第8話 約束
部屋の中で俺の今の現状を再確認する。
俺には今二つの問題がある。一つは、幸原さんにあれから避けられていること。もう一つは、前原さんの事だ。
底は抜けたと思う。
だけど、無理をしていることは無理をしている。
おそらくまだ俺としゃべる時も無理をしているだろう。
少しは笑顔を見られている。
だけど、それも一瞬一瞬だろう。
部屋に戻れば彼女とも話ができなくなる。所詮はまだ友達にすらなれていないのだから。
そんな時に美羅からメールが来た。
『ねえ、前原さんとどういう感じ?』
やっぱリ疑われてるな。
『前原さんじゃないよ』
『あれ、私は別に同居人とどんな感じなのかは訊いてないんだけど』
メール越しだがニヤニヤしている美羅の姿が見える。
全然誘導尋問にはなってないんだが。
『別に前原さんとは少しだけ仲良くなった、それだけだよ』
本当に少しだけだ、とは言え特別扱いはされ始めてる気はするけど。
『ふーん』
メールでふーんとか書くなよ。
『同居人とは?』
『何もねえよ』
『襲ったりとかしてないの?』
『おばさんだよ』
おばさんじゃ無かったとしても襲うわけがない。
というか、そもそもが犯罪だ。
『おばさんじゃなかったら襲うのね』
うわ、うぜえ。
『襲わねえし、いい加減この話やめろ。ブロックするぞ』
『まーまってよ、焦り過ぎはいけないよ。これ見て』
そこに書いてあるのは、前原さんとのメールだ。
『一緒に遊園地行かない?』
という美羅のメールが書いてある。
おいおい、何をしてるんだよ。
『だからさ、私たちで遊園地に行かない?』
なんでそうなんだよ、とツッコみたい。
『だって、やっぱり前原さんなんでしょ、同居人』
まるで確信しているかのような口調だ。
『違うけど、それにもしそうだとして前半の会話は何だったんだ?』
『最初のはミステリとかでの、証拠を突きつける前の弁論じゃん。それに証拠あるから』
そうやって見せつけられたのは、俺が前原さんの家に入っていく写真だ。
『ふふふん、流石の私も家の中にとつにゅーなんてことはしなかったけど、これ流石に言い逃れできないよ』
本当に今までの会話茶番だったのかよ。
もう言い逃れは出来ない。
『俺が前原さんの同居人だ』
『そこは前原さんが智也の同居人じゃん』
言葉狩りかよ。
はあ、と俺は溜息を吐く。
『それで、何で遊園地に行く計画を立てたんだ?』
『んー、楽しそうだから、それにまだ幸原さんの事を気にしてるんでしょ』
俺はそう言われ、押し黙る。
『図星、だよね。気分転換になると思ったから私は予約したのよ』
『そうか、前原さんと一緒なのは?』
『親睦のため』
『てか俺が行って大丈夫なのか?』
『大丈夫でしょ』
なんて身勝手な。そう思ったが、なんとなくありがたいと感じた。
しかし、
『行く前に許可だけ取らせてもらえないか?』
流石に当日に急に俺が現れたら驚くだろう。
『分かった』
美羅の許可が下りたという事で、俺も前原さんの元へと向かう。
「前原さん、少しいいか?」
俺は前原さんの部屋のドアをノックする。
正直ご飯の時間以外で前原さんの部屋を訪れるのは初めてだ。
「はーい」
そう言って、前原さんが出て来る。
それを見て俺はつばを飲み込む。今日も寝間着姿だ。
もう、お風呂には入ったのだろうか。
「美羅と一緒に遊園地に行くって聞いたんだけど」
「うん、行くね」
「それに、俺も言っていいか?」
そう言うと、前原さんは不思議そうな顔を見せた。
「実を言うと、俺も美羅から誘われたんだ。だけど、前原さんの許可貰ってないからさ」
「それはもちろんいいよ」
むしろなんで聞くんだろうとでも言いたげな様子だ。
「嫌じゃないのか?」
「嫌じゃないよ? むしろ来たら嫌がるとでも思ってるの?」
「い、いや別に」
くそ、色々とリズムが狂う。
「じゃあ決まりね」
「ああ」
俺は頷いた。
「だけど、その前に一つ聞きたい。美羅からの誘いは本当に行きたくて承諾したのか?」
「どういう事かしら」
「簡単な話だ。もし、本当に行きたくて承諾したならいいんだが、場を乱さないために受けたならそれは相手にも失礼な話かもしれないっていう話だ」
その場合、特に乗り気じゃないのに行くことになる。
その場合本気の本気で楽しめるだろうか。
俺はNOだと思う。
その場合、誘ってくれた人――今回の場合は美羅――に対して怒りがわいてしまうかもしれない。
そうなれば逆恨みを受けるかもしれない美羅が可愛そうだ。
それに、行きたくないのに行かされる前原さんが可愛そうだし。
「私は分からないよ」
そう、掃き捨てるように前原さんは言う。
「でも、私個人としては少し楽しみに思ってる。だってあなたが来てくれるから」
「え?」
俺がそう言うと、「もういいかしら」と言って前原さんは部屋に戻っていった。
最後のやつは何なんだよ。




