第6話 失望
そしてその日の昼休み。
「幸原さん少しいいか?」
俺は早速幸原さんに話しかけに行った。
勇気がいた。しかし、俺を振った理由を聞かないままではいられないのだ。
それに、カップルとしては無理でも友達としてやり直したい。
まあ、それは俺のエゴなのかもしれないけど。
「ごめん」
逃げられてしまった。そんなに俺に話しかけられたことがショックだったのか。
あの告白のせいでこんなに嫌われるとは思ってもいなかった。
俺はどういうわけか前原さんと一緒に食堂にいる。
あの後、ラインで「ちょっといい?」と訊かれたのだ。勿論だめな通りなどなかったから、即答したが、どうしたんだろうか。
「どうしたんだ、一体」
「ちょっとね、今日は教室を離れようと思って」
前原さんは力なき声で言った。食堂の他の生徒の騒ぎ声でかき消されそうなほどの小さな声だ。
見るからに疲れがたまっている様子だ。
しかし、それにしてもなんで今日はこんなに構ってくるのだろうか。
ただのクラスメイトではおかしい話となっている。
そう、まさに同居人に対する接し方だ。
「教室を離れて大丈夫なのか?」
俺がそう訊くと、即座に暗い顔をした。
まずい、訊いてはいけない事だった。
「いや、いいんだ。息抜きも大事だもんな。前原さんはよく頑張ってるよ」
「そう、ありがとう。……私は別に相談を受けるのが嫌な訳じゃないし、友達と話すのも嫌な訳じゃないの。ただ、今日は疲れたわね」
「今日はなぜ急に?」
「あなたのせいかもね」
「俺のせい?」
「ちょっと甘えてしまったのかもね。……いつもはこんなことないのにね」
そうしんみりとした様子の前原さん。
昨日俺が言った言葉に少し引っかかっているのだろうか。
「大丈夫だろ。別に甘えないことが絶対の正解なわけじゃないんだから」
「ええ、普通はそうね。でも、私の場合は違うの。甘えるわけにはいかない理由がある」
そして、前原さんは自分の頬を少しさわり、呟く。
「あなたは人を失望させたことがある?」
「……」
失望……
「いいや、忘れて。今のは失言だから」
そう言って前原さんは唐揚げの最後の一口を口にくわえ席を立ってしまった。
失望させたことがある?
その言葉の意味を食事の手を止め、少しだけ考える。
前原さんのこの性格が出来上がった理由が分かった気がする。
昨日から推察は出来ていた。
しかし、やはりかという感じだ。
やはり前原さんはかわいそうな人だ。
こんなことを言ってしまってはダメな気もするが、前原さんに『失望した』という言葉を吐いた人物は前原さんにひどい傷を負わせたことになる。
その言葉を吐いた人物が誰なのかはわからないが、その人物は前原さんの人生を悪い意味で捻じ曲げたという事になる。
それが友達なのか家族かなのかは分からないが。
それは置いといても、今日は前原さんとの距離が少しだけ縮まった。
そう思える休みだった。
同居人と距離が縮まるのは良い事だ。
そしてご飯を食べ終わり、教室に戻ると、前原さんは相変わらず周りの女子と話していた。
結局自分より他人かと少しため息をついた。
別に失言したからって席を立たなくてもいいというのに。
「ねえ、どこいってたの?」
背後にいた美羅が話しかけてくる。
そう言えば美羅に何も言わずに言ってしまっていた。
「私思うんだけど、さっき前原さんもいなかったよね」
「そうなのか?」
もう無駄かもしれないが、しらばっくれる。
「二人で抜け駆けしてたんじゃないの?」
「そんなことはしてないよ」
嘘です。してます。
しかし、それを言ったら同居人であることも芋づる式にばれてしまう。
「ふーん」
やっぱり段々と俺の嘘はばれて行っている。
これならば早く言うべきか?
しかしそのタイミングはいまではない。そんな予感がする。
俺は幸原さんの方を見る。
今も話しかけに行ったら逃げられるのかな。俺はそう思いため息をついた。




