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    美魅伽、決意する二

「お化粧品に米に砂糖に塩、干肉、魚の干物……」

「ついでにこれも頼む」

 宿屋の入り口で銀狐が買う物を反芻していると、紫織が和紙に包んであるものを出した。銀狐はそれを受け取って中を確かめると、見事な銀鏡が出てきた。

「これはすごいですね。でも、傷だらけだ……」

「それは妖力を封ずる銀鏡だ。どこぞの吸血鬼が悪戯ばかりするので仕置きをしてやったら、そんなに傷ついてしまった。まったく迷惑な事だ」

「わかりました。これを磨いてもらえばいいのですね」

 紫織は頷いて、懐から銭の包みを取り出して銀狐に渡す。

「三両、二分と五朱、後は朱銀が一〇枚入っている。それだけあれば足りるだろう」

「はい、確かに受け取りました。姉上様はもう合議にお出かけになるのですか?」

「うむ、長引くかも知れぬ。お前たちはゆっくり息抜きをするがよかろう」

「美魅伽は書院に行くんですよね」

「うん、白羅さんに頼まれた事があるんだ」

「では、わたしは一足先に買い物に行くとしましょう」

 三人は宿屋の前で別れ、それぞれの用事を足しに出かけた。

 紫織が向かったのは高志館と呼ばれる寄合の為に作られた、人間の世界で言えば国会議事堂のような建物だった。広い畳の部屋に、獣人の各種族の長たち数十人が、円になって座布団の上に座る。前には小机と討議の内容を記すための紙が用意してあり、筆記用具は持参である。

 紫織が席に着くと、それを待っていたかのように隣に若い娘が座った。彼女の頭部には独特の丸くて小さな耳があり、さらりと腰まで流れる髪はプラチナ色、純白のチャイナドレスの上からふくよかな肢体が露で、一つ一つの動作も何となく艶かしい。後ろに垂れる白い尻尾は、フェレットのように細く長かった。そして娘は、意味もなくにこにこ笑顔を浮かべている。

「紫織様、おはようございます」

「久しいな、李音」

 娘の名は秋連李音(しゅうれんりおん)と言い、十八歳という若年で獣人四季の一人になった鼬族(ゆうぞく)の長だった。李音は、紫織の耳に口を近づけ、熱い吐息を優しく吹きかけながら言った。

「あの、小筆と墨を貸して頂けませんか」

 柔らかな声の端々に、男を震わすような媚びた響きがある。別にいやらしい娘という訳ではない。李音はこれが自然体なのだ。

 紫織は耳に障る吐息と李音の言ったことの二つに対して顔をしかめた。

「お前は、また忘れたのか……」

「はい、また忘れてしまいました」

「ばか者! お前は事あるごとに何か忘れているではないか! 四季の一人になったのだから物忘れくらい治せ!」

「紫織様、そんなに怒らないで下さい……」

「仕方がない、貸してやろう。次は忘れるな」

「はい、善処いたしますわ」

「お前の善処ほど当てにならぬものはない」

「紫織様ったら、酷いです……」

 紫織は李音が半べそをかいているのを無視して、周りの様子を見た。もうほとんどの席に族長たちが座っていた。その中には春来芙蓉の姿もあった。四季の面々以外は、五十歳を超える年配者だ。誰もがそれなりの威厳と風格を備えていた。

 議題は半年後に開催される戦姫闘舞に関する事だった。合議が始まると、族長の一人が言った。

「まったく吸血鬼(バンパイア)姫の我侭には困ったものだ。百年以上も獣人だけで催してきた戦姫闘舞に他の妖魔も加えろとは……」

「それだけではありません。種族によっては試合を夜にしろなどと、まったく無茶苦茶ですな」

「夜の吸血鬼に勝てる妖魔などいるはずもない……」

「西の獣人たちにも腕達者な者が多いと聞きますぞ」

「しかもこの問題には慈愛の女王様や吸血鬼女王(バンパイアクイーン)まで一枚噛んでいるという話です」

 族長たちは好き勝手に話を盛り上げていく。紫織たちは一言も意見を言わずに、じっと様子を伺っていた。問題は吸血鬼女王の娘が戦姫闘舞に出たいと言ったことから始まった。今までは東幻の獣人だけで行われてきた武道大会なので、獣人の族長たちは殆どが反対だったが、妖魔たちの指導者的存在である慈愛の女王が、獣人以外の妖魔が出てもいいのではないかと言ったのだ。それが大揉め原因と言える。この慈愛の女王は、あらゆる妖魔の信頼を得ていて、この人の意見を無視する訳にはいかないのである。

「紫織様はどうしたら良いと思いますか」

 散々意見を出し合った後に、族長の一人が紫織に話を振った。紫織は目を閉じてしばらく考えた後に答えた。

「李音、お前の意見を正直に言ってみろ」

「はあ、正直にですか」

「そうだ、正直に包み隠さずな」

 李音は咳払いをすると言った。

「わたくしは、他の妖魔が戦姫闘舞に出るのは賛成です。と言うよりも、全ての妖魔に出場権があってしかるべきと思うのですけど……」

 李音が賛成と言った瞬間から空気が変わった。年を重ねた族長たちは李音を睨んだ。

「何を言うか小娘が!」

「まったく、何も分かっておらん!」

等々、可哀想に李音は口々に罵声を浴びせられた。李音は助けを求めるように紫織を見たが、紫織は目を閉じてじっと動かない。その時に紫織の心は決まっていた。

「こうなっては、紫織様に慈愛の女王様と吸血鬼女王を説得して頂くより他に手はありますまい」

 誰かが言うと、場がしんと静まり返った。紫織が目を開けると、さらに他の誰かが言った。

「あの方々と対等に話ができるのは、あなた様以外にはおりませんからな」

「いいでしょう、わたしが使者になりましょう」

 一気に場の空気が弛緩して、戦姫闘舞の問題はそれで解決ということになった。それから各種族の諸問題などを話し合い、かなり長い時間をへて合議は終了した。

 紫織と李音は一緒に高志館を出た。李音は頬を膨らませて怒っていた。

「紫織様ったら酷いですわ。わたしを噛ませ犬にしましたね」

「悪かったな。お前はわたしと同じ考えだと分かっていたから、他の族長たちの反応を見たかったのだ」

「なぜご自分で仰らなかったのです?」

「わたしがお前と同じ事を言っても皆、閉口するだけさ。誰も正直な意見など言わなかっただろう」

「……さすがは紫織様、考える事が深いですわ。でもやっぱり酷いです」

「わかったわかった。お詫びに何か馳走しよう」

「あら、そういうことなら許します」

「げんきんな奴め……」


 銀狐は頼まれた物を求めて町を歩いていた。様々な獣人たちが行き交い、商人たちが客を呼び込む声と雑踏が町中に強い活気を与える。

 銀狐が物見胡散していると、前から格闘家らしい狼族の男三人が歩いてくる。屈強な男たちで、露になった二の腕は筋肉が瘤になっていて、背の高さも三人とも二メートル近くある。銀狐の耳に、男たちの話がよく聞こえてきた。

「何だって四季長が女狐なんだ」

「ああ、どれだけのものかはしらんが、女に何が出来るのか」

「ふん、それに俺は妖狐って奴が大嫌いなんだ。狡猾で策ばかり弄するいけ好かない連中だぜ」

「時冬紫織はそいつらの頭っつうんだから、ろくなもんじゃねぇ」

「東幻の行く末が心配だぜ」

「ちげぇねぇ」

 男たちは下品に笑いながら歩いていく。銀狐は男たちと擦違うと、立ち止まった。

「お待ち下さい、そこのお三方」

 男たちが振り向くと、銀狐はその前まで歩いてきて言った。

「時冬紫織は我々の長です。それをあのように嘲弄するとは聞き捨てなりません」

「なんだぁ?」

「紫織様はあなた方が言うような方ではありません。四季長に相応しい人格と実力を持ったお方です。あなた方の先ほどの言葉を撤回して下さい」

「妖狐の餓鬼、さっさと消えないとぶん殴るぞ」

「わたしは、あなた方が先ほどの失礼極まりない言葉を取り消すまで下がりません」

 銀狐が言った瞬間だった。ごつごつした硬いものが銀狐の頬を打ち、小柄な体が横に飛ばされた。男の一人が銀狐を殴り倒したのだった。

「ううっ……」

 銀狐は少し呻いて立ち上がり、男たちの前に再び立つ。そして、頬を腫らした顔で毅然と狼人たちを見上げた。

「取り消して下さい!」

「こいつ!」


 美魅伽は書院の近くを歩いていた。東幻にずっと住んでいたので、町の様子はだいたい分かっている。

「あった、ここだ」

 蔵にも似た大きな建物が、口を開けて美魅伽の前に建っていた。美魅伽は中に入ると、受付にいる男に話しかけた。

「あの~、あなたが蒼志さんですか?」

「ああ、そうだが、何か用かな」

「これを返しにきました。白羅さんは貴方に渡せば分かるって言ってたけど」

 蒼志は美魅伽から本を受け取ると、納得したように頷いた。

「これは白羅が借りていた本だ。君は白羅の知り合いかい?」

「うん、まぁ」

 話をしているうちに、美魅伽は蒼志が誰かに似ていると思い始めていた。蒼志は三十代の美男で、銀色の長髪がいかにも色男という感じを出していて、力強く立った耳や、ふさふさした銀色の尻尾から、狼族だと知れた。美魅伽はよくよく蒼志の顔を見て、ぴんと思い至った。

「俺の顔に何かついているかね?」

「ん~、分かった。おじさん、白羅さんに似てるんだ」

「そりゃそうさ、白羅は俺の娘だ」

「ええっ!? あんなに大きい娘さんがいるようには見えないよ」

「こう見えてももう三十六になる」

「ふえ~」

「そういう君は、芙蓉のお嬢さんじゃないのかね?」

 思わぬところで母の名前が出てきたので、美魅伽はどぎまぎした。家出をしている手前、あまり母の話をしたくなかった。美魅伽の困っている様子を見て、蒼志はおおよそを察した。

「何も隠すことはないさ、君は春来美魅伽だろう、芙蓉の若い頃にそっくりだよ」

「お母様を知ってるんですか……」

美魅伽は俯きながら、か細い声音で言った。蒼志は腕を組んで、何かを見極めるように美魅伽を見つめた。

「何故そう縮こまる、片腕がないからかね?」

 それは美魅伽の心にざっくりと突き刺さる一言だった。体が硬直して、思わず左手で腕のない右の肩を押える。

「何を恥じる必要がある」

 蒼志の静かだが叱るような声を聞き、美魅伽ははっとなって顔を上げた。蒼志は美魅伽と目が合うと、厳しい顔が崩れて穏やかになった。

「五体満足じゃない事がそんなに気になるのかね」

「そりゃ、気になるよぉ……」

「そんな事を気にするのは、人生の本質を理解していないからさ。物事は一箇所から見るのではなく、もっと様々な方向から考えなくてはいけない」

「?」

 美魅伽には蒼志が何を言わんとしているのかさっぱり分からない。蒼志だって、美魅伽がこれだけで理解するとは思っていなかった。

「人生で最も重要な事は、己の成すべき事を見極める事だ。それに比べれば、五体満足でない事など取るに足らないさ」

「あなたには分からないよ、右腕のないわたしの気持ちなんて……」

「それは分からないね。だが、人生についてはわたしの方が君よりも少しは分かっていると思う」

 美魅伽は迷子の子供のように不安げな顔を蒼志に向けた。

「右腕がないからって、そうやっていじいじしていても仕方がないさ。自分が何をするべきか真剣に考えるんだ。最も恥ずべきは腕がない事ではない、成すべき事を見つけようとしない事だ」

「あたしが成すべき事……」

「急に見つかるものでもないがね。だが、それを見つける事ができた者は光り輝く事が出来る。例え手足がなかろうが、目が見えなかろうが、誰よりも強く輝けるのだ」

 美魅伽の心の奥底にある扉の一つが次第に開いていく。確かなものではないが、一条の希望が美魅伽の中に芽生えた。蒼志はさらに言った。

「どんな物事にも何がしかの意味があるものだ。美魅伽が右腕を失ったのは、もっともっと強く輝くためかも知れない。そうさ、春来美魅伽の人生は片腕を失った瞬間から始まったのだ!」

 蒼志の言ったことは、どんな慰めの言葉よりも美魅伽の心を強く打った。なんとも言い難い昂揚に、美魅伽の瞳に涙が滲む。

「少しは分かってくれたかね」

 蒼志は側に立てかけてあった松葉杖を取って立ち上がった。それまで美魅伽は松葉杖があった事など気づかなかった。蒼志は受付の置き机から離れて、美魅伽の前に立った。

「あっ!?」

 美魅伽は蒼志の姿をみて思わず驚嘆した。

「どうだい、俺は五体満足の者よりも劣って見えるかい?」

 松葉杖を付く蒼志は、右足の太ももから下がそっくりなかった。だが、蒼志の姿は威風堂々としていて、青い瞳には英知を感じる深い光に溢れている。その姿は美魅伽が見たどんな獣人よりも輝いていた。

 美魅伽は久しぶりに心の奥底から喜ぶ本当の笑顔を見せた。

「蒼志様、ありがとうございます。あたし頑張ります!」

「うん」

 美魅伽は意気揚々として書院を出た。そして、銀狐と合流するために商店街へ向かった。

 目的の場所に近づいてくると、美魅伽は何故か気持ちが落ち着かなくなった。獣人は人間よりもはるかに本能が強い。美魅伽の本能が足を急き立てるような何かを告げていた。美魅伽が自然と小走りを始めたとき、何人かが後ろから走ってきた。

「妖狐の男の子が……」

 すれ違った刹那、確かにそういう声が聞こえた。美魅伽の中で嫌な予感が一気に膨らみ、我知らずに疾走していた。

 町中の人だかり、そこで美魅伽は想像を絶する悲劇を目にした。銀狐が体の大きな狼人たちに滅多打ちにされていた。見ている人々は助けようにも屈強な狼族の男たちが相手では手が出せない。倒れている銀狐に、容赦のなく足蹴の雨が降り注ぐ。あまりの事に、美魅伽はぼろきれのようになっている銀狐を呆然と見つめた。そして、やっとの事で掠れた声を絞りだす。

「や、やめて……」

 銀狐が動かなくなると男たちは暴行を止める。そして右の頬に傷跡のある狼族の男が、限界まで膝を引き上げる。

「やめてーーーっ!!」

美魅伽は走ると同時にのどが裂けんばかりに叫んだ。

「思い知れ!」

 頬傷の男はおもいきり力を込めて最後の一撃を打ち下ろした。銀狐の右腕を踏みつけた瞬間に、ぐしゃっと骨の砕ける音と嫌な感触が足の裏に伝わる。

「うわあああぁぁっ!!」

 銀狐の断末魔のような叫びに男たちはたじろいだ。

「おい、やりすぎだ!」

「い、行こうぜ」

 三人の男たちは、人だかりを掻き分け、逃げるように消えていった。美魅伽は銀狐の側に膝をつき、傷だらけの体を揺り動かした。

「銀狐君! 銀狐君しっかりして! 銀狐君っ!」

「動かすな!」

 そう言ったのは今しがた駆けつけた紫織だった。

「まあ、何てひどい……」

 一緒に来た李音は銀狐の姿を見て、口を手で塞いで今にも泣きそうな顔をした。それに比べて、紫織は落ち着いたものであった。

「医者に見てもらう、誰か手を貸してくれ、大人数で静かに運ぶのだ」

 銀狐は町の小さな診療所に運ばれた。そこに騒ぎを聞きつけた莱樺もやってきた。銀狐を診療所の布団に寝かせてから待つこと数分、静かな診療所に銀狐のうなされる悲痛な声を聞き、美魅伽は涙を零した。やがて銀髪の男が皮製の鞄を引き下げ、松葉杖をついて入ってきた。

「蒼志様?」

「やあ、よく会うね」

 蒼志は挨拶もそこそこにして、すぐに銀狐を診察した。彼は潰された銀狐の右腕を見て、表情を険しくした。

「かわいそうに、骨が粉々に砕けてしまっている。残酷なことを言うようだが、この腕はもう使い物にならない。放っておけば、壊死して命がなくなるだろう」

「そうか……」

 悲しそうに言う紫織に、蒼志はきっぱりと言った。

「切り落とすが、それでいいな」

「仕方がありません」

 とその時、気を失っていた銀狐が目を開けて紫織を見た。

「姉上…様……」

「銀狐、気づいたか。今は多くは問わぬ、唯一つだけ聞かせてくれ、お前は時冬の名を名乗ったのか」

 銀狐は声には出さず、首を横に振った。そして、再び意識を失った。

 蒼志は黒い皮の鞄を開けると言った。

「熱湯を沸かして貰おうか。器具を消毒しなければならんのでね」

 李音が急いでお湯を沸かして持ってくると、蒼志はそれをたらいに入れて、そこへ鞄から出した器具を入れた。美魅伽が今までに見たことのない刃物や鋏、それ以外にも、異様とさえ思える形のものが多くあった。それらは全て人の体に合わせて小型であった。

「後は俺に任せてもらおう。さ、みんな外へ出てくれ」

 蒼志を残し、後のものは待合室へ出た。

「ちきしょう許せねぇ!」

 莱樺は待合室の長い木製の椅子から立ち上がり、出口の戸に出をかけた。

「どこへ行く気だ」

「決まってら、銀狐をやった奴らを探し出してぶちのめすのよ」

「事を荒立てるな」

「何だと?」

「これは妖狐族と狼族の間に起こった問題だ。山猫族のお前が首を突っ込む必要はない」

 表情一つ変えずに言う紫織に対して莱樺はむしょうな怒りが込み上げた。ずかずかと紫織の前まで歩いてきて、紫織の服を掴んで引き上げる。側にいた李音と美魅伽は、莱樺の予想もしない行動にあたふたした。

「銀狐はあんたの弟だろう! 何でそんなに落ち着いていられる!」

 その時、莱樺と紫織の目が合った。その悲しんでいるとも怒っているとも取れる目の光を見て、莱樺は思わず息をのんで手を放した。紫織の中には、悲しみや怒りを超越した何かがあった。

「銀狐の事を本当に思うのなら、何もするな」

「くっ、くそ……」

 紫織の言葉には、あがない難い力があった。莱樺は納得いかないながらも諦め、再び椅子に座った。

 何時間もして日が暮れる頃に蒼志は診察室から出てきた。

「手当ては済んだよ。命に別状はないが、先にも言ったように、右腕を切除した。腕以外の怪我は大したことはない。後は最低でも七日は安静にさせるんだ」

「蒼志様、感謝いたします」

 紫織が深く頭を下げると、蒼志は気にするなと言うように手を振った。

「君のお母様には借りがあるからね、それに娘も世話になっている。少しでも恩を返せて良かったよ」

 面を上げた紫織に、蒼志は穏やかに言った。

「さすがは君の弟だ、立派に戦ったね」

 あまり表情を変えない紫織が珍しく笑みを浮かべた。美魅伽には、蒼志の言った意味がまったく分からなかった。


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