アユちゃんのお兄さん的には
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俺が彼女を初めて見た時、とは言ってもそれは写真という媒体を通して、なんだけれども。俺はとても驚いたんだ。
俺たちの母さんは美しい人で、喜ばしいことにその遺伝子を受け継いだ兄妹は、自分で言うのもなんだけど、結構それなりの見た目に育った。俺は早い段階で自分の容姿を自覚して、それに対する周囲の目も自覚した。さらにそれを利用する生き方も見つけた。
だけど妹は違った。妹は素直ないい子に育った。…まあ多少バカなところは愛嬌だろう。多分。で、そんな妹は少しばかり嫌な目にもあって、それでも素直に生き続けた。中学を終えて、父さんの仕事で引っ越しになったと伝えても、悲しむばかりかホッとしてるようだった。そういえば、妹から学校の話を聞かなくなったな、と気付いたのはその時だ。おそらくいじめにでもあっていたのか、とその時は薄々思っていただけだった。まさかそれが、俺が原因だとは思いもしなかったけれど。
結果的に言うと、いじめっ子たちは俺にパイプをつなげてほしかったらしい。だけど妹はそれを拒否したので、見事いじめの標的になったのだ。意味がわからなかった。だから黙って妹の頭を撫でたら、妹は多分素直に泣いていた。静かに涙をこぼす妹を見て、俺は小さな怒りを覚えた。いじめっ子たちに、じゃない。いくら学校が忙しくて大学受験もあったけど、家族を顧みる余裕すらなかったなんて。そんなちっぽけな自分にイラついた。
そんな妹が高校に入学した。式は平日だったから、我が家からの出勤は母さんだけ。まあ、高校の入学式に家族総出ではいかないか、普通。そして無事に入学式を終えた妹から“サメちゃん”という言葉をよく耳にするようになった。そしてそれは一年たった今も変わらない。毎日“サメちゃん”の話をしている。
妹が入学して、一ヶ月ぐらい経った頃。妹の部屋にホチキスを借りに行ったことがあった。ぱちっとするだけだし、妹は一階のリビングでテレビを見てたから無断で入った。机の上にお目当てのものを見つけて、手を伸ばす。と、ふとそのそばの写真たてに目を惹かれた。妹と、もう一人女の子が写っている。黒髪で、少し緊張したように写真に写る彼女。俺はその子から目を離せなくなった。……妹の足音さえ聞こえなくなるほどに。
『うわ!何してるのお兄ちゃん』
背後からかかった妹の声と唐突につけられた電気に、慌てて振り返る。
『……あ、いや、ホッチキス借りようかと』
『ああ、いいよ』
はい、と渡してくれる妹には悪いが、やっぱり写真の彼女から目を離せない。
『アユ、……この写真の子って、』
『あ、それがサメちゃんだよ。ほら私いつも話してるでしょ?』
『サメちゃん……』
『鮫島こころ。かわいいよね〜、美人で優しくて、素直すぎるいい子なんだ〜』
『鮫島こころ……』
鮫島こころ。心の中で何度もつぶやく。と、妹がいぶかしげな目をしてこちらを見つめていた。
『……お兄ちゃんにはあげないよ、サメちゃんは私のだからね!!』
……まずい、妹から宿敵のような目線をいただいた。これはまずい、こうなった妹は俺に協力なんてしてくれないにちがいない。
彼女はすぐ目の前にいるのに、手が届かなくなってしまう。
そしてそれは現実と相成った。
妹はそういう時だけ、ことごとく勘が鋭いらしい。駅でたまたま見かけたときも、学校の門で妹(の連れている彼女)を待っている時も、なぜか妹は彼女を連れて、素早く逃げ切る。だから今回、前日にした宿題を俺の部屋に置いてそのまま部屋に戻る妹を引き止めなかったのだ。もうそろそろ耐えられない。
彼女に会いたい。会って、話して、そして彼女を−–−。
初めてきちんと対面した彼女は、想像通りとても可愛らしかった。
彼女から言葉を自分に直接向けられて、その可愛いらしいさえずりのような声が自分のために発せられているということに笑みがこぼれ、もっと聴きたくなって身を乗り出す。
きょとんと首をかしげるその姿も、なんと愛らしいことか。
そしてその日から、俺と彼女(と俺の妹)との、攻防戦が始まる。
しかし残念ながら、俺には負ける気も譲る気もさらさらない。
うひひひ。諦めるしかないんだぞ。という悪魔(准くん)の声が聞こえてきそうです。
あれおかしいな……ヒーロー…?