ぼくの最強学園生活
四月八日。火曜日。
高校二年生としての始業式が終わり、担任が「先生からのプレゼントよ~。なんと席替えをしたいと思いま~す」と言った。付け加えて、「出席番号順に並んだ生徒たちを見ると、決められたレールの上を歩いているようで嫌なのよねぇ~」とも言った。知らねえよ。
しかし、ぼくとしては好きな子と一緒のクラス、2のAになれただけでも万々歳なのに。まったく、いい担任を持ったもんだぜ。
先生が作ってきたやけに派手な箱の中をまさぐり、番号が書かれた紙を一枚取り出す。その番号と先生が指定した番号の人が同じところに座る、というシステムだ。ぼくが引いたのは十五番。
女子の方へちらりと目を走らせる。女子の方はまだ三分の一も終わっていない。こういうのはやっぱり男子の方が早いか。男子の方はもう三分の二に差し掛かっている。
席順は教卓から見て右側から番号を振り分けられている。つまり窓際に近いほど番号が小さくなってゆく。ぼくが引いた十五番は三列目三番目の席だ。ぼくは特に窓際がいいとか、黒板に近いほうがいいとかいう要求はないのだ。しかし一つだけ要求したいことがある。隣の席のことだ。隣の席、つまり右側に座る女性のことである。席番号で言うと二十一番の人。
今僕の席は教卓のすぐ目の前。
そのすぐ右側で女子がまだくじを引いている。くじを引いてはキャッキャ言い合っているからそんなに遅いのだ。
男子の方はとっくに終わっていて、女子おせーぞなどとヤジが飛んでいる。だがそんな女子側も残るところはあと一人となっていた。その最後の一人が今くじを引こうとする。
ぼくはゆっくりと目を閉じ、耳にすべての神経を注ぎ、どんな音も漏らさない状態にさせる。さて、最後の人が何番か、それを確かめようじゃないか。
一人の女子がその最後の人を呼びかける。
「何番だった~?」
「え、私?私は────」
うんうん。何番だったの?最後の人はその番号を口にしようとした。だがその瞬間、別の声が遮った。
「はーい♪女子の方も終わったね~。じゃあみんな書いてある番号の席に移動して~」
担任の声だった。彼女は話しかけてくれた友だちにバイバイと手を振りながら去っていった。おぉい!何番だったか聞けなかったじゃんか!
がやがやと騒がしいクラスメイトを気にせず、仕方なくトボトボと十五番の席、三列目三番目の席に移動する。自分でもわかるくらいムスっとした顔をしていた。 だってさあ、せっかくいち早く番号を聞くチャンスだったのに。ま、でも無理か。好きな子と隣の席になるなんてそんな運の良い事起こるわけが────
「えっと、隣、私なの。よろしくね」
ぼくの思考を唯一遮れる声が聞こえた。
見上げるとその人はそこにいた。声も出せず小さく頷くと、彼女は少し微笑み着席した。
隣の席の女子、吉川綾瀬さん。その隣の席にいる人がぼく──川島悠一──の好きな人だった。
そして不覚にも、僕の脳内では優勝パレードが行われていた。
ちらと右隣に視線を走らせる。綺麗な黒髪のロングヘアーが彼女の性格を物語っている。聡明で、律儀で、優しくて、元気で、頭が良くて。少し目尻が下がっていて、その瞳は吸い込まれるように黒く、とても大きい。意識が高い感じ。うへへ、自分で自分が気持ち悪くなってきたぜ。
時におっとりとした雰囲気を持ち、時に萌える……じゃなかった、燃えるような雰囲気を纏って行動する。ようするに面倒見がいい人なのだ。
そんな彼女は今、姿勢を正して前を向き、きっちりと、担任が結婚できない理由──要するに愚痴──を聞いていた。うっかり見蕩れすぎたのか、彼女はこちらの視線に気づいてしまった。
「ん?なに?どうかしたの、川島くん」
「いやっ、なんでもないよぉッ、気にしないで!」
声、裏返っちゃったよ。情けない。せっかく話しかけてくれたんだ。会話広げろよ、ぼく。
訝しげに見られたが、彼女はすぐに担任の方に視線を戻した。ぼくも同じように担任に顔を向ける。
「──という訳で先生は別に生徒に手を出しても気にしないことにしたの~。私、七山紀乃美をみんなよろしくね~」
逮捕されろ、変態教師。前言撤回だ。実に悪い担任を持ったもんだ。ホームルームの時間を無駄に使いやがって。自分の伝えたいことは伝えたのか、七山先生は嫌そうに教員に配布されたプリントに目を通している。すると七山先生は舌打ちして、小声だが確かに聞こえる音量で喋り始めた。
「チッ。役員は今日決めねーといけないのかよ。たりー」
そしてまたがらりと口調を変えて、大きな声で、
「は~~い、みんな聞いて~?今日は委員会の役員を決めるよー♪」
と言った。
逃げたい。このクラスから逃げたい。いや、でもこのクラスから逃げたら吉川さんと違うクラスになってしまう。そんな葛藤をすべて先生のせいにする。ぼくの先生に対する評価も知らずに、先生は話を続ける。
「という訳でまずはこのクラスの支配者を決めたいと思いまーす。はい、やりたい人は手を挙げて!はいっはい!」
手を挙げるジェスチャーをする先生。
クラスの支配者──つまり学級委員長ってことか。余計に挙手しずらい雰囲気にしてるよ、先生。みんな下を向いて、誰とも目を合わせようとしない。そりゃそうだ。誰だって狩られたくはない。先生の標的にはなりたくない。クラス全体が暗澹たる雰囲気に包まれてしまった。
──だがぼくだけは違うのだ!そう、みんなこの教師に怯えている。だけどここで手を挙げて学級委員長に立候補したらすごく格好良いじゃないか!みんなが嫌なことを率先して引き受けるんだよ!これを格好良いと言わずなんというべきか。多少のリスクを背負っても吉川さんにいいところを見せなければ。
ふふふ……これで好感度を上げてやるぜ!
「ん~~、誰もいないのぉ?それじゃあ学級委員長はあとにして──」
七山先生は人差し指を口元に当て、うーんと唸りながら言った。遅れないよう立候補せねば。
「はい!ぼくやります!」
「はい、私がします」
ん?誰かと声が重なったぞ?と思い、声の主を伺うと目があった。右隣だった。烏の濡れ羽色の瞳もぼくの顔を凝視している。心臓が止まるかと思った。が、その羞恥になんとか持ちこたえ、すぐに視線を担任に向ける。
「あら、二人共学級委員長に立候補してくれるの?ちょうどよかった。男女二人なの、これ。じゃあ学級委員長は川島悠一くんと吉川綾瀬さんに決定ね~。さ、みんな拍手~☆」
ぱちぱちぱちと乾いた音が聞こえてきて、やがてそれは救世主が現れた時のようなそれへと変わっていった。その音をバックにもう一度彼女、吉川さんの方をちらと見る。それを察してしまった彼女はぼくに微笑しながら、やわらかい声でよろしくね、と言った。
先ほど彼女が行った事は、脳内に保存されました。とぼくの脳内が業務連絡を告げる。グッジョブ、僕の脳内。
ははは。ぼくの高校生活、これからバラ色じゃないか!