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満員電車、魔法少女ふたり

作者: 文月純

 中学生になってから、自己紹介の時にすごく悩むようになってしまった。

 ななみ、という名前がイヤだからというわけじゃない。むしろ好きなくらい。

 ただ、「私は魔法少女です」と言えないのが、むつかしい。恥ずかしいからじゃない。誰も信じるわけないからだ。せめてあのアニメの魔法少女が実在していれば、「あの子みたいなことやってます」で簡単に自己紹介できるんだけども。

 だけど、私はたしかに魔法少女で、それも魔法少女四年目だ。しかもプロ認定つきの魔法少女。自分の使命っぽいものは終わって、今は他の魔法少女のお手伝いをしている。つい一週間前も、さつきちゃんという新人魔法少女のサポートとして、モンスターを倒す手伝いをしていた。ほとんど私が倒しちゃったけども。

 ちなみに、プロの魔法少女はお金がもらえる。仕事が成功すると、えらいところがお給料をくれるのだ。そういうわけで、私は月にだいたい五万円くらいは稼いでいる。立派な職業だ。

 けど、魔法少女だからといって学校に行かなくてもいいわけじゃない。魔法少女は職業だけど、兼業が前提なのだ。

 十一歳から魔法少女をやっているけど、勉強は要領よくこなして、ごく普通の小学生として過ごしていた。中学校にも順調に上がり、ごく普通の中学生として過ごしている。そして、ごく普通に高校に進学するつもりだ。できれば、部活も始めたい。吹奏楽部とかいいかも。


 今日も、ごく普通に中学生として帰宅している。

 私が通う中学校は、泉橋駅にある。泉橋駅には、各停しか止まらない。私の住む有田駅からは五駅離れている。だいたい二〇分くらいは、行きも帰りも各駅停車にゆったりとゆられている。

 ラッキーなことに、泉橋駅には特徴がない。隣の朱鷺神宮駅には朱鷺神宮があるけど、ここにはなにもない。止まる電車は空いている。ほぼ確実に座れる。

 今日もいつも通り、二両目の真ん中の席に落ち着いた。

 どっしりと座って、あたりを見回す。

紙袋を抱えたおばあさん。分厚い本を読んでいるおじさん。和気あいあいと話している学ランの男子たち。そして向かいの席に、首をこっくりこっくりさせているお兄さん。腕を組みながら頭をうなだれていると、なにか深く悩んでいるようにも見える。ヘッドホンからかすかにポップな音楽が漏れる。

席に寝転がっても文句を言われなさそうなくらい、電車の中は空いている。

 カバンからマンガを取り出して読み始める。さっき買ったばかりの最新巻だ。

 ちなみに二〇分あれば、けっこう読める。半分くらいは読める。おかげでマンガを買うペースが増えるのなんのって。


《次はー、朱鷺神宮ー、朱鷺神宮、お出口はー、右側です》

 ちょうど一話分を読み終えると、朱鷺神宮駅に着いた。

 ゆっくりと電車が止まる。朱鷺神宮の案内看板が、窓ごしに見える。私が幼稚園ぐらいのころからある看板だ。ちょっとハゲかけてる。

 いつも通りの光景、のはずだった。

 ホームにはスーパーのセールみたいな行列ができていた。

 自動ドアが開く。郊外一直線の電車に、人が雪崩のように入ってきた。

 多いどころじゃない。満員だ。通勤ラッシュだ。

 近くでライブかなにかでもあったのかな? とにかく、この時間に車内がいっぱいになるのははじめて見た。

 そんな中、雪崩の先陣を切って、猫のように席を確保している女の子が目にとまった。

 見たことのある制服だ。たしか、朱鷺神宮の近くにある、けっこう偏差値のいい学校だったはず。それも中高一貫。私なんかじゃ、試験に受かりそうもないところだ。

 ちっちゃくて、猫は猫でも仔猫みたいな女の子。黒髪は二つ結びで、なんだか小学生にも見えてくる。

 ……あれ、どこかで見たことあるような気が。

 私のちょうど反対側に座ったその子が、ふと顔を上げる。くりんとした瞳が、こちらの視線と鉢合わせした。

「あっ」

 仔猫のような女の子が、こちらに気づいたようだ。鈴が鳴るような、透き通った声。

 ……見覚えがあって当然だ。つい一週間前に手伝った、新人魔法少女のさつきちゃんだった。

 そうだ。この子、朱鷺神宮駅で乗り降りしているんだった。一週間前に聞いたばっかりだ。

 さつきちゃんがぎこちなく会釈する。どうやら、私のことをおぼえていてくれたようだ。思わずうれしくなって、にやけながら手を振ってしまった。

 せっかくだから、隣に座っておしゃべりしよう。

 そう思った直後、私の前に人が一人立った。その人の隣にも一人、また一人と立つ。あっという間に、私とさつきちゃんの間にある通路が人でいっぱいになる。

 身動きができない。それしか考えられなかった。

 満員電車のドアが閉まり、車両が少しずつ動き始める。人混みの向こうに、ちょっとだけ背伸びしているさつきちゃんが見えた。

 よわった。これじゃ、なにも話さないまま有田駅まで一直線だ。

 いっそ電話してみようか。めっちゃ迷惑だけど、このままだとなんか気まずい。

 いや、待った。わざわざ電話なんかしなくても、もっと便利なものが……

 私はスマホを取り出して、LINEのアイコンをタッチした。「友だち」のスペースに、「さつき」という名前があった。


[ななみ:やっほー]

 魔法少女にとって、情報はとても大事なものだ。魔法少女同士で情報交換をするのは、もう基本中の基本。はじめて会った魔法少女とは、メアドや電話番号だけじゃなくて、ツイッターやLINEのアカウントも教えあう。

 そしてさつきちゃんとも、一週間前にLINEで「友だち」になっていた。

 辛うじて見えるさつきちゃんは、おどろいたようにスマホの画面をのぞいている。少し時間を置いて返事がきた。

[さつき:こんにちは!]

 よし、まずはあいさつ成功。しかし、ここからどうしよう。実はなにを話そうかあまり考えてなかった。

[ななみ:偶然だね]

[さつき:そうですね~]

 とりあえずそう言ってみたけど、無難な返事しかこない。なにか話題があればいいのに。

 ……そういえば、一週間前に話を聞いた時、たしか山元駅で降りるって言っていた。だけど、朱鷺神宮からなら各停より準急に乗った方が、圧倒的に早いはず。

[ななみ:そういや、山元まで各停でいくの?]

 率直な疑問をぶつけてみる。率直すぎて、私が男だったら怪しまれそうだ。

[さつき:いつもは準急に乗ってます]

[さつき:今日はつつじ坂により道しようかなって思ったんです]

 テンポよくふたつのメッセージが送られてきた。つつじ坂は、朱鷺神宮から三つ先にある駅で、名前のとおりつつじの名所があるところだ。私も行ったことがある。

[ななみ:あそこきれいだよねー]

[さつき:はい! 今が見頃だと思いまして!]

 その近くにある小学校に通ってたんだよ、と言おうとしたら、今度は向こうから質問が飛んできた。

[さつき:ななみさんは有田駅でしたっけ?]

[ななみ:そうだよー]

[さつき:実は気になってるお店があって…]

[ななみ:もしかして高町珈琲?]

[さつき:そうです! なんでわかったんですか?]

[ななみ:あそこぐらいしか雑誌にのらないからね(笑)]

 徐々に会話がのってきた。気が付くと、朱鷺神宮から一駅進んでいた。だけど、人はほとんど降りない。

 この様子だと、つつじ坂も同じような気がする。もしダメなら、有田駅で降りてから各停で戻ればいいけども。

 再び電車が動き出す。一瞬だけ見えたさつきちゃんが、突然あらたまったような顔になって、またスマホの画面に視線を戻した。しばらくすると、新しいメッセージが表示された。

[さつき:先週は、本当にありがとうございました]

[さつき:とても強くて、本当にたすかりました!]

 そして、両目を輝かせているウサギのスタンプが送られてきた。お礼を言われることはよくあるけど、いまだに慣れない。首筋がなんだかむずむずしてくる。

[ななみ:いやいや。私みたいなプロなら、みんなあんな感じだよ]

 照れ隠しにそう返事をしたところで、大事なことを言い忘れてたことに気づいた。

[さつき:そういえばプロの魔法少女ってどういうものなんですか?]

 先週は「プロです」と自己紹介しただけで、詳しいことはなにも話していなかった。というのも話すと長いので、はしょることが多いからだ。

[ななみ:さつきちゃんが封印してるバケモノいるじゃん。名前なんだっけ]

[さつき:ミラージュです]

[ななみ:そのミラージュみたいなやつらを全部封印し終えたってこと]

[さつき:すごい]

 新米から見たらたしかにそう思うけども、全国に千人ちかくいるらしいから、そんなにめずらしくはない。

[ななみ:そうすると、魔法少女ってプロ認定されるの]

[さつき:どこが認定するんですか?]

[ななみ:えらーいところ]

 その組織の名前は別に教えてもいいんだけど、知ったところで役に立つわけじゃないので、あえて教えない。

[ななみ:で、そういうプロの魔法少女は、他の魔法少女のお手伝いをするの。お金ももらえるしね]

 そのメッセージを送ると、反対側の席から「えっ」という声が聞こえてきた。

 しまった。なりたての魔法少女にお金がらみの話をするのは、あんまりよくないんだった。

 とっさに、「お小遣い程度だけどね(笑)」と補足して、さらにとぼけるような顔をしたスタンプを送った。すこし時間をあけて、さつきちゃんのアカウントが予想通りの不安を漏らした。

[さつき:お金がほしくて魔法少女やってる人もいるんですか…?]

 気が付くと、電車はつつじ坂駅のひとつ手前の駅を出発していた。相変わらず人がいっぱいで、さつきちゃんがどんな顔をしているかわからない。

 だけど、かつて同じことを教えられた私は、すごく動揺したおぼえがある。半月ぐらいは変身をためらったぐらい。

 「そんなことないよ」と入力して、削除ボタンを長押しする。そんなことは誰にでも言える。

 一分くらい時間をかけて、私は新米魔法少女の疑問に答えた。正直に。

[ななみ:うん。本当にお金に困って魔法少女を続けている人もなかにはいるんだよね…]

 きれいごとだけで変身できるほど、世間は甘くはない。それが、私が四年間も魔法少女をやって、見てきた真実だ。そして、それは魔法少女になった時点で、考え続けなければいけないことなのかもしれない。

 画面から顔を上げる。人がちょっとだけ横に動いて、仔猫のような制服姿が見えた。ついこの前まで小学生だった女の子。その顔は、年齢に釣り合わないものを必死に受け止めるように、こわばっていた。

 私も、あんな感じだったのかもしれない。だけど、今の私はただ教えられる側じゃない。

[ななみ:だけど、大切なものを守りたいって思いがなかったら、魔法少女ってやってられなくない?]

 あの時の不安を少しでも和らげてあげる側に、今は立っている。

 さつきちゃんが、ハッとしたような表情を浮かべて、私の方を見る。気さくに笑ってみせると、不安で固まっていた顔が、どんどんほころんでいく。

[さつき:そうですよね! わたしもそう思います!]

 一週間ぶりに、満面の笑みを見ることができた。


《次はー、つつじ坂ー、つつじ坂、お出口はー、右側です》

 二分ぐらいして、電車はさつきちゃんの目的地に着いた。

 だけど、人はやっぱり降りない。その気になればいけそうだけど、あの小さい体じゃかきわけるのも大変だと思う。

[さつき:ちょっと今日は無理っぽいですね]

[ななみ:有田駅からUターンするって手もあるよん]

[さつき:あっ、それアリですね]

 有田駅は大きな駅だから、多くの人が降りる。なんなら私が案内してもいいのだ。

 車内にほとんど動きがないまま、ドアが閉まっていき、

「あっ!」

 突然、向かいのさつきちゃんが大きな声を上げた。

 隣の人が、妙な顔をしてのぞいている。だけど、それすらさつきちゃんは気づいていない。

 驚いた顔で固まったまま、真正面を見つめている。ちょうど、私の方を見ている。なにか変なことしたかな?

 ――背筋に悪寒のようなものが走った。

 とっさに後ろをふり返る。

 窓の向こうに、見慣れない、けど先週見たばかりの姿。

 ぼんやりとした白い光が、犬のように形を為しているそれは、さっきも話題に上がった「ミラージュ」というバケモノだった。

 電車がゆっくり動き出す。犬のようなミラージュは、まるで見送りを終えたかのように、ホームから飛び去っていった。

[ななみ:今のもしかしてミラージュ?]

 再びLINEに目を移し、対岸の魔法少女に質問した。

[さつき:そうです。しかもけっこう強い子かも…]

 さつきちゃんが再びこわばった表情になる。顔がせわしなく動き、様々なところへ視線を飛ばしている。

 私もふりかえって様子をうかがう。すると、ミラージュは家の屋根を伝い、まるで並走するように動いていた。しかし、しばらくすると真っ白な体は屋根から降り、住宅地の中に姿を消した。

 このあたりは、私もある程度は知っている場所だ。

[さつき:消えましたね…]

[ななみ:あのあたりは有田駅から十分ぐらいで行けるよ]

[さつき:わかりますか?]

[ななみ:まかせて!]

 頼ってください、くらいの意気込みでメッセージを送る。しかし、さつきちゃんの顔から緊張の色は抜けない。

 自分が追っている敵で、しかも強敵らしいときた。同じ立場なら、私だって緊張するに決まってる。

《次はー、有田―、有田、お出口はー、左側です》

 車内にアナウンスが響き、おもむろにいろんな人々がガサゴソと動き始める。やっぱみんなここで降りるみたいだ。

 たぶんあと三十秒くらいで着く。だけど、なんとかその間に、さつきちゃんの緊張をほぐせないだろうか。

 ……そういやこの子、有田駅についてなにか話していたような。

 LINEを閉じて、かわりにブラウザを起動する。そして私は、ある店名で検索をかけた。


 有田駅に着き、ドアが開くと同時に、満員の人々が一斉に動き始めた。

 入る時も雪崩みたいだったけど、固まっていたものがいきなり動き出す様子を見ると、出る方がよっぽど雪崩っぽい。

 強引に席から立ち上がった私は、押し合いへし合い、一歩ずつ進んでいく。さつきちゃんも同じように、小さな体を懸命に動かしながら、前へ、前へ進んでいく。

 まわりにいる人も同じように進もうとするので、さつきちゃんと合流しようとしても、距離がどんどん広がっていく。

 だったら。

 私は思い切って、流れを横切るように右腕を伸ばす。大学生ぐらいの男の人が、思いっ切り嫌な顔。一瞬だけです。ごめんなさい。

 それに気づいたのか、さつきちゃんも右手を差し出してきた。ちょっと強引につかんで、そのまま流れに乗るように電車の外へ脱出した。

「……ぷはぁ!」

 思わず大きく息を吐く。有田駅のホームは空気が新鮮だった。あの電車にあと一時間乗っていたら、きっと酸欠で死んでいたにちがいない。

 人の流れが通らない、ホームの真ん中に私たちは陣取る。さつきちゃんも、肩で大きく息をしている。

「……あの、ここ降りるの、はじめてで……」

 しばらくして、さつきちゃんが口を開く。

 きょろきょろとあたりを見回す彼女に、私は黙ってスマホの画面を見せた。

 地図でも見せるつもりだと思ったのか、画面を見たさつきちゃんは、意外そうに「えっ?」と声を上げた。

 だけど私は構わず、笑いながら画面に映るホットケーキを指差した。

「終わったらさ、ここ行こうよ!」

 でかでかと映る「高町珈琲」という店名。

 さつきちゃんの顔が、少しずつ、全身で息をしながら、満面の笑顔に変わっていく。

「はいっ!」

 元気よく返事をした彼女といっしょに、私は階段を駆け下りる。

二人分の靴音が、高らかに響いた気がした。

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