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サメちゃんとアユちゃん

「ねえサメちゃん」

 栗色のふわふわしたボブスタイルの少女が、私を見つけて教室のドアから早足でかけてくる。

「…おはようアユちゃん、いきなりどうしたの」

「あ、おはようサメちゃん。…あのね、さっき職員室で数学の数学の小テストが返されたんだ」

「あ、先週の。どうだった?」

「いいわけないよおおお!!どうしよう本当にどうしよう!」

「……そんなにわるかったの?」

「どうしようアユちゃん……三年生になれないかもしれない…」

「えぇ…?」

 茶色の大きな瞳をうるうるさせて、私をすがるように見つめてくる親友の三嶋鮎ちゃん。そんな場合じゃないってわかってるんだけど……。

「小犬みたい…」

「サメちゃん、声に出てるよお…」

 あら。口を押さえてみても、やっぱりもう声になった後だった。

 私は鮫島こころ。都内のある高校に通う2年生。高校に入学した時に友達になった三嶋鮎ちゃんとは、一年経った今でも運良く同じクラスになることができました。

 





 アユちゃんとの出会いは入学式。私は中学からすごく離れた学校に来たので、友達も全然いなく、心細い気持ちで入学式に臨もうとしていた。両親は仕事が何よりも大事な人たちで、私のことには興味がないので入学式はもちろん一人。掲示板で自分の名前を探していた時、“栗色のふわふわ“は、ちょうど私の目線の高さで揺れていた。しかしいかんせん人が多すぎて、その小柄な女の子は全く掲示板が見えないらしい。ぴょこぴょこ跳ねているが、収穫はなさそうだ。

『綺麗な栗色……でもこんなに綺麗だし、染めていないのかな』

 あら。口元に手を当てる。またやってしまった。中学卒業から少し、一人の時間に慣れすぎていたからかもしれない。揺れていた栗色が、振り返った。

『…あなたも新入生?だよね?』

 少し伺うように問われる。その質問には微笑んで頷いた。

『ねえ、あなたなら掲示板見える?』

『見えるよ』

 これは…もしかして……。

『友達のできる…チャンス…なのかな』

 あら。もう片方の手も口元に持って行く。もう、少し黙りなさい、この口は。

『…ぷっ!それ、全部声に出てるよ!』

『……あら』

『私もあなたと友達になりたい!初めまして、私は三嶋鮎!』

『…鮫島こころです』

『えっ、サメ?私アユだよ!お魚だね!』

『あら。本当。……でも鮎は川魚よね』

『間違いないね!よろしくね、サメちゃん!』

 その後、私が見えた掲示板の名前には、二人とも同じクラスに名前が載っていて。目を見合わせてお互い少し恥ずかしそうに、はにかんだ。








「…ところでアユちゃん」

 私は読んでいた本をパタンと閉じ、隣の席でぐすぐすと泣きべそをかくアユちゃんを見やった。

「…うう、何ようサメちゃん、親友のピンチに何で本なんか読んでるのよう…」

「それなんだけどね、アユちゃん。ほら……まだ5月じゃない?今から留年の危機はないと思うな」

「え!?……あ、本当だ!サメちゃんさっすが!そうだよねえ、これから頑張ればいいんだよねえ!」

「……ちょっとおバカでマイペースなアユちゃん、可愛い」

「…サメちゃん、だからそれ声に出てるってば」

 あら。やってしまった。口元に手を当て、アユちゃんにごめんなさいをする。


 


 そう、私、鮫島こころは、少し厄介な性質を持つ。

 素直といえば聞こえはいいかもしれないが、私は少し、正直すぎるのである。




 例えば退屈な授業の時。先生の口の臭いが臭かった時。おじさんのカツラが取れかけていた時。私の口は思考と連動し、勝手にポロリと言葉が零れ落ちるのだ。

 とはいえ、この性質により私は多少の損をすることはあるものの、それほど大きな実害も伴ってはいない。さらに高校に入ってからは、アユがフォローを入れてくれるようになったため、少しずつ私のこの性質は改善されて行っている、のではないかと思っている。

「コホン。でもアユちゃん、数学の先生がそう言ったってことは、今からでも頑張っておかないと大変なことになるぞっていうことだよ。だからほら、今日の宿題はアユちゃんが当たるんでしょう?」

「えっへへ、それはもう大丈夫!昨日の晩にお兄ちゃんに教えてもらって……って、あれ?」

「……アユちゃん?」

「ちょっと待って、思い出すから!」

「…アユちゃんが思い出すっていう時って、大抵見つからないのよね。つまり記憶の引き出しにすら入ってないってことなのかな」

「サメちゃん!」

「…あら」

 ごめんなさい、と言ってアユちゃんを観察する。眉間にシワまで寄せて、うーんうーんと唸っている。

「カタがつきそう…」

 ピロロン、と顔と雰囲気に似合わず初期設定の音がなったのは、アユちゃんのスマフォ。しかし彼女は気付かずに唸っている。アユに教えてあげようと画面に目をやった時、見えてしまった。

「アユちゃん、メッセージに宿題って書いてあるよ」

「え?…あ、お兄ちゃんだ!そっか、お兄ちゃんの部屋に忘れたんだ!」

 そっかそっか、昨日お兄ちゃんに教えてもらったって言ってたもんね。

「…でも教えてもらって教科書をそのまま部屋に忘れてきたの?」

 アユちゃんってば……。

「なんておっちょこちょいなの…」

「サメちゃん言わないでよもう!」

「どうして照れているのアユちゃん…」

 体をクネクネさせてほっぺに手を当てながら喜んでいるアユちゃん。なんにせよ見つかってよかったね…。

 ピロロン、もう一度スマフォが鳴る。彼女はバッとそれを見ると、何か難しい顔をして黙り込んだ。

「……アユちゃん?」

 宿題は見つかったんでしょう?どうしてそんな険しい顔してるの。

「サメちゃん…大変だ…」

「どうしたの?」

「お兄ちゃんが…お兄ちゃんが来ちゃう!!」

「……え?」

「大変だ!……あの変態にサメちゃん取られちゃう」

「え、アユちゃん今なんて言ったの?」

「門まで迎えに行ってくる!!」

 あら。行っちゃった。

 教室を飛び出した彼女を見送り、もう一度本に目を落とそうとする。…と、その上から人影が。

「こんにちは」

 ゆっくり本から顔を上げると、そこにはすごくイケメンが。栗色の髪はふわふわで、切れ長の目は優しそうに細められている。そして私服。

「……あの、どなたですか?」

 私の質問に、彼はすごく嬉しそうにテーブル越しに私の目線に合わせてしゃがみこんだ。私の机に両腕を置いて、顎を乗せると私をいたずらっぽく見つめる。

 いや、だから。確かにイケメンだけどね?

「……誰ですか?」

 二度目の問いにも彼は目を細めるばかりで、一向に返事をしない。仕方がないので答えを待つようにじっと観察してみる。と、微妙な既視感に気づく。

「…彼に似た人を、知ってる…?」

 さらに笑みを深めた彼に、また声に出していたのだと気づき、慌てて口元を押さえる。初対面の人に、この口はほとんど災いを引き起こすから。

 あれ、でも、栗色…?

 頭の中で点が線になろうとした時、教室のドアは勢いよく開かれた。

「もう来てる可能性が高いよサメちゃん!早く避難するべし!!!」

「……アユちゃん?」

 避難?避難って……、あ。気づいちゃった。

 目の前にいた男の人は立ち上がり、ゆっくりとアユに近づいていく。

「ご挨拶だな、アユ。わざわざ大事な宿題を持ってきてやったっていうのに」

「げっ!!」

「ああ、この人が…」

 大きく顔をしかめたアユを見やり、ついで男の人を見る。よく見れば似ている二人。そして私のつぶやきに反応して、彼はこちらまで戻ってきた。

「初めまして。鮫島こころさん、だよね?三嶋准です」

 ……かっこいい人だなあ。あれ、だけど。

「なんでわざわざクラスまで来たんだろう……」

「サメちゃん!声!声に出てるって!」

 …あら。またやってしまったのね。






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