表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/25

ぼくの友達はスペックが高い

     四月九日。水曜日。


 次の日の朝。わかりやすく言うと始業式の翌日。はたまたもっと別の言い方をするなら席替えをした翌日。今日はいつもより早く登校し、学校に到着した。正確な時刻を言うなら、今は七時二十分。理由は簡単だ。昨日、吉川さんに渡された部活紹介のためのプリントを整理するためだ。


 昨日は草加さんと話したためうっかり持って帰るのを忘れたのだった。それを家に帰ってから気づいた。それを気づいたのも姉さんにボコボコにされた後だったので、取りに帰る体力が残っていなかったのだ。


 という訳で、今は三階の教室に移動するために、一階の廊下を歩いているところだった。

 上から見たら正方形の形をしている我が校は、その正方形の中心にちょこんと小さな中庭があり、どこからでもその姿が見ることができ、よく目立つ場所だ。


 そして今はまだ朝早いので、外からの運動部が出す音しか聞こえない。と、ぼくが二階の階段にさしかかろうとした時、その二階の階段から足音が聞こえてきた。二階は一年生の教室がある。だけど入学してすぐこんな時間に登校する生徒はいないだろうと推測した。

 ならば、と別の考えが頭をよぎる。吉川さんではないだろうか?もしかしたら彼女も委員の仕事があるに違いないと、そんな淡い考えが出たが、その願望はすぐに打ち消された。


「なんだ、葵か……」


 廊下を曲がり、二階の階段へ顔を出す。出てきたのは動きやすそうなスポーツウェアに、短い髪の少年だった。知っている顔だった。というかぼくにとっては親友である。親友、気恥ずかしい表現だけど期間で言うとそれくらいの付き合いはあるのでそう表現するのが無難だ。小学一年生からだから……、約十年だ。うわ、自分でも驚いた。


田村葵、葵は、“あおい”と読まれそうだけど、こいつの場合は“まもる”と読むのである。

 ぼくがため息と一緒に出した台詞に、葵はむっとした表情になった。


「なんだとはなんだ。俺はなんだで済む男じゃないぜ?」

「済むと思うよ。葵は朝練かい?」

「おう。朝はボールをひと蹴りもしないけどな」


 と笑いながら言う葵。サッカー部の彼は試合のためにいつも練習に熱心なのである。ちなみにぼくは帰宅部。なぜそんな対極の部、いや帰宅部は部なのかわからないんだけど、ぼくたちが友達かというと、単に家が近いからという理由だ。ぼくと葵はおむかいさんである。

 あと個人的には幼馴染が男でおむかいさんっていうのは別に嬉しくないです。

 美少女、もとい、吉川さんにチェンジで。


 葵はところでと言い、同時にニヤリと口角を上げて、その爽やかな顔をいやらしい顔に変えた。そして手を口元にあて、ぼくの耳に小さい声で囁いた。


「お前、あの吉川と席が隣になったらしいな~~」


 瞬間、急激に顔の温度が上がり、ずささ!と壁の方に後ずさりした。それを見た葵は、爽やかな笑い声と大きな笑みをこぼし、体をくの字に曲げて、腹を抱えた。


「顔赤くなってるーー!ハハハ!やっぱりユーは面白いな!」

「か、からかってんのか!あと声が大きいよ!」


 顔を赤くしながらも反発するぼくに、葵は腕を立てて、わりぃ、とまだ笑いが混じっているが謝ってくる。


「ま、それでも運はよかったじゃねえか」

「うん。まあ、その、たまたまだよ」

「そうか?案外、これって運命かも!とか考えてるんじゃねぇーのか?」

「か、考えてない!」


 嘘です考えてます。


「顔が赤いぞ。お前、絶対考えていただろ……」


 バレたか。


 葵は言うと、あ、と小さい声を出した。


「わり、朝練に行かなきゃ」

「おう。頑張れよ」


 たったった、とテンポよく走り去る葵。だが、その姿が見えなくなる直前、こちらを振り向いた。


「あ、そうだ。言っとくけど俺はユーの味方だからな。困ったら相談しろよ?」

「うん。ありがと」


 礼を言った。だけど喋り終わったあと、葵はすぐにまた走り出したのでぼくの声が聞こえたかどうかはわからない。そして一人取り残された階段の踊り場で、不意に溜息をついた。

 それは葵に対する感嘆のため息だったのか。それとも自分に対する卑下の気持ちが現れたのか。


 彼はサッカー部に所属していて、プレーも上手だ。それに学校の成績だって悪いわけじゃない。帰宅部のぼくと同じか、もしくはそれ以上かもしれない。それを認識すると、ついつい劣等感に襲われてしまう。こんなぼくが吉川さんに釣り合うわけがない、と。


 ぼくは、そんな想像を、まだ寒い四月の空気を大きく吸い込んで、振り払った。ダメだ。やはり吉川さんを意識すると、動悸が早くなり、思ったように考えられない。臆病になってしまっている。逃げちゃダメだ、なんて。逃げるつもりじゃないんだけど、逃げたい。

 精一杯の気持ちでぶつかって、大声を出しながら逃げたい。なんて。小恥ずかしい青春を、ぼくは妄想した。


 大丈夫、葵はいつもぼくの相談に乗ってくれている。彼はぼくの味方なんだ、絶対。いつかきっと、本当に、勇気を出して、この想いを伝えたい。今のぼくには葵がいる。


 そして昨日は草加さんがぼくの味方になってくれた。今この状況こそ大丈夫なはずなんだ。

 そう独断的に結論づけて、階段を上った。三階の教室、2─Aに到着する。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ