第2話 引っ越し
そして家に帰る。もう気分はだいぶ回復してたから、家族に情けない姿を見せることはないだろう。
「ただいま」
平常を取り繕いながら、ドアを開ける。
すると早速母さんがこちらへ飛んで向かってきた。
まさか美羅の奴、俺が失恋したことをバラしたんじゃなかろうな。
可能性はある。
美羅は口が軽いのだ。
「急で悪いんだけど、父さんが今度転勤することになったの。だから、智也はこれからしばらく別の人の家に住むことになるわ」
「はあ? なんで急に?」
話は俺が思ってたよりもはるかにでかそうな話だ。
何なんだ一体。情報が多すぎる。
「ごめんね。でも、新たな家はもう決めてるの」
「……はあ」
そして明日からその家に住めと言われた。んな理不尽な。
あまりにも急だし、状況も呑み込めてねえよ。
失恋した日にまさかこんな話をされるなんて。
もう訳が分からねえ。
転勤は二週間後ならその日でいいじゃねえか。
どうやら俺が学校に行ってる間に引越しの手続きは済ませるらしい。
もはや失恋だとか、そんなことを考える暇もないくらい、頭が混乱している。
「なあ、美羅」
翌日学校に着いて早速美羅に話しかけた。
その瞬間美羅は複雑そうな顔を見せた。
失恋の話とでも思ってるのだろうか。
実のところはそれをはるかに超えるやばい話なんだけどな。
「俺、引っ越しすることになった」
「え?」
その瞬間美羅の顔が固まった。
「いや、引越しと言っても、近くに行くだけだから転校はしないよ」
そう誤解を解くために優しく伝える。
「そう、それは良かった」
安心したような顔を見せる美羅。
「それで……なんかある人の家に住まわせてもらえるらしいんだよ」
「そう、ある人?」
「ああ、誰かは知らないんだけど」
「どういうこと?」
良かった。ミラも俺と同じ反応だ。
「それが、よく分からないんだ。だからこそ怖いんだよ。母さんが言うには信用できる人らしいんだが」
「へー、そうなんだ」
「他人事かよ」
最初は驚いてくれていたのに、いつの間にかリアクションが薄くなっている感じがする。
「他人事だよ。それに大丈夫じゃないの? 智也の親が認めてる人なんでしょ?」
「それはそうだが……」
「じゃあ大丈夫じゃん」
そう言われたら納得せざるを得ない。
ちくしょう、実はその家が美羅の家とか言われたらほっとするんだけどな。
でも、現実そこまでは甘くはない。
俺の知らない人なんだろうなという事は想像に難くない。
しかし、美羅の今の言葉で少しだけ不安は和らいだ。
まだ完全に安心した訳ではないのだが、
「そう言えば、……告白って」
聞きずらそうに美羅が言う。
緊張した面持ちだ。
「吹っ切れたと言ったら違うけど、まあとりあえずは大丈夫だ」
「そう」
むしろ、昨日色々とありすぎたからな。もちろん前原さんに話を聞いてもらえたと言うこともあるけど。
前原さんの方を見る。
彼女は相変わらずクラスメイトのアドバイスを受けている。
俺には、いつもあの調子で疲れないのだろうかと、不思議に思ってしまう。
だって、自分への得なんてほとんどないと思うのだ。
親友ならばいいけど、ほぼかかわりのない人まで話を聞いて、疲れないのだろうか。
そして帰り、俺は自分の家ではなくメールで知らされた住所に行く。
そこにもう俺が泊まる家の主がいるはずだが。
「ここか」
目の前にはとんでもない大きさの建物が立っていた。
これは作るのに億は余裕でかかるだろう、
ここに今から住むのか?
やばい怖くなってきている。
今からでも帰りたい。だが、帰ってくるのも情けない。
よし!
覚悟を決めて、インターフォンに手を伸ばした。
ピンポーン
インターフォンの音が鳴る。
もう後には戻れない。
良い人であって欲しいのだが……
それかなじみやすい人。
しかし両親は酷い。俺に一人で行かせるだなんて。
せめて着いて来てくれても良かったのにな。
俺の私物はすべて運んではいるらしいけど。
ドアが開く。俺はドキドキしてきた。
さっきからドキドキしっぱなしだ。
不安が俺の心を蝕んでいく。
足が震え、心臓の音が聞こえてくる。
心拍数も上がり、今すぐにでも俺の家に向かってダッシュで帰りたくなる所だ。
「あれ、春田くん?」
その相手を見た瞬間胸の震えは収まった。
なぜ治まったかって、決まっている。
その相手が俺のよく知る人物だったからだ。
「なんで、前原さんがここに?」
俺は思わず訊く。まさかここにいるだなんて、夢にも思わなかったのだ。
いや、違う。
俺にまた違う可能性が生じてきた。
まずい、まさか住所を間違えたのか?
そう、まさに俺が行くべき家の住所を。
それで、間違った家の住所が前原さんの家だったという事。
もし、俺の過程が正しいとするならば、
……恥ずかしすぎる。
「今日来るって言ってたのって春田くんだったの?」
俺の不安は杞憂だったようだ。
そう、俺の仮定は間違えていたのだ。
そして、前原さんはスマホの画面を出してきた。
メッセージアプリだ。その相手の名前は前原紅葉、恐らく前原さんのお母さんだろうか。
そこには確かに『今日から一人来るよ、よろしくね』と書いてある。
その人物の名前は書いてはいなかったが、状況から考えたら、その人物が俺であることは確かだ。
と言う訳で俺もスマホを取り出す。
そこにはメッセージアプリで母親から住所が送られてきている。
前原さんは俺のスマホをじっと見る。
その視線を感じ少しだけドキッとする。
「確かにこれ、私の家だね」
そう、彼女は微笑みながら言った。
俺の住む家がここであることが確定した。
つまり俺はこのクラスの人気者と同棲することになるらしい。
ああ、先が危ぶまれる。
なぜ、失恋とか言う人生に中で大きなイベントを体験している途中で、それくらいの出来事が頻出するのだろうか。
「とりあえず入って」
前原さんが言う。確かにいつまでもここにいるわけには行かない。
「分かった」
俺はそう言って家の中に入って行った。




