夢幻
手に持っているエナメルバッグを黒犬の顔に押しつけた。一度、犬は地面に落ちたが、むしろそれが犬の闘争心に火をつけてしまったようだ。犬の二度目の攻撃でエナメルバッグはズタズタに引き裂かれた。
それ以降のことは、何一つ覚えていない。気が付くと、俺は闇の中にいた。何も見えない。何も聞こえない。地面を踏みしめる感覚も、どこかに寝転がってる感覚もない。ただここに意識だけがある。
俺は…、死んだのか…?悪いな杉山…。こうなると分かってたら、あんな事は聞かなかった。呆気ねえ。
そして、しばらくすると視界が開けた。音も聞こえる。
教室だ…。何で…?
「榊原、これが分かるか?」
黒板に書かれた数式。6時限目の数学。ついさっきの出来事だ。
さっきの問題…。『さっき』ををやり直すのか?
と、思いきや、それは違った。声を発せない。動けない。そして、映像は突然崩れ、滲み、消えた。消えてまた闇。
今のは夢か、幻か。…ああ。何が何なんだ!
俺は苛立った、焦った。自分の生死も分からない。ここがどこなもかも分からない。
それから、心が麻痺するかと思うほど時間が経った気がする。繰り返されるヴィジョン。少しずつ、確実に過去へさかのぼっていく。いつの間にか50分、授業1コマ分にまでなった。
いったいどれほど経っただろうか。闇を切り裂く一閃が走る。か細くも眩くしっかりとした白い一閃。久しぶりに見たヴィジョン以外の光。背中に圧力を感じる。
戻ってきたのか?目が…覚めたのか?…眩しい。
俺は目をゆっくりと開いた。目を痛めるほど眩く白い天井。清潔感が漂う空気。病院だった。
体を起こそうにも金縛りで動けない。10分もがき続けてやっと動けるようになった。勢い良く起きあがったせいか、腹の表面が痛くなった。激痛が走る。激痛に苛まれ起こし続けていられなかった。しかし、一瞬見たのは病棟にいる人は全員ベッドに横たえていた。
ガラ…。
看護士が入ってきた。若い女性の看護士だ。
「あ、お気づきになりましたか!?」
彼女はすでに涙目だ。それもその筈、例の犬に襲われて意識を取り戻したのは彼が初めてだ。体は鈍りきって思うように動かなかった。
次の日、検診だの検査だので忙しかった。それに加え調査もあるそうだ。