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失恋した俺は俺にだけ弱い内面を見せてくれるクラスのマドンナと同居をする――これは完璧な彼女を救うための物語  作者: 有原優


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第7話 食卓

 


「なあ」


 家に帰った後、自部屋にこもる前に前原さんに話しかける。

 正直学校の前原さんとは違って家の前原さんは話しかけるなオーラが出ている。


 多分疲れからだろう。

 本来家はリラックスするための場所だ。静かな場所を堪能することで、精神を回復させてるのだろう。

 今日も実際に前原さんは疲れている。教室を飛び出していたし。


「何かな?」


 前原さんが、けだるそうに答える。

 そう、ソファに寝転がりながら。

 昨日とは違って素の自分を全開にしているなと思った。


「……疲れないのか? そんな毎日誰かの相談乗って。結局あの後も相談に乗ってたじゃないか」

「疲れるけど、楽しいよ。人の役に立てていると考えたら楽しいし」


 そう、笑顔ではにかむ前原さん。


「そっか」


 そして再び会話が無くなった。まだたったの二日しか経っていないとはいえ、まだ前原さんとは気まずい感じだ。

 昼も話せてはいたけども、まだ話すようになったばかりだ。

 何を話せばいいのかわかアない。


 疲れている彼女に無理に話しかけるのも躊躇われるしな。

 ただ、やはり彼女のことは心配になる。


 何か無理をしているように見えるしな。


「明日からご飯作るの手伝おうか?」


 俺に言えるのはそれだけだ。

 少しでも負担が少なくなればと言う思いと、このままでは本当にただの居候だからだ。

 いろいろ手伝ってはいる物の、前原さんの負担の方が大きい。

 お金は俺の両親から支払われているはずだ。


「ううん、大丈夫だよ!」


 そう言うと思った。

 彼女は空気を読み過ぎている。

 だから、失言したと思ったらすぐに立ち去ったのだろう。


「だが、ただ住まわせてもらってるだけじゃ……だめだ。なら、ただ、調味料を振りかけたり、ご飯をよそうなんて言う小さな事でも手伝いたいんだ」


 おそらく俺がいるということで、少し負担がかかってるだろうし。

 そもそも家の一員になれている気もしない。


「ならちょっと頼もうかな」


 そう、笑いながら前原さんが言った。


 そしてその料理中も、前原さんは俺に積極的に話しかけてきた。

 沈黙が怖いのだろうか。


「長谷部さんとはいつもどんなことをしゃべってるの?」だとか、「数学の問題ついていけてる?」とか。

 しかも内容は前原さんの日常の愚痴とかじゃなくて俺への話だ。

 おそらく日常でもこういう感じで相談会をしているのだろうなと思うと、前原さんの気苦労がある。



 正直、俺も答えているが、前原さんが沈黙を作り出したくないという思いで、言っているんだろう。

 食事の時に沈黙していたのは何だったんだろうかと思ってしまうほどに。


 そんな気を使わなくてもいいのに。


 いや、前原さんはきっと、沈黙が嫌だから俺に話しかけているのだろう。


 だが、俺的には、ずっとしゃべり続けるのはしんどいと思う。沈黙を楽しむことも出来るはずだ。


「前原さん、少しいいか?」

「どうしたの?」

「前原さんって無理して喋ってるのか?」


 もしそうならこんな無駄な会話はない。

 思えば食事の時は食事中にしゃべるのが行儀良くないのと、俺が食べるのが早いから、あまり会話がなかったのだろう。



「私……沈黙が嫌いなの、だから、話させて」


 やっぱり沈黙が嫌いなのか。


「それはさっき言ってた失言とも関係するのか?」


 俺がそう言うと、前原さんは黙り込んだ。

 これは深く聴くわけには行かないな。



「いや、違うな」


 俺はそう呟き、塩を肉に振りかける。

 下味付けだ。


「いつも相談聞き役になってるけど、前原さんはしたい話とかないのか?」

「え?」

「自分の話とかさ、だったらいつも前原さんは人のために話をしてるから、自分の話もしてもいいんじゃないからって」

「ないよ、そんなの」


 そう、くらい顔をする前原さん。


 やはり自分の自由意思で他人の相談に乗っているわけではなさそうだ。それにしては狂信的な目だったが。


 やれやれ、これはどう言ったらいいんだ?


「ならいいんだが」


 あまりにもの暗い顔にこれ以上は毒だと思ってしまった。

 なんでこの人はこの性格になってしまったのか、謎は深まるばかりだ。




 そしてご飯の時間。前原さんははきはきと会話をする。そう、会話を止めようともしない。

 だけど、それはやはり俺への質問ばかりで、やはり自分の話はしない。


「やっぱり沈黙が嫌いなのか」

「そうね。怖いわ。見えない刃を向けられているみたいで」


 見えない刃。秀逸な例えだなと思った。

 他人の目が怖いのだろう。

 相手が特に仲良くない人ならば猶更だ。


「そう言えば初日は何で話さなかったんだ?」


 そう訊いた瞬間聞いたらだめなことを聞いてしまったかもと思い、慌てて口をふさぐ。

 さっきの失言の話にも通じる。

 あれで雰囲気を一時的に悪い物にしてしまったのだ。


「いや、大丈夫。私はただあの日緊張してただけなんだから」

「緊張?」


 その瞬間、前原さんは少し顔を赤らめる。


「だって男子だとは思っていなかったんだから」


 それもそうか。家でクラスメイトの男子と一緒にご飯を食べる。そんなのいくら前原さんでも緊張しないわけがない。

 その瞬間、俺はあることに気が付いた。


「やっと前原さんの本当の素顔が見えたような気がするよ」

「え?」


 とぼけたような顔をしている。


「だって、今までずっと作ったような表情をしてたんだから」


 いつもは笑顔を浮かべていた。それも、場を和やかにする笑顔だ。

 しかし、今の表情は本意で照れている感じがした。

 それがなんだか嬉しかったのだ。


「そうかな、でもそう思ってくれるのならうれしい」

「ああ」


 そして、肉を食べる。

 塩味がしっかりとついていて美味しいからか、どんどんと端が進む


「そう言えば今まで家ではどうしてたんだ?」

「一人は気楽だもの。だって、気を遣う相手もいないのだし」

「まさかさっき料理手伝ったのも負担になってる?」

「今のところは」


 うっ、よかれでやったことが……。


「でもね、もう君はだいぶ私の裏の顔に気付いてしまってるわけだから、ほかの子よりは楽よ」


 良かった。

 しんどい思いさせてたら嫌だからな。


「というかよく考えたら、前原さんってルームメイト的なもの募集してたもんな」

「そうね……まあ、募集してたのは私じゃないけど。ちなみにその人は内緒ね」

「まあ、詮索はしないけど」

「でも、少しづつ貴方にも慣れてくると思うわ」

「それならよかった。もしかしてこれ狙いでルームメイト募集してたのか?」

「それは内緒」



 前原さんが唇に指をあて微笑んだ。

 ああ、段々と食卓が楽しくなっている。俺はそう思った。

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