こいつは同じ騎士見習いで男友達みたいなもんだって、それは侮辱と受け取って宜しいですか?
「こいつは同じ騎士見習いで男友達みたいなもんだ」
学園の廊下で出会した婚約者である彼は、そんなことを堂々と言い放ちました。
わたくしはレニーアンヌ・フォーゲンドール、フォーゲンドール伯爵家の嫡女であり、男児に恵まれなかったフォーゲンドール伯爵家の次期当主です。
いずれは女伯爵となるわたくしには、目の前の男性ですが、同い年の婚約者がおります。名をランパード・ミッドガルド、ミッドガルド侯爵家の3男で、今は王侯貴族の子息子女の通う学園の騎士科にて研鑽を積まれている青年でございます。
なのですが、最近、婚約者のランパード様に妙な噂が立っておりまして、何でも、同じ騎士科の女性に付き纏い、親しくしているとか。
騎士として取り立てられた功績は伯爵家の女当主の配偶者として箔付けになりますし、領地は代官として代々仕える家の者が差配いたしますから、殊更、政治に明るくなくとも、わたくしを立てられる人物であれば、問題ないのですが、寄親であるミッドガルド侯爵家から、半ば押し付けられた形の婚約、ランパード様は寄子の家に婿に入ることがご不満なようで、以前から、わたくしと我が伯爵家を蔑ろにされておりました。
「これで、いくら相手が寄親のミッドガルド侯爵家といえ、やっと婚約を解消できるかしら」
側に控える侍女に愚痴るように溢れた言葉に、深く頷いて、彼女たちは口々に祝辞を述べて、わたくしを励ましてくれたわ。
わたくしの呟きなど聴こえなかったようで、傍らにいる女性の肩を抱こうしたランパード様でしたが、素気無くその手を払われておりました。
「そんな風に思っていたのですか、それは侮辱と受け取って宜しいですか?」
女性としては長身で怜悧な美貌の女性は、ランパード様を睨むように言い放ちましたわ。
「ぶ……侮辱なんて、そんなつもりはないっ」
ランパード様はそう返されましたが、女性の方は訝しげな顔のまま、睨み続けておりまして、あら、聞いていた話と違うような、いえ、親しげとも聞いておりましたが、ランパード様が"付き纏っている"とも聞いております。どうやら、噂の内容は面白ろ可笑しく改竄されているのかも知れませんわね。
「初めまして、わたくし、フォーゲンドール伯爵家の嫡女、レニーアンヌと申しますわ」
彼女のほうに向け名乗りあげると、彼女も丁寧な名乗りを返してくださりました。
「初対面というのに、恥知らずな場面をお見せして申し訳ありません。カナリス子爵家の次女、マニエと申します」
胸に手を当て、深く腰を折る、騎士の礼としてもかなり上位の作法を持って返してくださった彼女に、頭を上げて楽にしてと、半歩寄って微笑みます。
「ミッドガルド騎士補の婚約者殿でしょう。勘違いされてはいけませんので申し上げますが、ミッドガルド騎士補とは、ただの同じ騎士候補でしかありません」
そう言った彼女に、ランパード様は食い気味に反論しました。
「そんなこと言うなよ。別に後暗いことなんてない。婚約者相手だからって、そんな他人行儀になるなよ」
まるで普段はもっと親しいだろうと言うようにランパード様は仰りますが、カナリス子爵令嬢は嫌そうな顔を隠しもせずに、切り捨てられました。
「前から言っておりますが、貴殿と友誼を結んだ覚えはありません。それに、先程、侮辱でないと仰っていましたが、私は女として、筋力や体力で劣る面を女性であることの利点を持って補うことで、騎士として立とうと努力して参りました。それをただ、騎士候補というだけで、男のようなものだと言うのは、私と同じく女性の身で騎士を目指す者、既に騎士として働く者を軽んじる発言ではありませぬか」
彼女の言葉にわたくしは深く共感致しました。わたくしも次期当主として、男性社会の中で生き抜くため、辛酸努力を重ねておりますから、至極当然と頷いてしまいましたわ。
「男に交じって訓練して、時には寝食も共にするのだ。男のようだと言っても間違いではないだろう」
ですが、ランパード様は要点をはき違えて、全く見当外れな言葉でご自身の正当性を主張なさりました。
「成る程、私がどれだけ、貴殿の振る舞いに抗議しても教官や同輩、先輩方から、自意識過剰だと言われた理由がやっと腑に落ちました。どいつもこいつも、私を女とは思っていなかったのですか」
これは酷いお話ですし、多分に皮肉を含んだ返しでしたが、ランパード様は言葉通りに受け止めたようで。
「そうだ、だから、男のように扱っても可怪しくないのだ」
呆れてしまいましたが、さりとて、どう反論したものかと、彼女の名誉の回復をどうするかと考えておりましたら、彼女自身が爆弾を落としてくださりました。
「組手ではやけに胸に触ってくるし、やたらと肩を組み、手を握り、尻にも触ってきたが、貴殿は男に対しても、同じ事をするのだな。男色を否定する気はないが、伯爵家嫡女のこちらの御令嬢に婿入りする身としては、些か不相応な癖と言わざるをえんのではないか?」
側に控えていた侍女が吹き出しました。わたくしはと言えば、すこし驚いてしまって、それ以上にランパード様は驚いたのでしょう。固まっておりましたが。
「お……俺が男色の訳があるかっ!」
そう、いきなり怒鳴り声を出して、激しく手を振り否定なさったのですが。
「なら、私の自意識過剰ではなく、貴殿は女として、私の尻や胸を触っていたのだな。私も騎士候補と言え、仮にも子爵家の由緒正しい貴族の娘だ。貴殿が侯爵家の子息だとして、他家の令嬢を辱めて良い道理は無いと思うが」
ここまで来て、彼女の意図が読めました。本当に悪辣なお話ではありますが、男社会の騎士科では、彼女の主張は女の勘違いとして、相手にされなかったのでしょう。
ですが、ランパード様の婚約者であるわたくしの前でならば、話は違います。あくまでも、今しがた気付いたような振りでわたくしに内情を赤裸々に伝える事で、事態の打開を図られているのでしょう。
いくら、寄親から押し付けられる形の婚約で、我が家の方が下といえ、このような不良債権を押し付けようと言うなら、御父様と相談して、然るべき機関を通して調査、婚約の解消や、彼女に対する触法行為への厳罰を促す事は出来るやも知れません。
そう考えながらも、わたくしは援護射撃をいたしました。
「確かに、お子を生すことが貴族の家柄として最も大切な契約事由となりますが、男性の方でないと恋慕出来ないとなりますと、その辺りはかなり無理をお願いすることになりますわね。どうりでわたくしに対して対応が冷ややかな訳ですわ」
その言葉に憤ったランパード様は此方に顔を向けると、唾を飛ばして反論なさいました。汚いですわね。
「君までそんなはしたない事を言うのかっ!」
掴み掛かりそうな勢いのランパード様の鼻先に閉じたままの扇子を突き出しまして、目の前の扇子を睨んで足を止めたところで追撃いたします。
「はしたないと仰りますが、事実、そちらの令嬢のお胸やお尻を触っていたのでしょう」
「胸を触ったのは組手の中で偶然触れただけだ」
食い気味に返して来ましたが。
「では、お尻も偶然だと?」
「そっ……それはすこし悪ふざけしただけだ」
「男同士で悪ふざけでお尻を触り合うのが、ランパード様流のスキンシップなのですか? 正直に申し上げて、ふさげ虫を見たような気持ちですけど」
不浄に湧く虫を見た時のような怖気が走ると申し上げれば、ふさげ虫、と鸚鵡返しなさって、金魚のように口をパクパクと開けては閉めていたランパード様でしたが。
「き……気持悪いというなら、女には男の交友がわからんだけだっ!」
開き直って、意味の通らぬ言い訳をして来ました。
「ですが、カナリス子爵令嬢は女性です。失礼にも程がありますが、貴方様がいくら、彼女が男のように見えていようが、女性である事実を知りながら故意に身体に触れる、それもお尻を撫で回すなんて、……」
そこで嫌悪感を滲ませ話したわたくしに。
「いい加減にしてくれっ、悪気があった訳でも、まして疚しい気持ちがあった訳でもない。そんな風に邪推するお前らのほうが下卑た考えで勘繰ってるのではないか」
それがさも正論だと言うかのように堂々とした態度で返して来たのです。
あまりな言いように二の句の継げないわたくし達の様子に、言い負かしてやったとばかりに上気するランパード様でしたが、その時、廊下中に響き渡るような、言葉は悪いですが、バカ笑いと言って差し支えないほどの、破砕音のような笑い声が背後から聞こえたのです。
「あっ、……ひー、キツい、ハァハァ。随分と面白い話をしてるじゃないか、ランパード」
振り返ったわたくしの目に入ったのはクリストフ王弟殿下でした。先王陛下の末の王子で、兄君にあたる現陛下とは22も歳が離れております。
先王陛下にはもはや孫のようだと可愛がられ、現陛下からももう息子みたいなものだと、可愛がられております。事実として、現陛下の長男である第1王子殿下と2つしか歳が違わず、第1王子殿下の兄君であると言う方が不自然でないほどです。
わたくしたちと同い年のクリストフ殿下は国王陛下即位にさいして、兄君の子息と跡目を争うことは避けたいと継承権を自ら放棄しております。
「クリストフ殿下、そのように笑われるような話では」
ランパード様は困惑した顔で殿下へと言葉を返されましたが。
「確かに笑い話ではないな。淑女の尊厳を仮にも騎士道に則り騎士を目指す候補生が踏み躙っていたなど」
殿下のお顔はどこまでも柔和で、お声もまた柔らかいものでしたが、有無を云わせぬ迫力がございました。
「かっ……勘違いなのです、殿下。私には疚しい気持ちなど」
幾許かの沈黙のあと、反論されたランパード様でしたが。
「お前に疚しい気持ちがあったかなかったかは重要ではない。結果として、お前と、それに同調した騎士科の者達により、彼女の尊厳が著しく棄損された、その事実を重く見ているだけだ。まさかお前は、相手に悪気がなければ、悪ふざけで衆目の中、股間を弄られても笑って許すべきだと言う訳ではあるまいな」
少々、シモの話で顔を顰めそうになりますが、殿下は男女を置き換えて詰め寄られました。
「いっ……いや、それは、その」
言い淀むランパード様に対して、殿下は表情を変えずに静かに佇んでおります。
波風を立てることの無いようにと、自らは政治的な事柄には関わらず、専ら絵画や戯曲の制作など、芸術面で活躍されており、その才能は控え目に言っても素晴らしいもので、また、新進気鋭の芸術家たちのパトロンとして、芸能の方向でのみ、その力を遺憾無く発揮されておりますが、裏返せば、それだけ政治的野心はなく、芸事のみにしか興味はないとアピールされているのです。
「この国では有名な芸術バカな私だ。そんな益体もない身で王族の身分を使うことは控えているが、ここで聞いた話が本当であれば、由々しきことだ。王族である私の名を以て、調査し、実態を詳らかにしよう。そうすれば、ランパード、お前の主張にも正当性があると認められるやもしれんぞ」
殿下の言葉に、やや復活したランパード様は、すこし大仰な身振りで早口に語りました。
「それは、そうですな、私の潔白が証明された暁には殿下に忠誠を誓うことを約束致しましょう」
不敬な。
顔に出そうになる程の嫌悪感が湧きましたが、殿下は柔和な顔を崩されないまま、いえ、違いましたわね、むしろ、吹き出して、また、お立場に相応しくないほど、大声で笑い始めております。
「ぷっ、ぁ、ハッーハッハ、ァ、ふぅー、はー」
息を整えるようにしながらも、目に涙を滲ませて身を屈め、開いた手を前に出す滑稽な姿に驚きますが、ランパード様もさすがに口が閉じたように言葉が出ない様子で、まぁ、お口はみっともなく開いておりましたが。
「剣の腕は候補生の中でも下から数えた方が早いと聞いてる。実家の権力でねじ込んだと言われる程度の腕で、王族に仕える気か」
誂うような言葉に怒気を孕んで、顔が赤くなるランパード様でしたが、それでも殿下に言い返すことは不味いとわかる知恵はあったのか、度胸が無かったのか、黙っておりました。
「ふんっ、気概もプライドもその程度、どんな名剣を携えて騎士の誓いを述べたところで、そなたの誓いでは、鈍らに変わろう。腕もダメなら誓約も信用ならん男に背中を任せる気はない。そもそも、潔白を証明できた暁とな、それが為されんかったなら、私は忠誠を誓うに値しないと言いたいのだな」
赤く染まっていたランパード様でしたが、殿下の言葉を聞いて、ようやっと自分の失言に気付いたようで、まぁ、はじめから間違ったことしか言っておられませんでしたから、むしろ感性そのものが人とは外れているのでしょうが、殿下に対しては正常に働くようで何よりです。
「ちっ、違うのです、そのような事は思っておりませんっ!」
青くなった顔で頭を下げるランパード様に。
「不快な百面相だ。百面相なら帝劇の猿でも観たほうがいい」
仮面劇で催される仮面の早替りに例えられるあたりは、殿下らしいのですが、切捨てられたランパード様のお顔は白くなってまして、本当に劇で使われる白痴の猿の仮面にそっくりなこと。
「た、助けてくれ、お、お前が誤解だと殿下に言えば」
わたくしにすがるランパード様でしたが。
「次期伯爵当主として、王族に不敬を働いた者を伴侶に据える訳にはまいりませんので、侯爵家には抗議させて頂きますわ」
そう切って捨てます。いくら、相手が寄親のお子といえ、王族に不敬を働き、はっきりと拒絶されたなら、此方も遠慮なく切れますわ。
「きっ、貴様、俺の家が黙ってないぞ。お前なんて伯爵をついでも所詮は女だ。自分で剣を取ったマニエと違って、子供に女しかいなかったから、仕方なく当主になるお前なんて、俺がいて始めて社交界で認められるっていうのに」
そう思ってらしたのね。だから、私を常に下に見てたと、馬鹿にした話ですけど、半分は事実でもあるのが悲しいですわね。
ランパード様の仰っているように、所詮は嫡男が生まれなかったことに加えて、血縁に丁度いい男児がいなかったための、緊急回避で仕方なく次期当主として教育されたのは事実ですし、ですから、社交界ではランパード様と同じ考えの方もいるでしょう。女のくせに当主面して、所詮は繋ぎのための飾りでしかないくせに、これから、わたくしはそんな目に晒されることになりますわ。
「それがどうかしましたの。10も満たないうちに両親に後継とほぼ定められてより、その覚悟で生きてまいりましたわ。夫の権威に縋るほど、わたくしは惨めに生きる気は無くてよ。殿下に鈍らのお墨付きを貰った方なんて願い下げね」
激昂したランパード様は殴りかかる勢いでしたが、微動だにしない私を庇ったのはマニエ様でしたわ。
「婦女子に手を上げるとは見下げ果てたな。貴殿は騎士失格だ」
振り上げた腕を取られると、どうやったかわからない程の早業で、腕を締め上げてしまいましたわ。
「いや、私が助けるべきだったが、さすがは候補生の中でも上位にいるだけある。貴女なら、どんな鈍らな剣に誓いを立てようが、立派な名剣になろう。どうだ、丁度いい鈍らがあるが、誓いを立てないか」
殿下は戯けた様子で勧誘を致しましたけれど。
「ご謙遜を、殿下は優秀さをお隠しになっているだけで御座います。私では荷が勝ち過ぎております」
そう、マニエ様は辞退なさりました。
「よいよい、無理強いはせんが、それなら、候補としての過程が終了し、最終試験後、仕官先を探す時は改めて声をかけよう。まぁ、女性としての自分を活かしたいというなら、ここにそれに相応しい人物もいるがな」
殿下は言葉をかけながらも、わたくしのほうを見やりました。
「そうですわね。優秀な上に出自も確かで、そして、女性の騎士は少ないですから、わたくしのところに仕官してくださるなら、うれしいわ」
その言葉に戸惑っているマニエ様でしたが。
「いい加減はなせ、いっ、痛い」
腕を極められていたままのランパード様が辛そうに仰るので、その場は和やかに解散になったのですわ。
その後、ランパード様との婚約は白紙となりましたわ。前々から侯爵家には解消や撤回の打診をしておりましたし、さすがに殿下の不興を買ったとなれば、先方も呑まざるを得なくなったという事ですわ。
王弟殿下が在籍している中で、騎士科の教官と候補生の倫理観の欠如は騎士道精神に反しており、王弟殿下として見過ごす訳にはいかぬと、徹底した素行調査と、それにより発覚した事実の公表がなされましたわ。
常日頃から、女性の候補生に対する蔑視と、性的な嫌がらせや、接触があったことが学園内で広まったことで、在籍する者達から騎士科の生徒、教官は軽蔑の目で見られることになりましたわ。
もちろんのこと、教官には減給や降格などの処分と、新たな教導役として、現役の近衛のうちの1人が期間を限定して指導に来ることが決まりましたわ。
「本日より、ここ、フォーゲンドール伯爵家に仕えることとなりました。マニエ・カナリスと申します。この剣に誓い、剣となり、盾となり、主人を仇なす、全ての者より御守りすると誓います」
マニエ様、いえ、マニエはわたくしの護衛として、我が家に任官してくださることになったの。
「ねぇ、マニエ、最初のお願いいいかしら」
「何なりと」
凛々しい顔の彼女にお願いするのだけど、すこしはしたないかしら。
「わたくし、心から友と呼べる方はいないの、お友達になってくださる」
臣下にたいして、卑怯なのはわかってるの。でもね、きっと応えてくれるわ。
だって、彼女はわたくしと同じですもの。
「……、よ、よろしいのでしょうか?」
困惑する彼女に微笑む、それだけで良いわよね。
「了解いたしました。誠心誠意務めさせて頂きます」
「固いわよ。まぁ、それで良いのだけど、マニエ。貴女にもわたくしにも、休める場所は必要よ、ね」
そう笑うわたくしに。困惑するマニエに。
「たまにはあのふさげ虫、バカでしたわねって、そんな風に笑い合うのもいいでしょう」
そう言ったわたくしに、あー、という顔をした彼女は。
「それは楽しい休暇になりそうですね」
そうとびきりの笑顔を見せてくれたの。
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