お見舞い
「どうぞ」
「ありがとうございます」
家に通され、腰をかけたのは大きなテーブルのイス。
どれも木の作りで、ほんわかと森のあたたかみが伝わってくる。
「ハーブティーですが、お口に合うかどうか……」
「おいしいです。ありがとうございます」
本当においしかった。
素朴な華やかさが口の中に広がり、どこか懐かしささえ感じる。
お見舞いのクッキーは、皿に盛りつけられて置かれた。
ワインは、キッチンの棚に綺麗に並べられている。
「その、それで」
家の中を見回していると、オオカミ獣人が言葉を発した。
目線を戻すと、彼はおどおどしたように頭を下げる。
「急にすみません。僕は、ウォンと言います。オオカミの獣人です」
「私はミア。ミア・マーガレットです」
「ミア・マーガレット……。あなたはもしや、宮廷魔法使いの一番弟子だという方では?」
「ご存じでしたか」
あの若作り魔法使いの弟子は、私だけ。
それだからか、私の名前はけっこう広まっている。
だからと言って、自慢はしないけれど。
対応が面倒くさいし、できるだけ一人でいたいし。
詠唱すら面倒くさい魔法使いは、私だけだと思う。
「それで、レティさんはいつ……?」
「昨晩です。自分が『赤ずきん』だということを残して、旅立ちました」
「そうですか」
ウォンさんは、寂しそうな顔をして俯いた。
想い人が亡くなり、それを人伝えに聞いたのだから、寂しいのは当たり前。
泣き叫びたいとは思うが、私がいるからなのか、ぐっと涙を堪えているように見えた。
「では、見舞いも遺言で?」
「はい。『あっちへ行け、こっちに向かえ』っていう雑な地図と共に、お見舞いを頼まれましたよ」
「はは。レティさんらしいや」
ウォルさんは、まるで子どもの泣き笑いのように笑みを浮かべた。
姿形はオオカミだけれど、どこか無邪気さがある。
そして、美形。オオカミに美形とかあるのか分からないけれど、美形オオカミ。
人に興味がない私でさえ、少し胸が跳ね上がったほどだ。
「ミアさんは、その赤いローブを昔から着ていたんですか?」
「いえ。私が『赤ずきんの孫』だと知ってから、師がくれたんです」
「やはり、『赤ずきんの孫』を意識したからなんですかね?」
「気まぐれ師匠ですから何とも。昔から赤が好きだったので、先生が与えたのかもしれませんね」
理由は分からない。
でも、この赤色を見て、ウォンさんが過去のことを思い出すきっかけにはなる。
そのはたらきかけを意識していたのなら、アレス先生はなかなかに残酷だ。
一発お見舞いしてやりたいくらいである。
ちなみに、魔法使いのローブは師匠から授けられる。
その色の意味は、師匠にしか分からない。
ローブの色を理解し、そこに込められた想いを悟ることで、師匠を超えることができるのだ。
「いいですねぇ。師弟の仲の良さが伝わります」
「ただの若作りですけどね」
そう言って、ハーブティーを口に運んだときだった。
「そう言えば、レティさん……っぐ、はぁっ」
何かを言いかけたウォンさんが、突然イスから転げ落ちた。
慌てて近寄れば、胸を押さえて苦しんでいる。
大粒の汗が、灰色の毛並みを湿らせていた。
「ウォンさん!」
「だい、じょうぶです……。しばらくすれば、おさまり……ますから、げほ……っ」
話すのも辛そうだった。
私は、のたうちまわり苦しむウォンさんに、そっと手をかざした。
魔法を発動させ、彼に何が起きているのかを診る。
「む、えいしょう……。さすが、です」
「無詠唱なんて今は関係ない。自分のことに集中して」
魔力を注ぎ、体の中心部まで診ていく。
すると、あるところでガツンッと何かに当たった。
瞬間、黒いモヤがウォンさんから現れる。
これは──。
「ちょっと、呪いなんてかけられてるの!?」
「昔、やらかした罰を、うけまして……」
ウォンさんは、苦しみながら苦笑した。
笑えるのなら、まだ自我はある。
ただ、その笑みは苦しそうに歪んでいるのだから、時間はない。
それに、体調まで崩しているのだ。
この状態で解呪魔法をかけたら、ウォンさんの体が耐えられないだろう。
どうする。
この状況を、どうにか脱する方法は。
「……あった」
あった。
少し危険な賭けだが、彼を救うにはこれしかない。
彼は、おばあちゃんが想いを寄せた人なのだ。
死ぬ直前まで気にしていた、大切な人。
そんな人を死なせないのが、私の役目。
大好きなおばあちゃんへ贈る、最後のプレゼント。
「ウォンさん。今から強力な魔法をかけます。耐えてください」
「はっ、はぁっ……げほっ」
聞こえていないようだ。
現に、金色の瞳は固く閉じられ、私のことは見えていない。
これは好都合。
今からやることを、止める人は誰もいない。
私は、両手をウォンさんにかざした。
すべての魔力を両手に集結させ、魔法を発動させる。
この魔法は、無詠唱では発動できない。
それだけリスクがあって、この魔法を習得していなければ唱えられないのだ。
『呪術転嫁。我が身に、呪いを』
真っ赤な魔法陣が浮かび上がる。
それは、ゆっくりとウォンさんの体へ吸い込まれていく。
吸い込まれた直後。
ウォンさんの体から出ていた黒いモヤが、一気に外へ出た。
「おいで」
両腕を広げれば、黒いモヤは一斉にこちらへやってくる。
私は、逃げもせずそれを受け入れた。
「だめだ、ミア!」
闇に包まれる直前、アレス先生の声が聞こえた気がした。




