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ぼくのモテライフ

「はっ!」


 ぼくたちが見ていたことに気付き、我に返る吉川さん。


「……大丈夫ですか?」


心配そうに声をかける草加さん。


「あ、ごめっ、っぷ、ふふふふふ……」


 草加さんの顔を見て、思い出し笑いしそうになっている。


「はー面白かった。草加さんって面白い人なんだね」

「……褒められるほど立派なものではありません」


 呟くようにして、答える草加さん。


「ふふ」


 今度は大笑いせず、微笑で返す吉川さん。そのある種妖艶さも兼ね備えた微笑を向けながら席に着く。

 となり、である。彼女──吉川綾瀬さん──はゆっくりとぼくのとなりの机に座った。

 どくんと胸が揺れ、動揺を意識する。


「わっ」


 その鼓動が外にも漏れていると錯覚してしまい、その音を遠ざけようと彼女から大げさに遠ざかってしまった。

 ガタガタと椅子の音が教室内に響く。


「………………」


 吉川さんが唖然とし、草加さんは顔に手を当てる。

 教室は静寂に支配されてしまった。不運にも、クラスの支配者であるぼくによって。


「え、えーと……。嫌われているのかな?」


 苦笑いする吉川さん。どうしよう、これ完璧に誤解されたよ。


「ち、ちがっ。そーゆーやつじゃなくて……」


 何をどう説明をすればいいのだろうか。まさかここであなたのことが好きだからです、と言えるわけがない。そんな事しても結果は見えている。破滅の二文字が訪れるだけだ。

 体が自然と震え、仰け反る。しかし仰け反りすぎてしまった。吉川さんの方へ体を向けていたため、後ろには背もたれなどなく、結果的に、椅子から転げ落ちてしまう。


「いてて……」


 背中を強打した。優しくさすりながら呻く。


「だ、大丈夫?」


 上からかけられた声を元に見上げると、吉川さんが心配そうにこちらを見てくれていた。

 ああ、なんと慈悲深い人なのだろう。


「だ、大丈夫です……。ん?」


 すっと上から手を差し伸べられた。


「え?」

「ほら、手」


 促すようにして、手を少し伸ばす。


「え、あ、どうも……」


 誘導されるように伸ばされた手をおそるおそる手に取る。雪のように白いがほのかに暖かい手。掴んでも、柔らかくて上手に掴めずにいると、優しくぼくの手を握ってくれた。


「どういたしまして」


 そして微笑。


「ふふ、川島くんも面白い人なんだね」


 言われ、少し照れる。いや、かなり照れる。


「い、いやっ。そっ、それにしても。よ、吉川さんも今日は早いんだねっ」


その褒め言葉に耐えられなくて、話題を転換する。


「うん。今日は部活紹介のプリントを整理したくて」


 あ、そうなの?だったらもう少し階段のところで待っていれば本当に会えたかもしれないのか。と心の中で呟く。

 まあ、ぼくもプリントを整理したくて早く学校に来たわけだし、吉川さんも早く来ていると推測できないこともなかった訳か。

 川島くんは?とぼくを見ながら尋ねる吉川さんに、ブンブンと過剰に首を縦に振る。


「そっか、じゃあ早速始めようよ」


 と言いながら鞄から例のプリントを出し始めている。ぼくもそれに倣い、プリントを出す。

 整理する内容は、各部活動から提出された部活紹介で行うことについての内容をチェックすることだ。

 黙々と作業を進める。


「なんか」


すると黙ってそれを眺めていた草加さんがおもむろに切り出した。


「川島さんがモテているみたいで面白いですね」

「ぷっ」


 吉川さんが吹き出した。

 振り返ってみると話を切り出した彼女は、いやらしい笑みを浮かべてこちらを観察していた。


「そうだね~、川島くん、モテモテだね~」


 吉川さんが便乗して、ぼくを茶化す。


「え、あ、確かにそうだね。ハハハ~」


 それに対してぎこちなく応える。好きな子に茶化されるというのは、幾分心に応えるものだと初めて知ったよ。実際モテモテだったらどんなにいいことか。


「ほんと、草加さんって面白い人だね」


 さっき言った台詞を吉川さんはまた繰り返した。それに対して軽く会釈だけですませる草加さん。うーん、こうしてみると対極的な二人だなあ。

 黙々と作業だけを進める時間がどれほど経っただろうか。長い気もしたし、短い気もした。その作業が一段落終わった時だった。


「あっ、チヨ、おはよー」


 明るい朝の挨拶が聞こえた。見ると、吉川さんが扉付近にいる友達に手を振っていた。その友達はどこか見覚えがあった。多分、クラスメイトなんだろう。

 立って、向こうへ行こうとする吉川さん。しかし、作業が全部終わってないことを負い目に、ぼくのほうをちらりと見た。


「ぼくはいいよ。なんだったら吉川さんの分もやっておくよ」

「そう?ごめんね。私、図書室に行かなきゃいけないから」


 そう言って、友達と一緒に教室をでる。言葉通り、図書室へ向かうのだろう。

 数秒間、沈黙が訪れる。


「……はあーーーーーーーっ!」

 

一気に溜め込んでいたものを吐き出した。


「緊張してましたか?」


 草加さんが不敵な笑みを浮かべながら言った。


「当たり前でしょ、となりだよ。すごい緊張したよ~」

「緊張、してたんですか?」


 その意味が測りかねていないかのような物言いだった。それだとまるで、ぼくが緊張していないみたいじゃないか。


「してたって。本当に」

「そうですかね?私にはそう見えませんでしたが……」


 言いつつ訝しげな視線を送ってくる。続けて、


「私から見ると、川島さん、あなたは本当に緊張しているようには見えませんでした。会話も十分成り立ってましたし、ほら」


 彼女が右ポケットをごそごそと漁る。三秒後、何かの機械が出てきた。小型の直方体だ。そして一つのボタンを押す。


『そうだね~、川島くん、モテモテだね~』

『え、あ、確かにそうだね。ハハハ~』


 聞こえてきたのは吉川さんの声。めっちゃ綺麗な声である。そして次に聞こえてきたのは雑音。うん、いらないやつも混じってたね。


「え~と、録音してたの?」


 僕が問いかけると、首肯する草加さん。


「うーん。わかったよ。確かに緊張してないね」

「でしょう?」


 満足げに頷く草加さん。


「それで草加さん。いや、草加雛子様」

「なんです?藪から棒に」

「それ譲っていただけないでしょうか?」

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「…………だめ?」

「キモイです」


 変節漢を侮蔑するような目で見ていた。どこにっ!どこにそんな変態がいるんだ!


「いや違うんだ!これは会話を何度も再生させることで、それはまるで恋愛シュミレーションゲームのように好感度を上げるためなんだっ!」


 ぽちっと草加さんが再度直方体のボタンを押す。


『いや違うんだ!これは会話を何度も再生させることで、それはまるで恋愛シュミレーションゲームのように好感度を上げるためなんだっ!』


 そしてまたボタンを押す。


『好感度を上げるためなんだっ!』


 何度も聞こえてくる雑音に等しい音。うわぁ、聴いてるだけで生きるの辛くなってくるわ。なんかもう魔法の言葉って域に達している気がする。


「……これを渡すと彼女のプライバシーが危ないのでやめておきましょう」


 ポケットにそれを収める草加さん。そして、それはともかく、と言って、


「課題はクリアできたと思います。その一、話しかけられる。これだけできれば十分でしょう。継続は力なりです。これからも頑張ってくださいね」

「えっ、これずっと続けなきゃいけないの?」

「はい」

「無理無理無理無理ッ!恥ずかしいって!」


 これから毎日恥ずかしい思いをするために学校に行くと思うと、気が重くなってくる。つーかそのうち本人にバレちゃうんじゃないの?


「でもよかったじゃないですか。面白い人だって、彼女褒めてましたよ?」

「いや~、それは確かにそうだけど~。でへへ~」


 なんかまた変な目線が送られてきたけど気のせいだろう。誰だって褒められたら嬉しいもの。

 変な視線が止んだころ、草加さんはこほん、と咳払いした。


「それでは一つ目もクリアできましたし、次の課題を発表します」

「よっ!待ってました!」


 僕がぱちぱちと適当に拍手すると、


「みんなーっ、ありがとー!」


 なんか乗っかってきた草加さんだった。直後、顔を真っ赤にする。うん、そんな顔するんだったらやめとけばいいのに。なんだこの茶番は。


「それでは発表します。二つ目は──」

「おーっす、川島」


 草加さんが発表する瞬間、クラスメイトが入ってきた。瞬間、草加さんは打って変わって、いつもの冷えた感じの態度になっていた。……こりゃ猫かぶってますわ。

 ごそごそと鞄を漁り、文庫本を取り出す。その文庫本で顔を覆い隠し、小声で、確かに聞き取れる音量でぼくに囁いた。

「詳細は後日」、と。

 その詳細とはなんだろう?と、人口密度が増えてくる教室内でぼくはそれを考えていた。

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