13.タイマン
「まず始めに、被害者の共通点は……、全員クズの穀潰しだ」
「それは必要な情報なのか?」
烏天狗の素朴な疑問に対し、呆れ果てた顔をして春はその質問に答えた。
「これだから脳味噌の小さい鳥類は…。まずこの印よく見てみろ」
侮辱された言い方に若干イラッとした烏天狗を無視し、真っ直ぐに伸ばした指で赤く塗られた印を押さえた。
「いいか?これは一人目の犯行現場と時刻。んで、こっちはそいつの自宅。俺の予測だけど、学校も行ってねぇ無職のカス共の行動パターンは、朝は遅くて夜も遅い。つまり犯行時間と合わせると一人目は帰宅途中に襲われて、二人目は家から出た頃だと俺は思っている」
そう言いながら道に沿って、二つの印を一本の線で結んだ。そして次に青く塗られた二つの印を、烏天狗が交互に指差し不思議そうに春に尋ねる。
「この青い印は?」
「これは被害者がよく連んでるゴミ虫共、言い換えれば次の被害者って訳だ。このどっちかに、ふと…犯人が現れる筈だ」
春の説明が終わったが、烏天狗は少し納得していない様子だ。腕を組みしばらくの間黙って考えていると、伝え辛そうに口を開いた。
「春の考えも一理ある。その可能性は高いだろう…。しかしだな、あくまでそれは現実性のある予測でしかない。予測で行動するのはあまりに危険だ。もう少し確かな情報を集めてから行動した方がいい」
烏天狗の意見は正しい。春よりも人生経験豊富だからこそ、こうしてアドバイスが出来る。しかしそんな悠長にしている暇は無かった。警察や他の夜行よりも早く先手を打たなければと思う気持ちが強く、またしても心揺さぶる熱弁を駆使して烏天狗を丸め込もうとする。
「この馬鹿烏がぁ、そんな弱気でどうすんだ!俺達は凶悪犯を捕まえる為、自らその危険に飛び込んで人々を守るんだろぅが!いいか?俺達は、皆様の夜行なんだぞ!」
なぜこの男は息をする様に、思ってもない事をペラペラと語れるのだろうか。戦闘以外にも人心掌握術でも習っているのかと思ってしまうほどだ。
見事に術中にはまった烏天狗は、興奮気味に机を叩き立ち上がると、
「その通りだ!春よ、私はその言葉をずっと待っていた…。危険を顧みず、正義の裁きを執行する。それこそが!本来の夜行の姿だ!」
(本当にチョロ過ぎだろ、こいつw)
春は顔を下に向け、込み上げてくる笑いを必死で堪えた。
すると急に両手を握られ、若干驚きつつも顔を上げると、そこには烏天狗の顔が間近に迫っていた。
「頼んだぞ、春!この地域の平和を守ってくれ!」
「ん?あ、あぁ。マカセトケー。それからこの作戦にはお前ともう一人烏天狗が必要なんだけど、用意出来るか?」
「大丈夫だが、それは何故なんだ?」
「この二つのポイントを烏二人で見張ってもらう。それで犯人らしき怪しい奴が現れたら俺の携帯鳴らしてくれ」
「解った。もう一人はすぐ手配しておく」
機嫌が良さそうに親指を上に向けた拳を、春に向かって真っ直ぐに伸ばした。
「よっしゃ〜、全部決まった!」
長い時間座りっぱなしの状態から解放され、思い切り背筋を伸ばした。固まっていた背中をバキバキと鳴らすと、すぐに春達は行動に移した。
「んじゃ、始めるか!」
こうして[悪魔捕縛作戦]が開始された。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
日が落ちオレンジ色に染まる夕暮れに、男は一人きりで歩いていた。
まるで何かに怯えるように周囲を警戒しながら、自分が助かる為だけに歩き続けている。
先日、大怪我を負った友人からの電話を取った事から始まった。何かと思い詳細を聞いていると、段々と血の気が引いたように青ざめ、見えない恐怖で全身が震えた。
『ーー次は多分、お前が狙われるぞーー』
「クソッ!何で俺があの野朗に狙われねぇといけないんだ!」
男の怒りも尤もだ。以前、太にいきなり鉄パイプで脇腹を殴られ、そのうえ今回の狩りの標的になっている。完全に友人達の〝遊び〟の仕返しに巻き込まれただけだった。行き場のない怒りを吐き出すように、ただひたすら逃げ回る事しか出来ないのだ。
「全部あいつらのせいだ!あいつにやられた時、そのまま死ねば良かったのに」
楽しい時は気の合う友人で、自分に何かあれば切り捨てるような卑怯者。そんな男の末路は大体決まっている。
焦燥した表情で文句を言いながら曲がり角に入った直後、目の前には鋭い目付きの巨漢が太い腕を組み行く手を塞いでいた。思わず足を止めた男の全身には、纏わりつく様な汗がジワリと滲み出てきた。
「よぅ。こんな時間にどこ行くんだぁ?あッ?」
「テメェー!火野ふッボは!?」
男の声を遮るように、その巨体から繰り出された硬い拳はその口元にめり込んだ。
殴られた衝撃で尻もちをつくと、ゆっくりと近づく太に震えるこえで再び話しかけた。
「ちょ、待ってくれ!俺はお前には何もしてないだろ!」
さっきの一撃で前歯が何本か飛び、唇が深く裂ける。口元が徐々に熱を帯び、溢れ出る生暖かい血が周りの地面に飛び散る程、必死で太を説得した。
黙って煙草を吸いながら太は男の話に耳を傾けるが、最初からする事は決まっていた。
「確かに、テメェは俺には何もしてない…。けどなぁ、似たような事を他でしてんだろ?だからやられた奴の代わりに、俺が制裁してやるんだよ」
タイミングを見計らったように、突然上空から黒い影が急降下して太の隣にふわりと着地した。そして危険な笑みを浮かべる漆黒の悪魔と憑依した太を見て、男は怯え座ったまま後ずさりする。
「おい、お前さっさと憑依しろ」
「ま、待ってくれ!もう何もしない!約束するから見逃してくれ!」
「馬鹿かお前?このまま野放しにしてもまた同じ事を繰り返すに決まってんだろ。そうならねぇように今、叩き潰すんだよ!」
そう言いながら両手から滴り落ちる程の炎を出すと、鋭い眼光で男を睨みつける。
ゆっくりと歩き出した殺意と熱気の塊は、徐々にその距離を縮めていた。だが太は急にその足を止め、少し離れた位置の人影に視線を移した。
近づいて来るその人影は、やがてその姿を鮮明に現した。
「よっ!また会ったな、このクソ悪魔!」
右手をあげ汚い言葉で話しかけたのは、銀髪の幼女を連れた見覚えのある男だった。
「しっかし偶然だな。こんな所で弱い者イジメか?」
「テメェは鬼組の…」
またしても邪魔が入った事に苛立ったが、昨日の戦闘を思い出すと冷静に警戒した。ヘラヘラしながら近づく春は、まるで隙がなく迂闊に手を出せなかった。
そんな中、板挟みになった男は太の一言を聞き逃さなかった。新たに来た男が夜行だと確信した。
犬の様に地面を駆け出すと、春に助けを求めて無様に駆け寄ってきた。
「助けてくれぇ!あいつに殺されるッ!」
男に付着する血を見て状況を把握した。だが無情にも救いを求め差し伸べてきた手を、容赦無く振り払う様に、
「…邪魔だな」
凍てつくような冷たい一言を呟き、縋りついてくる男の髪を掴み引き剥がすと、太に殴られたばかりの口元を再び殴り飛ばした。残っていた前歯は全て宙に舞い、そこから再び大量の血がマグマの様に溢れ出してきた。
「あぁ、わぁぁああぁあ!おっ、俺の歯がぁぁ?!」
言葉にならない程の悲痛な叫び声をあげ、失った歯を探すように血塗れの口に指を入れている。
「用があるのはテメェじゃねぇ。黙って大人しくしてろッ!」
春は追い討ちをかけるように側頭部に強烈な回し蹴りを打ち込むと、その勢いで地面に頭を強打して男は沈黙した。
後ろから笑顔で駆け寄って来るクロミは、倒れている男に興味を示さず春の顔を見上げた。
「ふふっ。やっと静かになったね♪」
無関心に言い放つクロミは、やはりこの状況でも何も変わらず平常心を保ったままだ。
「…テメェら、本当に夜行だよな?」
「ん?まぁ成り立ての新米だけどな。あっ、獲物横取りして悪ぃな。けどあのクズがうるさかったし仕方ねぇだろ」
太が知っている一般的な夜行とは全く違い、助けを求める人間の歯をへし折り、一方の憑神はそれを見て笑っている。二人の行動はもはや人間と思えない程冷徹で、むしろ犯罪者のような異常な思考だ。
それに言い訳すら普通では無かった。それだけの理由で見ず知らずの人間の歯をへし折る事が出来るのだろうか?
若干恐ろしく思うも今の春の目には敵意はなく、太は不思議と少しだけこの鬼に興味が湧いた。
「昨日といい今日といい、何で俺の邪魔すんだ?」
「昨日も言ったんだけどな…。まぁいぃ、もう一回言うぞ。テメェ俺の夜行に入れっ!」
頭のイカれた男と思いきや、春の目は真っ直ぐ太を見ている。その瞳からは嘘や冗談を言っている気配は感じられなかった。
(こいつ、何考えてんだ……てか、)
ーー何で俺なんだ?
頭の中で考えが追いつかず、その答えにたどり着けない。いつも覚悟を決め一人で闘っていた太にとって、その誘いを受ける事は、自分を弱者と認める事になる。
断る事は出来た。だが春の目は今まで見てきた連中とは全く違い、不思議と気持ちが揺らいでしまう。
しかし太も男だ。簡単に誘いを受けるのはプライドが許さない。
「ハァ…、どうやら諦める気なさそうだな…。タイマン張ってお前が勝てば夜行に入ってやるよ。けど負ければ二度と俺に関わるな」
『おい、太!こんな奴の言う事なんか放っておけ!お前にはまだやってもらう事があるだぞ!』
言葉に怒りを込めディアボロスは忠告したが、太はその忠告を無視して春を見極めようと考えていた。
「おっ、いいぞ〜!」
妙にあっさり決めた春は何を思ったのか、楽しそうに太を挑発する様に喋り続けた。
「まぁ、この俺がこんなゴミに負ける訳ねぇけどなwしかし勝負する前から、自ら下僕になる約束をしてくれると思わなかったぜw」
「テメェ、あんま調子に乗ってると焼き殺すぞ!」
「あっ?昨日みたいに手を抜かなくても、どうせ俺を殺す事なんてお前に出来ねぇよ」
春の安い挑発に乗ってしまうが、全力を出せる事に嬉しさを隠せない。
既に戦闘態勢に入っている太に対し、春達は一向に憑依する気配が無かった。
「お前らナメてんのか?さっさと憑依しろよ、戦えねぇだろうが!」
「以外と律儀なんだな。でも残念な事に俺とクロミは憑依出来ねぇんだ。けど…うん、まぁいいか。仕方ねぇけど特別に見せてやるよ」
そう言うと、春は口元を隠していた仮面を外して素顔を晒した。そしてニヤリと笑うと額から皮膚を突き破り一本の角が生え、太の前で鬼化した姿を披露した。どうやら昨晩の戦闘では気付いていなかったみたいで、初めて見る混血種に目を丸くした。
「鬼…なのか?…マジかよ」
『くそっ、太ッ!ビビってんのか?昨日の闘いを思い出してみろ。貴様なら大丈夫だ!』
ディアボロスの言葉に、動揺した気持ちは落ち着きを取り戻し、太は目を閉じ昨晩の戦闘を思い出す。
(確かにそうだ。昨日は知らなかったとはいえ、混血種を相手に引けを取らなかったじゃねぇか)
覚悟を決めた表情になると、両手から炎を出して再び構えた。先手を取りに太は飛び出そうとしたが、場の空気を壊す一言で出鼻を挫かれた。
「ちょっと待て!」
「っ?!テメェ、急に何だよ!」
躓く太を余所に、春はクロミの前にしゃがむとその小さな両肩を掴み、紅い瞳を真っ直ぐ見つめると、
「今日も俺一人で戦うから、向こうに行ってろ」
「イ・ヤ・ダッ!」
即答で春の提案に異を唱えた。クロミからすれば約束を蔑ろにした春に対して、少し腹を立てているみたいだ。
「絶対に嫌っ!ハルは暴れていいって言ったじゃん!!」
「おいおい、クロミさん。今からあいつと闘うんだから我儘言わないの」
目を合わせようとしないクロミに焦りながら説得するが、全く言う事を聞こうとしない。
すると春の必死さに根負けしたように、クロミが大きく溜息を吐いた。それを見て、やっと解ってくれたと春は安堵したが、クロミがあり得ない条件を突き付けた。
「チューしてくれたら考えてあげる♪してくれないなら勝手にあいつ殺すから」
「なっ?!お前フザケんなよ!何で人前でキスなんかしねぇとダメなんだ?!絶対あいつにロリコンの烙印押されるだろぉが!」
怒鳴りながら太を指差すと、腕を組んで怒りに満ちた表情で春達を睨んでいた。早く全力で闘いたいのに、痴話喧嘩で待たされる身にもなってほしい。
逃げも隠れも出来ない状況で、春はようやく覚悟を決めた。
「…解った。してやるから一個だけ条件がある」
いつも見せない程の真剣な表情に、クロミは「うん」と頷き春を見つめた。
「もし俺が倒れた時だったら、殺さない程度に遊んでいいぞ」
「わかったから早くして」
「………」
言葉の意味を理解したのか解らないほど返上が早い。
早く早くとせがむクロミに、意を決して頬に唇を近づける。そしてその薄黒い柔肌に唇が触れた途端、
「キャ〜〜〜♪!!」
嬉しさのあまり歓喜の声をあげ、熱を帯びた顔を両手で隠し地面を転げ回った。
試練を乗り越えた春は立ち上がると、
「ふー、…待たせたな」
闘う前から精神的ダメージを負い、疲れた顔で再び太に顔を向けると、案の定、太は笑いを堪え下を向いていた。
「……ロリコン…」
「うるせぇ、さっさと始めるぞ」
痴話喧嘩も終わり、ようやく本来の目的に戻った。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
「言っとくけど、やるなら殺すつもりで来いよ。まぁ死なねぇんだけど…。お前の全力、ねじ伏せてやるから」
「テメェこそ、後で後悔しても知らねぇぞ!」
二人共どこか楽しそうに微笑んでいた。同じはみ出し者同士、全力でぶつかり合える相手に出会った事が余程嬉しかったようだ。風が吹き抜ける中、笑顔は消え、お互い静かに構えた。
もう後戻りは出来ない。闘うと決めた以上、どちらかが倒れるまで勝負は終わらない。
二人の間には怒りも、憎しみも、憐れみも、恐怖も、復讐心も、不安も無く、そこにあるのは勝利に必要な純粋な殺意のみ。
開始の合図は無く、睨み合いが続く張り詰めた空気の中、太が先手を仕掛けた。
「行くぞぉぉおお!」
両手から炎を勢い良く放出させ、ロケットの様に加速して間合いを詰めてきた。
「馬鹿がっ!そんくらい読めてんだよ!」
一方の春は両手で懐から棒手裏剣を抜き出すと、一斉に投げ放った。
太はこのスピードの中、投げられた刃を視認する事が出来ない。しかし右腕を横に向け、スピードを殺さないまま避けてみせた。
そのまま春の横に回り込み両手を向けると、至近距離から最大出力で炎を放出した。
「うぉッ、あちーーッ!!」
炎の勢いで吹き飛ばされるも横に転がりなんとか脱出したが、法被から煙が立ち上っていた。
長期戦は避けたいと考えた太だが、どうやらそうもいかない。
「流石にまだ死なねぇな」
「こんなヌルい火で死ねるかよ」
(クソッ、法被焦げてるじゃねぇか!後で請求してやる!)
小馬鹿にする春の姿を確認すると、すぐさま太は上空へ飛び上がり、近づきながら追い討ちをかけてきた。マズイと思った春は、焼き殺そうと迫り来る炎から全力で逃げた。
しかしそれを見た太は、男同士の決闘の最中に相手に背を向け逃げる姿に激怒した。
「テメェ、逃げてんじゃねぇよ!」
「馬鹿野郎ッ、ハァ、ハァ。場所移動してるだけだろぅが!」
住宅街を走り抜けると、春の視界に見覚えのある景色が広がった。そこは夜行の試験で使われた河川敷だ。障害物がないが近くには川があり、炎との相性の悪さを埋めるには物足りない気もするが、背に腹は変えられない。
「仕方ねぇ、ここで決着つけるか」
住宅街から春が駆け抜けて行った後、一人残された幼女の叫びが住宅街に響き渡った。
「もぉぉおお!ハルのバカ〜!!」
その叫びは春に届いていないだろう。完全に放置されたクロミは、背中から闇の腕を四本出して、蜘蛛の様に身体を浮かせながら春を追いかけた。
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「この場所…」
一足遅れて太は河川敷に舞い降りると、川の水で全身濡れている春が堂々と立っていた。
確かに火は水と相性が悪いが、太はそこまで深刻に考えていない。
「フンッ、馬鹿が。考えが浅いんだよ!濡れたら炎は防げると思ってんのか?その程度、一瞬で蒸発させてやるよッ!」
そう言い放つと、両手を前に構えた太は春に向かって炎を放った。轟々と迫りくる炎は春の身を覆い隠す程巨大で確実に直撃したが、数秒経っても炎から抜け出す様子がない。多少疑問に感じたが、太は手を抜かずに炎を放ち続けた。
(上手くいき過ぎてる…。何か変だ)
すると燃え盛る炎の音に重なる様に異音が混ざる。その音は次第にはっきりと聞こえ、地面を駆ける足音だと気付く。
しかし太が気付いた時にはもう遅く、既に鬼は間近に迫っていた。
「白鬼の戦い方はなぁーー」
(嘘だろ?!こいつ、正気じゃねぇ)
「ーーこうやるんだよッ!!」
まさか自ら炎の中を突き進むとは考えもしなかった。炎が生まれる両手まで迫り太の右腕を蹴り上げると、春はそのまま焼け爛れた両腕を振りかぶった。
「フンヌッ!!」
放たれ続ける左腕の炎から顔を出した春は、太の左手に狙いを定め、両拳でプレスする様に叩き潰した。
「がぁああ!」
バキバキと音を立て、その左手の骨は砕けた。意表を突いた行動と攻撃に、一旦後方に跳んで春との距離をとった。だが春は、袖に仕込んだ棒手裏剣を、間髪入れず太に投げ飛ばした。
太は苦悶の表情で、使い道の無くなった潰された左手を前に出してそれを受け止めた。刃先が深く突き刺さったが潰された痛みが強すぎて、刺さった痛みはそれ程感じなかった。
人間では思いつかない異常な行動に、痛みを堪えながら太なりの賞賛を贈る。
「クソッ、やるじゃねぇか」
力を入れ深く突き刺さった刃を引き抜くと、そのまま春に向かって投げ返した。春は顔の前で容易く掴み取ると、余裕の表情で答えた。
「こんなもん普通だろ」
全身に負った重度の火傷は、跡も残さず既に八割近く何事も無かったように治っていた。
(やっぱ再生すんのか…。厄介だな)
そう思った太は、もっと直接的な攻撃を仕掛ける事にした。右手で炎を出しながら何かを掴む仕草をすると、その炎が伸びる様に形を変えた。形作られた炎が徐々に勢いを無くし完全に消えると、その右手には巨大な鎌が握られていた。
「テメェ、やっぱりズルいな」
目を細め嫉妬の眼差しで一連の流れを見ていた春は、羨ましさのあまり思わず嫌味を言い放った。
子供の頃から炎や風、水など様々な能力を操る事に憧れていた。だが自分の能力しか使えないと知った時、その憧れが音を立てて崩れ、絶望に打ち拉がれたのを思い出した。
しかし太からすれば、再生は反則過ぎる無敵の能力だ。
「何だぁ?鬼の癖に器が小せぇな。これは能力とは違って召喚の類いだ。つぅかテメェも武器使ってるじゃねえか」
「はぁ?よく見ろ!大きさが違うだろうが!」
袖から棒手裏剣を手に取り、如何に小さいかをアピールしながら太に見せ付ける。
「いちいち文句付けてうるせぇ奴だ。まぁいい、死にたくなかったらちゃんと…避けろよッ!」
鎌を右肩に乗せて風の様に駆け抜けてくると、片手だけでその大鎌を軽々と振り下ろした。大振りにも関わらず余りの速さに驚き間一髪で避けると、振り切った隙をつき太との距離を詰め殴りかかった。
その拳は確実に太の顔に命中していた。が、突然春は苦悶の表情を浮かべる。
「んぐッ?!」
「ハッ、ちゃんと避けろって言っただろ?」
春の拳が太に届くと同時に、右の脇腹から一直線に激痛が走った。太は一発目を囮にして、二発目の斬り返しを本命として狙っていたのだ。まさか相打ち覚悟の攻撃を仕掛けてくるとは思わなかった。
いや、相打ちにしては受ける傷の大きさが違い過ぎる。
「ってぇぇええ!!」
(い、痛ぇし息がうまく出来ねぇ)
片膝を着き口から血を吐き出すと、内臓が出そうな程の深く斬られた傷口を押さえた。血は滝の様に指の隙間から流れ落ち、ほんの一瞬で足元には血の池が出来上がる。
傷が塞がるまで数秒かかるが、休む暇も無く太は容赦なく鎌を振り下ろしてくる。
「オラァッ!最初の勢いはどぉした!?」
腹の痛みに耐えながら転がる様に斬撃を回避するも、完全に避けきる事が出来ず、今度は左肘に激痛が走った。
「クソッ、今度は左腕か…」
(こいつ、傷が治らない内に攻撃してやがる)
腹の傷口は何とか閉じたが、今度は斬り落とされた左腕から大量に出血した。
(このままじゃヤバいな…。それなら!)
何か策を思いつき、左腕から溢れ出る血を撒き散らしながら、無謀にも太に向かって走りだした。
「馬鹿が!死にてぇみたいだな!」
大鎌を後ろに構えてタイミングを見計らうと、突然顔面に殴られた様な衝撃が襲った。
春が右手に持っていた石を投た事で、一瞬だけ視線を外させた。さらに額が割れて流れる生暖かい血が、右の視界を奪った。再び春に視線を向けた時には、既に手の届く所まで迫っていた。
「おおぉぉぉお!」
斬られた短い左腕で、太の両目を狙い滑らせる様に殴りつけた。傷口に再び激痛が走り、歯を食いしばる春。一見自爆行為に思えたが、狙い通り太の両目は春の血で塗り潰された。
「クソッ、目がッ!」
「へっ、ざまぁみやがれ!」
太は鎌を地面に落とすと、必死に目に付いた血を拭い始めた。だがその鬼の血は春の体内から出ると、普通の血よりも早く固まる性質がある。
それは春が混血種だからなのか解っていないが、その性質を利用して自分の傷を治す時間を作ったようだ。
春は太の姿を見ると、安心して斬り落とされた左腕を拾った。切り口にグリグリと強めに押し付けると、ほんの十秒程で傷跡も無く完治した。
「うしっ、これで大丈夫だな。さ〜てと、今の内にタコ殴りにすれば俺の勝ちだな」
鋭く尖った犬歯を見せながら、無防備な太に向かって足を動かす。
しかし、お約束のように物事は思い通りに進まない。
距離を縮めていると、突然巨大な火柱が渦を巻きながら天高く燃え上がった。それは今までの炎と違い、まるで意思を持っているように思いのまま操られていた。
やがて火柱は空気中に溶けるように消えると、中から目元の血が取れている太が姿を見せた。おそらく炎の熱で蒸発させたのだろう。
だが少し様子がおかしいと、春はすぐに気付いた。
猫背になり、腕はダラリと前に垂らしている。俯いていた顔がゆっくり上がりこちらを向くと、別人と思える程、危険な笑みを浮かべていた。
「太…じゃねぇな。お前、誰だ?」
狂気を帯びた雰囲気は、今までの太と違うと気付く事は難しくなかった。ありえないと思いながら春は確認してみると、予期せぬ返事が返ってきた。
「ケケッ、誰かって?俺様は…、ディアボロス・デーモンだ!」
親指を自分に向けて言い放つその悪魔は、嬉しそうに笑った。




