、その答えに辿り着くのだ。携帯の向こうで、右手で額を押さえつけ深いため息をついた。


『はぁ、…殺したな?一応千代様には報告せんといけんな』


その名前が耳に入った瞬間、春の目には恐怖が宿り全身から汗が噴き出した。明らかに動揺して声が震えている。


「はッ?何でッ!?別にそこまでしなくてもーー!」


怯えるのも無理はなかった。

春の義祖母である『山神やまがみ 千代ちよ』の名前は、日本においてとても影響力がある。

最も春の場合は、幼い頃より千代からスパルタ教育を受けていた影響で、恐怖の存在でしかないのだ。


何人も殺した事を千代に告げ口されると、自分の身に何が起こるか解らない。

いくら最強の白鬼でも、この世には自分より強い者がいる事ぐらい知っているし、春自身それもど自惚れてないみたいだ。

ただ今は冷や汗をかきながら、千代の怒りの表情しか思い浮かばない。

そんな春の気持ちを無視し、受話器の向こうで淡々と話を進める。


『千代様に言われとるのだ。早い話、ワシが春の監視役で、報告せんとワシの身に危険が迫ってくるわい」


春の身を案じて、千代に報告しなかった場合を考えたが、その内絶対バレるのでその時を考えたら軽く身震いした。

結局二人共危険に晒されていたのだった。

一方春は風間が監視役だと聞いて、ある程度把握した。自分は世にも珍しい混血種である自覚はあり、そう簡単に千代の手元から離れられる事が許されなかった。

しかし千代の息の掛かった者を近くに置く事により、安心して遠まで送り出せたのだ。

つまり完全な自由は無く、初めから鳥籠の中で遊ばれていたのだった。


春は諦めた。


「チッ、わかった。言いたかったらババァに言えよ。その代わり、この後の事頼める?」


今は納得するしかない。この場を静かに離れるには風間の協力が必要だ。


『あぁ、任せろ。すぐにそっちへ向かう』


風間は頼もしい声でそう言って電話を切ると、憑神の【大狸】と憑依して後ろの窓から弾丸のよう飛び出した。

その狸は風を掴み空中を駆け、ビルの屋上を走り抜ける。少しでも早く合流できるように、巨大な一本の尻尾をなびかせ現場へ向かった。


「はぁ最悪だ…」


「終わった〜?何だったの?」


「とりあえず狸のおっさんが来るから、それまで自由時間だな」


何気ない会話をしていると、自由時間を満喫する事が出来なかった。

突然の爆発音と共に大きな音を立てて壁が崩れた。

予告無しに壁が破壊され土煙が充満する中、その煙を裂いて突入して来た部隊と遭遇する。


(なんだ、おっさんじゃねぇのか…)


全く動じる事なく、カウンターにもたれかかりタバコを吸っている。

一方のクロミは突然の出来事に驚き、半泣きの様子で春の足にしがみついていた。梃子てこでも動かないだろう。


そして動かなくなったのはクロミだけではなかった。

突入した舞台の殆どが、凄惨な現場を見て立ち尽くしていた。中には座り込み嗚咽する者もいる。

普段から修羅場を潜ってきた彼等でも、この光景を目にすれば凍りついてしまう。


そしてこの状況を作った本人に、小走りで近づいてくる男がいた。

その手には大き目のバッグが握られていた。


「風間さんから話は聞いています。こちらをどうぞ」


「おう、あんがと」


既に話が通っているみたいで、着替えの入ったバッグが手渡される。

その時に人質は全員無事との報告を受けるが、春はその報告を聞いてそっけない返事で応えた。

他人に対して余りにも無関心すぎる返事に、その隊員は少し畏れを抱いた。


それから無言でテキパキと隊員とお揃いの服に着替えると、クロミは春を見つめ目を輝かせていた。


「ハルかっこいい〜♪」


「ありがと。そぅだクロミ、頼みがあんだけど?」


「いぃよ〜♪ドンと来い!」


戦闘以外で春に頼られる事があまりなく、それが嬉しく思い自信満々の表情で胸を叩いた。


「これから外に出るけど、クロミを見られたらマズい。だから少しの間この鞄に入ってくれねぇか?」


「思ったのと違ぅ〜!!」


しかしクロミを誰にも気付かれず外に出す方法は、これしか思い浮かばなかった。

不機嫌なクロミをバッグに詰め込んで春が肩に掛けると、数人の隊員に囲まれ凄惨な現場を後にした。


外に出ると、パトカーやテレビの中継、野次馬などで賑わっていた。


「ねぇ〜?まだなの〜?」


半分だけバッグのファスナーを開けていて、そこから身体を丸めていたクロミが顔を覗かせている。


「っ?!おいっ、後少しだからちょっと黙ってろ」


何事もなく報道陣を横目に、案内された車両に乗り込んだ。

まず向かった先は風間警部の所だ。すでにこちらに向かって来ていたので、春達は車に乗って目的地で合流する事になった。


∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


「よっ、久しぶり」


車は少し広い屋外の駐車場で止まっていた。

全力で来たはずなのに息が乱れていない風間に対して、ねぎらいの言葉もかけず片手を上げて軽い挨拶で終わらせる春と、その反対の手を握っているクロミ。


「また派手にやらかしたな。こっちに来て早々殺すかのー?」


「…っせーよ」


もう全て風間の耳に入っている様で、その表情は少し呆れ果てていた。

風間は春の事を知る数少ない人物であるが、春の全てを知っている訳ではない。

しかし息子の様に接してきたので、多少なり感情移入してしまう。だからこそ春の将来が心配になってくるのだ。


そんな人情深い風間であっても、春にとっては敬意を払う相手ではない。この世で春が逆らえない相手、信頼できる相手はほんの数人しかおらず、その中にはもちもん千代も入っている。

そんな風間に上から物を言われてるようで、反抗期だからなのか、僅かに眉間にシワが寄る。


「俺がこの街に居れば、こうなる事は予想できただろ?」


「それはそうだが、もう少し手を抜いても…」


「それは出来ねぇな。あんな塵共、殺さねぇと気が済まねぇ。むしろ俺が殺した(ヤった)から丸くすんだんじゃねぇか。そこは感謝してほしいね」


我がままや気まぐれで、平然と相手を殺す事が出来る異常な精神の持ち主だ。

しかしそれは幼い頃の記憶や経験が積み重なって出来た結果であり、その事は風間も充分理解している。

けれどそれを許すほど世間は甘くない。

今の春に出来ることは、周りの大人が間違った方向に進まないように教育する事だ。


「それで、千代バァにはどこまで言うつもりなんだ?」


「まぁ一通りは報告するつもりじゃ」


「ハァ、もう別にいいけど。ちゃんと〝人を助けた〟って事は報告してくれよ。これ一番重要だから」


千代にする言い訳はいつも命懸けだ。

今回、人を助けた事を言うか言わないかで、千代からのペナルティーの重さが決まってくるのだ。

もう逃げも隠れも出来ないのだから、春は腹をくくるしかなかった。


勢いよく風間を指差し、必死に保身に走る春の姿を見て、風間は再び呆れた。


「…千代様もこちらの気持ちも考えて欲しかったのぉ」


進んで監視役になった訳ではないので、このぐらいの愚痴は許してほしいものだ。

監視役と言っても四六時中見ている訳ではない。何か問題事を起こした時、逐一報告する事が課せられているだけだ。


しかしあれ程の惨劇を起こしてなお、自分の事しか考えてない様子だから、ある意味教育は失敗していると風間は思っていた。

これからも厄介事に巻き込まれる上に、自分の娘と年の近い少年に顎で使われる苦労が想像できる。

頭を掻きむしり、自分が置かれている立場を怨んだ。


「そろそろ報告してくるわ。千代様から連絡くるまで大人しくしてるんだぞ」


「へいへい」


「まぁ元気そうな顔見れて安心したわ。くれぐれも問題を起こさず高校生として、真面目にするんだぞ」


そう言いながら大きな背を向けると、突風を掴むように風間はその場から去って行った。


∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


風間達と別れてしばらく経ち、銀行の次に行く予定だったスーパーへ買い物に行った。

コンビニより品揃えが豊富だったので、クロミのテンションがいつも以上にあがっていた。

とりあえず三日分ぐらいの食料を買い込んで店を出て歩いていると、突然春の携帯がなった。

画面を見なくても相手は解っていた。

焦ることなく片方の袋を地面にそっと置き、携帯へ手を伸ばす。


「……もしもし。」


覚悟は決まっていても、やはり緊張の色が隠せない。

額には汗を滲み、心臓の鼓動が急激に早くなる。

なるべく平静を保ちながら会話を始めた。


「私だ。何が言いたいか解るかい?」


「……」


とても静かで怒りに満ちた声だった。

どう考えても立腹の様子だ。言葉が少な過ぎるが、逆に千代の怒りが電話越しでも生々しく伝わる。

付き合いが長いので、何が言いたいか大体解ってしまう。しかし春も反抗してしまうお年頃だ。

黙秘権を行使して何とかその場をやり過ごそうとするも、それすらも見透かしていたかのように更に追撃を加える。


「明日、一度帰って来なさい」


より機嫌が悪くなっていた。

黙秘作戦が裏目に出てしまい千代の怒りが増した様で、春の腕には鳥肌が立った。

叶う事なら今すぐ携帯を破壊したいが、そんな事をすれば確実に乗り込んで来るに違いない。


「…い、いや〜、でも〜、もうすぐ入学式で〜準備とかもあるし、帰る暇がーー」


慎重に言葉を選ぶも、どこか弱々しい口調になってしまう。心が折れそうになりながらも、これが春に残された精一杯の反撃だ。


「ダメです」


「…はい」


圧倒的な力の前ではあまりに無力。

それは春にも言えた事だった。まさに蛇に睨まれた蛙だ。

少し良い子を演じれば、優しくなると思ったのが甘い考えだった。どうやらペナルティーは確定したようなので、いつもの口調に戻した。

要件が済んだ千代は、次にクロミの事について話し始めた。


「クロミは元気でやってるのかい?あまりあの子の能力を、人前で使わせないように気を付けるんだよ。あれは未だよく解らない能力だからね」


(俺の事は別にいいのかよっ)


「わかってるよ、一応クロミには言ってある。てか明日何時に帰れるか解んねぇけどいい?」


「…仕方ないわね。けどなるべく早めに帰って来るんだよ」


薄々感じていたが、千代はクロミに対して少し甘い気がする。

変なパジャマにしろ、贈り物にしろ、おもちゃにしろ、同じ孫として育てられたにも関わらず、いつの間にか越えられない差がついてしまっていた。


「とりあえずもう切るわ。さっき買い物済んで今帰ってる途中だったんだよ」


「そう、それは悪かったね。気を付けて帰るんだよ」


「あいよ」

(…俺が何に気を付けるんだよ)


そう言って重い空気で始まった電話を、ようやく切る事が出来た。この緊張から解放感は久しぶりだ。

しかし明日から料理スキルを上げようと、意気込んで食材まで買ったのに、見事に出鼻を挫かれてしまった。

こうなるとやる気は中々戻らないから厄介だ。

グッと背伸びをして荷物を持ち再び歩き出すと、クロミがジャージの裾を掴み話しかけてくる。


「ねぇ、今の千代バァ?怒られたの?」


何故その質問しか出てこない?

先程買った飴を舐めながら、無邪気に聞いてくる顔にツッコミを入れたくなったが、なんとか我慢する。


「ん〜、少しだけ。てか明日山に帰るから、帰って準備しねぇといけねぇぞ」


「本当に!?ヤッタ〜!千代バァのご飯楽しみ〜」


余りの嬉しさにその場で飛び跳ねるクロミ。

その姿を見る限り、早速ホームシックになっていたのかと思った。

しばらく春の料理スキルは必要とされないみたいだ。

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