第37話 親
「私は、子孫を残すために男性とルームメイトになるように言われたわ」
ベッドに腰掛けて、静かに小さな声で言う。
その言葉は言いにくそうにしているようだった。
「ごめんね。本当の事が癒えなくて。知らなさそうだから、このまま知らないままでいて欲しあったわ」
「ならなぜ俺を家に呼んだんだ」
「隠し続けるのも申し訳ないと思ったから」
確かに隠すという行為にはエネルギーがいる。
それを明かしたかったという事もあるだろう。
だけど、気になることは他にもある。
「私は、異性経験がなかったの。早く彼氏を作れって何度も言われてるのだけど、でもやっぱり怖いの」
「怖い」
「ええ、そんな私を見て、お父さんが言ったの。ルームシェアをしろって。断ったけれど、でも諦めてはくれなかった。だから、連れてこられたんだと思う」
なるほどな。
「それは俺の両親には」
「伝わってるわ」
ちゃんと伝わって入るのか。
「だから送ったんだと思う」
「どういう事?」
「私も最近知ったのだけど、智也君の両親も気にしてたみたい」
「何を?」
「あなたとミラちゃんがつながる気配がないのを」
「はあ?」
どういう事だ。
「知ったのはいつ?」
「一昨日」
最近じゃねえか。少なくともプールに行った日よりは後だ。
「えっとつまり?」
「うん。ミラちゃんとの仲が深まらない事に焼きもちしたらしいわ」
意味が分からない。
ほんとうに意味が分からな過ぎて意味が分からない。
てか、それが本当だとしてもそれを本人に言うとはよく意味が分からない。
「頭が混乱してきた」
「そりゃそうよね。でも、貴方の両親はミラちゃんと付き合って欲しいみたい」
「いや、なら緑さんじゃないのか」
緑さんと付き合えならまだわかる。
「ごめんなさい、詳しい事は分からないの」
「どういうことだよ」
俺は電話を手に取り、父親に電話をかける。だけど、電話は中々とられない。
どういう事だ?
「ごめんね」
「いや、夢子が謝る事じゃないから」
現実離れしたこの話をどれだけ信じていい物かは分からないが、とりあえず夢子を責めてはいけないという事だけは分かる。
俺は、イスの背もたれに全体重をやる。
「さてと」
これから考えなければならないことは、これからの事だ。
過去の事じゃない。
「お前の両親は、俺と夢子を結婚させることを目論んでいる」
俺がそう呟くと、夢子が黙って頷く。
ほんとうにこれからどうしていけばいいんだよ。
真っ時で分からねえ。
「正確には、まずは付き合うことだけど……」
「そうだったな」
「ごめんね」
「嫌良いよ、てかなんで何回も謝るんだよ」
「余計な心労をかけてしまってるから」
確かに今俺は心労をかけさせられている。だけど、
「忘れないで欲しい」
俺は夢子の顔を真っ直ぐに見つめ、そう言い放つ。
「俺は、夢子の事を嫌ってなんかいないし、お前の親も嫌ってなんていない。いろいろな思惑があったのかもしれないが、おかげで俺はまだあの学校に通えている。お前やミラ、緑さんとも一緒に過ごせている。だから感謝こそあれど、恨みなんてないよ」
「ありがとう……感謝するわ」
小さく夢子さんが言う。
「もう一つだけ聞かせてくれ。お前の告白は、本当の意味で告白なのか?」
「それは……」
「お前は本当に、俺の事が好きなのか、それとも父親に忖度とかして好きっていったのか?」
その言葉に、夢子は小さく首を振る。
「間違いなく私の本心」
その言葉には、強い力がともっていた。
「だから謝りたいの」
「もういいって」
流石にもう、聞き飽きた。
「代わりに私の昔話をしていい?」
その言葉に、俺は「急にどうした?」と、疑問を口にする。
「いえ、ね。嫌ならいいんだけど」
ごにょごにょと、ことばをこぼす。
「いや、いやじゃないよ」
そんなふうな調子だと、こちらも困ってしまう。
「じゃあ話すね」
そうして、夢子の過去語りが始まっていく。
「私はずっとお父様の言いなりなの」
その言葉には、なんとなく重みが感じ取られた。
「私はずっと、お父様の自慢の娘として育てられてきた。だから、わかんなくなったの」
「分からなく?」
「ええ、自分の事が」
自分の事。
「私はずっと、お父様の望む理想の自分を演じてきた。だからなのかしら。訳が分からなくなるのよ」
「だから学校でも?」
「ええ、学校でも、理想の自分を演じてきたの。それはいじめとか関係なしにね」
「今まで聞いた話と違う気が」
「もちろんよ。だけどそれらも理由の一つではあるの」
そう頷く夢子。
嘘はなかったようだ。
「だけど、それにつかれてしまったの」
「だから、あそこに行きつくんだな」
出会った当初の夢子に。
「だから、私のすべてにはお父様の重圧がかかってるの」
夢子を作り出した原因はまさに今の前原家当主である夢子のお父さんという訳か。
なるほど。理解できて来た。
そう、まさにこれから俺が行うべきことが。
「夢子、明日したいことがあるんだ」
俺はそう告げた。




