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ぼくのプリンと彼女のメール

 教室に取り残されたぼくは少しの間、ぼんやりとしていた。教室の中に差し込まれていた太陽の光も徐々に闇に奪われてゆく。

 能力とか、幸せ者とか、世界ランクとか国内ランクとよく理解できない。正直口先だけで、そのことはまったく信じれない。ただ勇気のないぼくに味方してくれる人が欲しかっただけだ。草加さんの言ってることは信じてないけど、吉川さんのためだ、少しくらいの嘘なら許されるだろう。

 草加さんに対する罪悪感を勝手にそう片付けて、ぼくも足早にうす暗い教室から去っていったのだった。



「ただいま」

 家に帰った者が大抵は言う言葉を言って、ぼくは玄関の扉を閉めた。リビングの方からおかえり~と間延びした声が聞こえる。母の声だ。時刻は六時。帰宅部のぼくとしてはこの時間に帰るのは遅いほうだ。母は専業主婦なので、買い物にでも行かない限り家にいる。今日は後者だったようだ。リビングの扉を開けて母を探す。ソファーに座ってテレビを見ていた。

「おかえり。ちょっと遅かったね」

「うん。委員会で吉川さんと仕事してた」

 返事をしつつ冷蔵庫へ向かう。と、うっかり名前を出してしまったことに気づいた。母に勘ぐられることはないと思うが、やっぱり学校でそういう事をうっかりしていると吉川さん本人に気持ち悪がられる。気を付けよう。

 冷蔵庫を開き、中を物色する。

「お菓子お菓子。お、プリン食べるよ~」

 中にあったプリンを取り出し、母に尋ねる。母は生返事をしていたが、きっと食べてしまっていいのだろう。上機嫌になったぼくをよそ目に、母はニュースを見ている。この町の清掃活動がどーたらこーたらなニュースだ。結論として清掃活動をしてくれ的な?

 椅子に座り、プリンを食べる。甘い。ぼくはどちらかと言うと辛い物より甘いものが好きで、プリンは好物の一つだ。ああ、カラメルが美味だ。普通にコンビニで売っているものなのにどうしてこんなに美味しいのだろう。ああ、美味しいなあ、美味しいなあ。

「幸せそうに食べるねえ」

 食べ終えると、母にそう言われた。

「そう?」

 聞き返す。すると母は笑いながら、首肯し、言った。

「うんうん。プリン一個でそんなに幸せならあんた将来心配ないね」

「人生そんなに楽じゃないんだよ、母さん」

「知ってるわよ、そんなこと。悠一より何倍も知っているんだから」

「へいへい」

 立ち上がって容器を片付ける。そのままリビングを出て、二階への階段を上り、自室に戻る。

 ベッドにどすんと腰を下ろす。ケータイを見るとメールが届いていた。見ると差出人は、『草加雛子』とあった。名前を知ったのはついさっきの事だったので、つい一瞬、誰?と訝しんでしまった。それでも別れ際に彼女が言っていた連絡が気になって印象に残っていたのですぐに思い出した。メールを開き、内容を伺う。

『こんにちは、草加です。

あなたの恋愛を援助させていただきます。これからよろしくお願い申し上げます。

さて、援助と一言で言っても何をするか分からないでしょう。ですので順を追って説明します。まず一つ目ですが──』

 そこまで読んでやっと一つ目の説明が始まるらしい。普通の人ならぱっと本題に入るはずなんだが……。こんなに長いなら放課後に全部話してもらった方がよかったかもしれない。それとも本人は話すのが苦手なのかな?ぼくはそう思わなかったけど。

 とりあえず全部に目を通さないと返信できないし。そう思って画面を下にスクロール。

『まず一つ目ですがあなたは彼女と隣の席のはずなのに、全くと言っていいほど彼女と話していません。そして声をかけられたとしても会話が全然成立していません。これでは全く彼女は幸せになりません。当たり前です。恋愛というものは、毎日会ったり、毎日話してこそ成就するものですから。

ですので、これからは積極的に彼女に話しかけましょう。……と言っても今日のあなたを見ていれば分かります。一言で言いましょう。無理ですね。

ですがそう悲観的になることもないでしょう。逆に考えればいいのです。話しかけられればいいと。

 今のあなたでは吉川さんへ話しかけられません。しかし彼女はあなたに話しかけることができます。それを利用するのです。話しかけられる雰囲気を作ればいいのです。

ボケとツッコミ、そう例えればいいでしょうか。もしあなたが奇怪な事をしていたら同じ学級委員長としての彼女は話しかけなければいけなくなるでしょう。そこを狙って吉川さんを幸せにするのです。

 まずは吉川さんと普通に話すことができる。これを目指しましょう。すいません、長文になってしまいました。二つ目からは一つ一つの課題がクリアできてから送ることにします。』

 読み終わった。……そしてなかなかぼくの心の的を射た言葉が突き刺さってきて、読んでて若干辛かった。

 しかし長かった文章を読み終わったあとに出たのは、感嘆のため息だった。正直、関心した。なるほど。逆に話しかけられればいいのか。その発想はなかった。これなら簡単に吉川さんから話しかけてくれるじゃないか!

 両手を挙げて万歳のポーズ。そのまま体の力を抜き、ベッドに横たわる。ふふふ、明日が待ち遠しいぜ。もう一度草加さんから送られてきたメール──今のぼくにとっては神の啓示に等しい──に軽く目を通す。

 そして草加さんにありがとう、と短く返信する。これだけの文量にこのたったの五文字は釣り合っているのかと考えたが、それ以上伝えるものもないということで、この五文字を返信した。

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